園子の転入によるひと騒動があり、その騒動もすぐに収束するだろうという予測を覆す自体があった。端的に言えば、暁葉の姉の存在である。彼女たちは讃州中学の人間ではない。それでも巫女という立場であり、造反神という非常事態が起きている以上、勇者部の部室に顔を出すことになる。当然目撃情報も出てきて、話題があっという間に広まっていく。集められた散り散りの情報が一つになり、纏まった情報を元に一人の人物に行き着く。
「これより上里暁葉を処す!!」
「裁判すら始まらずに刑を言われるとは」
「弁護人はいない!」
「そんな気はしてました」
例の如く教室が裁判所へと様変わり。男子たちの嫉妬の念が暁葉へと集められ、今回は傍聴者として他クラスや他学年の男子まで入ってきている。
「刑の変更はないが、説明は必要だろう」
委員長が眼鏡を拭きながら横から口を挟む。その席は検事の席になっていて、クールなキャラを演じているところを、隣の男子にハリセンで叩かれていた。わざと昔の芸を取り入れているらしい。
「では裁判長たるこの阿田和が説明しよう」
「お願いします」
「うむ。ここ最近、もっぱら話題になっていることについては知っているだろう」
「何か話題になってたんですか?」
「……上里。お前普段どう過ごしているんだ。小耳に挟むことくらいあるだろ」
「園子さんと話すことが多いので、他のことはあまり」
「
ほとんどの男子が血涙を流して絶叫する。名実ともにお嬢様である園子は、男子たちにとって高嶺の花。近づき難いけども仲良くなれたらいいな、というアイドル的存在だ。そんな園子を好く男子たちがファンクラブを作るなど自然なこと。男子の中での秘密ではある。それを知る女子は本当にいない。そしてその勢力は大赦に拡大中だとかそうじゃないとか。
『Don't touch 園子 Yes,fall in LOVE』が彼らの合言葉である。
「上里よ。俺たちは確認作業に入っているだけだ」
「確認作業ですか?」
「そう。まずはこちらのお二方についてだ」
教室にあるスライドが下ろされ、プロジェクターが起動する。そのスライドに映し出されたのは二人の少女。"自称暁葉"の姉『上里ひなた』と"本当に暁葉の姉"『上里かなた』だ。パッと見では間違えそうになるほど、二人は似ていた。特に目元はそっくりだ。髪の長さはひなたの方が長い。
「このお二方は最近見かけるようになった。どうやら
「飛び過ぎでは!?」
「うるせぇ! 乃木さんというお方がいながらお前は他の女と入籍したんだ! こんな事が認められてたまるか! この国の法律の結婚可能年齢すら無視してしかも重婚しやがって! 大赦か!? 大赦の力か!? 許されねぇぞ!!」
「いや二人は私の姉ですよ」
「……」
「……」
『…………』
教室内が静まりかえる。女子たちの白い目が男子たちに否応なく突き刺さる。裁判長阿田和が教卓に頭を打ち付け、不敵に笑いをこぼし始めた。
「こいつ、とうとうおかしくなりやがったか……!」
「元々酷いやつだとは思っていたが……!」
男子たちもドン引きである。
「フフフフフッ! そんな事はどうでもいいのだ!」
「えぇ……」
「目下の問題は! 上里の周りに最近美少女増えすぎじゃね!? というこの一点である! 勇者部とも懇意にしているしな!」
「ハッ! そう言われたらそうだ! こいつやはり許されねぇ!」
死んでいた男子たちの勢いが蘇る。あまりにも酷い復活劇なのだが、もう勢いだけで乗り切るつもりだ。玉砕覚悟を決めた者たちは強い。それに真っ向からぶつかるのは、荒波を一人で食い止めようとすることに等しい。
「皆さんも勇者部の方とお話してみたらどうでしょう? 恋の相談とか犬吠埼先輩が必ず聞いてくれますよ」
「マジで!?」
だが、荒波を超えることはできる。止めなくていい。乗りこなすのだ。
「それはつまり上里……。結城先輩と仲良くなりたいという相談もできるということか……!」
「そうだと思いますよ」
「ヒャッホーーイ!!」
「あの
これから授業だというのに教室を飛び出す阿田和。抜け駆けは許さないとして追いかけていく男子たち。教室内には半数の男子が残り、勇者部の面々に声をかけては玉砕する漢たちの断末魔がBGMと化した。
「裁判長が消えたので、ここからは俺が代行しよう」
「まさか廣坂さんが引き継ぐとは」
「なに。体裁を保つためだ」
「崩壊してますよ」
暁葉のツッコミも虚しく、廣坂も教卓の前に立つと雰囲気が変わった。あの教卓は何か仕掛けでもあるのだろうか。変えた方がいいのかもしれないと、暁葉は真剣に検討を始めていた。廣坂の話を流す気満々だった。しかしその暁葉を話に引き込む発言が飛び出した。
「私に君のお姉さんをください」
「三回生まれ変わってから出直してきてください」
(あ、上里くんシスコンなんだ)
暁葉の声やら表情やらがいつになく硬い。取り付く島など与えないほどの拒絶。上里姉妹に近づくにあたって、最大の障害が出現した瞬間だった。
そんな出来事から早一週間。その間に勇者部に玉砕された男子の数は3桁に上り、相談ということにして交際を迫った男子が大量発生したことは、月に一回行われる全校集会で問題として注意されるに至った。まさかそんなやり方が横行するとは暁葉も思っておらず、責任を感じて勇者部に謝罪に行っていた。
「上里……俺、幻覚見たかもしれん」
「いつもの事じゃないですか」
「ドライですね!? いやほんと、反省してますんで! というか俺結城先輩に告白してないっすよ!? 犬吠埼先輩に相談してただけですよ!?」
「あー。あの人もそう言ってましたね」
阿田和は思考や発言こそ全くセーブしないのだが、いざ行動になると真面目になる。冗談が成立すると分かっている時しかバカはしないのだ。男子特有のノリは男子相手にしかしない。女子には紳士である。それは勇者部から話を聞いても分かること。先日にも風から「そういや暁葉のクラスの男子から相談受けたわよ。あの子真剣なのね」とか言われている。樹と揃って苦笑するしかなかった。
「それで幻覚ってなんですか」
「これはもしかしたら上里にショックを与えるかもしれないんだがな」
「穏やかじゃないですね」
「小さい乃木先輩を見た」
「……何かの比喩ですか? もしかしてこれは怒る案件ですか?」
「違う違う! あれは本当に小さい乃木先輩だったんだ! 神樹館小学校の制服着てたし、あどけなさが残ってた!」
「神樹館小学校の?」
『上里暁葉を怒らせてはいけない』──そんな共通認識が讃州中学の生徒間で生まれていた。勇者部告白騒動の際、どさくさに紛れて園子に告白した者も多数。ひなたやかなたにもそれが及び、暁葉の堪忍袋の緒が切れたのだ。暁葉が暴力に出ることはない。告白した者一人一人に接触し、じっくりとお話するだけだ。それが怖いと専らの噂である。だから阿田和も慌てて全て話す。勘違いによる起爆など踏んだり蹴ったりだ。
神樹館小学校の制服と言われれば、暁葉にも思い当たる節がある。園子の母校であることは周知の事実。園子ならコスプレしても不思議じゃない、とかいう認識もあるのだが、暁葉はその可能性を否定した。
「他に神樹館小学校の制服を着た人は?」
「あー、そういや他にもいたって話も聞いたな。ロリ巨乳と火の玉ガールは聞いた」
「……そうですか。小さい園子さんの事は、中学生の園子さんにでも聞いてみますね」
「お、おう」
阿田和と別れ、新聞部に行く前に勇者部へと足を運ぶ。多くの目撃情報があるというのなら、それが作り話というわけでもない。神樹館小学校の制服を着た三人の少女。状況からして確定だ。
「失礼します」
「あっきーだ! どうしたの~?」
「いえ、新たに勇者様が来たと聞いたので。一応挨拶をと思いまして」
「真面目だね~」
暁葉が勇者部に入ると園子が駆け寄る。もうそれは名物になっていて、友奈たちも「いつもの事」として流し見してる。だがそれに慣れていない面々もいる。新たにこの世界に召喚された少女たちだ。三人は園子のその姿にポカンと口を開けて驚いていた。
「未来の園子は大胆だな……」
「そのっちらしい……のかしら……」
「ほぇ~」
二年前の勇者たち。東郷美森の過去の姿である鷲尾須美。過去の乃木園子。そして、勇者という存在の体現者と言える三ノ輪銀。この三人が瀬戸大橋でお役目をしていた勇者である。
「あっきーに紹介……した方がいいのかな?」
「一応しましょうか。暁葉くん、彼女たちが今回神樹様に召喚された勇者です。右から鷲尾須美さん。三ノ輪銀さん。乃木園子さんです」
「W園子だぜ~」
「だぜ~」
「目眩がしそうです」
「「なんで~?」」
「そらするでしょ」
首を傾げる園子たちに風が軽くツッコむ。頷いていたり苦笑したりする面々を見て、自分の感覚がおかしいわけじゃないのだと暁葉は安心した。そうして落ち着いたら落ち着いたで、暁葉の心を強く揺さぶる存在もいる。
「んー?」
「? どうしたの? 銀」
「いや……やっぱりそうだな。久しぶりだな暁葉」
「っ! ……覚えていてくださったんですね」
「へへっ、三ノ輪の銀さんは人の事すぐ覚えるし、全然忘れないのが売りだからな! それにしても大きくなったな~。男子って成長期くると結構伸びるのな」
「みたい、ですね」
「あっきー……」
「「?」」
暁葉と銀が会ったのは一度だけだ。たったの数時間だけ。それでも、銀の真っ直ぐな姿は暁葉に強く焼き付いていた。その時に課された宿題を、自分はできているのか。その答えは銀に聞かないと分からない。そしてそれは、二度と分からないはずだった。永久に残り続ける宿題のはずが、この世界ができたことによって答え合わせが可能になる。
園子はその話を聞いているから、暁葉の心境を察することができた。美森も、銀と何かしら関係があると察し、気遣いの目を向ける。それを知らない面々は、暁葉の様子に首を傾げた。須美と小さい園子も首を傾げる。
「なんか、あれだな。久しぶりに会えたと思ったら年上になってるし、何話したらいいか分かんないな」
「本当ですよ」
「あ、そういや。暁葉の方が年上だし、敬語の方がいいか」
「いえ。そのままでお願いします」
「んー。なんかムズムズするけど、じゃあ代わりにアタシのことは銀って呼んでよ」
「えっ」
「じゃないと敬語にする」
ニヒッと八重歯を覗かせて笑う銀に、暁葉は混乱した。園子の方に視線を向けるも、園子は助け舟を出さない。頭の中が一瞬でかき混ぜられ、それを少し時間をかけて落ち着かせる。「やっぱりこの人には敵わないな」と笑みを溢し、その条件を飲んだ。
「分かりました。銀…………さん」
「呼び捨て」
「それはその……」
「あははっ、まぁそこは宿題だな」
「また増えちゃいましたね」
「宿題はちゃんとやれよ~」
「銀。あなたは人の事言えないでしょ。いっつもギリギリじゃない」
「うぐっ!」
横から須美に指摘され、そこに小さな園子も加わって話が盛り上がっていく。これがこの三人の形なのだとすぐに分かり、暁葉は眩しそうにそれを見つめた。その暁葉の腕に園子が腕を絡ませて注意を引く。
「よかったね。あっきー」
「……はい。そうだ園子さん。小学生の園子さんについてはどう説明されるおつもりなんですか? クラスの男子に聞かれまして、とりあえず誤魔化しましたけど」
「名前とかは弄らなくていいよ。私の妹の園子って感じで~」
「それでいいんですか?」
「うん。複雑なご家庭とでも言えば何とかなるよ~」
「分かりました」
銀たちから視線を外し、隣にいる園子と言葉を交えていく。園子も嬉しそうに目を細め、美森やかなたがそこに加わる。
そうして話している姿を、小さな園子はじーっと見つめていた。
次からは小さな園子を地の文では『そのっち』と表記していこうかと思ってます。