------4日目
本戦が休憩期間に入り、今日から5日間新人戦が行われる。現在、総合得点の1位は第一高校で320ポイント、2位は第三高校で225ポイントでその差は95ポイント。新人戦の成績次第で十分逆転可能な位置に第三高校は詰めていた。3位以下は混戦状態の団子状態。
新人戦のポイントは総合成績に加味されるが、1年生にとって新人戦優勝こそが自分たちにとって最大の栄誉となる。
気合の入れ方は本戦と何ら遜色はない。
競技順は本戦と同じである。
新人戦一日目の今日はスピード・シューティングの決勝までとバトル・ボード予選である。
「おーい、尽夜君、深雪。こっちだよ」
尽夜と深雪は出場選手であるほのかと雫、エンジニアの達也に激励を送ってから観客席の方へ足を向けた。
「エリカ、ありがとう」
深雪がまず座り、その隣に尽夜も腰を下ろす。
「尽夜君、まだ私の隣にいる子達は紹介してなかったよね。この子は柴田美月よ。その隣は吉田幹比古。その隣は西城レオンハルト」
「よよよ、四葉さん。よ、よろしくお願いします」
「よ、四葉君、よ、よろしく」
「俺は尽夜に一昨日会ってるけどな」
メガネをかけた美月と弱々しい幹比古の目に浮かぶのは恐怖のそれだったが、別段気にすることはなかった。
「柴田さん、吉田君、よろしく」
短い挨拶に相手をその程度と言う意味合いを込める。
それをちゃんと感じ取ったエリカはため息をして美月と幹比古に苦言を入れる。
「美月とミキ!貴方達は!今の貴方達は最低よ!尽夜君に対してどれだけ失礼なことしてるかちゃんと分かってるの?」
「エリカ、いいんだ。慣れてるからな」
それを尽夜自身が止める。その光景を深雪は悲しそうに見ていた。
-----正午、一高天幕
「凄い!凄い!これは快挙よ!」
真由美が今にも飛び跳ねん勢いで午前の結果に満足していた。それは雫のスピード・シューティングの優勝を先頭に一高の3枠の生徒で1位から3位を独占したからだ。
「雫さんの決勝で使用した魔法が大学からインデックスへの登録の打診が来ていますよ」
鈴音が業務連絡のように伝える。
「北山さんの名前で提出してください」
「そんな!あれは達也さんが作ったのにそんなことはできない」
雫に拒否される。
「最初の使用者が登録される事はよくある話だぞ。それに俺は自分では上手く使えない魔法を自分の開発と言って恥をかきたくないんだ。分かってくれ」
その言葉にしぶしぶ雫は了承した。
-----三高天幕
女子スピード・シューティングの結果を受けて他校では波紋が広がっていた。特に本戦のバトル・ボードでの事は気の毒だがポイントを詰めるチャンスと思っていた三高には痛手であった。
天幕内では三高新人戦選手が輪になって話していた。
「じゃあ、将輝、一高女子のあれは選手の個人技能だけじゃないってことか?」
「確かに優勝した北山って子の魔法力は卓越したものがあったけど、2位3位の子はそんな風には見えなかった。魔法力のみなら1位から3位を独占されることはなかっただろう」
「それにバトル・ボードはウチが押してるから一高のレベルが今年が格段に高いわけじゃないと思う」
バトル・ボードでは三高が3人予選突破に対して一高が3人中1人の予選突破を比べると確かに三高に部があった。
「ジョージの言う通りだ。 魔法力で 負けていない。とすれば、選手のレベル以外に要因がある」
「吉祥寺君、それって?」
「エンジニアだと思う」
吉祥寺の推測に一条も頷く。
「おそらく凄腕のエンジニアだ。彼の付く選手のデバイスは2、3世代は進んでいると見たほうがいいかもしれない」
「吉祥寺がそこまで言うのかよ…」
吉祥寺の推測は三高に重苦しい空気を作っていた。
-----第一高校、宿泊ホテル
第一高校の新人戦1日目は女子スピード・シューティングで上位を独占。女子バトル・ボードではほのかと他1名が予選突破。早撃ちでは大健闘、波乗りではまずまずの結果となった。しかし、一高の幹部の面々の顔は優れなかった。
理由は男子の結果にあった。スピード・シューティングはかろうじて準優勝ではあったが他は予選落ちで、バトル・ボードに関しても予選突破は1名のみとなっていた。
「大丈夫かしら…」
「このままでは来年に影響しそうですね」
「1年男子には
真由美、鈴音、克人がそれぞれ心配する発言をした。
「梃子入れってもう新人戦は始まっちゃってるけどどうするの?」
「幸いなことに明日は司波妹と四葉が出る。あの二人は1年生の枠に収まる器ではない。それで周りも自信をつけてくれるといいがな…」
克人が希望を話す。他の面子も「それしかないか…」とその考えに賛同する。
------第一高校、作業車両
時刻は午後8時。作業車両であずさと尽夜は調整に取り掛かっていた。
「……………四葉君」
「なんでしょう?」
声をかけられて彼女の方へ視線を向ける。
「……私より調整できますよね?」
あずさは少しばかり涙目になりながら言葉を紡ぐ。背が低いこともあり常時上目遣いのような状態であった。
「おそらくは…」
ある意味、「そうですね」とハッキリ答えた尽夜にあずさが襟元を掴んだ。
「私、要らないじゃないですか!せっかく四葉君の為にしっかり調整技術を勉強してきて、今日に臨んだのに…。渡されたCADはどこも調整することがないくらい完璧じゃないですか!!」
普段のあずさからは想像もできない剣幕で尽夜をガクガクと揺さぶる。尽夜はこうなる事は予期していた。あえて、自分で完璧に調整しておいて彼女を少しからかおうとしたのだ。もちろん償いも用意はしている。
「中条先輩」
「ムスッ。なんですか?」
「明日はそのCADは使いませんよ」
「…えっ?ど、どういうことです?」
拗ねたあずさの顔はポカンと呆けたものに変わった。
「それを使うのは恐らく明後日の決勝、その時のみ使わざるを得なくなると思います」
「えっ?えっ?」
「本家からの指示によりますけど、準決勝まではこちらを使いますよ」
そう言って彼女に予め用意してあったもう1つのCADを渡す。
「これですか?」
「はい。1から調整お願いしますね」
あずさは戸惑った。
「えっ?よく分からないんですが、その凄く完璧に調整されたCADは使わないという事ですか?」
「できれば決勝でも使いたくはないですけどね…」
「じゃあ、これを調整すれば良いんですか?私が調整したやつでいいんですか?」
段々とあずさの顔が明るくなってくる。
それに合わせて尽夜は、いつものトドメを放つ。
「あーちゃんが調整したやつがいいんですよ」
流石に3回目となれば少し慣れてきたのか耳まで真っ赤になりながらも意識は保っていた。
「だ、だ、誰があーちゃんですか!?中条先輩もしくはあずささんって呼んでくださいよ!私の方がお姉さんなんですからね!」
怒っているのだろうが小動物と戯れている感覚にしかならないので可笑しくなって笑っていると端末に連絡が入った。
相手を確認した途端に尽夜は朗らかな顔に変化した。
「あずささん、出てもいいですか?」
「へ?別に構わないですけど…」
急に変化した顔にどぎまぎしながらもなんとか答える。
「え?私も?」
尽夜は端末を横にしてワザとあずさが写るように、連絡に応えた。
「母上。お久し振りです」
「ッッ!」
画面に映ったのは、尽夜の妖艶な雰囲気を倍増させ更に同時に幼さまで感じられる妙齢の女性だった。
『極東の魔女』、この言葉があずさの脳裏に浮かぶ。四葉の現当主にして世界最強の魔法師の1人とされる彼女は今隣にいる男の子の母親なのだ。
「あら尽夜さん、公の呼び方じゃなくて良くってよ。今はいつもの方で読んでくださいな」
「承知しました、母さん」
この親子が取り留めのない話をしている間、あずさは本当の意味でフリーズ状態に陥った。
「ところでそちらのお嬢さんはどなたなのかしら?尽夜、紹介してくださる?」
「今回、アイス・ピラーズ・ブレイクで俺のCADを調整していただく生徒会役員の中条あずささんです」
「な、ななな、な、中条、あ、あずさ、です!こ、この度はじ、尽夜君のCADを調整させていただくことになりました!」
あずさはもの凄い勢いで深々と頭を下げた。
真夜はあずさを見ると口元に手を当てて、「あらあら、ふふふ」と喋る。しかし、尽夜を見る時だけ少し悲しそうな目線になった。
「随分と可愛い御方ね」
尽夜はあずさがまだアワアワしてるのを見かねて話題を変える。
「母さん、本日はどのようなご要件で?」
「あら?明日の可愛い息子の晴れ舞台を応援しようと激励の電話をするだけじゃ駄目かしら?」
「いえ、すごく嬉しく思います」
「そう、なら良かったわ」
「明日はどのように致しましょう?」
「決勝までは任せます。ただ決勝では私の息子だと世間に知らせるような勝ち方をしなさい」
「承知しました」
「また後で掛け直してくださいね」
「はい」
それを合図に通話状態は終了する。
尽夜は隣の状態を確認した。
「あずささん?」
「……ハッ、はい!?なんでしょう!?」
硬直していた彼女は通話を切ったのと尽夜の声掛けにほぐされていた。
「そろそろ調整に入らないと間に合わなくなりますよ?」
時計を指さして時刻を確認する。
「起動式まだほとんど入れてないですからお願いしますね。あ、要望はこの紙にありますので。じゃあ、俺は本家と話をしてきますから探しに来ないでくださいね」
尽夜は釘を刺してからその場を立ち去った。残されたあずさは残っている調整の量に悲鳴を上げながら徹夜を覚悟した。
------第一高校、宿泊ホテル内会議室
ホテルに備えられた会議室を四葉の名を使って貸してもらった尽夜は、端末から先程まで掛かっていた番号と同じものに電話をかける。
「尽夜さん、お待ちしてましたよ」
「母さん、お待たせしました」
尽夜はあずさが居た先程とは違い恭しく一礼した。真夜はどことなく拗ねたような表情をしていた。
「先程はすみません」
赤の他人がいる場所で四葉の回線へ出ることの危険は大きい。なにから四葉のことが外部に漏れるかは分からないため、ほんの些細なことでも気を付けなければならないのだ。今回もそんな1つの例である。真夜の様子からしてこちらを懸念しているようでは無いのは明らかだが、一応体裁は整えておく必要がある。
「貴方のことですからなにか訳があるのでしょう?」
拗ねた表情をしてはいるが全くの疑いを真夜は見せなかった。彼女にとって誰よりも信頼し、誰よりも愛している存在の尽夜を疑うことなど絶対にあり得ない。
「少々考えがありまして……。その前段階といったところです」
「なら構いませんよ」
「ありがとうございます」
ニッコリと上品に微笑みかける真夜に、また尽夜は恭しく一礼した。先程の拗ねたような様子を今はほとんど感じられない。
「さて、尽夜さん。いよいよ明日からですが、いかがですか?」
「母さんの息子として恥じぬように全力を尽くします」
「良い返答ですね。それにしても何故2種目に出場しないのかしら?」
「『
「そうなの…」
「ですからそうなりましたら追って連絡しますね」
「そうしてくださるかしら。なるべく早くお願いしますね」
「はい。ところで、どこまで使ってよろしいですか?」
この問に真夜は顎に手を当ててしばらく沈黙した。
「……………先程言った通り私と同じ『
「了解しました。もともと精神干渉魔法は使う予定がありませんでしたので制約がないのとほぼ変わりません」
「ふふ、本当はそちらに行きたかったのだけれどね」
「いえ、事情は俺が一番よく分かっています。こうして電話をして頂いたことだけで母さんの気持ちはよく伝わってきます」
真夜は自分の想いがちゃんと伝わっている事が凄く嬉しくなり、今日1番の笑顔を見せた。
「中継でしっかり見てますから頑張ってくださいね」
「はい」
「それは良しとして、尽夜さん」
真夜は先程よりも真剣な目つきで尽夜を見つめた。
「………なんでしょうか?」
急な変化に姿勢を正し、次の言葉に身構える。
「いつ頃には帰ってこれるの?私、そろそろ限界に近いのですよ?」
「………………は?」
予想外の言葉に呆けた声を出す。
真夜の顔は真剣そのもの。
「貴方がいなくなってから4ヶ月と少々、偶に連絡は取ってくださるけどやっぱり直接会いたいわ」
真夜が恥ずかしそうに、両手を胸の前に持っていき人差し指を合わせている。そこに今まで真夜の後ろに無言で控えていた葉山が口を開いた。
「尽夜様、貴方が本家をお出になられてから段々と真夜様の仕事効率が落ちていっているのが現状でして、私としましてもなるべく早く本家の方へお帰りなさっていただきたいと思っている次第でございます」
葉山の要望に真夜は頬を染め、尽夜からプイッと顔を背ける。尽夜は、そんな真夜を慈愛に満ちた顔つきで見つめて微笑む。
「母さん。九校戦が終わって1週間以内には帰りますからそれまでは我慢してください。残りの夏はそちらでずっと過ごしますから」
彼の回答に『極東の魔女』がさながら乙女の面構えになった。
「……………約束ですからね」
四葉家次期当主について
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尽夜
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深雪