「もちろん、言葉通りの意味だよ。金橋かしわは他殺だ。事故で死んだとは考えられない」
「どうしてそう言い切れるんですの? 転んで頭を打ったのかもしれないでしょう!?」
他殺説を信じてやまない一ノ瀬さんと、事故説を訴える蜜屋さん。両者の間には、不倫というコンテンツで繋がった絆が燃やし尽くされそうなレベルの火花が散っていた。つまり一触即発。
ちなみに僕も蜜屋さんと同じ事故の可能性を疑っている。床に零れているワインの諸々がそれを物語っている気がする。根拠はない。ただの思い付きだ。
「死体をちょっと視界に入れただけで、現場を鑑みたなんて言わないでくれよ。殺人現場を何度も見ている私とは比較対象にもならない憶測だよ、それはさすがに」
「憶測なのは当たり前ですわっ! あんなの、生粋の乙女であるわたくしに直視できるはずがありません! 死体ですよ、死体! 汚らわしいにもほどがあります!」
「直視できないといった割に、金橋さんの頭の傷には言及するんだね? おかしいなあ、蜜屋さんが立っていた場所からだと暗くてよく見えなかったはずだけど」
「一ノ瀬さん、お忘れですか。わたくしがワインセラーの照明を点けたんですよ。それに、汚らわしいとはいえ、いちおう死体は目立つ物体ですから……見たくなくても見てしまうんです」
「そういえば、そうだったっけ。はは、フキくらい筋が通っていて、反論の余地がないや!」
このアホ探偵。最初の驚きを返してくれよ。少しでも憧れそうになった僕がバカだった。火花が完全に散ったのを見計らったかのように、木村翼が口を開く。
「あの。とどのつまり、かしわはどうして死んだんですか? いずれにせよ、警察を呼んだほうが良いんじゃないですか? 僕たちだけで捜査なんてしたら、犯人に証拠隠滅されちゃいますよ!」
「そのことなら抜かりないよ。私がこっそり呼んでおいたんだ。知り合いのムノウ巡査さんをね」
「ムノウ?」
*
「あ、ゆかりさん! 現場保存はばっちりです!」
「ありがとう、ムノウちゃん。きみが居てくれるだけで私は頑張れる気がするよ!」
いつの間にか現場の前には警察のヒトがふたり居て、刑事ドラマでよく見る立ち入り禁止の黄色いテープや、事件現場にある数字のプレートなんかがいっぱいあった。
「ところで、ムノウちゃん。現場は荒らしていないよね?」
「はい! 大まかな現場検証をしただけで特に触ったりはしていません!」
「さすがはムノウちゃん! 頭をなでなでしてあげよう」
「わーい! ありがとうございます~!」
なんなんだ、この戯れは。言葉を失っているあいだ、一ノ瀬さんはムノウさんの頭を、犬でも扱うみたいに撫ぜまくっていた。彼女の髪型が寝癖に変わってしまうほどぐちゃぐちゃにして。
「あの、一ノ瀬さん。彼女を褒めているのでしたらせめてムノウ呼びはやめたほうが……」
「ムノウちゃんはムノウちゃんだよ。あ。もしかして、ムノウちゃんをムノウちゃんだと?」
「失敬な! ムノウは確かにちょっとばかりムノウかもしれませんが、ムノウではないです!」
胸ポケットに手を忍ばせたムノウさんは【
あと念押しのようなムノウの意図的なゲシュタルト崩壊はやめろ。
「ま。とにかく、これで証拠隠滅ができなくなった訳だ。心置きなく現場の捜査ができるよ」
「ちょっと待ってください、一ノ瀬さん。どうして殺人の線で捜査しようとするんですか!」
「そういう蜜屋さんこそ、先からよほど金橋さんの死を事故のせいにしたがっているけど、そうしたほうが都合の良いことでもあるの?」
「なっ……! そ、そういうつもりで言った訳ではありません! 皆さんも疑いの眼差しを向けないでください! わたくしはただ――」
この状況における探偵の存在は強力すぎる。場を仕切る権限を持っていて、誰も一ノ瀬さんに迂闊なことを言えない。疑問ひとつもたちまち彼女の手によって消し去られてしまう。自称なのに。
反旗を翻せば疑いを掛けられてしまうかもしれない。そんな不安が僕らの口を閉ざしてしまった。まるで独裁者に心臓を握られているような、嫌な気分だ。誰も彼女に逆らえない。