こくようのうた   作:柳之助@バケつ1~4巻発売中

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 早朝旭那道場――――夜明け前、既に木刀がぶつかり合う音が響いていた。

 

「フゥゥゥ……!」

 

「コホォォ―――」

 

 花のように舞う少女と泡が弾けるように足を運ぶ少女。

 カナヲと真菰だ。

 

「花の呼吸・捌の型・夕立の紫陽花」

 

 五連続で叩き込まれる上段大斬撃。カナヲの用いる花の呼吸の中で最も威力に長けたもの。

 

「泡の呼吸――」

 

 それに対し、真菰は前に飛び出し、

 

「肆の型・寄せる波花」

 

 三十に近い超高速斬撃をカナヲの斬撃にそれぞれ叩き込むことで相殺した。

 

「っ―――」

 

 お互いが弾かれ合うように数歩下がり、

 

「泡の呼吸・弐の型―――廻るさぼん」

 

 次の瞬間には真菰はカナヲの前に。

 跳躍中に体を一回転させることで加速と遠心力を乗せて威力を高めた横回転斬り。命中した瞬間に、さらに体を押し込み、

 

「くうっ―――」

 

 カナヲの態勢が崩れる。

 その隙を見逃す真菰ではなかった。

 

「泡の呼吸・陸の型――――溌泡美刃」

 

 真菰の姿がブレた。カナヲの常人離れした視覚でさえ。

 次の瞬間、カナヲの周囲八方向から超瞬発機動でほぼ同時に真菰が斬撃を叩き込み、

 

「っ…………参り、ました」

 

 滝のような汗を流し、痛みに耐えながらカナヲが降参宣言。

 

「コホォォ――――」

 

 そして、勝者たる真菰は長く息を整え、

 

「よっしゃ今日の炭治郎を起す権利は私のもの――――!」

 

 拳を高らかに突き上げた。

 

 

 

 

 

 

 

「くっ……くぅっ……! 炭治郎の寝顔……! 炭治郎の寝息……! 推しの無防備の姿を四日も見れないなんて自分の弱さに絶望する……! 私は一体どうやって炭治郎のあられもない姿を目に焼き付ければいいっていうの……!? 真菰さんは寝ている炭治郎にどんないたずらをする気なんですか! 私はとりあえず起こす前に炭治郎の服の匂いを堪能して、匂いこすりつけておきたいです!」

 

「うん、ごめん。カナヲ、ちょっとついていけない」

 

 カナヲが血が滲むような声で、涙さえ流しながら床に崩れ落ち、真菰は普通にドン引きだった。

 竈門炭治郎に想いを寄せる少女、二人。

 以前、夜中に夜這いをかけたカナヲと夜食に誘った真菰が鉢合わせてから、二人は奇妙な絆で結ばれることになった。

 炭治郎大好き、でも炭治郎に迷惑をかけない。なお、しのぶの頭痛は考えないものとする。

 あの日から数日、夜分遅くに二人の少女は時に牽制、時に模擬戦、時にすごろくやメンコなどの勝負遊戯を繰り広げていた。

 尚、夜這いに関しては善逸や伊之助が同室だったので、流石のカナヲも最終地点まで至ることはできなかった。

 

『やっぱ初めては二人きりで……綺麗な満月の光が刺すような部屋がいいと思いませんか―――私ならその光があれば炭治郎の様子くっきりと目に焼き付けられるので』

 

『この子とんでもないな!』

 

 炭治郎たちの部屋の前で小競り合いが繰り広げられるが、炭治郎と伊之助はしっかり熟睡していたので気づかれることはなかった。

 善逸だけは全て聞いていて、寝不足に加え血涙流し過ぎて軽い貧血になったりならなかったりしたものである。

 しのぶは妹のとんでもない方向性への心の暴走に、現実を直視できず考えるのを止めた。

 結局、他の患者に迷惑だからと、蝶屋敷の女主人公旭那カナエにより夜間の炭治郎の部屋への接近禁止令が出されたことにより善逸の不眠貧血としのぶの頭痛は解消された。

 しかし、それで諦めないのが恋する乙女二人である。

 夜間が駄目なら朝から行けばいいのでは?

 という理論により、炭治郎を起しに行こうという結論になったが、以前のようにどちらが起こすかでいさかいを起してカナエに怒られるのは避けたい所。

 故に、夜明け前に二人は模擬戦をし、勝った方が炭治郎を起すという淑女協定が結ばれたのである。

 

「うぅぅ……負け越しが酷い……真菰さん強いですよほんと……」

 

「そりゃあ私の方が鬼殺隊長いしね。最近は黒曜さんにも稽古つけてもらってるし……ってのはカナヲも同じか。ま、経験値の差だよ」

 

 現状十回戦えば八回は真菰が勝つ。

 身体能力自体はさほど差はない、というか小柄な真菰よりもカナヲの方が体格には恵まれている。だが技量と経験値が真菰の方が大きく上だ。純粋に鬼殺隊に所属して鬼を斃した数は真菰の方が多いし、彼女は上弦との交戦経験もある。

 それが階級甲でありながら、柱と伍すると呼ばれている所以でもある。

 

「ま、カナヲも強いよ。経験さえ積めば、多分私とあまり変わらない気がする」

 

「私は……! 私は今……! 私は今炭治郎の寝顔が見たいんです……! 四日……! 四日も見てないなんて……四日絶食しているのと同義……!」

 

「うーんブレないなーこの子」

 

 変態に片足突っ込んだ限界オタクのカナヲと違って真菰は至極真っ当である。

 伊達に交流障害、口数は少ないのに口を拓けば余計なことしか言わない男、蟲柱の頭痛と胃痛の原因の八割、と呼ばれている水柱冨岡義勇の継子を何年もしている少女ではない。

 何はともあれ、

 

「じゃ! 今朝も炭治郎の寝顔は私のものさ!」

 

「くっ……これじゃあ私は―――――――朝になって今から眠ろうとする禰豆子ちゃんに子守唄を歌って外掘りを埋めるしかない……!」

 

「無敵かな君は!?」

 

 

 

 

 

 

 

 朝、ここ最近真菰が炭治郎を起こしに来てくれる。

 いつ鬼殺隊の仕事をしているのかと思うが、日中や夜間のどちらかは姿を見ないこともあるのでそういうことだろう。炭治郎の師である黒曜も柱であるが必ず毎日蝶屋敷に戻ってくる。

 無限列車の任務からしばらく、治療を必要としなかった善逸は任務に出ているし、怪我を負っていた炭治郎も伊之助もほぼ全快し、何度か任務に赴いている。

 昼過ぎ。

 その日は珍しく同期の善逸も伊之助も、カナヲも真菰もいなかった。

 指南してくれる黒曜も暇があれば手伝ってくれるカナエもしのぶも、今日は急患が多かったらしく、黒曜も治療に駆り出されて自主練の時間だった。

 木刀を振るい、型を繰り返し、呼吸を深める。

 旭那道場に1人研鑽を重ねる。

 時間を忘れ、汗が滝のように流れるのにも気づかずに続けていて、

 

「精が出るな、竈門少年!!」

 

「わーぁ!?」

 

 背後から轟いた巨大な声に心臓が耳から飛び上がるくらいに驚いた。

 

「むっ! 驚かせたようだ、すまんすまん!」

 

 声の主は言うまでもない、炎柱煉獄杏寿郎。

 羽織はないが、着ているものは隊服だ。無限列車の後、怪我の治療と任務を挟みながらも、鍛えなおしと蝶屋敷にしばらく滞在し、黒曜と鍛錬を重ねていた。

 

「任務ですか?」

 

「あぁ! というか、そろそろ本格復帰しようと思ってな! お館様に頼み込み、鍛錬の時間を確保していただいたがそろそろ限界であろう! これから蝶屋敷を出て、そのまま任務に復帰する!」

 

「なるほど! お疲れ様でした!」

 

 杏寿郎の大きな声につられて、炭治郎の声も大きくなる。

 

「うむ」

 

 杏寿郎は小さく頷き、

 

「竈門少年、一度座るといい」

 

「あ、はい」

 

 促され、炭治郎は杏寿郎の前に正座する。杏寿郎も同じく姿勢よく正座にて向き合った。

 

「竈門少年」

 

「はい」

 

「君は焦らなくてもいい」

 

「――――――」

 

 静かに告げられた言葉に、炭治郎の目が見開かれた。

 

「……気づかれて、いましたか」

 

「あぁ。というか、黒曜の鬼殺を見た者の反応は君のように焦り限界を超えて鍛錬をするか、諦めるかの二択だからな」

 

 俺もそうだったと、鬼殺隊の柱は言葉を漏らす。

 

「煉獄さんも……?」

 

「うむ! 俺よりも年下の子があれだけ強いのだ! 焦燥に駆られないわけがなかっただろう! 煉獄家は代々柱を担っているのに、俺は彼に稽古で一本も取れない! 思うところはあった! 稽古をし過ぎて体を壊したこともあったしな! 竈門少年! 黒曜から伝えられた自己鍛錬表以上にやっていないか! あれは君の今の体を考えて組まれたものなので、過剰にやると逆効果だぞ!」

 

「おぉう……」

 

 炭治郎が頭を抱えた。

 まるっきり図星であった。

 杏寿郎はしかし、優しく笑みを浮かべ、

 

「竈門少年、君は君だ」

 

 焦りを抱えていた少年へ伝えねばならないことを伝える。

 

「君は強くなる。あの黒曜が認め、継子としたのだから。君は十二鬼月を、無惨を倒すことを誓ったのだから。君は悲しみの連鎖を断ち切ると吼えたのだから。君は、君なりの歩みで強くなれる」

 

 そして、

 

「俺は、君と君の妹を認める」

 

 だって、

 

「黒曜の背を追う君を俺は見た。人々の為に戦う竈門少女を見た。任務の始まり、俺は君のことを信じていなかった。信じていたのは君を信じていた黒曜だった」

 

 だけど、

 

「俺は、俺が見た君たちを信じる。君たちは立派な鬼殺隊の隊士だ」

 

「―――――ぁ」

 

 ぽろりと、炭治郎の瞳から涙が零れた。

 暖かい言葉が、炭治郎の胸に種火となって灯る。

 杏寿郎は願う。いつかその種火が大きな炎となることを。

 炎の柱は、日輪の少年へ想いを伝える。

 

「君と俺が追う背中は遥か遠い。万か、億か、それ以上か。果てしない道のりだ。だけど――――俺たちは、確かに高みへ歩いているのだ」

 

 その為に。

 男は少年の胸に指を付きつけ、

 

「――――心を燃やせ」

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう、杏寿郎」

 

 道場を出て、荷物を纏めて蝶屋敷を一人出ようとした杏寿郎に声をかけたのは黒曜だった。

 

「うむ? もう手当てはいいのか?」

 

「あぁ、落ち着いた。……先ほど、炭治郎を励ましてくれていただろう」

 

「あぁ! あれか! 聞いていたのか、それは恥ずかしいな! 余計なことを言ったかもと、少々心配していたのだが!」

 

「とんでもない」

 

 黒曜は目を伏せながら首を振る。

 

「あの言葉は、俺には言えなかった」

 

 炭治郎に焦りがあったのは黒曜も気づいていた。

 焦るなと、言うのも簡単だった。

 だが、きっと黒曜が炭治郎にそう言っても、逆に焦らせるだけだっただろう。

 そういう隊士を、黒曜は見てきたのだから。

 

「だから、感謝する。杏寿郎」

 

「よもやよもや! そんなことは感謝されることのほどではない! 俺が黒曜にしなければならない感謝の方が多いからな!」

 

「そうか?」

 

「そうだ!」

 

 炭治郎にも言ったが杏寿郎だって、黒曜の強さに思うところはあるのだ。

 だけど、結局の所焦っても、折れても仕方がない。

 煉獄杏寿郎が自身の責務を全うすることには憧れも嫉妬も、挫折も関係ないのだ。

 

「俺は心を燃やし―――鬼を狩る。戦えない人々を残酷から守る。そうだろう、星柱」

 

「――――あぁ、そうだ。そうだな、炎柱」

 

 黒曜の痣を持った青年が目を細め、微かに、しかしはっきりと笑う。

 

「それこそが俺が玉のように輝く星と仰いだ光だ」

 

 




前半と後半の落差

大正こそこそ話
肆の型・寄せる波花
高速高密度の数十からなる連続斬撃

弐の型・廻るさぼん
疾走の中で回転しながら、斬撃に遠心力と加速を乗せる技

陸の型・溌泡美刃
残像が見えるほどに素早く動き、相手を全方から斬りつける技

泡の呼吸
水の呼吸に風の呼吸を織り交ぜることで派生し、玖の型・水流飛沫を中心に生み出された呼吸
守りを棄て、回避と柔軟性、素早さに特化した型。
俊敏性では胡蝶しのぶに伍するほど。
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