暁照らす常初花   作:粗茶Returnees

6 / 6
6話 どっちでしょうクイズ

 

 上里暁葉という少年は、姉である上里かなたのことを慕っている。姉としてこの上なく好いている。

 心境の変化で距離を取っていた時期でも、その呼び方は変わらなかった。猛反対されたというのもあるが、心のどこかで呼び方を変えずに済んだことに安堵していた。「かなた姉さん」という呼び方が変わらないものの、暁葉の口調は変わった。

 そうしないと距離を離せないと思っていたから。心には「姉が好き」という気持ちがあり、意識しなければ距離が戻ってしまう。自分への戒めも込め、暁葉は口調を変えたのだ。

 

 とはいえそれは既に過去の話。口調こそ癖づいて直らないが、暁葉とかなたの距離感は戻っている。

 そんな暁葉だからこそ、知らぬ間に姉が意識している男ができたことは大きな衝撃となった。完全に上の空となり、側に園子がいない時はとんでもないポンコツと成り果てている。数学の授業で化学式を書き、体育の授業で念仏を唱える程にポンコツだ。

 

「きゃっ!」

 

 廊下で壁に激突することもあるのだが、今回はクラス全員のプリントを職員室へと運んでいる途中、曲がり角で人とぶつかった。

 ポンコツと化した暁葉を、それでも園子が干渉せずに見守っていたのには理由がある。一つは、園子が側にいると元通りになること。もう一つは、直接誰かに迷惑をかけたら暁葉が元通りになることだ。今回のは後者に当たる。

 

「ごめんなさい。大丈夫ですか?」

 

 上の空になっていた意識を戻した暁葉は、散らばったプリントを踏まないように注意しつつぶつかった相手に声をかける。

 ぶつかった相手は女の子で、彼女は尻餅をついていた。暁葉は手元に残っているプリントを片手で抱え持ち、空いた手を彼女へと伸ばす。

 そうしながら気づいたのだが、彼女は讃州中学の制服を着ていなかった。違う学校の制服。紺を基調として落ち着いた印象を与えるデザイン。初対面かと思いきや、暁葉はそうでもないなと頭を働かせる。

 

「ううん。私こそごめんね」

「……結城先輩?」

「ん?」

 

 初めて見る制服なのだが、それを着ている少女のことは初めてではない。暁葉の一つ上の先輩。園子と同じクラス。暁葉のクラスメイトである阿田和が敬愛する少女。

 

「その制服……新しい制服の試着ですか?」

「へ? ううん。私の制服だよ?」

「え?」

 

 暁葉にお礼を言いながら手を取って立ち上がった彼女は暁葉の言葉を否定する。嘘などついてない。嘘が得意ではない性格だということも暁葉は知っている。だから混乱した。

 

「うーん? あ、プリントが散らばってるね! ごめんね!」

 

 忙しなくリアクションする彼女は、慌てた様子で落ちているプリントを集めていく。混乱していた暁葉も、それを見てプリント回収を始めた。元々そう多くない枚数が落ちていたことと、二人で協力したこともあってプリントはすぐに集まる。集めたプリントを彼女は柔らかな微笑みと共に渡してくれた。

 

「ありがとうございます」

「ううん。私がぶつかっちゃったからだもん。……んー?」

「あの、どうかされました?」

「誰かに似てるような……」

 

 暁葉の瞳を覗き見るために距離を詰める。自分の瞳とは色素が違う赤い瞳に既視感を抱くも、なかなか答えに至ることができない。ハッキリしないモヤモヤを抱え、彼女は小首を傾げる。

 あまりにも近い距離。鼻が当たりそうなほどに近く、暁葉が一歩後退しても下がった分だけ詰められる。異性相手にここまで近い距離になるなど、身内を除けばそれこそ園子だけ。吐息が唇に触れるだけで暁葉は顔が赤くなっていく。

 

「あれ、大丈夫? 顔が赤いよ? 熱かな」

 

 少しひんやりした手が額に当てられる。風邪じゃなさそうだけど、と呟く彼女に暁葉はなんとか言葉を返した。

 

「あの、近いです」

「え? …………わ。ご、ごめんね!」

 

 彼女は決して異性に慣れているわけじゃない。心配やら興味が先行すると他の事が抜け落ちてしまうだけだ。

 暁葉に指摘され、自分の視界いっぱいに異性の顔が映っていることをようやく認識する。背中を軽く押されるだけでキスしてしまいそうな距離。思い出したように恥ずかしさがこみ上げ、自分の髪や瞳に負けぬほど顔を赤くして暁葉から慌てて距離を取った。勢いが良すぎて廊下の壁に後頭部をぶつける。鈍く重い音が暁葉にもはっきり聞こえた。

 

「いったぁぁ~」

「大丈夫ですか?」

「なんとか……」

 

 痛みに耐えて息を吐く彼女を心配していると、廊下をパタパタ走ってくる音が聞こえてきた。誰が走ってきているのだろうとそちらに目を向け、暁葉はガチリと動きと思考が同時に停止した。

 

「ここにいたんだ~。見つかって良かったよ~! あ、上里くんだ。こんにちは!」

「…………」

「あれ? どうしたの? おーい!」

「え、あっ! すみません」

 

 目の前で手をブンブン振られて意識を戻す。どうかしたの、と首を傾げるのは赤い髪で赤い瞳をした天真爛漫な少女結城友奈。彼女の笑顔は老若男女問わず人気があり、見たものは皆元気が貰えると口にする。

 

 暁葉は大いに混乱した。今走ってきたのは結城友奈だ。讃州中学の制服を着ている。暁葉がさっきまで話していた少女は、結城友奈とそっくりだ。うり二つ。双子と言われれば全員が信じるレベルで似てる。身長や顔立ちといった容姿だけでなく声もそっくりで話し方も同じ。制服が違うから別人、という判断の仕方しか暁葉はできていない。

 

「あの……なぜ結城先輩がお二人?」

「あはは、違うよ~。私もびっくりしちゃったけど、この人は高嶋友奈ちゃん! ひなちゃんと同じ時代の勇者さんだよ!」

「初めまして高嶋友奈です! 私も来たときは結城ちゃんを見てびっくりしたよ~。あれ!? 私がいる!! ってなっちゃった。今はもう仲良しさんだよ」 

「ね~!」

 

 二人で手を取り合って盛り上がる友奈ズ。それを暁葉はポカンと口を開けて眺めていた。

 こんな事があるのだろうか。現実のものとなっているからあるわけだが、ここまでそっくりとか生まれ変われ説を信じたくなる。世界には自分と似た人が三人いるという話も昔はあったらしいのだが、四国内だけでそれが起きるとか誰が予想しただろう。

 

「えーっと、また新たな勇者様が来てくださったということでいいんですよね?」

「そうだね。私とぐんちゃんと若葉ちゃんとタマちゃんとアンちゃん! みんな凄いんだよ! グァーだよ!」

「なるほど。心強い方々が来てくださったんですね」

「通じた!」

 

 園子の独創的な感覚についていけるようになった暁葉にとって、説明中の効果音で察することなど造作もないのだ。

 

「あ、そうだ」

 

 何かを思いついた高嶋が結城に耳打ちする。少しくすぐったそうにしながら耳を傾けた結城は、うんうんと頷いてにっこり笑う。何か企んでるのかなって眺めていると、二人は手を重ねてその場でグルグル回り始める。後ろに短く纏められた髪も楽しそうに踊る。それが二房。

 赤子をあやすのに役立ちそうとか思っていたら動きが止まった。失礼なことを考えてしまったことに気づかれたのかと緊張するも、どうやらそういうわけではなさそうだ。

 

「「どっちがどっちでしょう!」」

「……えぇ……」

 

 にこにこと屈託のない笑みと赤い双眸が二つ。それを一身に受ける暁葉は困惑した。何か期待してるようなキラキラとした瞳。自作のなぞなぞを問いかける幼子のようだ。

 それが余計に暁葉を悩ませる。答えを当てるのか。それともわざと間違えたほうがいいのか。

 ひとまず悩むフリをして二人の様子を窺う。動きを止めた姿勢のまま暁葉の回答を待機している。その純粋さに応えることにした。

 

「私から見て左側が結城先輩。右が高嶋先輩です」

「すごーい! 正解だよ!」

「まだまだ回りたりなかったかなー?」

 

 わざと間違えるほうが失礼な気がした。

 その選択は間違っていなかったようで、二人は当てられても大はしゃぎ。それを見て暁葉はほっと一安心した。

 

「なんで分かったの?」

「いえ、制服が変わってませんし」

「……それもそうだね!」

「じゃあ制服を入れ替えたら分からなくなるのかな!」

「ちょっと待っててね」

「え?」

 

 友奈ズが近くの空き教室の中に入る。廊下に残されること数分。中から聞こえてくる会話を聞き流しながら窓の外を眺める。

 

『制服どうかな? 似合ってる?』

『バッチリだよ! そうだ! 写真撮ろうよ!』

『いいね!』

 

 なぜ待たされてるのだろうと思わなくもないが、これが嫌なわけでもない。友奈たちの人柄がそう思わせる。

 

「お待たせ~!」

「ごめんね。盛り上がっちゃった」

 

 弾んだ声と共に二人が廊下へと出てくる。制服を交換したのか、それとも一度着替えてから元に戻したのか。どっちだろうかと一回悩み、制服交換したままだなと髪留めで判断する。

 

「プリントを持って行ってる途中だったよね。邪魔しちゃってごめんね」

「いえ。急ぎというわけでもないので」

「優しいね。結城ちゃん。職員室までついて行っていいかな?」

「いいよ。私もそうしようと思ってたし。遅くなっちゃったのは私のせいだから、先生にも謝ろうと思ってたんだ!」

「結城ちゃんのせいじゃないよ」

「お二人のせいでもないですよ。私がぼうっとしていたのが原因ですから」

「「いやいや」」

 

 君は悪くない、というやり取りが10分近くループし続ける。現場に遭遇した夏凜が「長いわ!」とツッコミを入れてループが終わり、職員室へと送り出される。

 

「そういえば名前を聞いてなかったね」

「そうでした。遅くなってしまいましたが、1年生の上里暁葉です。上里かなたの弟で、上里ひなたの子孫に当たります」

「やっぱりそうなんだ! 似てるな~って思ってて、さっき結城ちゃんが上里くんって呼んでたからもしかしてって思ってたんだよね~。ひなちゃんも弟ができたって言ってたし、暁葉くんのことだよね?」

 

 この世界に呼ばれ、先に来ていたひなたから情報を提供してもらった高嶋たちは、その情報の中の「弟ができた」というよくわからないものまで聞かされていた。勇者部たちは苦笑し、ひなたの幼馴染である若葉は誰よりも動揺した。二人の園子は目を輝かせてメモを取った。

 高嶋のその話を肯定し、暁葉もひなたのことを「ひなた姉さん」と呼んでいるという話をする。ひとりっ子である高嶋は、それを聞いて羨ましがった。

 

「うーん、私の子孫とかもいるのかな? いるなら私は結婚したってわけだよね」

「そうなりますね」

 

 暁葉はその辺りの話を具体的にはしたくなかった。おそらくかなたも同じ思いだろう。上里家と乃木家は明確にひなたと若葉の血筋である。だからこそ大赦の中でも最も発言力が大きい。そして、家が持つ資料もまた多い。

 初代勇者たちの家名は今も残っている。後の時代に功績を残した家を含め、名家として知られている。だが、直接その血が残っているのは、初代勇者の中では上里と乃木だけだと暁葉は記憶している。そういう暗い話はしたくない。

 

「ひなちゃんと若葉ちゃんはどんな人が相手だったんだろ」

「高嶋先輩はどんな人が二人に合うと思いますか?」 

「そうだなー。若葉ちゃんはキリリッて感じだし、時々抜けてるからひなちゃんみたいな人がいいかも」

「ではひなた姉さんは?」

「ひなちゃんはお母さんって感じ強いから~、若葉ちゃんみたいに引っ張ってくれる人がいいんじゃないかな!」

「ベストパートナーが既にいた」

「あはは、でも全然知らない私から見てもそんな感じだったよ。園ちゃんと上里くんみたいにね!」

 

 園子の隣りに立つにはまだまだですよと話す暁葉に、だから園子は好きになったのかなぁとなんとなく結城は感じ取る。

 

 園子は親友が認める天才で、弱点らしい弱点が見当たらない。初めてやることでも、少し練習すれば一級品。勉学も難なくこなし、その豊かな想像力と発想力は創作活動に存分に活かされている。そこに勘の鋭さまであって、本気を出した園子には誰も敵わないのだろうと思わされる。

 それでも愛嬌はあるし、ズレてるところも園子らしさだ。勇者部は皆そう思って受け入れているし、暁葉も正面から受け止めている。

 

「失礼します──」

 

 職員室へと入り、プリントを担任に提出する。友奈ズがついて来ていることを聞かれ、それを高嶋が答える。そのやり取りも手短に終わり、三人は職員室を後にした。

 

「暁葉くんはこの後どうするの?」

「部活に行きますよ」

「そうなんだ。うーん……明日でもいいのかな」

「何がですか?」

「勇者部じゃないっていうのは聞いてるけど、関係者でもあるわけでしょ? 他のみんなと一度顔合わせしてもいいんじゃないかなって。若葉ちゃんとか」

 

 それはたしかにそうだ。暁葉は別段この世界での勇者たちの活動に関わるわけではない。しかしそれはあくまで現状の話。大赦の一員であることに変わりはなく、状況が変われば役割ができる可能性もある。勇者が増えたのなら、その勇者たちの顔と名前を覚えておく必要がある。

 

 それとは別として、特に若葉とは会うべきだと暁葉は考えている。

 園子の先祖なのだから。

 





 次回「お父さん園子さんを僕にください!」(嘘)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。