話の大筋には違いはございませんので、そのままお読みいただいても結構です。しかし、気になるっとおっしゃられる読者様は余り深く考えず、さらっと読むことをお勧めいたします。
ご迷惑をお掛けいたしますが、何卒よろしくお願い致します。
-----6日目
九校戦6日目、新人戦3日目の今日はアイス・ピラーズ・ブレイクの3回戦が午前中に、決勝リーグが午後から行われる。他にはバトルボードが午前に準決勝、午後に決勝も行われる。
今日のピラーズ・ブレイクは男女の試合が交互に同一会場で行われる。第一高校女子は深雪、雫、瑛美の順で試合が行われ、男子は6試合目三回戦最終試合に尽夜が出場する。
深雪は達也と尽夜と共に控え室に赴くとその前には第三高校の男子二人が立っていた。大柄、小柄の二人組で魔法実技を重視する校風故かどちらもひ弱な印象は全くない。3人が立ち止まっていると、向こうが認識したため寄ってくる。
「第三高校1年、一条将輝だ」
大柄の方が口を開く。その口調は初対面にしては
「同じく第三高校1年、吉祥寺真紅郎です」
小柄の方は丁寧な口調で、しかし挑発的に古風な名前を名乗る。
「第一高校1年の司波達也だ。それで『クリムゾン・プリンス』と『カーディナル・ジョージ』が試合前に何のようだ?」
受けた挑発の眼差しを受けてそれに敵意でもなく、害意でもない挑戦的な態度を取る達也。
「…ほぅ。俺だけじゃなく、ジョージのことも知っているようだな」
「……しばたつや。………聞いたことがない名前ですが、今覚えました。恐らくこの九校戦が始まって以来の天才エンジニア、試合前に失礼かと思いましたが、君を見に来ました」
「弱冠13歳にして基本コードの1つを発見した天才にそう評されるのは恐縮だ。……確かに非常識だがな」
会話する三人は、肝を据えて敵と腹を探り合う。明確な意思を持って敵を見定めている。これはまだ話さなければならないなと達也は思い、達也は深雪の方へ視線を向ける。
「達也、この場はまかせた。深雪を連れて先に行く。…行こうか」
しかし先に尽夜が達也の意図を読んで先へ回る。彼は深雪を一瞥し、会話をしていた三人の横を通り深雪のために控え室を開ける。深雪は達也に一礼すると第三高校の二人は最初から居ないかのように一瞥もせず、尽夜の開けた扉の中へと入って行った。
「『プリンス』、次の試合の準備をしなくていいのか?」
達也は先程の事に対する驚きと深雪の可憐な姿に目を奪われていたことを隠せない一条へ呆れを隠そうともせず言葉を向ける。その眼差しに一条は返答に詰まり、答えることができなかった。
「僕達は明日、モノリス・コードに出場します。君はどうなんですか?」
代わりに吉祥寺が返事をする。達也はエンジニアのため、調整についての事だとすぐに理解した。そして簡単に返答する。
「そちらは担当しない」
「……そうですか。ならばいつかあなたの調整した者と戦いたいですね。勿論勝つのは僕たちですが。……ところで先程までいた四葉の御子息について色々聞きたいことがあるのですが?」
「なんだ?」
「まあ、ここは長話するところでは無いので1つだけ。四葉尽夜の調整者はあなたですか?」
尽夜に話題が移った。二人はなにも達也に会うためにやって来たのではない。その理由には尽夜に会うという要素も大きいが先程で会話を持つことは彼らに叶わなかった。
「違う」
またも簡潔に、先程より素っ気なく答える。その答えに二人は顔を見合わせ、頷き合う。そして一条が達也の方に向く。
「時間を取らせたな。またの機会を楽しみにしている」
そして二人は達也の横を通り去って行った。
------一高女子ピラーズ・ブレイク控え室
「結局彼らは何をしに来たのでしょうか?」
達也がまだ彼らと会話をしている時控え室では深雪が着替えを終え、尽夜と話をしていた。
「偵察、かな?達也の戦績を見ると興味を持つ奴もいるだろう」
達也の担当した選手は同校打ち以外では今のところ負けなしであった。一般には選手たちの方が注目されやすいが少し詳しく調べると司波達也というエンジニアに行き着くのは真っ当なことだ。
「というより宣戦布告だと思いますよ。お兄様はお認めになられないでしょうけど」
深雪はクスリと口元に手を当てて上品に笑った後、深くため息をつく。
「お兄様のご自分の過小評価はこの場合、戦況の誤認になります。お兄様はご自分がどれだけ注目され、意識されているのかをもっと客観的に認識なさってほしいです」
本人のいないところで珍しい諫言をした彼女に、尽夜は優しく微笑みかけた。
「まあ、仕方ないよ。達也は選手でもない自分に注目が集まる事が理解できないんだ。いや、これは理解しようとしないっていうのが正しいかな」
達也ならそうだろう、と二人はお互いに目を合わせて笑う。
-------正午、第一高校天幕
午前の競技が終わり、第一高校天幕内はお祭り状態であった。女子アイス・ピラーズ・ブレイクで一高女子全員が三回戦を突破し、決勝リーグを独占したのだ。
「時間がないから手短に言うわね」
天幕内では真由美が女子ピラーズ・ブレイク出場の深雪、雫、瑛美とエンジニアの達也を呼び出していた。
「決勝リーグが同一校で独占されるのは初めてです。ですから本部よりこの快挙について提案がありました。このまま決勝リーグを行わずに三人の同率優勝にしてはどうかと。この提案を受けるかどうかはあなた達に一任します。しかし、時間がないからこの場で決めてください」
大会本部からは時間短縮、自分達の労力削減という魂胆が見え見えであった。
「達也くんはどう思う?」
真由美は目の前にいる女子達が目を向ける存在へ話しかけた。
「明智さんは正直試合を避けた方がいいコンディションです。北山さんと深雪に関しては本人達の意思を尊重します」
「明智さん。達也くんはこう言っていますが?」
「あっ、はい。私もそう思います」
「分かりました。残りの二人はどうしますか?」
そう問いかける。
雫は深雪を見ている。また逆も同じ、その目は逸らされることはない。
「…………私は、私は深雪と戦いたい」
短く、ハッキリとした対戦表示がなされた。雫の目はまだ深雪を捉えている。目上の真由美がいる所では礼儀正しい事ではないが咎められることはなかった。
「………北山さんが望むのなら私は全力でお相手します」
二人の答えが決まった。
二人の決戦はバトル・ボードの決勝が終わってから行われ、雫の健闘虚しく、深雪の勝利で幕を閉じた。
-------試合後、北山雫控え室
ノックをされるが返事はしない。
「……………………雫」
ほのかが遠慮気味に入って来た。自分はバトル・ボードで優勝したというのにその顔は優れない。
「…………ほのか」
ほのかは雫の隣に腰を下ろす。
無言の状態が続く。それは彼女たちにとって短くも長くも感じる、なんとも言い難い心地の悪い雰囲気だった。
「…………優勝おめでとう」
耐えかねて声を出したのは雫だった。
「……ありがとう。雫は残念だったね」
「………うん」
ほのかは自分よりも少しだけ背の低い雫の頭を胸に抱え込む。雫は手を下げたまま胸に頭を預けている。
「………悔しいよ」
「うん」
「勝てるなんて最初から思ってなかった」
「うん」
「手も足もでなかった」
「うん」
「…悔しい」
二人は抱き合ったままいくばくかの時が流れた。
「…………ありがとう、ほのか。もう大丈夫」
雫が顔を上げてほのかから離れた。その顔はもう涙の跡が見受けられない。
「うん。じゃあ、尽夜さんの応援に行こ!多分三高の一条くんと最後の戦いをもうすぐする時間だから」
「うん」
-------男子アイス・ピラーズ・ブレイク関係者席
ほのかと雫は芋洗い状態の一般観客席を抜け、まだ一般観客席程の状態にはなってない関係者用観覧席に向かいながら混雑する人達を器用に避け、知り合いを探す。
「お〜い。雫、ほのか、こっちこっち」
エリカの大きな高い声が二人にと届くとそこへ向かって進んだ。二人が席につくと深雪が声をかけてきた。
「ほのか、優勝おめでとう」
それの後に次々とほのかへ称賛がかかる。彼女は照れくさそうに一点を見つめ、そこからも称賛が来ると嬉しそうに笑顔を浮かべる。
「深雪」
「何、雫?」
盛り上がっているのを他所に二人は静かに話し始める。
「相手をしてくれてありがとう。まだ深雪には勝てないけどこれから追いつけるように頑張るから」
「ええ、私も負けないわよ」
二人は剣呑な雰囲気ではなくお互いがお互いを認め合っている
「尽夜さんはどう?」
「二高の選手とさっき戦って勝ったところよ。三高の一条くんもその人に勝ってるから次が実質の決勝ね」
「勝てそう?」
「一条家の『爆裂』は強力だけど尽夜さんが負けるはずないわ」
深雪は間髪を入れることなく答える。その表情は自信に満ちたもので、尽夜の勝利を1ミリも疑ってなどいない。
「さっきはどんな感じで勝ったの?」
「初戦と同じ『
「…そうなんだ」
「ええ、だからもしかしたら凄いものが見れるかもしれないわよ?」
------三高男子ピラーズ・ブレイク控え室
三高控え室では二人の男が最後のCADチェックをしているところであった。
「将輝、どうだい?」
「ああ、いつも通りだ」
「分かってると思うけど一応確認しとくよ。彼がこの大会で使用したのは振動系統魔法『
「分かっているぞ、ジョージ。それに俺の『爆裂』より早い攻撃魔法は存在しない。数秒で終わらせるさ」
「うん。僕も信じてるよ」
「おう。任せろ」
互いの拳を当て、一条は控え室を後にする。
------一高男子ピラーズ・ブレイク控え室
こちらも三高と同じように最終調整へ入っていた。
「終わりました。どうですか?」
あずさが尽夜のCADを彼に渡す。
おずおずと大事なものを持つ子供のように慎重になるあまり彼女の手は少し震えている。尽夜は受け取り、一通り確認作業をする。
「……四葉君」
「何でしょうか?」
「最終調整を自分ではなく私がして良かったのですか?」
作業中にあずさはビクビクとなりながらも話しかけてきた。自分よりもCAD調整ができる筈なのにそうしなかった彼に。
尽夜のCADを調整するのはあずさにとって楽しかった。自分の好きなCAD、しかもあの『シルバー』の限定モデルを調整できるのだ。初めは貰い物のお礼としての義務感でやって来れたが、いざ自分の調整で負けることがあればそれは尽夜の責任ではなく自分に責任があるのだとネガティブ思考の彼女は考えてしまう。これまでの尽夜の戦いぶりから見て勝利が危なくなることはなかった。だが彼が今から相手にするのは彼と同じ十師族の跡取りであるため、いくら彼とて結果はわからない。いろんな不安が彼女を巡る。
「えっ?何言ってるんですか?いいに決まってますよ」
「えっ?」
彼女の心配をよそにあっけらかんと尽夜は答える。キョトンと何をそんなに悲観的になっているのかが分からないと言っているような雰囲気を出している。
だがしばらくしてあずさの杞憂を理解した尽夜は彼女に近づき、その自分よりも20cm低い頭に手を乗せた。
「よ、四葉くん!?」
「あずささんの調整で勝てるからこそ意味があるんです。それにあなたは十分完璧な調整技術を持っています。これで負けるはずが無いですよ」
至極当然の口調で放たれる自信満々の言葉に驚くあずさ。それを見ながら微笑ましいものを愛でるように撫で始めた。
「……………あう」
彼女は、何も言えず。何も抵抗できずになされるがまま彼に身を預ける。それは大会委員が尽夜を呼びに来るまで続いた。
------一高天幕
観客席は言わずもなが超満員だった。午後から行われる女子の決勝リーグではなく決勝戦は予定の時間をずらして、バトル・ボード決勝が終了した後に行われた。必然的に男子の試合は後ろにずれる。それもあってか一つの会場で一つの競技が行われることは九校戦始まって以来の入場制限が敷かれ、急遽会場の外でパブリックビューイングが行われる異例の事態となった。
「……………凄い数ね」
「十師族の直系同士の戦いだからな」
天幕内では真由美や克人の一高の上級生達がモニターを眺めていた。新入生達は関係者席に行き、生で応援したいとの事でここにはいない。
まずは第三高校の制服を身に纏った一条将暉が櫓へと上がる。それと同時に三高の生徒が沸き、一般客も声を上げる。
「一条家の『爆裂』はこの競技においてはすごく適した魔法だ。四葉がどのように戦うのかが見ものだな」
克人が腕を組み。威厳を持った顔立ちでモニターの一条家の跡取りを見つめる。
「昨日、尽夜君は夕食の席で得意の収束系統魔法をまだ見せてないって言ってたわ。もしかしたら、やっぱりそうなのかしら?」
「分からん。だが、世間に、魔法師界に、あいつが四葉であると示す分かりやすい魔法であることは確かだ」
そして、一条が登場した1分後に逆の櫓に尽夜の姿が見えた。今度は一高生徒が沸く、観客も二人が揃ったとあって、先程よりも会場がざわめく。彼の服装は初戦と同じスーツ姿であった。
尽夜は一高生徒の集団を見つけ軽く手を振り、その後カメラへ向かって恭しく一礼した。その姿に会場が見入る。尽夜の礼はまるで誰かに敬意を表しているがごとく綺麗な所作であった。
尽夜が面を上げて敵陣の一条を見据えた。一条は彼を敵意と似た感情を向けている。緊迫感が会場を支配し、やがて静寂が自然と訪れる。
ランプの色が変わる。
赤から黄色、黄色から青に変わった。
両名はほぼ同時にCADを抜き、互いに引き金をひく。
が…………、両陣営の氷柱は全く何も起こらなかった。それを不思議がる観客。1番動揺していたのは選手の一条であった。
彼は意識を急速的に取り戻し、再度引き金を引く。
だが、結果は同じく何も起こらない。天幕内のモニターには一条とほぼ同時に引き金を引く尽夜の姿があった。
「……これは」
天幕内で真由美が1人呻き声を出す。克人や摩利、鈴音は驚愕の顔になっていた。
「…………これは硬化魔法、でしょうか?ですが硬化魔法とは少し違う気がします。ですがもし、これを硬化魔法だと仮定するならば、彼はどれだけ干渉力が強いのでしょうか………。『爆裂』を抑え込むだなんて凄すぎます」
普段冷静な鈴音がかろうじて解析機に現れた結果を報告、感嘆する。後ろではまだ驚愕に染まっているのを感じながら数分以上変わらない光景が映るモニターを眺める。
しかし、その光景は長くは続かなかった。
会場に『夜』が訪れた。
観客は空を見上げて混乱する。一条も同様だったようで攻撃の手が止む。その中で暗闇に無数の光が氷柱目掛けて降ってくるのが見ている者の目に映る。それはさながら大量の流れ星、流星群というものを彷彿とさせる。
一条は無意識的に領域干渉を発動する。
しかし、干渉力は尽夜が上回っている事は先程確定されていたため意味もなく。無数の光は氷柱に穿ち、粉々に破壊した。
「………………綺麗」
その呟きは誰のものかは分からない。しかし、大多数の人間の言葉を代弁した。
「これが…『
魔法を専門にする者ならば一度は聞いたことがある魔法。
『
空間の光分布に作用する収束系統の最上級魔法。光の分布を偏らせることで光が100%透過するラインを形成し、有機・無機や硬度、可塑性、弾力性、耐熱性を問わず対象物に光が通り抜けられる穴を穿つ。見かけ上は空間内の光を無数の光球と光条と闇に分ける魔法であり、その見かけ故に『夜』と呼ばれている。またこの魔法は光を通して間接的に物体の構造に干渉し、熱や圧力によらず固体・液体を気化させる。物体の光透過率という構造情報に干渉してそれを気化させるため、1種の分解魔法とも数えられる。光を遮断・屈折・反射させる障壁は意味をなさず十文字家の『ファランクス』でも同様に防ぐことができず、あらゆる物理・魔法防御が困難。対抗するには領域干渉にて『光分布』の単一要素の干渉力で術者を上回らなければならない。
尽夜が使用するまで『極東の魔女』の異名を持つ四葉家現当主四葉真夜のみ使用が確認されていた。ほぼ固有魔法。
尽夜はこれによって試合を終わらせた。静寂が続く中で彼はカメラに向かい恭しく一礼した後に軽くウインクを落とし、唖然と立ち尽くす一条を尻目に櫓から降りた。
---------四葉本家
尽夜のウインクから数分経った頃。
「奥様、おめでとうございます」
初老に見える男性が紺のドレスを着た女性に話しかける。女性の目は大型のTVに釘付けであったが男性の言葉で引き戻される。
「葉山さん、ありがとう」
椅子に座り直し、答えるもその目はまだTVから離されない。
「奥様のご子息でいらっしゃいますからこのぐらいは当然ですかな?」
「そうね…ふふ……私の息子だもの。…あの魔法が私以外に唯一使えて、更に私を上回る程の威力をだせる。それ以外も私より優れている。……そしてなにより私の為に私に尽くしてくれる。私の意思を、私の気持ちを誰よりも理解してくれる。それが私の息子……」
真夜は恍惚の表情で普段よりも妖艶な雰囲気を醸す。その色気は普通の男性が当てられると平常心ではいられない程凄まじいものである。しかし執事の葉山は気にする事なく真夜の背後にただただ控え、むしろ親のような慈愛の目を向けていた。
------第一高校宿泊ホテル
6日目の競技が全て終わり、第一高校の選手団とサポートスタッフは夕食を取っていた。雰囲気は明るく、昨晩のお祭り状態が更に増したようである。主役はもちろん女子ピラーズ・ブレイク、女子バトル・ボード、男子ピラーズ・ブレイクだ。必然的にその者たちの周りには人が集まって来ており、尽夜は同学年ではなく上級生に捕まっていた。
「尽夜君、お疲れ様」
「ありがとうございます」
隣に座る真由美から労いをかけられ、その後同席している上級生も続いていた。
「『
「ええ、ありがとうございます」
「『夜』とはよく言われるけど、本当に夜になるのね。ビックリしたわ」
「解析されていますからザックリと言いますけど光の収束です。あの無数の光線に周りの光を凝縮させたって言ったら分かりやすいですか?」
「分かるけれど、光ってことは遮断とか反射、屈折で防がれないの?」
「『
「それって実質無敵ってこと?」
「干渉力次第ですね」
ニッコリと笑って答える尽夜に対して、上級生達は心の中で共鳴した。
(それを無敵っていうのよ!)
しばらく『
「………あの。四葉君、私も質問していいですか?答えられる範囲で構いませんので」
「市原先輩、いいですよ」
「ありがとうございます。『
「確かにリンちゃんは違和感を覚えるような言い方で解析機を見てたわね」
「ええ、硬化魔法だと情報体への干渉と領域への干渉の2つがありますが、私が見たのは情報体、ここでは氷柱ですね。それに密度上昇の魔法式がかかっていましたが、疑問なのはその魔法式が全く『爆裂』の影響を受けていなかったのです」
「それは尽夜君の干渉力が強いだけじゃないの?」
「その可能性も考えましたが、本来魔法というのは事象を改変させる力です。2つの相反する事象がぶつかるとそこには必ず歪みが少しは起こるはずですが、それが全く見受けられないのはおかしいのです。更に四葉君の相手は一条家の跡取り。干渉力は他の魔法師よりも遥かに強いはず。ですから魔法式が全く歪まないことが不自然なのです。まあ、四葉君の干渉力が強すぎると言われればそれまでなのですが……」
淡々としかし最後は自嘲気味に仮説を話す。上級生でも歪みというものを意識する事はほとんどない。それを意識するのは研究者や魔工師が大半で、魔法師はその場の魔法発動のみを気にする。研究者を目指す鈴音だからこそ気付けたものであった。
「……そこまでの仮説を立てることができる人が高校生にいるとは思っていませんでした。あれはある物を隠すための硬化魔法ですよ。上手くやったつもりなんですけどね」
ハハッと肩をすくめて答える。
「………ある魔法とは?」
「ん〜、どうしましょうか…」
「あっ……すみません。聞いてはいけないことでした。先程の言葉で気づくべきでしたね。忘れてください」
残念だが申し訳なさそうに鈴音は謝罪を口にする。
「ホントはもう少し後で使うかなと思ってのカモフラージュでしたので気になさらないでください。……そうですね。鈴音さん、後で二人でお話しできますか?最初に気付いたご褒美にあなたのみにお教えします」
「えっ、いいんですか?」
尽夜の言葉で鈴音はパッと明るくなる。他の上級生達は特に真由美が鈴音を羨ましそうに見ていた。
「え〜、リンちゃんだけずるい!お姉さんにも教えなさいよ〜」
真由美が駄々をこね始めた。それは『姉』というよりむしろ『子供』の相手をしているようだ。
「市原先輩のみが上級生の方たちで唯一気付いてお話しになられたんです。最初に気付いたことに何か特別感があってもいいじゃないですか?」
「ムゥ〜」
「会長。諦めてください。彼は私のみに教えると言ったのです」
拗ねる真由美に、普段彼女によって振り回されている鈴音が勝ち誇った表情で
そして明るい雰囲気のままこの日の夕食は幕を閉じた。
-------第一高校宿泊ホテル、ラウンジ
夕食が終わり、自由時間となった尽夜は鈴音と共にラウンジへとやって来た。端の人気がない場所に2人は向かい合わせで座る。
「見事な遮音障壁ですね…」
「ありがとうございます」
「さて、早速ですが市原先輩。先程のことですが…。少しよろしいですか?」
「…?いいですよ?」
これまで無表情を貫いてきた尽夜は真剣な面持ちに変える。それに応じて鈴音も無意識に身構えた。
「貴方には2つの選択肢があります」
「……選択肢ですか?」
「この話を最初から聞かない選択肢を加えると3つになりますね」
「…どういうことでしょうか?」
「そんなに身構えないでください。これは貴方へのご褒美と提案なんですから」
「………ますます分かりません」
「ならまず説明していきますね。貴方は3つの選択肢が取れます。1つ目は先程の通りこのまま立ち去るです」
「………やはり聞いてはいけないことだったのですか?」
「ああ、いえ、それは大丈夫です。聞くだけならなにも思いませんよ。後の2つはあの魔法に関しての説明の度合いですね」
「説明の度合い?」
「そうです。2つ目は誰にこの魔法のことを聞かれても同じように答える説明です。3つ目は誰にも話さない事まであなたに話します」
「3つ目を用意する理由はなんですか?」
「分かりませんか?」
「…………ッ!」
鈴音の目には驚き、その目に少し恐怖の感情が伺えた。額には薄っすらと汗が浮き上がっており、顔色も若干落ち着いていない。
「………市原先輩。気を楽にしてください。それにご褒美だと言ったじゃないですか」
「…すみません。少々取り乱しました」
「構いませんよ。それで、話を続けていいですか?」
「ええ、お願いします」
「先程言った通り、これはご褒美ですので鈴音さんがどのような選択を取ろうと危害を加えるつもりも無いですし安心してください」
「……3つ目の存在を私に話したのは何故ですか?」
「それはですね。…市原先輩、あなたが欲しいからです」
「……それは…四葉が……という訳ですか?」
「いえ、違います。俺があなたを欲しいんです。本家はこのことを、今この場で行われていることを知りません」
状況が違えば完全な好意と受け止める言葉に状況を分かっていながらも、鈴音の頬にはらしくない赤みが差さっている。
「そっ、それはどういう?」
「市原鈴音さん、いや、一花鈴音さん」
「ッ!?」
「これぐらいは調べるとすぐに分かります。気を悪くされたらすみません」
「いえ……大丈夫です」
「貴方の魔法特性、観察眼、そして研究者の卵として、貴方にはものすごく価値があると思っています」
「私の一家はその魔法特性によって数字落ちしました」
「俺にとってはどうでもいいです。もし数字落ちを気にされているのであれば『四』になりますか?」
「…っ」
「貴方がこちら側に来ていただけるのなら希望することはなるべく叶えるようにします。それ程俺個人があなたを欲しいのです。ですから四葉の名を
「…………」
「無理にとは言いません。あなたの意思が重要ですから。………少々重たくなってしまいましたね。よく考えてください。返事はいつでもいいですからね」
このままでは決められないだろうと席を立ち、その場を立ち去ろうとすると腕の袖を引っ張られた。
「…市原先輩?」
「…………………ます」
「え?なんですか?」
「貴方につきます」
尽夜は彼女の手を握りしめて、もう一度席に座る。
「本当に良いんですね」
「…はい」
「他の十師族より風当たりが強いですよ?そんなに簡単に決めていいんですか?」
「……ふふ、先程はあんなに真剣に口説いていたというのにいざ了承されると信じないのですね」
先程までとは一転朗らかな表情になる鈴音に尽夜は安心して、話を切り出す。
「では、これからよろしくお願いしますね」
「はい。ところで願い事はいくつ叶えてもらえるのでしょうか?」
「四葉家としたらおそらく1つ、俺個人ならば叶えられるだけ叶えますよ」
「そうですか。……では四葉家に対しての願い事は要りません」
「は?なぜですか?」
「………仕える相手の違いですよ」
「………ありがとうございます」
「四葉君は私個人を欲してくれた最初の方です。それだけで仕える理由になると私は思います。それにあの四葉家の直系ですし、早くから側にいるのはステータスにもなりますからね」
鈴音はいつも通り冷静に客観的に自分の置かれる状況を分析した。
「この先、会長や顔見知りの方々とも対峙するかもしれませんよ?」
「それは困りますね…しかし私は決めましたので、貴方の陣営には変わりません」
困った表情でありながらも決意を感じさせる雰囲気で尽夜を見つめる。それを彼は微笑みで受け答えた。
「では、詳しい事はまた後日に」
「ええ」
「それと市原先輩。これから俺の事は尽夜とお呼び下さい。今のままの呼び方ですと、この先なにかと不便になるかもしれませんから」
「分かりました、尽夜君。では、私も下の名前を読んでいただけないでしょうか?」
「了解です。鈴音さん」
「はい」
話が一旦途切れ、少し休憩しようと尽夜は飲み物を買いに行く。そして他愛もない話をした後に本題に入った。再び遮音障壁が2人を覆う。
「では、そろそろ教えていただけますか?あれはどういった魔法ですか?」
「その前に『
「ええ、収束系統魔法で空間の光の分布に干渉する魔法だと認識していますが…」
「うん、概ねその認識で間違っていません。それに付け加えて『
「どういうことですか?」
「物体の光透過率という構造情報に干渉して物体を気化させるという仕組みがあるからです」
「…」
鈴音は考え込む仕草で黙って話を聞く。
「俺は『空間の光分布に干渉』というところに目をつけました。魔法式は性質上、空間に魔法式が展開されなければなりません」
尽夜は一旦説明を止め、考え込んでいる鈴音に予想を促す。
「……………つまり、魔法式は光によって展開される。ならば相手の魔法式が展開された空間の光を無くしてしまえばいいということですか?」
「9割正解です。あと足すとするならば魔法式は全てのものが緻密ですから対象となる空間は1cm四方以下です。一部分でも崩れると魔法式は意味をなさなくなる」
「…………凄過ぎます。それさえ使えれば構造式が分からなくても魔法式を分解できるわけですから『
「そうですね。しかし初めから存在する物体には意味がないですし、干渉力で相手を必然的に圧倒しなければなりません。それに加え消費する想子量も他の魔法の比になりません。大体一般的に『
「…誰でも使える代物ではないということですか」
「おそらく普通の人なら1発も放てずにサイオン切れを起こすでしょう」
「あなただからこそ使える、という訳ですか。…『
「さてこの魔法の事を知っているのは母上と母上の側近の1人、そして鈴音さんのみです。まだ名前はありませんのでつけていただけますか?」
「わ、私がですか!?」
「ええ」
「………では、『
「…なるほど、いいですね。命名していただきありがとうございます」
----201号室
鈴音と別れて自室に戻ってきた尽夜は部屋にいた深雪と達也に軽く言葉を交わしてベットに腰掛けた。
「尽夜さん。優勝おめでとうございます!」
「尽夜、おめでとう」
深雪と達也がまず尽夜を祝す。
その後、満面の笑みで深雪が尽夜の隣にやって来る。
「ありがとう。深雪も達也もおめでとう」
「ありがとうございます!」
「ありがとう」
尽夜も深雪と達也を称賛する。心底嬉しそうにしている深雪は軽く頭を下げてから、上目遣いで尽夜を見る。
「尽夜さん、昨日の約束を覚えておられますか?」
「ああ、覚えているよ。何をしたらいいのかな?」
「では、九校戦が終了したら私とお出かけをしていただけますか?」
「分かった。ただ九校戦が終わったら1週間程で本家に行かなければならないからそれまでにね」
「はい!」
深雪は今まで以上に顔を緩めた。
同室にいるのが達也と尽夜でなければ平常心が保てない程にその顔は魅力的であった。
「尽夜、あの魔法はなんだ?」
達也が真剣な目つきになり、『
「先程命名された『
「なるほど……。光の分布という単一要素のみの干渉だから相手の魔法式の構造を見破る必要もない利便性に優れた魔法になるな。だが『
「流石だな、達也。これは『
「…ふむ。俺も常人より桁外れのサイオンを保有しているがお前と比べるとその半分もないからな。その魔法に殺傷性ができたら恐ろしいものだよ」
「はは、それはないね」
達也は本気でこの魔法に殺傷性が無いことに安堵していた。深雪はまだ二人の会話についていけず、よく分かっていない。?マークを浮かべる彼女を見て2人は張り詰めた空気が和んでいくのを感じていた。
まず遅くなった事を謝罪します。執筆はしていたのですが色々と納得のいく内容にならず、悪戦苦闘していました。
少し大きく動く回でしたのでお楽しみいただけたでしょうか?様々なご感想やご意見があると思います。よろしければご感想などを書いていただけると今後の参考にいたしますのでよろしくお願いします。ご質問に関しては答えられる範囲で答えます。お気軽にどうぞ。
※作者は豆腐メンタルにつき、酷評でも糧にしようと頑張りますが落ち込みます。
四葉家次期当主について
-
尽夜
-
深雪