あの日の君につかれていた   作:柳野 守利

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第9話 こうべを垂れる、稲穂かな

 昼休み。音寺の携帯に風見から連絡がきた。放課後、蒼桔のいる教室に向かってくれと。別にそんなもの聞く義理もなかったけれど、幼馴染の幽霊が見えるという男には少なからず興味があった。それと、電車に飛び込まされそうになったのを、助けて貰った恩もある。

 

 思い返せば、アレは本当に死ぬかと思った。本当に、あと少し彼が助けてくれるのが遅かったら、線路に落ちていただろう。恩人ではあるけど……少しだけ羨ましい人でもあった。

 

 幼馴染の幽霊が見える、というのが本当なのであればの話だけど。

 

 

 

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

 

 

 

 放課後になって、風見に言われた通りに彼のいる教室へと向かう。窓際の席で外を見ながら、黄昏ていた。声をかけると、怪訝な顔のまま振り向いてくる。

 

 どことなく、やつれているように見えた。風見から傷心中かもしれないと伝えられてはいたが、傷心というよりは憔悴しているように思える。軽口を叩ける程度には元気はあるみたいだけど。

 

 彼は風見から何も聞かされていないようで、そのまま一人で帰ろうとする。少しばかり話を聞きたいとも思っていたので、音寺はその後ろを着いて行った。昇降口を出る頃には、お互い並んで歩きながら他愛のない話をする。

 

 思えばこんな風に話しながら帰ったりするのも久しぶりだった。音寺にとって友人と呼べる人は少ない。一緒に帰る人もいない。高校生らしさを感じることができて、多少嬉しさもあった。

 

 けれど、暑さだけは勘弁してほしい。額や背中に浮かんでくる汗を感じながら、学校前の坂道を下る。長い髪の毛はこの季節には鬱陶しくてしょうがなかった。

 

「暑いんだったら髪切ればいいじゃねぇか」

 

 鬱陶しそうに髪を触るのを見て、そう言われてしまった。バッサリと切ってもいいが……髪の毛には霊力が宿るものだと姉に教わっている。なるべく綺麗に、長く、清潔に。そうすれば多少は効果があるかもよ、と言われたのを思い出した。

 

「女性の髪の毛には神様が宿ってるんですよ」

 

 髪は女の命。音寺にとってもそうだ。困った時は髪の先端を数束切って、祈りを込めて投げつける。たまに効くのだ、これが。迷信も捨てたものではない。

 

「……子どもは、こんな暑さだってのに元気だよなぁ」

 

 坂道を下りきると、目の前には公園がある。そこでは子どもたちが遊んでいた。彼はどこか懐かしむようにその光景を見ながら歩いている。

 

 小さな子どもには幽霊が見えやすいらしい。ほとんどは思い込みだろう。あぁ、そうだとも。だとしたらあんなに無邪気な子どもにはならないはずだ。

 

 円を描くように座る子ども。その中心に、細長い木の枝のようなものがある。高く高く、そして途中で曲がって稲穂のように膨らんだ先端が垂れ下がる。枝分かれしていて、まるで人のよう。

 

 彼の陰に隠れながら、見てはいけないと思っていても見てしまう。子どもたちの真ん中で蠢くそれを。

 

 稲穂がくるりと回る。逆さまになった空洞が三つ。丸が二つ。三日月ひとつ。

 

『ねぇ、行くね』

 

 笑う。わかっているんだろう、と。

 

「音寺。手を出すのはやめておけ」

 

 そっと顔を彼に向ける。何事もなかったように。何も見なかったように。

 

「……そう、ですね」

 

 笑う。何もないと。何も見ていないと。

 

『いい天気』

 

「先輩、帰るまで何か延々と話してくれませんか」

 

『ネコがいる』

 

「なんでもいいので」

 

『階段下』

 

「……仕方ねぇなぁ。幼馴染のことでいいって言うなら、昔のことでも話してやるよ」

 

『笑った』

 

 延々と、延々と延々と延々と。上から言葉が降り注いでくる。折れ曲がりそうな足でついてきて、折れ曲がった首をゆらゆらと揺らす。

 

「幼稚園の頃さ、鉄棒あっただろ。逆上がりやれって皆言われてさ、俺も佳奈もできたんだけど、綾のやつだけできなくてさぁ」

 

『会いに行くよ』

 

「そうなんですね」

 

『夜』

 

「今でも思い出せるよ。アイツできないからって意地になってさ。今じゃ想像できねぇだろうけど、泣きながら何度も繰り返してたんだよ」

 

『カバン』

 

「あの真面目そうな眼鏡の人が、ですか。意外ですね」

 

『開いてる』

 

 反応してはいけない。付き纏われてもそのうちどっかに行くだろう。何もないようにしないといけない。

 

 怯えてはダメ。振り向いちゃダメ。答えてはダメ。

 

 だからどうか話していて。私を自然のままにいさせて。ただの女の子として生きさせて。昔の話でもなんでもいい。受け答えさせて。怯える以外の表情を作らせて。そしてどうか、私の後ろに行かないで。前か隣にいて。

 

『聞こえてんだろ』

 

 先輩の昔話は止まることを知らなかった。恥ずかしい過去も話していた気がする。釣られるように昔のことを思い出していた。姉と一緒にいた日々。姉はきっと、こんな思いを無視しながら生きていた。なのに記憶の中の姉は、笑っている。強い人だった。

 

 あぁ……そうだ。クレープがいい。こんな時に食べたくなる。姉と一緒に食べた、あのクレープが。

 

「クレープ屋、空いてんな。いっつも学生が並んでんのに、珍しいもんだな」

 

「運がいいですね。先輩は好きなクレープはあるんですか」

 

「別に何が好きとかはねぇな。普段食わねぇし」

 

 二人がクレープ屋にたどり着く頃には、もう声は聞こえなくなっていた。その事に少なからず安堵し、メニューを見て何を食べるか選んだ。音寺はイチゴを、蒼桔はバナナを。

 

 風見のせいだから、と彼は気前よく奢ってくれるらしい。一緒に帰って良かったと思いながら、ゆっくりと周りを見渡す。

 

(……あの木の下、前にもいた。あの大きな顔も)

 

 遠くの木の下に長い首の人がいる。通りで俯いている顔の大きな子どもがいる。テナント募集中と書かれたビルの窓に、目と口のようなものが映る。

 

 そこでずっと佇んでいてほしい。そう切に願っていた。

 

「はいよ、お前のやつ」

 

 蒼桔がクレープを渡してくる。お礼を言ってから、それを口の中へと運んだ。バニラのクリームと、ほんの少しかかったチョコレート。そしてイチゴ。酸味と甘みが口いっぱいに広がった。

 

 どこか懐かしい味のような気もする。姉の声は忘れてしまっても、この味と思い出は忘れない。

 

「……なんか、こういうのっていいですね」

 

「あ?」

 

「買い食い。高校生っぽいじゃないですか」

 

「……まぁ、そうだな」

 

 元気のない声が返ってくる。きっと音寺が姉を思い出していたように、彼も幼馴染のことを考えていたんだろう。何を考えているのか、わかりやすい人だ。仏頂面で落ち込んでいる時なんて、特に。

 

 彼はいつまで経っても、その思いを捨てられないらしい。きっと同じ立場なら私もそうだろう、と音寺は心の中で答えた。

 

「風見も、佳奈も、そう簡単には嫌いになれない。そんなもんなんだよ」

 

 薄らとだけど、彼は笑ってそう答えた。自然と漏れ出てしまったような笑みだ。そういう関係の友人がいるのは、羨ましい。

 

 自分と彼は友人ではなく、先輩と後輩の関係だ。これから先友人になれるのかはわからない。ただ、この人には借りがある。それを返してあげないといけない。できることは、あるだろうか。まだ見たことはないけれど、幼馴染の幽霊にでも会ってみれば……何かしてあげられる事くらいはあるかもしれない。もし本当にいるのなら、だけど。

 

 お互いにクレープを食べ終わったあと、また少しだけ歩き回って買い食いをする。道すがら話す内容は、特に変わらない。お互いの身の上話だとか、昔の話だとか。蒼桔の話す内容には、いつだって幼馴染の二人が入っていた。

 

 そして暗くなる前に電車に乗って、最寄り駅へと帰ってくる。帰り道は途中まで同じだった。暗い道でひとりは好きじゃない。いつもは暗くなる前に帰っていたから、音寺は徐々に暗くなりつつある帰り道に、少しずつ心臓が早まっているのを感じていた。

 

 駅から離れていくと、蒼桔の話す内容は変わっていった。「なんか、悪かったな」と風見の提案に付き合ってくれたことを詫び始める。そのことに関して嫌だと思ってはいない。普通の高校生らしい放課後を過ごせて、楽しかったのは事実だった。

 

 二人がもう少し進めば別れることになる。歩道橋を渡って次の交差点が分かれ道だ。そこから先はひとりで帰ることになる。

 

(……嫌だなぁ)

 

 普段なら何もないのに、今日は嫌なものを見てしまった。こういう日はダメだ。恐怖は簡単には消え去ってくれない。かといって、彼に頼むのも気が引ける。心から好きな人がいるのに、そんな提案をすべきじゃない。

 

 どうしようかと悩みながら歩道橋を渡って、蒼桔は家の方向に続く階段を下りようとする。それに続こうとして、けれど思わず足を止めた。

 

 階段の下。何かが上ってきている。

 

 人と同じくらいの大きさ。全身シワだらけのように見える。拳ほどの大きさの眼孔と、顔の半分ほどもある大きく開かれた口。体からは考えられないほど肉のない細い腕で、両脇にある手すりを掴みながらゆっくりと上ってくる。口を開いているだけなのに、笑っているように思えた。

 

 アレはいけない。思わず彼の服を掴んだ。

 

「待って」

 

 いきなり掴まれた彼は、困惑した顔で見てくる。それもそうだろう。でも、ダメだ。嫌な予感がする。こういう時の勘は当たるものだ。

 

「あ、の……別の道から、帰りませんか」

 

 もう暗くなってきてるというのに、遠回りをしようと言う。彼は疲れているだろうし、早く帰りたいと思っていることだろう。これだけでは、ついてきてくれないかもしれない。

 

『たまには、こっちから帰ろうよ。そのほうがちょっとだけ長く一緒にいられるよ』

 

 記憶の中の姉の言葉を思い出した。昔、小学生くらいの頃だ。道にいた何かから逃げるように、そう提案したのを覚えている。伝えられた友だちは何故と思っていたが、姉の笑顔と頼み込む時のねだる様な表情に、断る人はいなかった。皆で笑いながら別の道から帰った記憶がある。姉はそうやって、自然と人を助けることが得意だった。

 

 けど、私にはそんな器用な真似はできない。たどたどしく、口からなんとか言葉を漏らす。姉の真似をするように。

 

「その方が、少しだけ長く……一緒に、いられますから」

 

 あぁ、まるで恋する女の子みたいな台詞だ。表情はきっとソレではないだろうけど。

 

「……まぁ、別にいいけどさ」

 

 彼は何故と問い返すことなく、階段を上ってくる。そして一緒に反対側から下りていった。そのまま遠回りをして、音寺の家まで一緒に帰っていく。幸いにもその道には何もいなかったが……後ろから何かが近づいてくるような気配だけはしていて、彼の服を離すことはできなかった。

 

 家の前までやってくると、ようやく手を離すことができる。家の明かりは点いていて、既に父が帰ってきているらしい。

 

「すいません、先輩。わがままを聞いてもらって」

 

「いや……別に構わねぇけどさ。じゃ、俺は帰るよ」

 

「はい……気をつけて」

 

 彼が帰っていくのを少しだけ見送ったあと、玄関の鍵を開ける。家の中へ上がる前に、玄関に置いてあった箱入りの塩を摘んで、扉の横に小さく盛っておく。気休め程度だけれども、ないよりマシだ。

 

「ただいま」

 

 リビングにやってくると、父が料理を作りながら待っていた。男手ひとつで育て上げてくれたけれども、仕事から帰って料理まで作ってもらうのは気が引ける。いつもは早く帰った音寺が作っているが、今日はかなり遅い時間だ。

 

 振り向いた父が、笑いながら「おかえり」と言ってくれる。カバンをソファに投げ捨てるように置いて、力なく座り込んだ。

 

「遅かったな。それに男の子の声が聞こえたけど……彼氏ができたのか?」

 

「ちがうよ。そんなんじゃない」

 

「違うのか……でも、ちゃんと友だちできたじゃないか。よかったよ」

 

 浅く笑う父に対して、別に友だちがいないわけじゃない、と小さく怒るように返す。今度うちに連れてきてもいいとか言ってるけど……そんな機会は多分ないだろう。

 

『きたよ』

 

 不意に外から声が聞こえてくる。締め切ったカーテンの向こうに、薄らと大きな稲穂のようなものが見えた。

 

「お父さん、今日はもう外に出ちゃダメだよ」

 

「……風呂に入ったあとで聞きたかったなぁ、それ」

 

 先に風呂入っときゃ良かったと嘆く父に、私もだよとため息混じりに言い返した。




やっとホラーっぽくなってきました
絵だと怖いけど、それを文字に移すと途端に怖くなくなる
紙面で恐怖を表せる人は、すごいと思います

予約投稿の日時間違えてて昼過ぎに投稿です……。
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