「そういえば、一ノ瀬さんはどういった目的でここに来たんです?」
上のフロアへとつながる大きな階段を上りながら、蜜屋さんがぽつりと疑問を口にした。会話がいったん途切れ、気まずい空気が流れていたので、ちょうどいい。
「ん~と、近衛クンにはさっき話したんだけど、ペア旅行の相手が急な仕事でキャンセルしちゃってさ。ほかに行く相手もいないし、私の休日はおよそほとんどが不倫した芸能人を叩くだけで退屈だから、日々のリフレッシュも兼ねてさ」
「やっぱり悪趣味ですね。だいたい、芸能人の不倫があなたになんの関係が?」
「悪趣味とは失礼だな! あらかじめ言っておくけど、私は『叩く』という行いを正当化しながら、画面を眺めている現実生活非充実な低賃金野郎とは違うからね?」
「ものすごい偏見じゃないですか……セン〇ンス・ス〇リングもびっくりですよ」
「ちょっとしたクイズを出そう、近衛クン。家庭を持ちながら、他のオスやメスに手を出してしまう性欲ファンキーを俯瞰することで、見えてくるものは何だと思う?」
急に変なコーナーが始まった。屑を鑑みることで見えてくるものなんか、間違いなく碌なものじゃないだろうが、暇を持て余しているので、とりあえず思考してみる。
「えっと、他人の失敗から学ぶってことですか?」
「それもあるけど、やっぱり芸能人の不倫って面白いんだよね。謝罪会見でいくら御託を並べても、けっきょく性欲でしかないってところが最高にクールじゃない?」
私は芸能人の不倫を面白いコンテンツとして見ているよ、と一ノ瀬さんは続けた。暇つぶしに頭を働かせた僕が愚かだった。蜜屋さんも声を失っている。
「……確かに傍から見ていると面白いですわよね。人間のオスやメスとしての本能が動物的な滑稽さを内包していて、節操のない獣が足掻くさまは特に見ものです」
――と思っていた僕が愚かだった。まさか蜜屋さんも同類だったとは。ドン引きしていたと思ったら、同じ穴の狢を見つけて震えていただけだったみたいだ。
「お。蜜屋さんも私と同じタイプなんだ! イメージ的にもっと和やかなやつが好きなんだとばかり。私ってラブコメとかは割と好きなんだけど、蜜屋さんはどう?」
「ラブコメですか……あの予定調和でワンパターンなやつですよね? わたくしはどちらかといえば、殺伐系が好きなので、不倫以外の趣味は合いませんのね」
――と思っていたら、すぐに友情決裂していてびっくり。
「おや、蜜屋さん。新しい客人かい?」
「翼きゅん……? その人たち、だれ?」
「うわっ、熱盛カップル……! ええ、まあそうですけど、なにか?」
階段を上がってホールに出ると、腕組みをしてバカみたいに密着し合っているカップルが迎えてくれた。高校生くらいだろうか。どちらもフレッシュな印象にある。
蜜屋さんの、彼らに対する反応が、もはや塩よりも薄い水なことには触れない。
「それなら、自己紹介をしておかないとだ! オレの名前は
「翼きゅんがやるなら、わたしも! わたしは
なんだ、このふたり。独自の世界観を築き上げている。蜜屋さんが熱盛カップルと揶揄したのも頷けるレベルのバカだった。あと、変な決めポーズをするな。
「すごいね、このバカップル。なんというか、すごい以外の感想が出てこない」
「そうなんです。出会ったときから、
悪いヒトたちではなさそうだが、頭が良くなさそうだ。一ノ瀬さんとほとんど同じで、関わってはいけないタイプに分類される。なるだけ視界に入れたくない。
「かしわ……! やっぱりきみはオレのマイスイートマイマイスイートポテトハニースイートマイポテトハニーポテトマイポテトポテトぽたぽた焼きだよ!!」
「翼きゅんこそ、わたしのスーパーデラックスウルトラスーパーデラックストリプルデラックススーパーレインボーロボボプラネットスターアライズだもん!!」
「いや、きみこそオレのイシスウアジェトセクメトセルケトソプデトタウエレトテフヌトネイトネクベトヌトネフテュスバステトハトホルへケトマアトムトさ!」
「そんなに褒めないでったら! 翼きゅんなんて――」
コーヒーショップのオーダーあるいは般若心経みたいな、愛の言葉を連ねるバカップルはさておき、僕らは蜜屋さんの案内で自分たちの部屋へと歩を急ぐ。
「はは……なんだか疲れました。昨今の学生カップルはあんな感じなんですね」
「いやいや。あれはどう考えたって特例でしょ。女神の名前をすらすら言えるバカップルなんてそうそう居ないってば。それに、オリジナルのポーズまでしてきたし」
「あんな恥ずかしいこと、学生のうちじゃないとできませんよね。きっと、あのふたり、別れたあとに顔を真っ赤にしますよ。消えない黒歴史を刻んだんですから」
「学生じゃなくても普通はしないよ、そんなの。たとえるなら、ハロウィンで仮装して街を汚すようなもんでしょ。そういう輩は例外なく火葬されればいいんだ」
「ずいぶんと手厳しいですね、一ノ瀬さんって。まあ、僕もそれには同意しますけど」
たぶん、プリクラでも同じことをしているのだろう。履歴が残ることも知らずに。全世界に公開されていることも知らずに。そう考えたら可哀想になってきた。