こくようのうた   作:柳之助@バケつ1~4巻発売中

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一発ネタ。
本誌見て舞い降りた。




 ――――――父は太陽のような人だった。

 

 旭那黒曜が生まれたのは山間の小さな農村だった。

 村民の数はさほど多くはないが、小さな山を一つ越えたふもとにはそれなりに栄えた街があり、生活に不便は感じない。村人は穏やかで争いごとも、犬も食わないような微笑ましい夫婦喧嘩くらい。

 明治が終わり大正となった時世。西洋の文化が加速度的に広まり、日本という国があり方を変えていく中で、時代の流れから取り残されたような村だった。

 そんな村の中で黒曜は穏やかに育った。

 生まれつき持つ、額や顎、腕に延びる痣。

 父親も同じように、祖父も同じように、代々旭那の子が持っているものを黒曜も受け継いでいた。

 父は不思議な人だった。

 黒曜の持つ菱形を組み合わせたような痣とは違い、陽炎のような痣。赤みを帯びた黒髪を後ろの高い位置で一纏めにした父は穏やかで優しい人だった。いかなる時も動じることはなく、公明正大、正しい在り方を極めたような人だったと幼いながらに感じていた。 

 母親は賑やかな人だった。

 黒曜の名前は、母の黒曜石のような瞳から取られたという。息子から見ても透き通るような深みを帯びた漆黒。話すのが好きで、基本必要なこと以外話さない父に笑顔を絶やさず話し続けているのは黒曜の大好きな日常だ。

 家族三人の家はさほど大きな家ではなかった。

 居間は父と母、黒曜が三人並ぶのがやっとくらいの大きさで、黒曜が大人になったら困ってしまうだろうもの。

 だけど、そんな距離感が黒曜は大好きだった。

 

『これでいいんだ、黒曜。俺はこれがいい』

 

 赤子だった頃、父は黒曜を抱きながらそう微笑んだ。

 

『目の前にお前とお母さんがいる。手を伸ばせばいつだって届く距離にいる。俺はそんなささやかな幸せが、何よりも尊いと感じるんだよ』

 

 優しい微笑みだった。

 生まれて数か月頃の話だったが、今でも父の言葉はよく覚えている。

 不思議な話だ。

 きっと父は特別だった。

 

 ―――――父と黒曜は世界が透き通って見える。

 

 人の体の内、血管、脳、神経、臓腑。血液の流れ、肺の膨張、心臓の鼓動、血管の収縮。人の体がどのように動くか、どのような状態なのか。

 そういうものが生まれた時から黒曜には見えて、父も同じ。曰く、普通の人とは呼吸の仕方が違うらしい。実際母も他の村の人たちもそんな風には見えなかったという。

 その視界の有無は大きいらしかった。

 一度、三十人ばかりの山賊が村を襲ったことがあった。

 だが、その三十人を父は木刀一本で、かすり傷一つ受けることなく撃退し、警察へと突き出していた。 

 凄いなと、当時1才だった黒曜は思った。

 自分にはそんなことはできない。

 1才の体では、父と同じ木刀では長すぎたのだから。

 そんな体だったからなのか、父は7歳になったから頃から体の動かし方を教えてくれた。より効率のいい呼吸の方法。戦国時代にいたという旭那の家の始祖が使っていたという呼吸をより巧く、自分のものとできるように。

 7才のころから一晩中野山を走り続けられる黒曜からすれば、どのような鍛錬も疲労は感じることはなく父のできることを覚えるのが楽しかった。

 10になった頃、一通りの動きを覚えたが、しかし父のそれとはまるで完成度が違う。

 それを凄いと言ったら、しかし父はいつものように優しく微笑み、

 

『黒曜、俺などそう大そうなものではないよ』

 

 空を見上げる。

 

『長い長い歴史のほんの一欠片。俺の才覚を上回るものが今のこの瞬間にも産声を上げている。彼らがまた同じように同じ場所に辿り着く。道を極めたものが辿り着く場所はいつだって一緒だ。人とはそういうものだ』

 

 星のようだと、黒曜は思った。

 父よりも凄い人がいるとは思えない。太陽は己の輝きに気づけていない。その熱が回り全てを照らしていることの自覚がないのだろう。

 だから、太陽の下では星の輝きは霞んでしまう。だけど、星の輝きは決してなくならないのだから。日輪の輝きには比べ物にはならないけれど、確かにそれぞれの在り方で光を生み出しているのだから。

 そして、黒曜の頭を優しく撫でた。

 

『お前も行ける。俺などよりもずっと先に。そのような未来を思うだけで俺はいつも浮き立つような気持ちになる』

 

 行こうと、思った。

 父と同じ場所に。父よりもさらに先の場所に。

 そして、いつだって父と母の下に帰って来ようと。

 父と黒曜がどこまで行っても、家に帰れば母が黒曜石のような瞳を細め、笑顔と共に迎えてくれる。どんなことをしてきたのか、どんな風に感じたのか、出かけた最中で見た景色、出会った光景。些細なことがたまらなく尊いと言わんばかりに。

 母が賑やかに話し、父が優しく微笑み、そして日が落ちる頃には三人で互いに手の届く距離で眠る。朝起きればいつだって両脇に両親がいる。

 愛する人が手の届く距離にいる。

 それは父が何よりも尊び、黒曜も愛したもの。

 それが何よりも大切な、黒曜の日常だったのだった。

 

 だけど、人にとって大切なものを他人は容易く踏みにじることができると。

 11になった日、黒曜は知ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 一人の青年が夜の街を歩いていた。

 明かりのない闇夜の中でも解るような濡れ羽色の長髪を頭の後ろの高い位置で結い、その瞳もまた透き通るような深い漆黒。額や顎、黒の詰襟や臙脂色の羽織から延びる手の甲には菱形が組み合わさったような痣が浮かんでいた。

 腰には刀。

 

「―――」

 

 無言で青年はしばらく歩き続け、ふと立ち止まった。

 腰に刷いた刀に手をかけ、

 

「星の呼吸・壱の型」

 

 キィ、という甲高い呼吸音。

 

「――――明けの明星」

 

 背後に煌くような斬閃を叩き込んだ。

 静謐な一閃だった。

 穏やかすらと言っていい、激しさの欠片もない、無駄が一切ない洗練された斬撃。

 何もない所に叩き込んだかのように見えたそれは、

 

「がっ……!?」

 

 突如、首を断たれた鬼が地面に転がっていた。

 

「な、何故だ……!? 俺の血鬼術で見えなかったはずなのに……!?」

 

 頭部だけとなった鬼の顔は驚愕に染まっている。その鬼の異能、血鬼術は自分の姿、気配を完全に消すもの。鬼自体の力としては高くないが、その隠形により鬼は多くの人間や鬼殺隊の隊士を喰らってきた。

 なのに、青年には通じなかった。

 問われた彼は、軽く首を傾げ、

 

「異なことを言う。姿を消していても、お前はそこにいる。ならば斬り捨てることができない理由があるか?」

 

 当たり前のように、異なる世界の法則でも語るのかのように。

 鬼には理解できない。

 あらゆる五感から外れる血鬼術にも拘らず、そこにいるから斬れるだなんて。

 理解できないままに、その鬼は消滅した。

 己が討伐した鬼のことなど気にも留めず、青年は歩みを再開し、

 

「カァー! カァー! 星柱旭那黒曜!」

 

 喋るカラスに視線を向ける。

 闇夜から舞い降りたカラスは黒曜の肩に止まる。

 

「伝令! 伝令! オ館様ヨリ緊急招集! 鬼ヲ庇ウ隊士ニ関シテ柱合会議ヲ開クトノコト!」

 

「……鬼を庇う隊士。なるほど」

 

 カラスの言葉に黒曜は小さく頷いた。

 二十となり、成長した端正な顔立ちには微かな納得がある。

 伝令の言葉に、黒曜が思い当たることがあったからだ。これはすぐにお館様、産屋敷邸へとはせ参じなければならない。

 星柱・旭那黒曜。

 鬼を殺す鬼殺隊の最高位柱にあって――――当代どころか歴代最強と言われる呼吸の剣士。

 基本となる炎・水・風・岩・雷の全ての呼吸を収め、さらに己独自の『星の呼吸』を生み出す偉業を――――鬼殺隊入隊一週間で完遂し、齢十一ながら一月で柱を打診されるが、数年間断り続けるも、数年後あることをきっかけに柱に就任。柱であっても高い殉職率を誇る鬼殺隊においてこれは紛れもなく偉業であり異常事態。

 さらには多くの隊士にそれぞれの呼吸を教えることで、隊士全体練度の底上げをし、今の柱でさえも黒曜の指南を受け自分自身の呼吸を生み出したり、自分の呼吸の技術を大きく上げたほど。

 誅殺した鬼はこの八年で千を容易く超え、下弦討伐は言うに及ばず、上弦でさえも容易く首を落とす。鬼殺隊に入隊して八年間、一度も、かすり傷一つ受けたことがないというのは、最早伝説だ。

 しかし八年間、鬼の首魁、鬼撫辻無惨に会えないことは黒曜にとって不運という他ない。

 

「蝶屋敷へ寄りたかったが……終わってからにすべきか。土産は隠に頼むとしよう」

 

 妻の顔を思い浮かべながら嘆息する。

 母のように良く笑うにぎやかな彼女の下に帰るのは、黒曜にとって何よりも大切な時間なのだから。

 そして空を見上げる。

 旭那黒曜が会いたい者は二人。

 一人は鬼舞辻無惨。

 そしてもう一人は。

 

「……月、か」

 

 父と母を殺した――――六つ目の鬼。

 上弦の壱。

 どこか自分と父に似た鬼を殺すために。

 当たり前のささやかな幸せを守る為に。

 旭那黒曜は鬼滅の刃を振るう。




大正こそこそ話
無惨様は八年間発狂し続けてます
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