こくようのうた   作:柳之助@バケつ1~4巻発売中

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 ――――――夜空を満月が照らしている。

 

 上弦の陸・堕姫と妓夫太郎。

 上弦の伍・玉壺。

 上弦の肆・半天狗。

 上弦の参・猗窩座。

 十二鬼月、その半分以上が既に斃されていた。

 手強かったと、黒曜は蝶屋敷の縁側で記憶を反芻する。上弦の伍は霞柱である無一郎が単騎で倒し、参の猗窩座も黒曜一人で斃せたが、他の二体はそうもいかなかった。

 堕姫と妓夫太郎の二体は兄妹の首を同時に断たねばならなかった。

 半天狗は戦っている鬼ではなく巧妙に隠れる本体を断たねばならなかった。

 黒曜の物理的な戦闘力がどれだけ高くても倒せない、そういう鬼たちだった。加えて、その二体も黒曜を見るなり逃亡することは解っていた。

 特に上弦の陸は厄介だった。

 二体のうちどちらも逃がさないのは難しく、同行していた宇随天元、炭治郎、善逸、伊之助がいなければ斃せなかっただろう。また上弦の肆にしても戦闘能力の高い半天狗の分身体を放っておけば刀鍛冶の里を壊滅し、刀鍛冶たちを皆殺しにしかねない故に足止めは必須だった。

 結果的に。

 堕姫を善逸と伊之助が、妓夫太郎を天元と炭治郎が位置取りを調整し、平面上に十間(20メートル)―――――黒曜が上弦の首を落とせる最大距離に誘導し、『星の呼吸・肆の型・翠玉の風斬・周断ち』、広範囲円環状斬撃に同時に首を落とし。

 半天狗・憎珀天を黒曜が足止めをし、その間に逃亡する本体を蜜璃、炭治郎、禰豆子、不死川玄弥が追跡、蜜璃がさらに分身した一体を倒し、最後に残った本体を炭治郎が首を落とした。

 

 そして――――竈門禰豆子が太陽を克服した。

 

 鬼殺隊と鬼の戦いに起きる明確な変化。

 全国各地の鬼の活動が鳴りを潜め、最後の戦いが迫っている。

 その中で行われる柱稽古。

 黒曜が担ったのは呼吸の矯正。

 各地の柱稽古の最中に、隊士が黒曜の下に訪れ強化された肉体と呼吸のズレを修正する。必要があれば呼吸を派生させることもある。

 また蝶屋敷ではしのぶの柱稽古も行われており、戦闘中における応急処置や救命を体系化し伝えている。

 

 満月を、黒曜は眺めていた。

 

「黒曜君」

 

「……カナエ」

 

 縁側で一人月見をしていた黒曜に声をかけたのは寝間着姿のカナエだ。

 柔らかく微笑んだ彼女は、お盆に湯飲みを二つ乗せたものを持ち黒曜の隣に腰かける。

 

「すまない、起こしたか?」

 

「くす、急に布団の中が寒くなったから驚いちゃったわ。……眠れないの?」

 

「あぁ」

 

 頷き、月を見上げる。

 寝間着姿のカナエと違い、黒曜は隊服と臙脂の羽織に身を包んでいた。

 傍には日輪刀が。

 それらを眺めて、カナエは仕方なさそうに苦笑する。

 黒曜の肩にもたれかかり、

 

「何を悩んでるの?」

 

「……」

 

 問われ、少し間を置き、

 

「俺は、これまで一体何を成せたのかと」

 

「私の命を救ってくれたわ」

 

 即答だった。

 上弦の弐、童磨にカナエは殺されかけた。たまたま近くにいた黒曜がいなければ死んでいただろう。

 あの時のことを、旭那黒曜は一生忘れないだろう。

 きっと、人生で最も黒曜が恐れ、焦った瞬間だった。

 

「……君は、変わらないな」

 

 旭那カナエは出会った時から、ずっと変わらない。

 

 初めて出会った時は能天気な少女だなとしか思えなかった。

 たまに任務が同じになる子、他の者と変わらず呼吸の指南をした少女。

 他の者と違ったのは、胡蝶カナエが旭那黒曜を特別と思っていなかったことだ。

 大体のものは黒曜を知れば、焦るか折れるかの二択だ。

 その焦りを決意に変えるものが炭治郎や杏寿郎、柱たち。

 折れたが、しかし落としどころを見出したのが真菰。

 けれど、カナエはどちらでもなかった。

 普通に話しかけてきて、普通に笑いかけてきて、普通に食事をして。

 カナエは感情が豊かな、良くしゃべる子だ。怒る時は怒り、笑う時は笑い、悲しむ時は悲しみ、楽しむ時は楽しむ。喜怒哀楽を全身で表現し、いつだって思いっきり。

 それが、黒曜にとっては何よりも眩しかった。

 黒曜は感情の起伏はあまりないし、どこか糸が切れた凧のように浮世離れしている。

 柱に推薦され続けたが、その気はなく、大半の隊士には距離を置かれていた。

 その距離をまるで感じないというように、カナエは黒曜に笑いかけてきてくれた。その度にしのぶが怒っていたのは懐かしい話だ。

 

「正直、昔は困惑していた。この少女は何を思って俺に話しかけてきているんだろうと。俺に話しかけてきて、何が楽しいんだろうと」

 

「いや、黒曜君結構面白いわよ? 天然だし」

 

「え……そう、なのか?」

 

「うん、そういうところ」

 

 そうだったのか……と真顔で受け入れる黒曜に、くすくす、とカナエは笑う。

 その笑みが、黒曜が好きだった。

 いつも、その笑みで黒曜に笑いかけてきてくれたから。

 浮世離れし、人との交流を持とうとしない黒曜にとっては唯一といっていいほどに温かみのある繋がりであったし、カナエと友人として仲を深めてから、話しやすくなったと言われることがあった。

 だからこそ、上弦の弐に襲われたと聞いた時は怖かった。 

 あの笑みが、ささやかな彼女との時間を失うかもしれないから。

 上弦の弐を殺しきらず、カナエの救命を優先したのもそれが理由だ。

 失いかけて、自分の中でカナエがどれだけ自分にとって大きいのかを自覚して、婚姻を申し出たのだ。

 思えば、お付き合い期間無しの即結婚だ。

 そして思い返せば、

 

「カナエ、君と結ばれたことは俺の人生において何よりの幸いだった」

 

「……えぇ、私も。黒曜君と出会って、本当に幸せよ」

 

 肩に掛かる彼女の重みと温もり。

 

「カナエ」

 

「はい」

 

「俺は……怖いんだ」

 

 半身に大切なものを感じながら、黒曜は思うものを素直に吐露する。

 

「無惨との決戦は近い。俺はきっと、アレを倒すために特別強く生まれてきたんだと思う。なのに、これまで一度も対面していない。一度も会えないんじゃないかとすら思うんだ。上弦たちも、ここ最近は俺一人では倒せなかった。まともに戦うことすら放棄されただろう」

 

 だから、怖い。

 旭那黒曜は、誰よりも強いけど。

 それでも、誰もを救えるわけではないのだから。

 

「怖いんだ。俺の手の届かないところで、誰かの輝きが失われてしまうことが。君の時は間に合った。でも、次だって、いつだって間に合う保証はない」

 

 もしも。

 もしも、黒曜の手の届かないところで、黒曜にとって大事なものが、黒曜が愛する輝きを持つものが失われてしまったら。

 自分の手が届けば救えたはずのものが救えなかったら。

 そう思うと、黒曜は怖くてたまらないのだ。

 

「俺は人より強く生まれたが、しかし何かを成せる人間なのだろうか。外れた者と言われながら、しかし俺はただできることをやっただけだ。できないはずのことを成し遂げようとし、成し遂げるものこそ称賛されるべきではないのだろうか」

 

「今日は黒曜君暗いわねー!」

 

「…………」

 

 旭那黒曜の人生におけるもっとも深刻な悩みが、暗いの一言で笑顔と共に流された。

 カナエは立ち上がり、黒曜の正面に立つ。

 両の手で、彼の頬を包み、

 

「それがどうしたの、黒曜君」

 

 厳しい言葉を、優しさに満ちた言葉で告げる。

 

「貴方は鬼殺隊を支える柱なんだから。どれだけ悩んでも、それでもやることは、やらなければならないことは変わらない。貴方は、貴方の役目を果たして」

 

 こつん、と互いの額を重ね合わせる。

 

「……カナエ」

 

「悩みも弱音も、貴方の弱みも私が全部受け止めるから。だから、頑張って」

 

「…………君には、敵わない」

 

 伝えられた言葉と温もりに、黒曜の恐れが霧散していく。

 黒曜が悩みや弱音を言える相手なんてこの世にカナエだけだ。他の誰かにこんなことを言っても、考えすぎだとか、お前が言うなとか、また謙遜かと、流されるだけだ。

 カナエだけが正面から受け止めて、受け入れてくれる。

 

「当然、妻ですので。旦那を支えるのも妻の役目でしょう」

 

「あぁ……」

 

 カナエの言葉を噛みしめるように頷き、

 

「君と結ばれたことは俺の生において何よりの幸いだ。ありがとう、カナエ。俺と一緒になってくれて」

 

「私こそ。私の命を救ってくれて、一緒になってくれてありがとうございます。言ったでしょう? 黒曜君は私の命を救ってくれた。貴方が何かを為せるか迷い不安になったとしたら、私を見て? 貴方が、貴方でなければ救えなかった私が、貴方の為したことの証明よ」

 

 月を背に、カナエの笑みが花のように綻ぶ。

 彼女は額を黒曜から離し、

 

「ここで、黒曜君に発表があります」

 

「……? どうした、改まって」

 

「はい、実はですね」

 

 一つ、息を整えながら――――自分のお腹に、手を当てた。

 

「―――――赤ちゃんができました」

 

「――――」

 

「一昨日、しのぶに言われたの。まだお腹が大きくなるのは先のことだけれど」

 

「――――」

 

「黒曜君をびっくりさせたくて、何時言うか迷ってたんだけど……今言っちゃいました!」

 

「――――」

 

「黒曜君? ……わっ!?」

 

 黒曜がカナエに飛びつくように抱き着いた。

 その抱擁は痛いくらいで、

 

「――――ありがとう」

 

 黒曜はぽろぽろと涙を流していた。

 一瞬、彼女は薄紫の瞳を見開いたが、すぐに抱きしめ返し、

 

「……もう、びっくりしちゃったわ」 

 

「俺の方だ。本当に驚いた。人生で一番驚いた。……本当なのか」

 

「うん、本当。貴方と私の子よ」

 

「そうか……そうか」

 

 ぎゅっ、と。カナエを抱きしめ、首筋に顔をうずめる。

 花のようなカナエの香り。

 

「俺に、子供……俺が父親」

 

「えぇ、そうよ。私ね、子供ができたって聞いてた時思ったの。無惨との戦いが迫っていて、大変だけれど」

 

 もしも、次の戦いで無惨を倒すことができたのなら、

 

「―――――生まれてくるこの子は、鬼がいない世界で生まれてくれるの」

 

「あぁ……それは」

 

 黒曜は未来を想う。

 自分の子が、大切なものを踏みにじる者がいない世界に生まれ、健やかに育ってくれることを。

 

「それは、なんて素晴らしい―――――」

 

 未来だ。

 幸いに満ちた、誰もが望む明るい世界。

 

「黒曜君」

 

「あぁ」

 

「だから――――ちゃんと、帰ってきてね?」

 

「―――――――あぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――夜空を満月が照らしている。

 誰もいない野を黒曜は一人歩く。

 一瞬、雲が月を隠した。

 そして、次に晴れた時、

 

「―――――あぁ」

 

 足を止めた黒曜の先に―――――六つ目の鬼が佇んでいた。

 その六つ目は全てが黒曜に注がれ、真ん中の段の両目に刻まれているのは上弦の壱。

 十二鬼月、最強の鬼。

 かつて、黒曜の両親を殺した鬼。 

 ずっと、ずっとずっと、黒曜が会いたかった者。

 きつく結ばれた六つ目鬼―――黒死牟の口元。まるで何か耐えがたいものを無理やりせきとめているかのように。

 黒曜は、彼に話しかけようと口を開こうとし、

 

 ――――――背後に音もなく忍び寄っていた上弦の弐の首を落とした。

 

「―――あれ、おか」

 

「黙れ、死ね」

 

 おかしいな、完全に気配を消していたのに。

 そんなことを言おうとして、しかし一言すら許さないと言わんばかりに黒曜の赫刀が閃いた。

 頭部を含め、全身が一瞬で百四十八分割。

 ばらばらの肉片となり――――キィィィ、という甲高い呼吸音。

 

「星の呼吸・弐の型・紅玉の煉獄」

 

 灼熱の炎の如き斬撃が、その肉片を残らず蒸発させ――――上弦の弐・童磨は消滅した。

 旭那黒曜という男にしては極めて稀な、絶殺の意思。一秒も生存すら許さない絶対零度の怒りを込めた鬼殺。

 かつて、妻であるカナエを殺しかけた鬼の生存を、黒曜が許すはずもなかった。

 

「――――ふぅ」

 

 上弦の弐を消滅させ一息ついた黒曜は改めて黒死牟と向き合う。

 同僚が一瞬で殺され、黒死牟の表情は歪んでいた。

 しかしそれは童磨が殺されたことではなく―――――殺しきった黒曜の手際に向けられた感情だった。

 そして、旭那黒曜は万感の想いを以て、黒死牟へと言葉を発した。

 

「お会いしとうございました――――――兄上(・・)

 

 




なんで黒死牟と童磨来たかは、次話に。

カナエさんご懐妊。

あと2話くらいで終わりです
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