「はあ……女の子と会話ができないまま俺さまは死ぬのか……」
大広間にある階段を上ると、ホールの隅っこのほうで頭を散らかしたおじさん――茂田熊三郎が佇んでいた。何やら大きなため息を吐き、項垂れている様子だ。そのまま素通りしようとして、隣を歩く一ノ瀬さんに袖を掴まれ、その場に停止させられた。
「近衛クン。困っている人を野放しにしていいのかい? きみ、英国紳士なんだろ?www」
「露骨に草を生やさないでください。あれは蜜屋さんを和ますためのジョークですっ!」
さっきはからかわれただけで、笑い話みたいにできたけど、今回は違う。無言で一ノ瀬さんの後ろへ回り込み、とっておきの膝カックンをお見舞いしてやる。「ちょっ、セクハラだよ!! 私の膝裏は性感帯なんだからっ!」などと彼女は意味不明な供述をしているが、気にしない。
「ん? ……なんだ、お前らか。この際、お前らでいいや。なあ、俺さまと少し話をしないか?」
「この際ってなんだその妥協匂わせは! 私だってあんたが厨房でナンパしまくっていた蜜屋さんや非処女の金橋さんと同じ女なんだぞ! しかも、意外と巨乳なんだぞっ!! 刮目したまえよ!!」
一ノ瀬さんは気の迷いでもあるのか、あるいはただの欲求不満なのかはさておき、自分の胸を中心に手繰り寄せ、大きさを主張し始める。横のヒトの唐突な奇行に、思わず苦笑いがこぼれた。
そんな彼女に呆れつつ茂田さんのほうを見ると、どうやら一ノ瀬さんの胸に熱い視線を送っているようだった。年老いたおじさんですら、男の性という名のスケベ心には逆らえないらしく、釘付けになっていて草生えた。
「……みっともないので、やめてくださいよ。もはや、ただの痴女でしょ、あなた」
「カッコつけちゃって。お姉さん、知っているんだよ。横目で私のおっぱい、見ていたのを」
「えっ!? ……なんて、勢いで驚いちゃいましたが、本当に心当たりがありません」
とはいえ、彼女らの様子を見ていたのは一ノ瀬さんの言う通りだ。ただし、助平なおじさんとは違い、僕が向けていたのは熱いまなざしではなく、冷気を帯びたものである。
さとり世代特有の、冷めた目。
「で、茂田さん。話ってなんです? 一ノ瀬さんを口説きたいのなら、空気を読んで去りますが」
「それは私が困るよ。そもそも私はショタコンだから、9歳以下の男の子しか好きになれないよ」
「一ノ瀬さんって問題発言しかしませんね……いえ、ヒトの趣味を否定している訳では」
「冗談だってば。ちゃんとストライクゾーンは一般的だから安心してよ、近衛クン☆」
何を安心すればいいんだろう。今日あったばかりのヒトの恋愛的な趣味が、9歳以上の異性だったことに安堵するタイミングが分からない。いったい、どこのナンパ師だろう。茂田さんかな?
「お前ら……俺さまを置いてけぼりにするなよ。頼むから話をさせてくれよ」
「す、すみません……しばらく相手にされなかったからって咽び泣かないでくださいよ」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を凝視するのは、こちらとしてもキツイ。ましてや、自分よりもだいぶ年老いたおじさんの、不衛生で汚い顔面はモザイク処理されるべきなのに、どうしてかそれが施されていない。
「その前にひとつ質問がある。お前らはそ、その……恋人の関係なのか?」
「なにそれ。違ったら私を口説くの? それなら、私たちはこれをきっかけに恋人になるけど」
「なりません。そもそも僕はロリコンなので9歳以下の女の子じゃないと愛せないんですよ」
「うわ……警察に通報しなくちゃ。ロリコンって99%の確率で犯罪者だって言うし」
ネタばらしする前に全力で距離を置かれた。あの茂田さんにさえ。悲しい。ぴえん。
次のエピソードでようやくあらすじのあれを回収できるはずです。おそらく。