やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない   作:猫林13世

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終わりです


私がイナイ

 部屋の掃除をしていたら随分と懐かしいアルバムが出てきて掃除の手が止まってしまっていた。昔を懐かしむなんて暫くなかったことなのに、こうしてアルバムが出てくるとその時に思いを馳せてしまうのは仕方がないことなのかもしれない。

 特にこれと言って目的がなかった高校入学時から卒業までの三年間、それからいろいろとあった大学時代の写真を眺めていたら娘と息子が私の背後からアルバムを覗き込んでいるではないか。

 

「それってママの昔の写真?」

 

「それほど昔ってわけじゃないわよ」

 

 

 自分で言っておきながら随分と昔のような気がしている。何せ子供が来年には小学校に入学するのだから、自分の学生時代なんて遥か昔と言っても過言ではないのだから。

 

「こうしてみるとママって昔とあまり変わってないんだね」

 

「そりゃまだ老け込むような年齢じゃないからね。というか、女性にそういうことを言うのは失礼だって言ってるでしょ」

 

 

 息子の発言を軽く注意しながらも、こういうところは旦那にそっくりだなと改めて思う。容姿はさほど似ていないが――娘の方は旦那にそっくりなのだが――中身はやはりあの人の子供なんだなと思う部分が多い。普段は何も考えていないような雰囲気があるのに、いざという時の頭の回転の速さは旦那譲りなのだろう。

 

「そういえばママ、この間陽乃さんがパパのことを話してくれたんだけど」

 

「ハルさん先輩が?」

 

「最近忙しくて家に帰れなくしてゴメンって言ってたのと、パパは忙しくても私たちのことをちゃんと思ってくれてるって」

 

「そうなんだ」

 

 

 旦那――比企谷八幡さんは大学卒業と同時に雪ノ下陽乃さんが経営する会社の顧問弁護士を務める事務所に就職し、数年経験を積んでから独立。さらに陽乃さんからの提案で顧問弁護士契約を結び毎日忙しそうに――実際忙しいのだろう、ここ数日家に帰ってきていない――働いている。

 妹である雪乃先輩が継いだ雪ノ下家とハルさん先輩の会社は表立っては対立していないが雪乃先輩の方がライバル心を抱いているようで度々衝突している。その都度姉妹喧嘩の代理で八幡さんと葉山先輩が落としどころを探りあっているようだ――雪乃先輩と葉山先輩は両家の思惑通り大学卒業と同時に籍を入れている。

 一度だけ雪乃先輩が八幡さんに秋波を送っているのではないかとハルさん先輩から聞かされた時は雪ノ下家に殴り込みに行こうかとも思ったが、八幡さんの方に全く靡く様子がないと聞かされて思いとどまったのもだいぶ前の話、娘を妊娠する前だった。その後すぐ雪乃先輩が妊娠して八幡さんにちょっかいを出す余裕がなくなったのを境に八幡さんと雪乃先輩の関係はだいぶ変わったのだろう。雇い主の妹という認識で間違っていないような気がする。

 

「ところでママとパパって何時頃出会ったの?」

 

「何時でもいいでしょ」

 

「えー気になるー!」

 

 

 こういうことが気になるお年頃なのか、娘はしつこく私の両肩を掴んで前後にゆする。息子の方は興味が薄いのか姉の行動を黙ってみているが止めてくれる様子はなさそうだ。

 

「そういうことはパパに聞きなさい」

 

「だってパパは忙しくてなかなか帰ってこないし、帰ってきたとしても私たちが寝た後で起きた時にはもう出かける時間だもん。だからこういうことはママにしか聞けないでしょ?」

 

「というか、親のそういう話って普通聞きたくないんじゃないの?」

 

「他の子がどうなのかは知らないけど、私は気になるの」

 

 

 一般論で逃げようとしてもしつこく食い下がってくる。これは話さなければ解放されないかもしれないと思ったタイミングで玄関の方で音がした。

 

「あっ、パパが帰ってきた」

 

「逃げた」

 

 

 露骨にその場から移動したので子供にも逃げたということはバレバレである。だが私一人では娘を説得することは難しそうなので援軍を呼ぶのは良いことだろう。

 

「おかえりなさい。今日は早いんですね」

 

「大きな仕事が一段落したからな。ここ最近帰ってないんだろって陽乃さんに怒られて、今日は出先から直帰したんだ」

 

「毎日お疲れ様。お風呂にしますか?」

 

「いや、まだ早いから少しゆっくりしようと思っている」

 

「パパおかえりなさい」

 

「ああ、ただいま」

 

 

 娘の出迎えに八幡さんは少し目じりを下げて応える。やはり父親は娘には甘いのだろうか。

 

「ねぇねぇパパ」

 

「どうした?」

 

「パパとママは何時出会ったの? そしてどうして結婚したの?」

 

「……随分とマセた事を聞くようになったな。俺が忙しくて家に帰ってこれなかった間に成長し過ぎじゃないのか?」

 

「もうすぐ小学生だもん!」

 

 

 褒められたと思ったのか、娘は胸を張って八幡さんに答える。八幡さんは皮肉を言ったつもりが通じなかったのが微笑ましかったのか、少し昔のような笑みを浮かべている。

 

「お姉ちゃんもこうなったら引き下がらないんだし、パパもママも素直に話した方が良いんじゃない? その方が早く解放されそうだよ」

 

「そういうことは思っても口にしないものだぞ」

 

 

 息子の発言に八幡さんはズレた注意をしたが、時すでに遅し。娘は息子を睨みつけて今にもとびかかりそうな勢いを見せる。八幡さんの注意の意味を理解した息子はそそくさと部屋に逃げ込み、娘の狙いは私と八幡さんに変わった。

 

「そういう訳だから話して」

 

「そう言われてもな……いろは、どうする?」

 

「八幡さんが――先輩が話してもいいと思うなら私は構いませんよ」

 

 

 随分と長いこと呼んでいなかった呼称を使うことで、私が八幡さんに全投げするということを察した八幡さんは完全に高校時代のような表情を浮かべて私のことを睨みつけた。

 

「そういう部分は子供たちに似てほしくないな」

 

「それはパパ次第じゃないですか?」

 

「はぁ……都合が悪くなるとすぐそれだからな。えっと、俺とママが何時であったかだったか?」

 

「うん!」

 

 

 娘は解放してくれる様子はないし、私からは援護射撃が期待できないと理解した八幡さんは娘に連れられてリビングへ向かう。その後ろ姿を見送りながら私は八幡さんにコーヒーを淹れてあげようとキッチンへ向かった。

 

「でも改めて思うと、出会った当初はこんな風になるなんて思ってなかったのよね」

 

 

 あの時の私は八幡さんと深く関わろうとは思っていなかったし、精々使えるコマが増えたとしか思っていなかった。だが付き合いを重ねるごとに私のことを本当に理解してくれるのはこの人しかいないのではないかと思うようになり、その思いがいつの間にか恋心へと変わっていった。ここまで来るのに紆余曲折あったが、こうして八幡さんと夫婦になり、子供を授かれたことは本当に幸せなことだろう。

 

「パパ、コーヒー持ってきたよ」

 

「ありがとう」

 

「それでそれで、どっちから告白したの?」

 

「どっちからだったかな……」

 

「えー覚えてないの?」

 

 

 八幡さんは恍けている様子ではなく本当に忘れているようだ。実際のところ告白は私からしたが、それに返事をするのではなく八幡さんが告白し返してきて私がそれに応えた形なので、どちらからかと尋ねられると返答に窮する質問ではある。だから八幡さんの反応はある意味で理想的なものだと言えるのかもしれない。

 

「とりあえずパパもママもお互いにお互いのことが好きだってことは分かった」

 

「……普段家にいないから分からないが、ママは二人にどういう教育をしているんだ?」

 

「最近はネットやテレビで色々と情報が手に入りますし……」

 

「教えてくれてありがとう、パパ」

 

「あ、あぁ」

 

 

 聞きたいことを全て聞き出して満足したのか、娘も部屋へ走り去っていき私と八幡さんだけがリビングに取り残された。

 

「まぁなんだ……」

 

「は、はい……」

 

「これからもよろしくお願いします、いろは」

 

「こちらこそよろしくお願いします、先輩」

 

「その呼び方は止めろ」

 

「えー、いいじゃないですか昔に戻ったみたいで」

 

 

 おチャラけて見せると八幡さんは顔を顰めた。それでも強く止めないのは八幡さんも懐かしいと思っているのかもしれない。こういう時間を八幡さんと過ごせるなんて思っていなかった昔の私に、頑張ればその願いは叶うと教えてあげたくなった。

 やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていなかったのだ。




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