こくようのうた   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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感想が大体無惨様についてなので無惨様回+α




 鬼舞辻無惨は己が完璧な存在であると自負している。

 

 日光という唯一の弱点を除けば、自分は完全無欠。生物として人とは隔絶した領域にいると。

 故に、鬼としてどれだけ人間を喰らっても罪の意識はない。

 千年間続け、ばち一つ当たらないのだ。

 それこそが無惨の正当性の証明であろう。

 鬱陶しい鬼殺隊という異常者の集まりにここ四百年煩わしい思いをさせられているがそれすらも己の前では塵に等しい。

 

 ―――――が、黒曜石のような痣を持つ呼吸の剣士を見た時は、背筋が凍った。

 

 まだ十を超えた程度の少年。

 当時の上弦の陸が百年ぶりに殺され、その下手人を上弦の伍に調べさせ、その眼を通して目撃した。

 四百年前、己を追い詰めた花札の耳飾りと痣の剣士。あの男の耳飾りはなく、痣の形は違ったが、しかしその顔は彼と瓜二つ。

 そして、その理不尽さも同じだった。

 視界を繋げていた上弦の伍は、少年と向かい合った瞬間に首を落とされて死んだ。

 あの時ほどに、はらわたが煮えくり返ったことはない。

 耳飾りの剣士が死んだ後自分と上弦の壱、黒死牟とで彼に繋がる全てを殺しつくしたはずだったのに。数年前、最後の縁者を殺したはずだったのに。

 それにも拘らず、未だに痣の剣士が残っている。

 それからしばらくは鬼を強化し、少年を殺すために何体もの鬼を向かわせた。

 結果は、下弦は半壊。補充した上弦の陸と伍が同時に殺された。

 そこからさらに下弦と上弦を補充し、殺すために動かしたがその悉くが滅殺された。

 ふざけるな。

 何故十二鬼月はこれほどまでに無能なのか――――とは、無惨でさえ、言えなかった。かつての自分でさえも耳飾りの剣士には何もできずに殺されかけたのだ。己よりもさらに下等である鬼に怒れるはずもなかった。

 もし、それを理由に十二鬼月に八つ当たりを起せば、同時に自分の無能を認めることになるから。

 それは無惨の矜持が許さなかった。

 それから数年間はどうにかして痣の少年―――旭那黒曜を殺せないかと苦心する日々が続いた。この千年間、これほどまでに怒り狂った日々もなかっただろう。

 何度癇癪を起し、人としての住処を潰してしまったのか覚えていない。

 もう少しやり過ぎれば、鬼殺隊に捕捉されていたほどだ。

 そして、数年前。

 上弦の弐、童磨が花柱を殺そうとし、黒曜が乱入。

 童磨の頸を半ば切り裂き、動きを止め――――――止めを刺すことなく、花柱を回収して撤退した。

 あれは命からがら逃げだすものの動きではなかった。

 上弦の弐という、全ての鬼から数えて参番目に強い鬼すらも彼は歯牙に掛けなかった。

 いつでも殺せるが、そんなことよりも花柱を助けることを優先したのだ。

 即ち、童磨であっても旭那黒曜の相手にはならない。

 あの耳飾りの剣士のように。

 世界の寵愛を一身に受けた者。

 黒死牟はそう言った。

 そして無惨は悟る。旭那黒曜は紛れもなく耳飾りの剣士、継国縁壱の同類。

 生命として完成された己ではあるが、彼らは文字通り世界の法則が外れた者。

 生きているだけで、世界の理を乱す者。

 

 故に―――――鬼舞辻無惨は旭那黒曜に関して考えるのを止めた。

 

 縁壱と同じように、奴が死ぬまで表に出ないことを決めたのだ。

 それこそ太陽を克服するような鬼が出ない限り、鬼撫辻無惨は旭那黒曜が存命中は何もしないと決めたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 旭那黒曜は珍しく困っていた。

 蝶屋敷にある自室。黒曜的に意外に思われるのだが、彼の私室には存外物が多い。

 彼はすごろくや独楽、メンコのような遊びが大好きだし、趣味で音楽もたしなむ。暇があれば悲鳴嶼と一緒に吹くことも少なくない。蝶屋敷の看護婦であるすみ・きよ・なほとすごろくで遊ぶことなどしょっちゅうだ。

 寝室はカナエと同じだから、ここは純粋に趣味や柱としての仕事をする為の場所である。

 その部屋にて、黒曜は一人の少女と向き合っていた。

 栗花落カナヲ。

 黒曜からすれば義理の妹に当たる少女だ。

 正確に言えば胡蝶姉妹の義理の妹なので、妻の義理の妹、というややこしい間柄だが、黒曜にとっては大切な家族である。

 彼女もまた鬼殺隊の隊士、胡蝶しのぶの継子。

 常に笑顔を崩さない少女なのだが、今黒曜をとても困らせていた。 

 と、言うのも、柱としての報告書を書いていた黒曜の下に現れ、

 

「義兄さん、私は今とても困っています」

 

「なんと」

 

「はい」

 

 いつもの笑顔ではない、如何にも困っていますという顔だった。

 これはいかんと、黒曜は思った。

 兄として、妹の問題には全力で取り組まねばと。

 上弦の鬼だろうと自然体を崩さない鬼殺隊史上最強の剣士は、妹の相談の前に珍しく身構えた。

 何が来ようとも、己の全てで彼女を助けるために。

 

「どうしたんだ、カナヲ」

 

「はい」

 

 カナヲは一度頷き、

 

「―――――――炭治郎が尊すぎて辛いです」

 

「―――――――うん?」

 

 首をかしげた黒曜に構わず、カナヲが涙さえ浮かべ出す。

 

「炭治郎、かっこよすぎないですか? なんなんですか彼。見てて心がほわほわし過ぎて辛いです。さっきも朝おはようの挨拶をしようと声をかけようとしたんです。毎朝一炭治郎。心の栄養は必須ですよね。でも、私から声をかけるよりも速く、炭治郎は私に気づいてくれてめっちゃ手を振って名前を呼んでくれたんです。カナヲー! って、あのお日様みたいな笑顔で。目が良くて良かったと思います。死ぬまで絶対忘れません。炭治郎って意外にまつげ長くて、性格も顔もいいとか私殺しにかかってきてますよね」

 

 ヒンッ、と涙をぽろぽろながらカナヲがしゃくりあげた。

 感極まっているのかそのまま言葉を続ける。

 

「鍛錬中もかっこよすぎます。炭治郎っていつもほんと真剣なんですよね。どんな些細なことにも全力で。それなのに相手のことも気を使って。薬湯の鍛錬なんか私が濡れると悪いからって頭の上に湯飲み置いたんですよ? え? 何? 私殺しに来てる? 炭治郎の呼吸なの? つらい、尊い」

 

 一息で語りながら天を仰ぎ、息を長く吐きながら大きく俯いて。

 

「炭治郎が尊すぎてつらいです義兄さん……」

 

「なるほど」

 

 黒曜が小さく頷いた。

 彼にしては珍しい、聞き流しである。

 栗花落カナヲ。

 胡蝶姉妹が彼女を人売りから攫った時は自分では何一つできない子だったし、黒曜と初めて会った時も同じようなものだった。

 何かするのにいちいち硬貨を弾いて決めてたくらいなのだから。

 だが、カナエが柱を引退し、彼女とカナヲが共有する時間が増えたせいでいつのまにか心が花開いていた。

 ……が、それでもここまで怪文章染みた長文台詞を聞いたのは黒曜でも初めてである。

 

「なるほど」

 

 二回頷いた。

 鬼の首魁鬼撫辻無惨をして世界の理を乱すと言われた青年でも、二度頷かなければ飲み込めなかったのである。

 つまり、

 

「カナヲは炭治郎に懸想していると」

 

「け、懸想!?」

 

「恋仲になりたいのか?」

 

「こ、恋仲!? そ、そんな……!」

 

 カナヲは頬を赤く染め、

 

「恋仲なんてそんな恐れ多い……!」

 

「ん?」

 

「私はほんと、炭治郎を眺めてるだけでいいんです。炭治郎が頑張ってる姿を陰ながら見守ることができれば満足というか、私なんかが近づくにはほんと炭治郎は尊すぎますよ! というか恋仲になんかなかったら一日で私が尊みで死ぬ自信があります。まぁ死んでも炭治郎の尊みがあれば生き返れそうですが。炭治郎による生死の永久機関ですね。炭治郎凄い」

 

「……?」

 

「はぁー…………」

 

 言い切って、困惑する黒曜を置いてけぼりにしてカナヲは大きなため息を一つ。

 

「待って無理……しんどい……炭治郎が尊すぎる……」

 

 義理の妹の語彙力が死んでいた。

 

「……いや、それで、カナヲはどうしたいんだ?」

 

「どうすればいいんでしょ……」

 

 いや、それはこちらが聞きたいのだが。

 

「もう炭治郎を二十四時間影から見守るしかできない……」

 

「それは止めた方がいいと思うんだが……」

 

 犯罪である。

 鬼殺隊は国から認められていないし、常時帯刀していて法律を思い切り破っているがそれは多分良くない。

 しかし、カナヲが炭治郎にここまでの想いを寄せるとは。

 気持ちは解らないでもない。数週間、柱と継子として多くの時間を共有しているが、確かに彼は気持ちのいい少年だ。人当たりが良く、他者に真摯でもある。

 父のような、太陽のような少年だと最初は思った。

 だが、実際に触れあってみると少し違った。

 どこか浮世離れしていた父とは違って、炭治郎は周りにいる誰かと寄り添い合い、その熱を誰かに分け与えることのできる少年なのだから。

 

「はぁ……しんどい……無理」

 

 が、それにしたってここまでの影響は予想外である。

 吐き出す溜息と言葉が繰り返されている。

 炭治郎とどうなりたいのかが、自分でも解っていないようである。

 

「カナヲ」

 

「はい……」

 

「正直、俺は人の感情には疎い方だと思う」

 

「あ、はい。知ってます」

 

「………………そうか」

 

 義理の妹、突然の真顔である。

 少し複雑な思いをしながら、

 

「だが、こうしてカナエと結ばれ今俺は幸せだ。故に俺の話になるのだが……」

 

「はぁ」

 

 義理の妹、あまり興味がなさそうである。

 少し傷つきながら、

 

「俺とカナエの時は……」

 

「あ、義兄さんと姉さんの馴れ初めは大体カナエ姉さんから耳にタコができるくらい聞いてますのでそのあたりは省略お願いします」

 

「………………そうか」

 

 義理の妹がたくましく育っていて、何故か悲しくなった。

 こほんと、一つ咳をし、

 

「で、あれば言うことは一つだけだ――――後悔は、しないように。伝えたい想いがあれば、伝えた方がいい」

 

 伝えられないことだってある。

 

「俺は、たまたま間に合った。だが、上弦の弐に傷を負わされたカナエを見た時は心底背筋が凍ったし、恐ろしかった。カナエが死ぬこともだが、自分の想いを何も言えずに別れることが、だ。……俺は鈍い故に、瀕死のカナエを見て、どれだけ大事なのかやっと気づけたからな」

 

「……はい」

 

「では、俺から言えるのはこれだけだ。こういうことはカナエに相談した方がいいと思うぞ」

 

「姉さんは無駄に盛り上げるので……」

 

 嫌そうな顔をするカナヲである。

 最愛の妻は他人の色恋話が大好きだ。

 そういうところも大好きだが。

 それにしても、本当に感情豊かになったものである。

 炭治郎がこんなにも愛されているとは。

 しみじみと思った時、ふと黒曜は思い出した。

 

「そういえば」

 

「?」

 

「最近、真菰に炭治郎の様子を聞かれることが増えたが、もしや彼女も」

 

「ちょっと今から炭治郎に夜這いかけてきます」

 

 栗花落カナヲ、親指を立てて良い笑顔で去っていった。

 さっきまで無理とかしんどいとか言ってたのは何だったんだろうと、黒曜は思った。

 というか、今は思い切り昼なんだが。

 

 しばらく考えて、継子と義理の妹の色恋に関して、旭那黒曜は考えるのを止めた。 

 

 




大正こそこそ話

上弦は陸から肆はころころ変わる。


クソデカ感情炭治郎推しカナヲ
真昼の夜這いを敢行したカナヲだが、炭治郎は真菰とお茶しに行ってたので失敗した。
その後、夜な夜な女の戦いを繰り広げる水と蟲の継子がいたとかなんとか。

しのぶは頭を抱えた。

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