――――――緊急の柱合会議が開かれた。
産屋敷邸に集まった柱たちの空気は重い。
何故ならば、此処に集まった柱たちには会議の内容に心あたりがあったからだ。
星柱旭那黒曜の死亡。
ここ二週間ほど流れた噂。
常であれば柱たちの誰もが下らない噂であると聞き流したであろう。
だが、その二週間、柱稽古を行っている隊士たちから旭那黒曜を見たというものが一人もいなかったという点、さらには実際にこうして柱合会議が開かれている点。
この二つの事実が、もしや、という思いを柱たちは覚えていた。
ありえないと、誰もが思う。
旭那黒曜の埒外の強さは柱たちこそが知っている。現役の柱は黒曜に教えを受けたものも多く、戦場で肩を並べた数も数えきれない。
多くの隊士を支えた、文字通り大黒柱。
黒曜は助けがなければと言っていたが、ほとんど一人で十二鬼月を壊滅させたようなものなのだから。
そんな男を失う。
それは鬼殺隊が被る影響が計り知れない。
現状、黒曜死亡の噂はそれぞれの柱がせき止めているが、人の口に戸は立てられない。
誰も詳細の情報を持っていないが故に、口は閉ざされ、
「―――お待たせしました、皆さま。当主代理、あまねでございます」
産屋敷輝哉の妻、あまねが入室した。
彼女への挨拶を最初に発したのはしのぶだった。
あまねへの挨拶と輝哉への言葉を述べ、そして白髪の少女が口火を切る。
「本日緊急の柱合会議を行うのは他ではありません。皆さまに通達しなければならないことがあります」
彼女は一度、柱たちを見回し、
「――――星柱様の欠員」
その事実を言葉にする。
柱たちの体が硬直する。
「それは……事実、なのですか」
行冥が数珠を鳴らしながら問う。
そこに表情はなかった。
「はい。当主も確認し、正式に星柱という柱は鬼殺隊から除籍されました」
「―――」
ぐしゃりと、数珠が一つ潰れ、光を映さない目から涙が流れだした。他の柱たちもまた涙を滲ませる者も、呆然とする者も。
「また星柱殿は上弦の壱、弐を討伐されているのでこれで十二鬼月は壊滅した模様です」
続く、あまねの報告もまともに入ってこない。
それほどまでに星柱の欠落は大きかったから。
だが、しかし、続く言葉を無視できなかった。
「―――――続いて、新たな柱の就任を報告させていただきます」
「……!?」
あまりにも性急すぎる、そう誰かが言おうとした。
黒曜の後釜に座れる力を持つものなど、今の鬼殺隊にはいないというのに。
そんな無理な穴埋めをしたところで意味はないから。
「どうぞ」
だが、誰も止めるもなく――――襖が開かれた。
「―――――は?」
漆黒の瞳と、後頭部の高い位置で結った同色の髪。
着込んだ黒の隊服に、それよりも深い濡れ羽色の羽織。
全身黒づくめの青年。
その額と顎に痣はなかったけれど―――――その場にいる全員が知っている男だった。
「旭那様」
「はい」
襖の外から青年は――――黒曜は一度、深く頭を下げ、
「旭柱・旭那黒曜だ―――――改めて、よろしく頼む」
●
「……で、どうなったんですか?」
蝶屋敷の縁側、羽織を変え―――痣を失った師に炭治郎は問う。
シャッシャッ、と小気味のいい音が隣から響く。
黒曜は細長い木の棒を小刀で削り、何かを作っていた。
手は止めず、視線はそこに向けたまま、
「質問攻めになったよ。生きてたのかよとか死んだんじゃねーのかよ、とかそういうことだ。実際ここ二週間、まともに動けなかったんだがな」
上弦の壱との戦いの後、黒曜は意識を失った。
次に目覚めたのは一週間後蝶屋敷の自室だった。荒野で一人気絶していたところを隠に助けられ、運んでもらったという。それから目を覚まさない自分を付きっ切りで看病してくれた。
目を覚ました時、カナエには大そう泣かれてしまった。
そして、自分の変化に気づいた。
痣を失ったこと、そして、
「世界が透けて見えなくなった」
人の体を見通すことができなくなった。変化はそれだけではない。
体力も大きく落ち、呼吸の練度もそれまでとは比べ物にならないほどに稚拙。
刀は赫くならないし、当然呼吸を深めた所で痣は浮かばない。
旭那黒曜の戦闘力は極めて大きく下がってしまった。
「やっぱり……変わりますか?」
「あぁ。大きく違った。柱合会議の後、そのまま実弥と模擬戦になったんだが」
「えっ!? どうなったんですか!?」
風柱の不死川といえば柱でも屈指の実力の持ち主であると炭治郎の鼻が教えてくれる。水柱の義勇と互角に渡り合っている光景も目撃した。
その彼と大きく力を削れた黒曜が戦えば、
「あぁ―――――実弥に勝って、そのまま行冥と戦ったが普通に負けてしまった。解っていたが強いな彼は」
「弱くなってないのでは!?」
風柱に勝利し、黒曜を除けば柱最強であった行冥と戦えるとか。
弱体化とは一体。
いや、以前の黒曜であれば柱全員と戦ってもかすり傷一つ受けなかったことを考えれば、弱くなったと言えるのだろうか。
頬や首筋の絆創膏や包帯はその模擬戦の名残なのだろう。
「弱くなった。星の呼吸はもう使えない。旭の呼吸は使えたから、今後は旭柱だがな」
「……そういえば気になったんですけど、星の名は残さなくてよかったんですか」
星という言葉を黒曜が大切にしていたことを炭治郎は良く知っている。
人の輝きは星のように、と彼は常々言っていたのだから。
「あぁ」
黒曜は一つ頷き、木を削る手を止め炭治郎に視線を向ける。
「知っていたか炭治郎――――――異なる呼吸の併用はとても疲れるんだ」
「常識ですけど!?」
上弦の陸との戦いにおいて水とヒノカミ神楽の呼吸を同時に使い血涙まで流した炭治郎である。
元々星の呼吸は五大呼吸全てを併用統合したものだった。
通常黒曜の言う通り、呼吸の併用は異常に消耗するのだ。だから二つ以上の呼吸を戦闘で用いることはできない。それを行っていたが故に旭那黒曜はまさに異端だったのだ。
だが、痣を、透き通る世界を、赫刀を失った今、そんなことはできなくなってしまった。
あるのは父から受け継いだヒノカミ神楽によく似た旭の呼吸のみ。
「俺の旭の呼吸と炭治郎のヒノカミ神楽はよく似ているが、最後の型が違う」
「はい、師範と千寿郎君が解読してくれた継国縁壱さんは十三の型があったそうですが、俺は十二しか知りません。……師範のそれとは違うんですよね」
「あぁ。俺の最後の型は上弦の壱を倒すためのものだったからな」
故に、参考にはなるが、応えにはならない。
炭治郎のヒノカミ神楽の最奥は炭治郎自身で探さなければならなのだ。
黒曜は小刀の動きを再開する。
「俺は、継国縁壱の言葉を上弦の壱に託すために特別強かったんだ。彼に負けぬように。縁壱殿がずっと、ずっと、四百年間願い続けてきた祈りが旭那の家で受け継がれてきた」
兄上に。
ただただ、感謝の言葉を。
そして変わり果ててしまった彼に引導を渡すために。
その悲願は黒曜によって果たされた。
痣を失ったのはそういうことだろう。役目が果たされたから、縁壱から受け継がれた力はもう必要ないのだ。
「……うむ、どうだろうか」
「あの、師範。さっきから削ってたそれなんですか?」
「笛だ」
「……笛ですかぁ?」
お世辞にも、黒曜が削っていたそれはまともな笛には見えなかった。彼も初めて削ったからだろう。幼子が寺子屋で作るものとそう変わらない。
「むぅ……難しいものだ」
だが、と黒曜は微笑み、
「赤子が生まれるまで時間はある。その間、何度も試作を重ねるとしよう」
「ははぁ……どんなの作りたいんですか?」
「蝶の彫りものは欲しいな。今しのぶが着ている羽織のあれだ。できれば、俺の痣のような菱形も欲しい」
「難しそうですね」
「あぁ―――だが、時間はある。俺たちが作る」
鬼との戦いは終わったわけではない。
首魁である鬼無辻無惨が残っている。
「炭治郎」
「はい?」
「俺は、お前だと思っている」
この戦いに終止符を打つのは。
千年、四百年と連なる悲しみの連鎖はを断ち切るのは。
日輪の心を持つ少年、竈門炭治郎を於いて他にはいないと。
「――――はい、全霊を尽くします」
「あぁ。それにほら、炭治郎は鬼との戦いが終わった後のことを考えているか? 何かやりたいこととか」
「えっ……うーん、正直あんまりないですね」
「そうなのか? カナヲや真菰とはどうなんだ?」
「………………い、意見を控えさせていただきます」
「そうか――――――最終、二人とも娶るという選択肢もあるぞ?」
「天元さんにも勧められましたが! それは、正直どうなのかと! 倫理的に!」
顔を真っ赤にして汗を流す炭治郎。
どうやらカナヲと真菰の猛烈な推しも効果を発揮していたらしい。どちらかを選ぶのか、どちらも選ぶのか、彼の未来がとても楽しみだ。
「おーい、黒曜くーん、炭治郎くーん」
ひょっこりとカナエが姿を現した。
即座に黒曜が立ち上がり、しっかりと立っていた彼女を無意味に支えた。
「カナエ! 無理をしてはいけない!」
「いや、まだそんな時期じゃないからね?」
旭那黒曜。
妻と子に対して無意味に過保護な男だった。
「…………師範、なんか性格変わりましたか?」
「……そうか?」
「はい、なんか面白くなったような……」
「え? 黒曜君は昔から面白いわよ?」
「えっ……?」
「えっ?」
俺は面白かったのか……と黒曜は思った。
「だが、そうだな。……肩の荷は下りたよ。先祖の想いは遂げた。ならばあとは、俺が俺としての生を歩んでいくだけだ」
「勿論、私と、この子も一緒にね」
「―――あぁ」
全ての命に終わりは来るけれど。
だからこそ、生の輝きは愛おしく素晴らしい。
人の命は星のように煌いているのだから。
旭那黒曜は、星のように輝き、人として生きていく。
●
山奥の小さな村の外れ、小さな家に、少し音の外れた笛の音が響いていた。
大人二人と子供一人が並んで眠るのが精一杯の小さな居間。
眠りから目を覚ませば、すぐに家族が居て、手を伸ばせば届くようなそんな距離。
幼い子供が、美しい菱形と蝶の羽根の模様が彫られた笛を吹いていた。
彫刻は精密極まるのに、音は外れている。
父親の青年は呆然とし、母親の女性は涙を流すくらいに笑っていた。
その二人の子供は、そんな両親が不思議そうに見る。
母親譲りの薄紫の瞳。父親譲りの顔立ち。
その額に――――痣はない。
子が再び笛を吹きだす。
音の外れた、けれど確かな調べ。
青年も女性も、柔らかい笑みで子を微笑み見守る。
ささやかな幸せの音が響き鳴り渡る―――――――こくようのうた。
響き鳴り渡れ、黒曜の唄。
これにて完結です。
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