こくようのうた   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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縁壱さんは人間だ。
人間だったんだよ




―――――柱合会議は、ある種停滞していた。

 

 鬼の妹を連れた隊士、竈門炭治郎と鬼である竈門禰豆子への処断は凡そ三つに分かれていた。

 即ち、即刻の斬首かお館様の判断を待つか、静観だ。

 音柱宇随天元、蛇柱伊黒小芭内、風柱不死川実弥、岩柱悲鳴嶼行冥、炎柱煉獄杏寿郎が禰豆子は即刻斬首すべきだと主張し、恋柱甘露寺蜜璃はお館様の判断待ち、霞柱時透無一郎と蟲柱胡蝶しのぶは静観。

 炭治郎を鬼殺隊に引き入れた水柱冨岡義勇までもが静観しているのは、全員がどういうことかと疑問に思っていたがいつものことなので全員が放置していた。

 他の柱たちが斬首だ斬首だと騒ぐ中、星柱旭那黒曜は一歩下がり、無言を貫いていた。

 星柱が言葉を重ねることが少なく、柱合会議では自分から意見を発するのではなく、会議のまとめや求められた時に考えを述べるのが基本なので、そのことに疑問を覚える者はいなかった。

 だから、誰も気づかなかった。

 旭那黒曜が竈門炭治郎を見つめ、微かに目を見開き固まっていることに。

 炭治郎も直前の鬼との戦いや混沌極まる状況で黒曜に気づくのが遅れていた。

 そして、黒曜と炭治郎の視線が合い。

 

「―――――父上?」

 

「―――――父さん?」

 

 

 

 

 

 

 黒曜と炭治郎の言葉に柱の全員が固まった。

 それまで二人の処遇を巡り、物騒なことを騒いでいたが、完全な一時停止である。

 そして、一番最初に復活したのは、

 

「ど・う・い・う・こ・と・で・す・か・ぁ?」

 

 満面の笑みを浮かべた胡蝶しのぶである。

 

「こんなに大きい少年に父親と呼ばれるなんて一体いつこさえたんでしょうか。聞いてませんよ? おかしくないですか? ねぇ義兄さん?」

 

「…………しのぶ、落ち着いてほしい」

 

「落ち着いてますよ? 落ち着いて義理の兄の不貞を問いただしています」

 

 人一倍感情の起伏が激しい胡蝶しのぶである。

 だからというべきか、突如降って湧いたまさかの可能性に激怒していた。

 

「しのぶ。聞いていたか? 確かに俺も呼んでしまったが、少年も同じことを言っただろう」

 

「いえ、聞いていません。そんなことよりも不倫の可能性を問いただすことの方が重要です」

 

 反論を許さない断定だった。

 完全に頭が血が上っているのを、透き通る世界から察してしまう。

 

「その可能性はない。俺は妻一筋だとしのぶも良く知っているだろう。ただ……彼が父上に似ていたから思わず口にしてしまっただけだ」

 

「はぁ? 彼が、あの?」

 

 しのぶがものすごい訝し気な顔をし、他の柱も同じだった。

 鬼殺隊の常識、というか世界の理から外れたような男である旭那黒曜であるが、彼に賛辞の言葉を述べると反応はいつも同じだ。

 

『俺など大したものではないよ。父上に比べれば俺は足元にも及ばない』

 

 上弦の鬼すら容易く屠る理外の男をして、そう言うほどの傑物と竈門炭治郎が似ているなどと、誰もが信じられなかった。

 全員が疑問を浮かべ、空白ができた所を炭治郎が、

 

「あ、あの! すみません! その方が俺の父によく似ていたので思わず言ってしまっただけで、他意はありません! 正真正銘炭十郎と葵枝の長男、炭治郎です!」

 

「なるほど。失礼した、炭治郎少年」

 

「いえ! こちらこそ!」

 

「………………はぁ。それで、旭那さんは彼のことをどう考えますか?」

 

 額を手で押さえながらしのぶが問う。

 誤解が解けたのだろう、苗字で呼ぶのは柱としての立場として話す時だ。他の柱もまた黒曜の意見を聞く気なのか、視線が彼に集まっていた。

 故に、黒曜は言葉を紡いだ。

 

「俺は、この二人のことを知っていた」

 

「!?」

 

 しのぶが目を剥く。他の柱も似たような反応で、

 

「どういうことですか!? 冨岡さんとグルだったというわけですか?」

 

「そういうことになる」

 

 小さく頷き、

 

「二年前、義勇から直接相談された」

 

「なっ、冨岡さんが直接……!?」

 

「……?」

 

 離れたとこで我関せずだった義勇が、え? そこに驚く? という顔でこちらを見た。

 全員が無視した。

 

「俺も思うところはあったが、義勇が直談判で俺に意見を仰いだ。さらには元水柱、育手の鱗滝殿からも嘆願された故に静観すると決めた。鱗滝殿は思慮深く、浅はかな行動をされないお方だ」

 

 そして、

 

「お館様も、静観に賛成された」

 

 二度目、柱に驚愕が走った。

 そして、

 

「―――お館様のお成りです」

 

 

 

 

 

 

 

 お館様を交えた柱合会議は凡そ炭治郎にとって良い方に進んだ。

 禰豆子が傷つけられ、不死川が流す血の誘惑に耐える、というのは不死川を知る者にとっては驚愕に値すべきことだったから。

 特級の稀血であり、その香気だけで鬼を酔わせる不死川の血だ。

 それに耐えうる禰豆子の精神力は、彼女が人を傷つけない証明にたり得るものだった。

 故にお館様、産屋敷輝哉の採決は下った。

 が、それに納得していない、認めていないものが大半だった。

 確かに精神力の強さは見せたが、確実な保証でもないのは確か。ほとんどの柱にとって炭治郎も禰豆子は認められるものではなかった。

 鬼撫辻無惨の頸を断ち切るという炭治郎の宣誓も、今の彼では文字通り絵空事だから。

 だから、

 

「お館様、意見をよろしいでしょうか」

 

「なんだい、黒曜?」

 

 黒曜が輝哉を見据える。

 

「禰豆子の精神力が確固たるものであることは証明されました。ですが、それでも柱たちが納得できないのも実情でありましょう。また、炭治郎が十二鬼月や無惨の頸を断つ強さを得る保証もない」

 

「手厳しいね。であれば、どうした方がいいかな、黒曜」

 

「はい」

 

 光を宿さない、盲目の瞳が黒曜を見据える。

 そして、

 

「竈門炭治郎を俺の継子としましょう」

 

 言いきった。

 再度、そして最大の衝撃が柱たちに走った。

 それまで無関心を貫いていた無一郎でさえも驚き顔を上げた。

 黒曜は誰にでも呼吸を教える。

 五大呼吸の全てを収め、派生の呼吸すらも日輪刀の形状上不可能でなければ再現すらでき、指導も非常に上手な彼が教えた鬼殺隊の隊士は数えきれない。実際、現在の柱であり派生呼吸を用いる伊黒、蜜璃、無一郎の呼吸の成立に手を貸したし、しのぶの蟲の呼吸は黒曜の手助けがなければ完成度がまるで違ったとしのぶは考えているほどだった。

 だが、それでも黒曜が継子を取ることはなかった。

 多くの隊士が彼の継子に願い出たが、黒曜は決して受け入れなかった。

 助言はできるが、誰かの師になれるほど自分は大したものではないと常々言っていた。

 それにも関わらず、自分から炭治郎を継子とすると彼は言った。

 そのことがどれほどのことなのか理解できない炭治郎は戸惑っているだけ。

 

「炭治郎」

 

「あ、はい!」

 

「俺は君を継子としたい。……無論俺など大した者ではないが」

 

 んなわけねーだろと、全員が思った。

 

「君の成長の一助となることはできるだろう」

 

「あ、あの!」

 

「なんだ」

 

「―――継子ってなんですか!?」

 

 誰かが噴出した。

 常人離れした耳にて黒曜はそれが蜜璃だと悟ったが、それには構わず、

 

「そうだな。直弟子、といえばいいだろうか。日常を俺と共に過ごし、鍛錬や任務も俺と同行してもらう。無論、禰豆子も共に」

 

「……どうして、ですか? どうして俺なんかを」

 

「……そうだな」

 

 黒曜はその名の通りの漆黒の瞳を一度伏せる。

 そして炭治郎と目を合わせた。

 燃ゆる炎を思わせる赤い瞳。

 それを見て、黒曜は小さく微笑んだ。

 

「――――君は父に似ている(太陽のような子だから)

 

 

 

 

 

 

「おはよう、炭治郎君! 元気になったかしらー! 蝶屋敷へようこそ!」

 

 柱合会議の後、先んじて蝶屋敷に送られ病室で目覚め、善逸や伊之助と再会した後、花のような笑みの女性が現れた。

 長い黒髪に蝶の髪飾りを付けた隊服の女性。

 どこか先ほどあったばかりのしのぶによく似ている彼女は、

 

「旭那カナエです、よろしくね、炭治郎君!」

 

「あ、はい! よろしくお願いします! …………旭那?」

 

「うん、黒曜君としのぶとは会ったんだよね。嫁で姉です」

 

「お嫁さんでお姉さん!」

 

「はい! 嫁兼姉です!」

 

 ニコーと眩しい笑みのカナエは見ていて暖かくなるが、しかし背後で善逸が血涙を流していた。

 嫉妬である。

 

「黒曜君から継子になるかもってのは聞いているわ。だけど、しばらくは怪我の治療ね。私はここの医師なので、私の言うことは良く聞くように。いいかな?」

 

「は、はい! お医者さんなんですか? 隊服を着ていますが……」

 

「あぁ、うん。どっちもだね」

 

 カナエが右の拳の甲を炭治郎に向け、力を込める。

 そして浮かび上がるのは、

 

「旭那カナエ、階級は甲よ。昔は花柱だったんだけど、黒曜君と結婚した時に引退して、前線を引いてね。今は隠の統率とこの蝶屋敷で医師を任されているわ」

 

「なるほど………………柱だったんですか!?」

 

「うん。元だけどね」

 

 柱の記憶は新しい。全員が今の自分とは隔絶した強さの匂いがした柱、元とはいえ彼女もそうという。

 

「寿退柱……」

 

「あはは、面白い言葉ね。昔上弦の弐と戦って死にかけてね。その時に引退したの。その時に結婚もしたけど」

 

 だって、

 

「黒曜君が心配だから柱やめてっていうからねー! 蜜璃ちゃんじゃないけど私もすっごいキュンと来ちゃって、私の代わりに当時甲だった黒曜君が星柱になって穴を埋めてくれて今に至ります!」

 

「じょ、情報量が多い……!」

 

 元柱とか上弦の弐とか結婚とか黒曜が当時甲だったとか。

 

「あはは。ま、今はちゃんと体を休めてね? 暴れると物理的に私がベッドに叩きつけます。なんかよく、上弦の弐に殺されかけて私が呼吸使えないとか勘違いされるんだけど、今でも全然柱に復帰できる力量はあると自負しているので気を付けてね?」

 

「ひえっ……」

 

 横のベッドで伊之助が完全沈黙しているのが急に意味深に感じてしまった。

 旭那カナエ。

 鬼殺隊最強の星柱旭那黒曜を夫に持ち、蟲柱胡蝶しのぶを妹とする、ある意味で鬼殺隊で最も恐ろしい女性である。

 




大正こそこそ話
上弦の弐に殺されかけたけど、寸前で黒曜が助けに入ってます。
肺のダメージは黒曜が外科手術により完治。

上弦の弐に自体は取り逃がしました。

カナエが生きている影響でしのぶさんは感情表現豊か。

カナエ生存はよく見るが、完全状態のカナエさんは中々見ない気がする。


前話で11で柱就任したって書きましたけど、
その時は断って、カナエと入れ替わり柱就任に世界が書き換えられました

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