挑発探偵   作:石黒ニク

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椛館殺人事件/非日常編
現実的非日常の始まり


 一ノ瀬さんとふたりで地下へと降りて、すぐさま廊下の奥に佇む蜜屋さんを見つけた。ワインセラーの前で呆然と部屋のなかを眺めているようだった。

 

「どうしたんですかっ! 蜜屋さん!」

「あ、あ……ワインセラーのなかに、ひ、ヒトが……!」

「ヒト……?」

 

 おそるおそる室内へと足を踏み入れる。地下というのもあって、朝なのにもかかわらず薄暗く、そして空気が淀んでいた。匂いの管理に厳重なワインセラーにあるまじき異臭が蔓延っている。

 これは……錆びた鉄のような臭いだ。奥へと進むにつれて、うっすらとヒトのシルエットみたいなものが浮かび上がってくる。嫌な予感がする。僕の本能が告げる。足を進めてはいけない。

 

「え……これって」

 

 一ノ瀬さんが何か言う前に気付く。最初は誰かが倒れているのだと思った。でもそんなやさしいレベルのものじゃない。現実を見ろ、近衛竜彦。ワインレッドの水たまりにそれが浮かんでいた。

 

 後ろでパチッと音がした。蜜屋さんが電気を点けてくれたのだろう。より鮮明にそれを見ることができた。明らかにもう生きていないことが分かる頭の痛々しい傷、壁にだらんと凭れ掛かった生気のない身体。そして、彼女が常に持っていたはずの特徴的なうさぎのポーチ。

 

 金橋かしわは死んでいた。一世一代の美少女で、世界一の幸せ者である彼女はその生涯を静かに終えていた。

 

【椛館殺人事件/(非)日常編 END】

 

 *

 

【椛館殺人事件/非日常編 START】

 

「おいおい、マジかよ。殺人事件って」

「そんな……金橋さん――かしわが死んだ?」

「……?」

 

 死んでしまった金橋さんを除く宿泊客全員とオーナーである蜜屋さんが、大広間にて一堂に会した。死体を発見した僕ら以外のふたりにも事情を説明し、それから現場へと向かった。

 

「かしわ……! かしわ!!」

「死体に近付くな。ここからは私が現場を仕切る」

 

 こときれた彼女を前にした木村翼の悲痛な叫びが現場に木霊する。彼が死体に駆け寄ろうとして、意外な人物からの声が轟く。一ノ瀬さんだ。普段の軽いノリからは到底イメージできない神妙な表情が印象的だった。

 

「一ノ瀬さん……?」

「この事件の犯人はきっと相当なバカだね。私が探偵だということも知らずに殺人なんて!」

「え、探偵? あなたが?」

 

 あまりのサプライズ発表に目を丸くする。一ノ瀬さんが探偵だって? まったく信じられない。サンタクロースが実在しないレベルで、もう16話もいったのかってくらいに信じられない。

 

「意外そうな顔をするのも無理はないよ、近衛クン。探偵は事件が起きるまで素性を明かさないものだからね!」

「いや、そうじゃなくて。あなたみたいな頭の悪そうなロリッ娘が探偵という高貴なジョブであることに些か驚いているんですよ」

「ずいぶんと失礼だな、キミ! こう見えても20代後半だぞ!!」

「年上なのかよ! っていうか、探偵って言っちゃっていいんですか? 頭のいい犯人なら真っ先に狙ってきそうな気がするんですけど……」

「そ、それはまあ。気合で乗り切るよ。最悪の場合を想定して、正当防衛も視野にあるし」

 

 ひょっとしたら、犯人だけでなく自称探偵の一ノ瀬さんもバカなのかもしれない。低い可能性だけど、犯人が手練れでないことを祈ろう。命が危ぶまれるときは必殺技を使うことも厭わない。

 

「……っていうか、あの。一ノ瀬さん……事件の犯人とはいったい、どういった意味ですの? 現場の状況から鑑みても、金橋さんが事故で死んでしまった可能性だってまだありますよね?」

 

 確かに一ノ瀬さんは言い切った。事件の犯人だの、殺人だの、何度も何度も。現場には金橋さんの血と思しき液体が広がっているが、主成分は床に転がっているワインなのだと思う。

 その証拠に転がっているボトルのなかに封の開いたものがあるし、彼女が凭れ掛かっている壁付近の棚には数本の空白ができている。きっと、彼女が転んだ際に落としてしまったのだろう。




非日常編、開始。
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