暁照らす常初花   作:粗茶Returnees

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5話 恋愛探偵そのっち?

 

 この世界に来てからというもの。小学生の乃木園子ことそのっちは悩み事があった。悩み事というよりかは、納得し難い不思議な事があると言った方がいいだろうか。

 そのっちが何か抱えていることは、親友である須美と銀も気づいていた。いつもは何を考えているのか分からないそのっちなのだが、今回は幾分か分かりやすかった。その視線が捉えていること、その時の表情がその事を物語っている。

 

「未来の園子のことで悩みごとか?」

「ほぇ? ミノさんどうしてわかったの~!」

「嬉しそうだな……」

「私も分かったわよ」

「わっしーも? 嬉しいなぁ~」

 

 悩み事もどこへやら。勘違いだったのではと思わせてしまう程に、そのっちは機嫌を良くしている。その姿に呆れ半分喜び半分。話が流れそうになったところで須美が慌てて軌道修正する。

 

「えっとねー。あっきー先輩がいるでしょ?」

「うん」

「なんで私はあっきー先輩が好きになったのかな~って」

「……うん」

「なんでミノさん照れてるの?」

「銀が好きな恋の話よ?」

「いやー、なんかむず痒い」

 

 笑って誤魔化す銀の様子に首を傾げつつ、須美と園子はそこを掘り下げることをしなかった。こういう追及は避けたがるのが銀だからだ。今はそのっちの話をしているから、という理由もある。

 銀が妙にむず痒い感覚を抱いているのは、身内のコイバナをされてる気分だからだ。弟の鉄男に好きな人ができたら、話を聞くし応援するだろう。だが、付き合ってからは見守る体勢に入る。暁葉の場合は後者であり、その相手が親友の2年後の姿ときた。弟分の馴れ初めを知るというのは照れくさいのだ。

 

「でもま、園子が気になるならあたしも付き合うさ」

「当然よ。二人の様子を見るに関係は良好なようだけど、家柄を考えるとそういう面も考えてしまいたくなるわね」

「あ~、ツートップだもんな」

「でも私そんな話来てないよ?」

 

 政略結婚であるならば、初めからそう決められていてもおかしくない。乃木園子が勇者に選ばれてから決まったのだとしても、お役目が始まってるのにその手の話は聞いてない。

 

「お役目に区切りがついた時に話が持ち上がったのかしら?」

「戦いの場も大橋からこっちに変わってるし、区切りはつくんだろうなぁ」

「うーん、家同士でそうする理由もない気がするんよ」

「そりゃそうだな」

「格式の高い家柄なら、婚姻相手もそれなりの人になってもおかしくないんじゃないかしら」

「でも私だよ? 気にしないよ?」

「自分で言うのね……」

 

 須美の考えは真っ当なものであった。『名家なのだから相手もそれなりの人物に』という考えは、現代でも残っていると聞く。しかしこの自由奔放な天才少女が、そういう固いことを気にするとは思えない。「自分の相手は自分で決める」と言うだろうし、「ビビーッて来たから」とか純粋な恋というか、ある意味駆け落ちな展開も辞さない気がする。

 

「駆け落ちもいいかもしれないね」

「いやお前の相手は暁葉だから」

「今の私はネタバレをされた読者の気分だよ~」

「暁葉先輩もいい殿方だと思うのだけど」

「それは私も思うんよ? けど、どこを好きになったのか分からないんよ」

「ならここはアレしかないわね」

「アレ?」

「須美に変なスイッチ入ったな」

 

 割り切った時の須美は暴走する。銀は暁葉と面識があるからともかくとして、須美は暁葉のことを知らない。そのっちの相手がどういう人物なのか、親友として知っておこうという気概もある。それがやる気スイッチを陥没させ、ブレーキという概念を取り払った。

 

「まずは形から入るわよ! これを着てちょうだい!」

「どこからそれ取り出したの?」

「捜査は足からよ!」

「探偵さんだ~!」

 

 上着だったり帽子だったり。それっぽいという理由だけで虫眼鏡まで用意される。ノリノリでそれを着ていくそのっちを横目に、銀は役回りを確認する。形からというのだから、配役は必要だ。

 

「園子が探偵として、須美は助手か?」

「いいえ。銀が助手よ」

「じゃあ須美は?」

「ふふん。私は──」

「国防仮面はなしだぞ」

「ガーーン!! どう、して……」

「先生に禁止されたろ」

 

 その場に崩れ落ちる須美に呆れつつ、何か代わりになる役はないかと考える。こういうのは閃きが得意なそのっちの出番だ。そう思って銀は変装したそのっちへと視線を向け……

 

「園子がいない!?」

「こく、ぼう……」

「それどころじゃないぞ須美! 園子がいなくなったぞ!」

「何言ってるのよ銀。そのっちはそこに……いない!?」

「そう言ってるだろ! 探すぞ!」

「私は右に行くから銀は右に行って」

「しっかりしろぉぉ!!」

 

 国防仮面禁止によるショックとそのっちの失踪という非常事態は、想定外に弱い須美を混乱の底へと落としていた。もはや使い物にならない須美と別行動するわけにもいかず、銀は須美と共にそのっちの捜索を始める。

 

「あら銀どうしたの? 何か慌ててるようだけど」

「東郷さん。園子を見ませんでした?」

「園子ちゃん? 見てないわね。友奈ちゃんは?」

「私も見てないよ。はぐれちゃったの?」

「はぐれたというか、目を離したらいなくなってたので」

「さすがねそのっち」

「東郷さん感心してる場合じゃないよ」

 

 一緒に探そうかと提案してくれる友奈にお礼を言いつつ、そこまで大したことではないからと銀は断った。電話には出ないが、行動範囲は決まっている。虱潰しでもなんとかなる。

 

「せめて候補を絞った方がいいわね。園子ちゃんが行きそうなところだと、お昼寝に向いている場所かしら」

「いそうですけど……。あ、園子さんの居場所はわかりますか?」

「そのっちの? どうして?」

「実は──」

 

 園子失踪までの経緯を話し、園子の居場所が分かればそのっちの居場所も分かるはずだと推測した。

 

「そういうことなんだ。園ちゃんなら今暁葉くんと一緒だよ。放課後デートを楽しんでるんじゃないかな」

「放課後デート。行きそうなところって分かりますか?」

「もちろんよ。そのっちが話してたもの」

 

 確定情報を手に入れ、回路が復活した須美と一緒にその場所へと向かっていく。その様子を温かい目で見守りながら、美森は今楽しんでいるであろう親友を思い浮かべながら、さすがだなと感服した。

 

「そういえば東郷さんは園ちゃんと暁葉くんの馴れ初めって聞いたの?」

「聞いてないよ。でも、そのっちがあれだけ嬉しそうにしてるんだもの。暁葉くんのことをあまり知らなくても信用できるわ」

「それもそうだね」

 

 

 

 

 

 園子が暁葉とデートしている様子を、そのっちは陰から見ていた。未来の自分が暁葉の何に惹かれたのか。二人でいる時の様子を見ていたら、それが見えてくるはずだと思ったから。

 二人が来ているのは、学校からそう遠くない琴弾公園。春には桜が咲き乱れる場所で、池にある噴水も相まって華やかな場所。そこにあるベンチに腰掛けている二人の顔が見える位置で、そのっちは茂みの陰から観察していた。

 

「春なら桜が綺麗なんですけどね」

「じゃあ春にも来ないとね~。蕾を見つけるのも楽しそう」

「そうですね。毎日こちらを通るのもいいかもしれません」

「だね~」

 

 二人の家から学校までの道は、終盤で二つに分かれる。片側はいつも通っている道で、こちらが最短距離。もう片側は、学校の近くにある山をぐるっと回る道で、その道中にこの公園がある。朝の登校時間を早めてこちらに来るもよし、帰り道を変えるのもよし。どちらにせよ楽しめるのは二人の中で確定していた。

 

「あっきーはそのっちをちょっと避け気味だよね~」

「そんなことはないです」

「そうかな?」

「……避けてるんじゃなくて、接し方が分からないだけです」

「似て非なるもの、か」

 

 気まずそうに視線を逸らす暁葉を、園子は何も責めることはなかった。彼氏が過去の自分相手に戸惑っていても、別段怒る気なんてない。園子と暁葉の出会いは、お役目が終わった後なのだ。人付き合いが決して得意ではない彼が戸惑うのも、おかしな話とも思えない。

 暁葉の手にそっと自分の手を乗せ、下がっている視界に映るように覗き込む。僅かに怯えを灯す瞳が、園子には愛らしく思えてふわりと微笑んだ。

 

「話して? いつもみたいに」

 

(いつも?)

 

 園子の柔らかい表情を見やりつつ、そのっちは聞こえてくる言葉を咀嚼していく。『いつも』それは二人の関係性に欠かせないもののはずだ。

 

「僕と園子さんがお会いしたのは去年です。僕が6年生になって、かなた姉さんから仕事を割り振られて。僕らは大赦で出会いました。だから、出会う前の園子さんとどう接したらいいか……」

「すぴー」

「……えぇ……」

「冗談だよ~。ふふっ、あっきーは真面目過ぎて不器用なだけなんよ」

「園子さんほど柔軟な人はいませんけどね」

「やった~。褒められちゃった~!」

 

 些細なことでも喜んでくれる。感情表現が豊かな園子に暁葉は惹かれている。好きな人の笑顔を見ていると、気持ちも楽になってくるものだ。大事なことではあるが、少しは肩の力を抜こうと息を吐く。

 

「あっきーのそういうとこ好きだよ」

「え? どういうことですか?」

「そこまでは教えな~い」

 

 『教えてほしい』という気持ちが暁葉とそのっちの中でシンクロした。暁葉は悟るのが苦手だし、そのっちは現在の目的がまさしくそれである。

 

「難しく考えなくていいんよ。出会う前の私でも、私は私だからね」

「それはそうですけど……いえ、わかりました。ありがとうございます」

「どういたしまして~」

 

 いったい何がわかったのか。暁葉は何を納得したのか。二人の中でのみ通じることには、園子の過去であるそのっちですら理解できない。

 その後は他愛のない会話が続いていくのだが、二人は楽しそうに話していた。園子が質問し、暁葉が答える。たまに共通の話題を出したり、逆に暁葉が聞いたり。そういうことはあれど、特別わかりやすいことは何一つなかった。

 

 だから、それがある種の答えだとも言える。

 明確なものではなく、積み重ねによって築かれた関係。

 それが暁葉と園子の絆となっている。

 

「そろそろ買い物に行って帰ろっか」

「足りてない食材ってありましたっけ?」

「今日はお客さんを招こうかな~って。ねー、そのっち?」

「え……」

「あ、あはは~。バレちゃった~」

「ふふふ~。まだまだ甘いんよ~」

 

 いったいいつから聞かれてたのだろうか。園子はいつから気づいていてそれを放置していたのだろうか。問い詰めたいこともできたが、園子の判断理由が分からないわけじゃない。そのっちの頬をつつく園子を見ながら、敵わないなと笑みをこぼす。

 

「ちなみにそっちにはかなりんとひなたんね」

「えっ!?」

「園子ちゃんには敵わないわね~」

「さすが若葉ちゃんの子孫です」

「……かなた姉さん。そのカメラは何ですか?」

「大切な瞬間を逃さないためのカメラよ」

 

 それ以上は聞かないことにした。なんとなく何を撮っていたのか分かったし、それを改めて言われるのは嫌だった。あとで中身を確認して恥ずかしいものがあれば消そうと暁葉は心に決める。

 

「そのっちの後ろの茂みにはミノさんとリトルわっしーで~。そのまた後ろにはわっしーとゆーゆ。あっちには部長といっつんとにぼっしーだよ」

「全部気づいてたんですか?」

「ミノさんとリトルわっしーは隠れてる時から。それ以外はさっき気づいただけだよ~」

 

 大したことでもないといった調子で話す園子だったが、こればっかりは「園子だし」という感覚で納得するものはいなかった。美森を除いて。

 気づかれたのなら仕方ないとして、隠れていたメンバーがぞろぞろと出てくる。せっかくの放課後デートは、また今度に改めるしかない。今回はそのっちの様子にも気づいていて、観察させたら分かってくれるかなぁという狙いもあったりしたのだから。

 

「そのっち何か分かった?」

「それが全然分からないんよ~」

「もう本人に聞くしかないんじゃないか?」

「銀、それはいくらなんでも──」

「そうする~」

「そのっち!?」

 

 須美が止める暇もなく園子に直接聞き始めた。

 

「暁葉先輩のどこを好きになったんですか?」

 

 周りの空気がピシッと張り詰める。乃木園子が乃木園子に彼氏の良さを聞く。その異様な光景は、下手な修羅場より混沌と化していた。最も息苦しそうなのは言うまでもなく暁葉で、その隣にいる園子は一番気楽に微笑んでいる。

 

「あっきーがあっきーだから好きなんよ」

「? 答えになってないですよ~?」

「私があっきーのことを識るまでに1年くらいかかったし、好きだなって自覚したのはそこから少し先。どこをって質問に答えるなら~、あっきーの心かな」

「心ですか?」

「うん。そのっちがあっきーに出会うのはまだ先だし、あっきーと過ごす時間の積み重ねこそ大切にしてほしい。私はそうやってこの気持ちを知ったから、そのっちにも同じ体験をしてほしいかな」

 

 園子の言葉をそのっちは反芻し、それが答えなのだとひとまず受け入れる。理解はできないし、納得もできていない。だけど、いずれそれが分かるというのなら、園子(自分)がそれを大切にと言うのなら、その時を待とうと思った。

 そのっちは軽くなった足取りで、ほっと息をついてる暁葉の前へと躍り出る。その軽やかさは、たしかに園子と同じもの。知らない時の園子でも、当然同じ人だ。

 

「暁葉先輩~。私のこと名前で呼んでくださいな?」

「分かりました園子様」

 

 そのっちの頬が瞬間で膨らんだ。機嫌を損ねたのは明白で、暁葉は困ったようにオロオロする。

 

「えっと、なんとお呼びすればよろしいでしょうか?」

「園子って呼び捨てでお願いしま~す」

「駄目!!」

 

 暖かく見守っていた園子が咄嗟に声を張る。

 

「園子って呼び捨てはそのっちでも譲らないよ。私がそう呼んでもらうんだから」

「でもでも~。暁葉先輩は園子先輩を敬ってますし、年下の私のほうが園子って呼びやすいと思うんですよ~」

「……あっきー」

 

 痛いところを突かれ、不安をその瞳に灯して暁葉を見やる。

 そのっちが言う通り、暁葉の性格上園子を呼び捨てにするには抵抗感が強い。あだ名で人を呼ぶこともない。そんな暁葉が同姓同名の人間相手に呼び方を変えるとなると、名前の後ろに何かをつけるか呼び捨てるかだ。そして『さん』は今園子につけられている。『様』を否定されると、残りも減るというもの。

 暁葉は不安になっている園子を安心させるため、重ねられている手を優しく握った。

 

「呼び捨ては園子さんの先約があるんです。僕もいずれ園子さんをそう呼びたいと思っています。だから、その要望を受け入れることはできません」

「じゃあなんて呼んでくれるんですか?」

「少し気恥ずかしいですが、園子ちゃんでよろしいですか? 様が駄目ならこれ以外思いつかないので」

「…………」

「そのっち?」

 

 胸に手を当て、静かになったそのっちを須美と銀が気にかける。僅かに伏せられた表情を見て、須美と銀は顔を見合わせて笑った。

 

「男の子から園子ちゃんって呼ばれたの初めてですよ。あはは、暁葉先輩に言われるとポヤンってする~」

「ポヤン? ……喜んでもらえたのなら何よりです」

「ところでかなたセンパーイ」

「どうされました?」

 

 話題をころっと変えられ、かなたはそのっちに視線を向ける。カメラはひなたに託された。

 

「ひなた先輩はご結婚されてるわけじゃないですか」

「歴史的にはそうですね。私もどんな方が相手なのか知らないですけど。若葉ちゃんですかね」

「……えっと、暁葉先輩は園子先輩がお相手なわけですし、かなた先輩にもいたりするんですか?」

「そうなんですかかなた姉さん?」

 

 姉のこととなり凄い食いつきを暁葉が見せる。クラスでよく見る反応だなぁと樹は慣れた様子でそれを眺め、かなたの答えに耳を傾ける。女子として気になる話だ。

 

「私は相手いないですよ? まぁ、この人ならいいかなって人はいますけど」

「どこの人ですか? 名前は?」

「あっきーは落ち着こうね~」

 

 コロコロと笑うかなたは、結局それが誰なのか話さなかった。

 

 

 




 そのっち「真相は迷宮入りなんよ」

 次回は若葉たちに来てもらいましょう。

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