あの日の君につかれていた   作:柳野 守利

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第8話 帰り道

 風見に言われ、蒼桔は佐原と正面切って話をしたが……その結果は見るも無惨なものだった。夕暮れ時の教室には、蒼桔がポツンと一人で取り残されている。無力感に苛まれるように下を向き、誰とも知らない人の机に座り込んでいた。

 

 他の誰の目にも映らない幽霊も、その隣で慰めるように佇んでいる。「大丈夫だよ」「梗平は悪くないよ」と言葉を投げかけてくるが、そんなものも気休め程度にしかならない。

 

 この先どうすればいい。そんなことを何度考えても、答えは全く出ない。もしも綾みたいに頭が良かったら、もう少し別の考えも浮かぶのか。なんて考えても、ないものねだりだ。

 

「……俺じゃなくて、綾なら。もう少しマシな方法を思いついたのかな」

 

「でも……私は綾くんより梗平に助けて欲しいよ。それに、綾くんは……なんだか、乗り気じゃないみたい」

 

「んなことは、アイツが手伝ってくれなかった時点で知ってるよ」

 

「違うの。昼休みに佐原くんと話してるのを見てたから」

 

 見ていたって、と蒼桔は彼女に顔を向ける。確かに昼休みに佐原と話をつけてくれたことは聞かされた。だがどういった内容を話していたのかは知らない。ただ放課後に話し合いの場を設けてくれると言っていただけだ。

 

「なんだかね、悲しそうだったよ。梗平には付き合ってられないって」

 

「……笑い事じゃねぇだろ」

 

 どこか面白おかしそうに笑う佳奈から、蒼桔はそっと顔を背ける。右手で顔を覆い隠すと、ため息が手の隙間から外にこぼれていった。

 

 なんだって佳奈はこんなに能天気でいられるんだ。笑っていられるような状況じゃないのに。

 

「大丈夫だよ、梗平」

 

 触れるはずないのに、彼女は背中側から抱きつくように腕を首に回してくる。前に感じたような温もりではなく、暑くなった体温を下げてくれるような、ひんやりとした感覚が体を包んだ。

 

「梗平さえいてくれるなら、私は大丈夫。だから、頑張って」

 

 耳元で囁かれた言葉は、蒼桔の心臓を鷲掴みにする。下がったはずの体温はまた上がり始めていて、沈んだ心はまた少しばかり活力を得た。

 

 彼女には俺しかいない。俺がやらなきゃいけない。俺にしかできない。だから……沈んでいる場合じゃない。

 

 そうやって何度も心の中で自分を鼓舞した。大丈夫。大丈夫、と。耳元で、心で、何度も呟く。反芻させる。大丈夫。大丈夫だ。

 

「俺は……大丈夫だ」

 

「そうだよ。梗平は、まちがってない。だから……大丈夫だよ」

 

 首元に回された腕は、強く抱きしめるためなのか、首を少しばかり貫通していた。触れない。けれど、そこには確かにある。この奇妙な感覚だけが蒼桔にとって数少ない実感できる救いのようなものだった。

 

 

 

 

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

 

 

 

 

 

 次の日になって、蒼桔は少なからず元気を取り戻していた。笑うことができるようになった蒼桔を見て、佳奈も安堵の表情を浮かべる。学校が終わる頃には、いつも通りに戻っていた。

 

 放課後になると、教室に佐原が迎えに来る。入ってきた時に一瞬視線を向けられた気がしたが、彼はいつものように柔らかな表情のまま白鷺と共に教室を出ていった。その後ろを佳奈がついていき、また監視をする。

 

 机に座りながら苦い顔をしていた蒼桔には、結局やるべきことが考えつかなかった。もう一度白鷺が事故にあったようなショックを受ければ、記憶が戻るのではと考えもしたが……そんな馬鹿なことをするもんじゃない。

 

 携帯を弄りながら、肺の中の空気を一気に吐き出した。窓の外はまだ夕暮れにもなっていない。三階の窓から見える景色はどうしてか色褪せて見える。

 

「蒼桔先輩」

 

 不意に声をかけられる。先輩と呼ぶような人はいなかったような気がするが……振り向くと、女生徒の制服と長い髪の毛が見えた。あぁ、そういえば、と。最近後輩で知り合いが増えたことを思い出した。眼鏡をかけた真面目そうな女の子。寺生まれのTさんの孫娘……というおかしな渾名がついた子だ。

 

「……二年の教室まで何しに来たんだ?」

 

「風見さんがここに行けって言っていたので」

 

 それを聞いて思わずまた深いため息をつく。あの馬鹿が、と心の中で罵った。そんなにも佳奈のことを忘れさせたいのか、と。こんな事に巻き込まれてる彼女の方もかわいそうだ。

 

 そんなことを考えている蒼桔の心を知らない彼女は、いきなり吐かれたため息で眉間にシワを寄せる。軽蔑するような目で見下ろされた。

 

「悪いな。あの馬鹿の言うことを真に受けなくていい。時間取らせて悪かったな、帰っていいぞ」

 

「風見さんも同じように言っていましたよ。あの馬鹿の言葉に耳を貸すなと」

 

「あの野郎人を馬鹿にしやがって」

 

「似たもの同士ですね」

 

 クソが、とまた心の中で悪態をつく。机の横にかけておいたカバンを手に取ると、そのまま立ち上がって彼女から離れる。教室から出ても、彼女はゆっくりと後ろをついてきて横に並ぼうとしてきた。

 

「風見の言うことなんて聞かなくていいぞ」

 

「……まぁ、せっかく教室まで来たので。帰り道も同じでしょう」

 

「俺はな、浮気だと思われたくねぇの」

 

「その肝心の幽霊さんはどこに?」

 

「……今はいない」

 

 またいないんですね、と訝しげな目で見られた。本当はいないんじゃないですか、と聞かれるが……蒼桔はそれに答えない。どうせ無駄だ。誰も信じやしない。自分ひとりだけでも彼女のことを信じてやれるのならそれでいいじゃないか。そうやって納得させる。

 

 先に帰れと言っても彼女は帰らなかったので、仕方なく二人で下校することになった。帰り道でばったり会わなきゃいいけど。なんてことを考えていると、本当に浮気してるみたいで嫌な気分になる。

 

 下駄箱で履き替えて、校舎の外へ。自転車で帰っていく人たちに抜かされながら、適当に話をしつつ長い坂道を下っていく。夏が本格的に近づいてきていて、照りつける日射で額にじんわりと汗が滲んでいった。

 

 蒼桔の髪は短めだからいいが、音寺の髪はかなり長い。本人も鬱陶しそうにしている。

 

「暑いんだったら髪切ればいいじゃねぇか」

 

「この長さがいいんです」

 

「そんな肩まである髪の毛、鬱陶しいだけだろ」

 

「髪はあるだけいいものなんです。知ってますか、女性の髪の毛には神様が宿っているんですよ」

 

「カミだけにってか? 変な迷信を信じてんだな」

 

「女性の髪の毛を入れたお守りなんて、かなり強い魔除けになるらしいですよ。いりますか?」

 

「喧嘩売ってんのかお前」

 

 冗談です、と長い髪の毛を触りながら言ってくる。人が幼馴染の幽霊で悩んでいる時に、魔除けグッズを渡してくるなんて。人によってはぶん殴られても仕方がない。もっとも、今の蒼桔はうだる様な暑さのせいでそんな気も起きないが。

 

 そのまま坂を下りきると、すぐ目の前には公園がある。学校が終わった小学生たちが楽しそうに走り回っていた。中には砂浜で円を描くように座った子どもたちが、おままごとのようなものをしている。地面に何かを書いたり、話をしたり。

 

(……昔は三人でよく遊んだんだけどなぁ)

 

 活発な蒼桔と佳奈、そして少し大人しめの風見。合わなそうに見えて、けれど昔からずっと一緒に遊んできた。元気の有り余るうちは蒼桔と佳奈の提案した走り回る遊びを。少し落ち着いてきたら風見の提案でゲームをしたりするようになった。

 

(……思い出してばかりだな)

 

 佳奈が記憶を失ってから、昔の記憶が蘇ることが増えた気がする。きっと忘れてしまいたくないんだろう。人は人のことを忘れる時、声から忘れてしまうらしい。今は毎日声を聞くことができるから、忘れることはなさそうだ。

 

「……先輩、小さな子どもって幽霊が見えやすいみたいですよ」

 

「だからなんだよ。あの中突っ込んで俺の佳奈を見ろってやれってか」

 

「通報します」

 

「まだ何もやってねぇだろうが」

 

「まだ……ですか」

 

 まだも何もしねぇよ、とため息混じりに言う。彼女は公園で遊んでいる子どもが気になるのか、じっと中を見つめるように歩いていた。

 

 ただ、少しばかり挙動が怪しい。蒼桔の体に隠れるように中を覗き込んでいるのだ。まさかとは思うが、そのような趣味をお持ちなのだろうか。別に非難するわけではないが……。

 

「音寺。手を出すのはやめておけ」

 

「……そう、ですね。いえ、なんでもありません」

 

「そうですねっつったか? 今言ったよな」

 

「先輩、クレープを買って帰りましょう。そんな気分です」

 

「誤魔化すの下手くそか」

 

 どうやら後輩は一部一般的でない感性を持っているらしい。まぁ元より寺生まれのTさんの孫娘とかいう名誉だか不名誉だかわからない渾名の持ち主だ。今更彼女の属性が増えたところで気にしない……こともないが、警察沙汰にならないよう注意だけしておくべきだろう。少なくとも蒼桔はそう感じていた。

 

「先輩、帰るまで何か延々と話してくれませんか」

 

「口を開くと変な性癖晒しそうだからって俺に任せるのやめろ」

 

「なんでもいいので」

 

「あのなぁ……あんまり、人に話すようなネタがねぇよ」

 

「なら幼馴染のことでいいですから」

 

 何故そこまで頑なに話題を振らせようとするのかわからないが、渋々と蒼桔は昔のことを話していく。彼女の言ったクレープ屋に着くまで、それこそ本当に延々と。

 

 子どもの頃、三人の中で風見だけ鉄棒で逆上がりができなかったこと。佳奈の作った初めての手作りクッキーを、固いと答えたら怒られたこと。上級生に絡まれた時、蒼桔と風見で立ち向かったらボコボコにされ、大人が駆けつけてようやく収まったこと。

 

 そういえばあの時の風見の顔や痣のついた体は笑えたな、と自分もボコボコにされたくせにその事を棚に上げた。お互いベソかいていたが、今では笑い話だ。

 

「イチゴチョコと、バナナクリームをひとつずつ」

 

 店について、蒼桔が注文をする。一緒に帰ることになったのは風見のせいなので、俺が払うと言って蒼桔は彼女の分のお金も出した。自分で払うと彼女は遠慮していたが、あとで風見に飲み物でも奢ってもらうといって、無理やり購入する。

 

 数分すると、二つ分出来たてのものを渡された。皮は暖かいが、中身はひんやりと冷たい。イチゴの部分を頬張っている音寺は随分と嬉しそうだった。この暑さだと酸味が美味く感じるんだろう。

 

 俺もイチゴにするべきだったか、と少し後悔していると、真横をぴったりと歩いている彼女が不意に話し始める。

 

「昔、姉とよくクレープを買っていたんです」

 

「へぇ、姉がいるのか」

 

「えぇ……いました。事故で亡くなったんですけどね」

 

「……思い出の味ってやつか」

 

「そうですね。もう、声すらも朧気ですけど……一緒に食べたクレープは、今でも美味しいです」

 

 そう言って大きく一口、クレープを齧った。口元についてしまったクリームやチョコを舌で舐め取り、また口へ運ぶ。蒼桔も同じように食べ進めていった。

 

 買い食いして帰るのは高校生の特権のようなものだ。本来ならいつもの三人でいるはずなのに……今隣にいるのは、最近会ったばかりの後輩というのが、なかなか変なものだが。

 

 こうして学校から話しながら帰っていると、不意に恐ろしくなる。彼女と話しながら帰るのは、それなりに楽しいものだったからだ。というのも、蒼桔はほとんど風見としか一緒に帰らず、普段から遊ぶような人もいない。ある意味、今の高校生らしい生活を楽しく思えてしまった。

 

 今もなお、幽霊の身のままで困っている佳奈がいるというのに。それが頭から抜けてしまいそうで、怖かった。

 

「先輩は、今でもずっと幼馴染のことが好きなんですか」

 

 暗くなっていたことに気づかれてしまったのか、そんな話題を振られる。幼馴染のことが、佳奈なのか、風見なのかはわからないが……どっちにしても、答えは変わらないだろう。昔っから変わらない。

 

「そうだな……なんか、当たり前ってものなんだよ。幼馴染ってのは、言葉にするのは簡単だけど、説明するのは難しいんだ」

 

 風見も、佳奈も、そう簡単には嫌いになれない。そんなもんなんだよ、と薄く笑い返した。

 

 クレープを食べきった後は、また適当に歩きながら話をしていく。二人が電車に乗り、最寄り駅にまで帰ってくると、辺りは少し暗くなってきていた。あと一時間もしないうちに真っ暗になるだろう。

 

 カラオケではなく、話していただけでここまで遅くなるのも珍しい。音寺の家のある場所は、蒼桔の帰り道の途中まで一緒のようだった。活気のない駅を出て、そのまま帰路を歩いていく。

 

 ロータリーを抜け、交差点を渡り、今度は歩道橋を渡らなくてはならない。歩き回って疲れていたが、階段をゆっくりと上っていく。

 

「なんか、悪かったな。風見からなんか言われるの迷惑だったろ。ちゃんと言っておくからさ」

 

「いいえ、別に。それなりに楽しかったですから」

 

 どこか素っ気ないような返事だった。お互いのことを知れるような話は多少なりともできた気がするが、彼女が笑ったりする場面は多くない。そんな性格なんだろう。

 

 階段を上りきり、反対側の歩道の方に歩いていく。そして階段を数歩下りた時だ。

 

「待って」

 

 不意に制服の裾を強く掴まれる。振り向くと、彼女は一歩も階段から下りないまま腕を伸ばしていた。掴んでいる力は強く、震えているようにも思える。街頭に照らされて見える表情は、どこか怯えているようにも見えた。

 

「あ、の……別の道から、帰りませんか。その方が、少しだけ長く……一緒に、いられますから」

 

 彼女の口から漏れ出た言葉は、あまりにも思ってもいない事だった。その表情と、掴む手……断るのは、少しばかりはばかられる。あんまりにも不意のことで、思わずどきりとしてしまった。

 

「……まぁ、別にいいけどさ」

 

 佳奈に言い訳くらいは考えた方が良さそうだ。そんなことを心の中で呟いてから、階段を上り直す。そして反対側から下りていき、いつもより遠回りの道で帰ることにした。

 

 彼女の家まで送り届けることにしたが……道すがら、彼女は掴んだ制服の裾を離そうとはしなかった。

 





私はきっと、死ぬ気で書かないといけない気がする。
そんな気分です。

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