こくようのうた   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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「完全に回復したようだな、炭治郎」

 

「はい! 師範!」

 

 蝶屋敷に併設された二つの道場、そのうちの一つ、旭那道場にて黒曜と炭治郎は木刀片手に向かい合っていた。

 柱合会議のあと数週間が経っていた。

 その間、黒曜は日々の任務を熟しつつ、毎日夜は帰宅しながら炭治郎の訓練を見守り、炭治郎もカナエから受ける機能回復訓練を熟し、ついにそれらを完了させていた。

 

「……師範?」

 

「はい! カナエさんが継子であるならば師範と呼んだ方がいいとおっしゃったので!」

 

「なるほど……慣れぬがカナエが言うのならばそうなんだろう」

 

 基本的にカナエの言うことは全肯定する男、旭那黒曜である。

 それでしのぶが頭を痛めるまでが一連の流れ。

 

「全集中・常中も体得したな。良いことだ」

 

「はい! カナエさんたちのおかげです、俺一人では到底できなかったかと!」

 

「そう謙遜するな、炭治郎であれば時間がかかるだろうがいつか一人でも至れたであろう」

 

「恐縮です」

 

 ペコリと、炭治郎が大きく頭を下げた。

 こくりと、黒曜が小さく頷いた。

 

「さて、これからは俺と共に任務を行うことになるが、その間時間がある限りは共に鍛錬を行うことになる。呼吸や型の矯正を実践訓練の形でな」

 

 一度息を吸い、

 

「ある程度の基礎能力を会得するまでは、鬼を殺すことよりも、戦場で生き抜くことを何よりとする。鬼に殺されれば、そこで終わりだが生き延び、情報を持ち帰ることができるのならば俺や他の柱と協力して倒すことができるから」

 

「なるほど!」

 

「よし。では始めよう」

 

 木刀を握り直し、対峙する。

 炭治郎は両手で握りしめ、正中線と合わせるように構え、黒曜は片手で握ったまま自然体。

 

「打ち込んでくるといい。遠慮は不要だ。今できる全霊を俺に見せてみろ」

 

「――――はい!」

 

 返事と共に、炭治郎が飛び出す。

 ビュオオ、という呼吸音。

 炭治郎の用いるのは水の呼吸だと、黒曜は聞いている。

 聞いている、であり実際にしっかりと見たことはない。この立ち合いは今の炭治郎の力量を図る為でもある。

 飛び出しと同時に放たれたのは水平一閃。

 水の呼吸、壱の型・水面斬り。

 

「―――ふむ」

 

 小さく、黒曜は頷き。

 

「―――――――え?」

 

 気づいた時、炭治郎は黒曜の背後でひっくり返っていた。

 視界にあるのは道場の天井と黒曜の背中だけ。

 何が起きたのか、まるで解らなかった。

 斬りこんでいた瞬間には、既に倒れていたのだから。

 

「炭治郎」

 

「は、はい! すみません、俺、集中しきれていなかったのか……っ」

 

「いいや、見事な集中と呼吸だった」

 

 だが、

 

「炭治郎、水の呼吸はお前に適応しきっていないな」

 

「…………はい、解っています。鱗滝さんにも言われました」

 

 竈門炭治郎は水の呼吸の適正が決して高くない。

 この適正というものは存外重要で、適正と練度が高ければ呼吸に応じた幻影が見えるのだが、適正と練度が低いと何も見えない。

 柱であればこの幻影というものはより明確にはっきりと見えるほど。

 炭治郎は幻影は生み出せるが、しかし呼吸の極みに至るほどではなかった。

 

「俺の日輪刀は黒刀で、どの呼吸の適正も低くて……」

 

「日輪刀の色は問題ではない。それを言ったら俺も黒刀だ」

 

「えっ、そうなんですか?」

 

「あぁ。が、今は置いておこう。炭治郎――――水の呼吸以外に、何か別の呼吸が使えるな?」

 

「は、はい! どうして解るんですか!?」

 

「見れば解る」

 

 まじか、と炭治郎は思った。

 柱すげぇとも。

 柱がいれば、そんなわけあるかと、全員が思っただろう。

 

「そ、その、前の下弦の伍と戦った時に俺の家に伝わる神楽の呼吸で、全集中の型を使ったんです。それで威力が上がって」

 

「なるほど。その舞いを覚えて長いのか?」

 

「はい、小さい頃から父に教えてもらったので。――――ヒノカミ神楽、というんですが」

 

「ヒノカミ」

 

 ヒノカミ。

 火の神。

 ―――――日の神?

 

「何か、知りませんか?」

 

「いや、聞いたことはない」

 

 ない、が。

 

「―――――俺の、もう一つの呼吸と名前が似ているな」

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり私は運がいいね」

 

 黒曜との鍛錬を終えた夜。屋敷の屋根にて全集中の呼吸を行っていた炭治郎の耳にそんな声が届いた。

 声に顔を上げたが、視界にあるのは三日月だけで、

 

「たーんじろっ! 元気してたかな!」

 

 背後から誰かが抱き着いてきた。

 誰かは声と、何よりも匂いで分かった。

 ふわりと香る石鹸のような香り。

 その持ち主は、

 

「ま、真菰さん!?」

 

「やっほー」

 

 肩まで伸びた黒髪に、青みを帯びた水晶のような瞳。隊服の上に桃色の花柄の羽織。

 鱗滝真菰。

 炭治郎の師である鱗滝左近次の義理の娘であり、姉弟子である女性だ。

 炭治郎からすれば随分と久しぶりだ。

 鱗滝の下で鍛錬をしている間、任務の合間に何度か訪れ、指南してくれていたが、最終選別突破後は会う機会がなかった。

 後から聞いたのだが、水柱冨岡義勇の継子でありながらも、既にその実力は柱に匹敵しており単独の任務を多く熟している。

 泡の呼吸の鱗滝真菰。

 女性隊士において、実力では蜜離にも匹敵すると言われている。

 

「お久しぶりです! 何故蝶屋敷に? もしかして、怪我を……?」

 

「あはは、怪我はないよ。炭治郎がいるって聞いたから少し寄っただけ。しのぶやカナエさんにも会いたかったしね。……まさか、炭治郎が黒曜さんの継子になってるとは思わなかったけど」

 

 肩をすくめながら苦笑する。

 

「真菰さんは、黒曜さんとは知り合いで?」

 

「勿論。お義父さんのとこで話さなかったっけ。同い年の男の子がもう柱なんだよって」

 

「あ、あれって師範のことだったんですか?」

 

「うん、そう。あの頃は柱になった直後だったかな」

 

 笑顔と共に小さく頷き、

 

「炭治郎は凄いね」

 

 泡のように儚く笑った。

 その笑みに、炭治郎の鼻が違和感を感じた。

 炭治郎の知る笑みとそれは何かが違うものだったから。

 

「真菰さん?」

 

「うん?」

 

 炭治郎が感じたその感情を言葉にするのならそれは、

 

「何を諦めたんですか?」

 

「――――」

 

 炭治郎の言葉に真菰が目を見開いた。

 数瞬、瞬きして、

 

「……炭治郎は凄いね」

 

 苦笑する。

 そこにあったのは先ほど感じた諦めと自嘲だ。

 彼女は月を見上げて、

 

「私はね、運がよかったんだ」

 

 現れた時と同じことを言う。

 

「黒曜さんと初めて会ったのは私が最終選別に行く前だった。鱗滝さんのとこに来た黒曜さんが少しだけ私に指南してくれたんだ。色々教えてくれたよ。今使っている泡の呼吸もその時の指南が元だったしね」

 

 だから、

 

「私は最終選別を突破できたんだ」

 

 もしもと、真菰は言う。

 

「黒曜さんに教えてもらわなかったら。私は最終選別で死んでた。泡の呼吸のきっかけになった攻撃で、あの手鬼を殺せたけど、黒曜さんの教えがなければ私は手鬼で死んでたよ」

 

 運がよかったと、真菰は繰り返す。

 

「錆兎はね、私よりずっと強かった。……この話はしたよね?」

 

「……はい」

 

 錆兎のことは知っている。

 最終選別の為の最終試練で炭治郎に稽古をつけてくれた宍色の髪の少年。

 あの出会いがなんだったのかは今でも解らない。

 真菰の兄弟子と知ったのは、最終選別直前に真菰と鱗滝に送り出された時だ。

 

「錆兎が黒曜さんに少しでも何か教えてもらってたら、きっと彼は生き残っていた。柱になってたと思う。実際私は柱になり切れていないし」

 

 一度口を閉じ、

 

「私さ、黒曜さんに継子にしてくださいって何度もお願いしたんだ」

 

「そうなんですか?」

 

「そうなんです。私だけじゃないけどね。黒曜さんの継子になりたいって人はたくさんいるよ。でも、皆してもらえない。呼吸の指導はしてくれるけど」

 

 俺は弟子を持つほど大した男ではない。

 誰に対しても、彼はそう言っていた。

 

「笑っちゃうよね。黒曜さんほんと強いんだよ。前、私上弦の肆と遭遇して死にかけたことあってね」

 

 真菰は思い返す。

 全身を刀で構成した異形の鬼だった。

 自身の周囲、壁や地面から自在に刀剣を生み出す空間型の血鬼術の鬼だった。対峙した瞬間、足元から刀を生み出す初見殺しの鬼。

 嗅覚と敏捷性に長けた真菰だから即殺されなかった。

 でも、すぐに死にかけて――――黒曜に助けられた。

 あの光景は決して忘れない。

 真菰が避けるだけで死を覚悟した刀剣精製を黒曜は散歩のような気軽さで回避どころか、百にも及ぶ刀剣を全て断ち切り、死に物狂いで叩き込んだにもかかわらずかすり傷しか付けられなかった鬼の頸を一瞬で断ち切った。

 漆黒の、黒曜石のような日輪刀を、赫に染めて。

 

『星の呼吸・参の型――――瑠璃の流転』

 

 その型を真菰は忘れない。

 星の呼吸でありながらそれは――――水の呼吸の型を、全て同時に繰り出したようなものだったから。

 上弦の肆を何の苦労もなく斃した黒曜を見て、真菰は悟ったのだ。

 

「私は百年鍛錬を重ねたって今の黒曜さんの足元にも及ばない」

 

 それは確信だった。

 物は下に落ちる。太陽は東から昇る。鳥は空を飛び、魚は水の中を泳ぐ。

 生まれれば、死ぬ。

 そんな世界の摂理。

 世界の寵愛を一身に受けた者。

 それが旭那黒曜という男なのだ。

 

「だから、炭治郎は凄い。そんな黒曜さんに継子として認められたんだから」

 

「……真菰さん」

 

「だから、頑張ってね炭治郎。炭治郎は強くなれる。私なんかよりも。もしかしたら黒曜さんよりも。私は諦めちゃったけど、炭治郎なら、もしかしたら」

 

 それは身勝手な押し付けだと、真菰は思う。

 あの世界の申し子より先に行けだなんて。

 世界から愛された超越者を超えろだなんて無茶振りも甚だしい。

 

「……真菰さん」

 

 炭治郎はその重みを確かに感じていた。

 期待と諦観。自分にはできなかったことを炭治郎に託して、押し付けているのだから。

 だけど、どうしても。

 どうしても、炭治郎は真菰に言いたいことがあった。

 失礼かもしれないけれど、

 

「真菰さんは、錆兎に胸を張れますか?」

 

「―――――――――」

 

 真菰が大きく瞳を見開き、硬直した。

 凡そ、十数秒ほども停止していただろう。

 やはり失礼だったと、炭治郎が焦った時、

 

「――――あはっ。炭治郎の言う通りだ」

 

 真菰が柔らかく笑みを零した。

 それは、さっきまでとは違う気負いのない微笑みだった。

 

「確かに、今の私を錆兎が見たら怒られるなぁ。こういうの、気にする口だったし。黒曜さんがどうだろうと、お前はお前のやるべきことをしろとか、言いそう。男なら、が口癖だったしね」

 

「あはは……真菰さんは女性ですけどね」

 

「おっ、嬉しいこと言ってくれるね」

 

 にっこりと笑い、彼女は立ち上がって体を伸ばす。

 そして空を見上げ、

 

「人は、それぞれ輝いている」

 

「?」

 

「黒曜さんが言ってたよ。聞いた時、正直嫌味かーと思ったけど、今なら、うん。受け入れられる。私も炭治郎も、黒曜さんも、それぞれ輝いてるんだから」

 

 しかし、一度首を傾げ、

 

「炭治郎は星って感じじゃないか」

 

「えっ?」

 

「炭治郎は―――太陽だよ。それも優しい、暖かく周りを照らす日輪」

 

 真菰が手を伸ばし、炭治郎の頬に添える。

 どきりと、炭治郎の心臓が高鳴った。

 

「炭治郎はそのままでいてね? 君が君のままでいてくれるのなら私も安心だから」

 

 真菰は泡だ。

 泡はすぐにはじけて消えてしまう。

 儚く脆い泡沫の夢。

 けれど、太陽がその光で照らしてくれるのなら、儚い時をありったけに輝けるのだから。

 うんと、彼女は小さく頷いて。

 

「――――やっぱり私は、運がいい」

 

 




唐突に生きてた真菰。

兄上よろしく、こんなのいたらそりゃ病む。
しかしメンタルケアといえば我らが長男。


大正こそこそ話

星の呼吸・弐の型・紅玉の煉獄
炎の型の奥義煉獄を核に、それ以外の炎の型を同時に放つ。
頸が落ちるどころか、人型なら残さず蒸発する。

参の型・瑠璃の流転
流々舞い、水流飛沫の足運びで、捩じれ渦、水車の体の動きで、生々流転を行い、雫波紋突きの速さと滝壺の威力と攻撃範囲で、状況に応じて水面斬り、打ち潮、干天の慈雨を放つ。

肆の型・翠玉の風斬
全方位にて放つ真空の刃によって文字通り竜巻を生み出す。黒曜の放つそれは空間がズレたと思わせるもの。風の呼吸特有の剣技による攻撃と原理は同じだが規模威力が桁違い。人の形をした暴風雨。

伍の型・金剛の岩軀
唯一の防御技。自身の防御というよりも血鬼術による範囲攻撃から背後の仲間を守るための型。ひたすらに相手の攻撃を超高密度斬撃で弾き逸らすというもの。

陸の型・琥珀の霹靂
雷の呼吸・壱の型・霹靂一閃と全く同じの上位互換。神速のそのさらに先。曰く、雷の呼吸の真髄は壱の型であり、それ以外は余技というのが黒曜の言葉。
黒曜の放つそれは抜刀から納刀までが刹那であり、納刀した時にやっと鬼の頸が落雷に撃たれたように弾け断つ。

上記五の型は五大呼吸を極めた結果。
この五つで真菰だけではなく本人が気づかぬうちに才ある隊士の自尊心をぽっきりおり砕いている。
一応折った後にはその相手に応じた呼吸を指導している模様。

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