【旧約】狂気の産物   作:ピト

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第11話

------5日目

 

 九校戦5日目、新人戦の2日目の今日はクラウド・ボールの予選と決勝。アイス・ピラーズ・ブレイクの予選が行われる。

 アイス・ピラーズ・ブレイクの予選は1回戦12試合が午前に2回戦6試合が午後に行われる。尽夜は1回戦の第一試合の予定だ。

 

 午前7時。

 試合開始までまだ3時間あるが尽夜はエンジニアのあずさとともに控え室に向かっていた。あずさは眠そうに目を擦りながら尽夜の制服の裾を握って歩いている。

 

 「あずささん、着きましたよ」

 「………ついたんですかぁ〜?」

 

 到着したことを伝えると腑抜けた声であずさが返事をした。足取りがおぼつかないあずさを備え付けられている椅子に座らせて尽夜もその隣に座る。

 

 「………よつばくんがぁ、むちゃぶりするんですからぁぜんぜんねれなかったじゃないですかぁ〜」

 

 CAD調整を尽夜に任された昨日、あずさは一睡もできていなかった。かくんかくんと首を揺らしながら覇気のない声で文句を言っている。

 昨日尽夜に任されたCADは起動式が全然入っておらず、尽夜が希望する起動式を1から設定しなければならなかった。その一つ一つが調整する側としては難易度が高く、結局要望をすべて達成できたのは午前6時。調整中は興奮や使命感から出るアドレナリンによって意識はハッキリとしていたが調整終了とほぼ同時に強烈な眠気があずさを襲って、今に至っている。午前6時すぎに尽夜は作業車を訪れ、あずさをこのまま寝かせたらマズいと悟り朝食に連れていき、ご飯を子供の世話をするように文字通り食べさせ、控え室まで自分の裾を持ってもらうようにした。

 今のところ、一高の生徒には会っていないため変な誤解を生むことはなかった。

 

 「あずささん、試合前になったら起こしますのでここでなら寝ていただいていいですよ」

 「ほんとですかぁ……ならそうします」

 

 言うやいなやすぐに隣から規則正しい息遣いが聞こえてきた。

 尽夜は、あずさが調整したCADを掴んで調子を確認する。

 

 (違和感なし、希望した起動式も全て入っている。若干、起動に引っ掛かりが発生するが気にする程でもない。むしろ希望した高難易度の起動式をすべて入れ込んでのこのレベルまで不具合がほとんどない調整をたかが9時間程でやってのけたのは高校生にしては上出来すぎる)

 

 彼はあずさがここまでの調整をするとは思っていなかった。希望した起動式をすべて設定出来てなくともしてくれた範囲で戦えば良いと思っていたし、不具合があったとしても普通の1年生魔法師に遅れを取ることは全くない。だが良い意味で予想を裏切ったあずさのお陰でハンデ?をつけずに戦うことができる。『この時のためにしっかり勉強してきた』と言うあずさの言葉は嘘ではなかった。

 

 確認をしていると尽夜の肩にポスッとあずさの頭がしだれかかってきた。尽夜はあずさを起こさないように自身の膝の上に頭を移動させる。CADを置き、手であずさの髪の毛を梳く。それを受けて気持ち良さそうに尽夜の腿にあずさがスリスリと頬をこすりつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-----一高男子ピラーズ・ブレイク控え室

 

 午前9時半。

 競技開始まで残り30分。

 

 深雪は女子のアイス・ピラーズ・ブレイクの第一試合の調整を担当する達也と別れて尽夜の控え室へやって来た。そこで深雪はあずさを膝枕し、彼女の頭を撫でている尽夜を発見した。

 

 「…………………」

 

 徐々に空気が凍りついていく。

 

 「深雪。入っておいで」

 

 尽夜は控え室の入口にいる彼女を呼び寄せた。

 

 「尽夜さん。おはようございます。早速ですが御説明くださいますよね?」

 

 目のハイライトが消えた深雪があずさとは逆の尽夜の隣に座って問いかける。尽夜は今回焦ることなく深雪に事の顛末(てんまつ)を説明した。

 

 「…………そうなのですね。ですが膝枕を継続される意味はないと思われますが?」

 「起こしちゃマズいだろ?それに労いの意味も込めてだな」

 「労い………ですか?」

 「頑張った者へのだな」

 

 その事を受けて深雪がしばらく考え込む。

 

 「なら尽夜さん。アイス・ピラーズ・ブレイクで私が優勝したら労ってくださるのですか?」

 「ん?深雪が何か望むなら出来る範囲で叶えるよ」

 「!!絶対ですよ!覚えましたからね!」

 「ああ」

 

 深雪は言質が取れたことに歓喜した。これは彼女にピラーズ・ブレイクを全力で優勝をもぎ取るための原動力となる。

 

 深雪が歓喜している間に尽夜の腿でゴソゴソと寝ていた本人が目を覚ます。

 

 「うう〜ん。今何時ですか?」

 「9時45分です。そろそろ着替えたいので起きていただけますか?」

 「ん……………。えっ?」

 

 自分の状況を確認したあずさは飛び起きて、尽夜から距離をとった。尽夜はあずさが離れると持ってきた衣装に着替えようとその場を立ち、備え付けられた試着室のような所に入る。

 

 「み、みみ、深雪さん!」

 

 同室にいる深雪にアワアワしながら話しかける。

 

 「あ、あ、……………あう」

 

 が、結局何も言えずに顔を耳まで真っ赤にして俯く。その姿を深雪はさっきの状況を羨ましく感じながらも、尽夜の言う『労い』を以て微笑ましく見つめた。

 

 数分して尽夜が出てきた。

 服装を見て、彼女達は固まって声がしばらく出なかった。

 最初に深雪がなんとか声を絞り出す。

 

 「………………尽夜さん。素敵です」

 

 尽夜が着ていたのは黒を基調し、ところどころで紺色をあしらったスーツだった。妖艶な雰囲気を助長し色気を倍増させたその姿はある人を彷彿とさせる。

 

 「……………………四葉君のお母様の雰囲気とそっくりですね。カッコいいと思いますよ」

 

 あずさは昨日の出来事を思い出してこの感想を言った。それに深雪がピクリと反応するが声に出すような無粋な真似はしない。

 

 「深雪、ありがとう。あずささんもありがとうございます」

 

 二人に対してお礼を言う。

 それに間髪を入れず運営の人がやって来た。指示に従い控え室を出ようとするとあずさが手を掴み引き留めて激励する。それに倣って深雪も尽夜の手を握り、耳元で激励をする。

 

 「中条先輩の呼び方がファーストネームになっていることも後でじっくりと聞かせてもらいますからね?」

 「…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

------ピラーズ・ブレイク男子第一試合

 

 『アイス・ピラーズ・ブレイク』

 12メートル四方の自陣に配置された氷柱12本を守りながら、12メートル四方の敵陣の氷柱12本を先に倒す、あるいは破壊する競技。選手は自陣奥に設置された高さ4メートルの櫓から遠隔魔法のみで競う。身体的な接触が発生しないこの競技は選手のユニフォームが「公序良俗に反しないこと」を守れば自由であるため特に女子では九校戦のファッションショーとも言われている。

 

 第一試合直前のこの時間に会場は満席状態、座席に座れず立っている者が寿司詰めのようになっていた。例年、一般の客は女子の方に詰めかけ、男子の方は軍関係者などが多く集まる傾向がある。しかし、この試合はその例ではない。

 観客のお目当てはもちろん四葉。秘密主義の四葉が数年前に開示した写真もほとんど出回っていない存在、それも現当主の息子とあってVIP席には魔法学界の重鎮や国防軍の幹部たちも詰めかけている。

 

 「すごい数ね…………」

 

 一高の天幕内では真由美、鈴音、摩利がその観客の入りように驚いていた。

 

 「1回戦でこれはびっくりだな。真由美の決勝の時くらいいるんじゃないか?」

 「それ以上かもしれないわね」

 

 肩をすくめて真由美は摩利と会話をする。

 

 「まあ、あの四葉の息子が初めて公の場に出るんだからな。仕方ないといえばそうなるな」

 

 3人は苦笑いでモニターを見ていた。

 

 まずは相手の八高の選手が制服で(やぐら)に上がる。その顔は青ざめているように見える。

 

 「………彼、完全に呑まれてるわね」

 「会長。それは仕方ないですよ。誰だって普通はこうなると思いますよ」

 「そうよね………」

 

 続いて尽夜がステージに上がると観客が大きくどよめく。

 

 漆黒のところどころに紺色の線をあしらったスーツを身に纏い、妖艶な雰囲気を醸し出す彼は一介の高校生にはない色気を感じさせる。会場の女性を虜にし、男性であっても感嘆の表情でその姿を食い入るように見る。

 

 「……これは普段から見ている私達でも気後れするぐらいのカッコ良さね」

 

 尽夜は静謐(せいひつ)なたたずまいを崩すことなく開始の合図を待つ。

 ライトの色が赤から黄色変わり、更に青へ変わる。それを認識した八高の選手はハッとなりCADを操作して加速系統魔法式を展開させる。物質の分子を加速させることで熱量を増し氷柱を倒す戦術。

 だが、それは尽夜の氷柱を傷つけることは叶わなかった。尽夜のCADは銃口が前方に向けられている。

 

 「情報強化か」

 

 各校本部のモニターは発動中の魔法を解析してその種類と強度をサーモグラフ映像の様に色で表示するオプションを備えている。それが攻防の詳細を教える。

 情報強化。対象物の現在の状態を記憶する情報体エイドスの一部又は全部を魔法式としてコピーし投射することにより、対象物の持つエイドスの改変性を抑制する阻止する対抗魔法。

 両選手が正攻法と呼ばれる戦術でぶつかり合うが干渉力により八高の選手の魔法が無力化される。

 

 「正攻法だな」

 「純粋に干渉力があり得ないほど強い彼は本来、領域干渉の方が正攻法だと思われますが特定の系統を妨害するのであれば情報強化の方が効率的です」

 

 鈴音の解説に二人は頷く。

 1分程相手が攻撃を仕掛けそれを尽夜が阻止する光景が続く。

 

 「尽夜君は攻撃しないのかしら?」

 

 攻撃の様子を見せない彼に真由美が首を傾げて不思議がる。

 

 「いや、するようだぞ」

 

 摩利は彼の周りにサイオンが集まるのを視覚した。強烈なサイオンの輝きがフィールド全体を覆う。そして自陣・敵陣を間に2つの季節が訪れた。

 極寒の冷気に覆われた自陣。

 灼熱の陽炎が揺らぐ敵陣。

 八高の選手は慌てて冷却魔法を編み上げるがそもそもそんな魔法はないかのようにまるで効果がない。

 自陣は厳冬を超えて凍原の地獄へ、敵陣は酷暑を超えて焦熱の地獄と化す。この魔法はそれすらも過程とし、ほどなくして自陣は氷の霧に覆われ、敵陣は昇華の蒸気に覆われた。

 

 「これはまさか………」

 「氷炎地獄(インフェルノ)………………」

 

 摩利と真由美の呻き声を出し、鈴音が少し目を見開く。

 中規模エリア用振動系魔法『氷炎地獄(インフェルノ)』。

 対象とするエリアを二分し、一方の空間内にある全ての物質の振動エネルギー、運動エネルギーを減速、その余剰エネルギーをもう一方のエリアに逃し、加熱することでエネルギー収支の辻褄を合わせる、熱エントロピーの逆転魔法。時折魔法師ライセンス試験でA級受験者用の課題として出題され、多くの受験者に涙を呑ませてきた高難易度魔法。

 急冷凍で作った氷柱は内部に多くの気泡を抱える粗悪な氷。その気泡が膨張し、熱で緩んだ氷柱にひび割れを起こす。

 不意に気温上昇が止まり、次の瞬間に敵陣の中央から衝撃波が広がった。尽夜が魔法を切り替え、空気の圧縮と解放によって脆弱していた敵陣の氷柱は跡形もなく砕け散った。

 

 「尽夜君は振動系統魔法師なのかな?」

 

 終了の合図と共に轟音が会場に現れる。それを聞き流しながら一礼して尽夜はステージを降りる。

 ステージを降りる尽夜を見ながら真由美は尽夜について考察していた。

 

 「四葉は系統の受け継ぎがほとんどないと言われている一族だからな。四葉の現当主が収束魔法系統が得意だとしてもその限りじゃないからあり得るな」

 

 会場の全員はこの日、別の女子生徒が尽夜と全く同じ魔法を使うことをまだ知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

------一高男子ピラーズ・ブレイク控え室

 

 「尽夜さん、お疲れ様でした!」

 「四葉君、お疲れ様です」

 

 深雪が興奮冷めやらぬ表情で詰め寄ってくる。対照的にあずさは控えめに労いの言葉を発する。

 

 「ありがとう」

 

 尽夜はそれに笑みを浮かべて応える。

 

 「深雪は尽夜さんが深雪と同じ魔法をお使いになられたことに感激しました!得意系統が全く違うにも関わらずあれ程の威力を出せるのは尽夜さんのみです!」

 「深雪よりも先に使ってしまって悪かったね」

 

 深雪の言葉を受けて尽夜は少し申し訳なさそうに顔を伏せた。

 

 「いえいえ!深雪は嬉しゅうございます!尽夜さんと同じ魔法が使えることが!順など些細なことです!」

 

 だが深雪は尽夜が自分と同じ魔法を使うことの方が喜びになったようだ。2人の後ろではあずさが深雪の発言に驚きつつ黙っていた。

 

 「あずささんもありがとうございます。完璧な調整でした。このままいけそうです」

 

 尽夜があずさの方へ目を向けて感謝する。彼女はそれによって満面の笑みになった。

 

 「四葉くんの役に立てて良かったです」

 

 えへへ、と後頭部に手をやりながら照れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-------男子ピラーズ・ブレイク2回戦第6試合

 

 尽夜の2回戦はこの日の最終試合、1回戦よりも多くの観客で埋め尽くされた。もはや人と人の間に空間はない。

 尽夜は1回戦とは違い甚平姿で登場した。スーツの時とはまた違うラフな色気に黄色い歓声が女性陣から放たれ、カメラを構える者も少なくない。

 

 「…………なにこれ?」

 

 一高生の試合は尽夜のみであるためほぼ全員が試合を見守っている中、1回戦を見ていない者が驚きと呆れの目でその惨状を評した。

 

 「1回戦の時より凄いわね……」

 

 いや、見た者も呆れるほどであった。

 男子の尽夜。女子の深雪。2人の一高生によって午前にもたらされた驚きは観客を熱狂させるには十分だ。2人とも容姿が良く、さらに同じ高難易度魔法を使用した事は瞬く間に広がった。

 

 興奮する観客をアナウンスが注意を促し、やっと静寂が訪れる。無音の状態で相手の三高の選手は汗を顔に浮かべるが対照的に堂々たるたたずまいで動かない尽夜。

 

 ランプが青へと変化した途端、尽夜はCADを前方に素早く出し、引き金を引いた。その動作と同時に相手陣内の12本の氷柱は上から重い物が落ちてきたかのような砕け散り方で全てなくなった。僅か1秒足らずの出来事。

 終了の合図があっても会場には静寂がまだ支配している。尽夜は観客の反応を待つことなく櫓を後にする。誰かの手に持っていた物が落ちる音で次第に周囲が意識を取り戻す。今日1番の轟音が会場にこだました。

 

 一高の天幕内では先程の解析が行われていた。鈴音が解析結果を呟く。

 

 「……………………障壁魔法」

 

 それに天幕内の全員が驚く。速度、強度が必要な障壁魔法は本来防御魔法とされているのもあるがそれは克人がいる為不思議がられてはいない。それより障壁魔法というのは本来適正が大きくものをいう。適正がない者は極端に強度が劣るのに対し、適正のある者は極端に強度が高い。それ故使用者は極端に限られ、十文字家はその最たる例である。第一試合出みせた高難易度魔法『氷炎地獄(インフェルノ)』とは全く系統が別の、更には使用者が限られる障壁魔法を十文字家の『ファランクス』さながらの強度で見せつけた。

 

 「…………振動系統魔法師ではないのね」

 

 午前に予測したものが外れた真由美はまだ尽夜の居なくなった櫓から目を離せなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-------第一高校、宿泊ホテル

 

 選手数360名、技術スタッフ72名、作戦スタッフを連れていない学校もあるが総勢450名を超える選手団。パーティーならばこの人数でも(まかな)いが可能であるが、大会期間中毎日が宴会というわけにはいかない。

 朝食はバイキングで早い者から順に、昼食は仕立て弁当が各校の天幕に届けられる。夕食は3つの食堂を学校別に各1時間3交代で利用する。この夕食は自校メンバーが一堂に会する一日で一度の時間。

 今晩の一高の夕食の席では明と暗がハッキリと別れていた。

 明は1年女子グループ。

 暗は1年男子グループ。

 達也と尽夜は深雪と雫、ほのかに連れられ女子の方にいた。

 

 「深雪の魔法すごかったよね!」

 「四葉君も同じ魔法を使っていたんでしょう?『氷炎地獄(インフェルノ)』って言うんだっけ?先輩たち、びっくりしてた。A級魔法師でもなかなか成功しないのにって」

 「エイミィも決まってたよ〜。乗馬服にガンアクションはカッコ良かった!」

 「雫の振り袖姿も可愛かったし、相手に手も足も出させずに追い詰めていく戦いぶりはクールだった」

 

 新人戦女子クラウド・ボールは準優勝と入賞一人でまあまあの成績だが、新人戦女子ピラーズ・ブレイクは出場三選手が3回戦進出と、スピード・シューティングに続いての好成績に女子達はお祭り騒ぎであった。

 

 尽夜の隣に座る達也が女子生徒の質問攻めにあっているのを尻目に尽夜は黙々と食事をしていた。

 

 「ねね、四葉君」

 

 我、感せず状態の尽夜に女子生徒の矛先が向いた。

 

 「なんで2回戦目は障壁魔法を使っていたの?『氷炎地獄(インフェルノ)』を使わなかった理由ってあるの?」

 「…いや、別に大した理由はないよ。ただ何でも良かったんだけど同じ魔法を使うのはつまらなかったからね」

 

 苦笑いでその質問に返す。

 

 「じゃあ、四葉君は得意系統はあるの?」

 

 瑛美が踏み込んだ質問をする。それに上級生たちはピクリと反応し耳だけを平然と装いながらもしっかり意識する。

 

 「エイミィ、魔法師の詮索はしないのが暗黙の了解だよ」

 

 雫が瑛美を注意する。

 

 「いや、いいよ。でも大会が終わるまでは内緒にしといてね。一応1番得意なのは収束系統魔法だよ」

 

 『収束系統魔法』と尽夜が言った途端、上級生にはある可能性が頭をよぎる。確率的には大いにあり得る。だがそれ以上に得意系統をまだ使っていない、その他の系統魔法で今日見た威力だったことの驚きが占めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-----温泉

 

 夕食が6時には終わり、現在8時を迎えた頃に一高女子達は初日と同様に温泉に入っていた。

 

 「いや〜、今日は良い日だったね。本戦でもおかしくない様な魔法も見れたしね!」

 

 瑛美が明るく今日を振り返る。女子達はそれに同調し、頷く。

 

 「四葉君の甚平姿、凄く格好良くなかった?なんか色気?っていうのが滲み出てる気がして大人って感じだった」

 

 そんな中で女子の話題は尽夜の事になる。その話題に女子達は一層キャピキャピとなっている。

 

 「あなた、1回戦目を見てないでしょ。スーツ姿も圧巻だったわよ。甚平姿とはまた違った仕事ができる感がもうね……」

 「四葉君だからこそ出せる雰囲気が堪らないよね!」

 「なにそれ!見たかった〜!」

 「魔法もできて、顔も良し、性格も優しそうで穏やかだったし、なんか凄いよね。それに四葉家の直系で家柄も申し分ない。ねぇ、よく考えなくても優良物件過ぎない?」

 「あれで恋人も婚約者もいないのが不思議だよね〜」

 

 ワイワイと楽しそうに話す女子達の角では深雪、雫が並んで浸かっている。

 

 「深雪、大丈夫なの?」

 

 雫が心配そうに声をかけた。

 

 「尽夜さんと私は付き合ってもいないし婚約者でもないから何もできないわよ…。それに誰にでもチャンスはある訳だから」

 「…………そう」

 

 雫は深雪が気丈に振る舞ってはいるものの、お湯の中で手が震えている事に気が付く。誰からも羨まれる彼女ですら尽夜はあまりその好意に反応を見せない。その苦痛を今の雫が理解することはできないが、彼女も自分となんら変わらない一人の乙女なのだと雫は認識した。

 

 「深雪、頑張ってね……」

 「………雫、ありがとう」

 

 親友達の想いができるなら届いて欲しい。幼馴染みのほのかはもちろんだが出会って4ヶ月少々の深雪も雫にとっては既に親友と呼べる存在になっている。雫はそう願いながら深雪の震える手に自分の手を重ねた。

四葉家次期当主について

  • 尽夜
  • 深雪

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