紅天狗岳の紅葉
「いやはや、それにしても紅葉が素晴らしいね! 見事なまでに圧巻だよ!」
「そりゃあ、この
「まあまあ、細かいことはいいじゃないか。今日はせっかくのシルバーウィーク初日なんだ。気晴らしに一緒に紅葉狩りでもしようじゃないか、
「気安く呼ばないでくれますか、まだ出会って1時間も経っていないでしょ」
この、やけに馴れ馴れしい女性とは、山の中腹辺りで出会った。方向音痴らしく、道に迷っていたところで遭遇。目的地も同じようなので、一緒に向かっている。
「苗字くらい気軽に呼ばせてくれよ。アダルトビデオの世界では出会って5秒で挿入することもあるんだし、私のほうがどう考えても健全の極み乙女じゃないかっ」
「初対面の人間に向かってアダルトビデオの話ですか……肝が据わっていますね」
それはさておき、この紅天狗岳はどこを見ても紅葉、紅葉、紅葉で、日々の業務に追われてくすんだ心が洗われる美しさを帯びている。本当に来てよかった。
――この人とさえ、出会わなければ。
「うん? どうしたんだい、近衛クン。私の顔に何か付いているのかな?」
「いいえ、何にも。それより、
「ちょっとした自殺ってなんだよ。するとしたら、自室でオーバードーズでもするよ……いやね、ひとり誘ったんだけど、急な用事で来れなくなっちゃって。キャンセル料もバカにならないし、仕事も休みで暇だし、私だけでも来ることにしたんだ」
仕事ってことは、このヒト。成人しているのか。背丈も小さいし、服装も山登りに適していないし、そのくせ荷物は多いし、もっと若いのかと思った。
「そういう近衛クンは何のために
「ちょっとした自殺ってなんだよ。たかがそんな理由で命なんて絶ちませんよ……でも僕の場合、意味合い的には傷心旅行に近いかもしれないですね」
「つまるところ、傷心旅行か。へえ、じゃあお姉さんが癒してあげようか? このナイスなボディと洗練されたテクニックで、キミを確実に昇天させちゃうよ!」
「お構いなく。そういうのは大丈夫です。それに、僕はロリコンじゃないので」
「むらっ……あ、SE間違えた。むかっ! 私のコンプレックスをバカにしやがって! キミが椛館でなかなか寝付けないときに耳元でお経を唱えてもいいんだぞ!」
「なんですか、その地味な嫌がらせは……」
そうこうしているうちに、目的の屋敷が見えてきた。斜め上の木々の間から紅蓮の屋根が窺える。紅葉と夕焼けのグラデーションが眩しい。一ノ瀬さんのところからでは竹馬にでも乗らないと見えなさそうだけど、口に出して言うのは気が引ける。
「まったく。遅いよ、近衛クン。もうすっかり日が落ちてきたじゃないか」
「はあ、はあ……僕を置き去りにしてダッシュで消えていったヒトに言われたくないですね。一ノ瀬さんってひょっとして、学校のマラソンで友だちと一緒に走る約束をしておいて、ゴールが近くなると速攻で破っていたんじゃないですか?」
「よく分かったね。ひょっとして、私の高校時代に教室から制服でも盗んだ?」
「話が飛躍していて、よく分からないですね。走りすぎて、もともと容量の少ない脳みそまで丸ごと筋肉になりましたか? 僕より小さいのに体力バカなんですね?」
「そこまで言わなくてもいいじゃん。制服に欲情するくらい、私に執着しているのかと思っただけだよ。なにその冷たい眼差し。キミってヒト殺したことあるの?」
軽蔑していただけなのに、なんだそれ。屋敷の目の前に来るのにどれほどの崖を乗り越えただろうか。むしろ一度も休まずに走り切るほうが、よほどクレイジーだ。
「まあいいや。早くなかに入ろうよ。あ、いまの
「誰も誤解していないですよ、そんなの。あまりふざけたことを言っていると、後ろから膝カックンしますよ。僕の膝カックンは日本代表を唸らせる代物ですからね」
「なんだその不思議な経歴。そんなことより、近衛クン。私をおぶってよ」
「どうやら、僕の、超高校級の膝カックンの餌食になりたいみたいですね」
屋敷まで数メートルというところで、面倒なことを言ってきた一ノ瀬さんを脅し、半ば強引に歩かせる。疲れていたのは彼女も同じだったらしい。