------9日目
九校戦9日目、本戦の再開である。
ミラージ・バットの予選と決勝、モノリス・コードの予選が開催される。
昨夜、新人戦優勝パーティーは総合優勝パーティーまでお預けとなった。理由としては第一高校は本戦の準備でかかりきりとなり1年生はともかく上級生に余裕がなかった。
新人戦を優勝して第一高校と第三高校の差は140ポイントとなり、今日のミラージ・バットを優勝すれば明日のモノリス・コードの結果を待つことなく総合優勝が決定する。
現在、第二試合が始まる直前。
第一試合に出場した一高の選手は途中までは僅差でトップに立っていたが着地の魔法が上手く発動できずに10mの高さから水中へ落下し担架で運ばれる事態となった。また第二試合の本部へのCAD提出の際に深雪とあずさの担当する選手のCADに『
天気は曇天。普通なら晴れのほうが好まれるがミラージ・バットでは最高の天候であるなかで司波兄妹を少し離れた所から見ているあずさがいた。その顔には悲哀が漂う。
彼女の目線は主に深雪のエンジニアの方へ向けられている。魔法科競技において1年生が本戦に出場することはほぼ無い。それは2年生と3年生の実力差と比べて1年生と上級生の差は圧倒的なものになるからだ。新人戦というものがなくても1年生が本戦に出ることは稀であることは一般の共通認識である。
あずさは気の弱い所を除けば同年代でトップクラスの実力を誇る魔法師の雛鳥であることは間違いない。逆にこれだけ気の弱い性質を持ちながらも第一高校の生徒会の一員になっていることが彼女の実力を逆説的に証明している。
そんな彼女から見て深雪は本気で本戦優勝を狙える実力を持っていると評価していた。それに加えてあの兄が彼女のエンジニアとしてつくことは更にそのことを確信にまで至らせる。
九校戦において選手には選手、技術者には技術者の間でライバル関係が成り立つことは多い。この場合あずさは達也のライバルということになるのだろうが、彼女は勝ち負け以前に競い合うという気持ちすら持てなくなっている。
この大会中に見せられた圧倒的な技術者としての実力差。あずさの担当する選手も予選突破や優勝をしてはいるがそれは選手の実力を本来のように出す、つまり選手本人の実力でしかないと気の弱い彼女なら考えるのは容易に想像がつく。だが達也の場合は選手の持っている実力以上のものをデバイスによって引き出す。それはさながら人間が戦車に乗ると戦闘能力が格段に上がるかのように。
2科生と呼ばれる彼は魔法実技の成績はギリギリ赤点を間逃れている程度のもの。だがそれ以外の知識、技術、実践的な戦闘においてはあずさは足元にも及ばない。
(私達の『成績』ってなんだろう?『1科生』と『2科生』の区別に何の意味があるんだろう?)
あずさは大会期間の中で魔法科高校に入学してから何の疑問も持たなかった価値観が振れ動く浮遊感に誘われている。
彼女は自らを『ブルーム』と称したり、2科生を『ウィード』と呼んだりなどして差別するような心根は持ち合わせていない、意識していない。
だが、自分が『魔法科高校の優等生である』ということは自負している。それは彼女が魔工師というものを目指すにあたって自信となり、彼女のとっての支えである。『経験』や『実績』が不足している分、『自信』や『希望』などの抽象的なものに頼ることは若者なら多くなるのは必然である。抽象的なものに依存するのは若者にとって仕方が無いことなのだが、達也を見ていると自分が抱える『自負』や『希望』が何の意味も持たない物に感じてくる。
私達の『成績』とはなんだろう?
「あずささん、あまり思い詰めない方がいいですよ」
不意に背後からかかった声にたじろぎながら反応する。
「四葉君……」
「達也は特別ですよ。あれを普通と捉えないべきですね」
「でも…………」
尽夜のかける慰めの声もあずさをしゅんとさせる。ナイーブな感情の時に自分の去年の成績より全てが上である存在に説かれるのは効果が薄かったのだろうか。今にも泣きそうに上目遣いの彼女に近寄って、囁きかける。
「大人になるにつれて理不尽を受け入れるとこは大事です。確かに達也は世界が定める魔法師の基準では劣等生となり、学校の成績というものが全ての価値ではないことの良い例となりますが、学校の成績も1つの価値なんですよ」
「えっ?」
「『価値』というものは様々なものがあり、一概にそれが絶対だとは限りません。そもそも『価値』と呼ばれるものは時代と共に変化するものです。今偶々俺達が生きてる世界では、『処理能力』『キャパシティ』『干渉力』という3つの観点が魔法師にとって重要なだけ。だから今の時代に3つができる人が多く評価され、できない人が評価され難いのは仕方が無いことなのです。達也はそれが分かっているからこそ堂々と振る舞い、自身の価値の中で生きている。だからあずささんは学校の成績という『現段階の魔法師としての価値』は高いということを自信にしていいのです。なんらそれを疑問に思う必要はありませんよ」
あずさは認められた事に、自分がやってきたことが間違いではなかった事に、道を踏み外すことも無い事に安堵して少し涙を流したが、その後は可愛らしい顔に戻っていた。
-------ミラージ・バット決勝
宙に舞う少女達の中で一際輝きを放ち、他者を寄せ付けることのないスコアを記録する少女。彼女の顔はやる気に満ち溢れており、見る者を魅了するコスチュームを身に纏い、四方八方に動く。
数時間前の第二試合で1ヶ月前に発表された飛行魔法が登場し、各校もこぞってその真似をするがトップの少女程使える者は当然の如くいなかった。ほとんどの選手が試合が終わる前に棄権している中で彼女は手を緩めることなく一心不乱に空中に投影されたホログラム球体を叩いていた。
「……深雪、なんか鬼気迫る勢いだね」
応援団の中でほのかが評する。周りもそれに同調し、声を出して応援するどころか軽く引いている状態。
時間は第二試合終了時にまで遡る。
大体的に飛行魔法を披露した深雪は、尽夜とホテルの一室へ二人で戻ってきた。エンジニアの達也は午後の調整と大会本部からの呼び出しでこの場には恐らく現れることはない。
「お疲れ様、深雪」
「ありがとうございます」
彼が労うと嬉しそうに彼女は笑みを浮かべる。
「さあ、休息を取ろう。決勝でも体力が必要だからね」
「はい」
深雪は部屋のベットに入り、毛布をかける。
「何かして欲しいことはある?」
「では傍にいていただけますか?」
尽夜の質問に彼女は布団から手を出して彼の手を求める。それに従い、彼女の手を優しく握ってから椅子に腰掛ける。
「………尽夜さん」
か細い声で問いかける深雪の表情はどこか優れないものがあった。
「なに?」
「…お兄様はこれから先、大丈夫なのでしょうか?」
尽夜は気配を探り、この部屋に盗聴や覗きが無いことを確認した。
「それは一般的にかな?それとも本家の意向のことかな?」
「………両方です」
深雪の心配する顔に握ってない方の手を添えて微笑みかける。
「一般的には何とも言えないね。達也の対応次第のところがあるから。本家に関しては、深雪がそのままの深雪でいるならば心配する必要はないよ。後は必要な時に自分の欲望に忠実になれるかだね」
「……欲望に忠実に、ですか?」
「まあ、今は深く考えなくていいよ。取り敢えず、大丈夫とは言えるね」
「…分かりました」
この問答でマシにはなったがまだ拭えていないようだったため、尽夜は意識を別に持っていこうとする。
「深雪、ミラージ・バットで優勝したらどうしようか?」
彼の方向転換に彼女は少し黙り込む。ウンウン唸ってから、一高女子チームで交わされた会話を思い出してハッとなる。
「……でしたら後夜祭のダンスパーティーのファーストを深雪にください」
「……いいよ。俺の相手は深雪だね」
「はい!ふふふ」
嬉しそうに顔を真っ赤にして、毛布にうずめて悶える。
「さあ深雪、そろそろ寝よう。ここにいてあげるから」
それを皮切りにしばらくして規則正しい寝息が聞こえてくる。
休息を取った深雪は圧倒的な強さを最後まで緩めることなくミラージ・バットの優勝を飾った。彼女の姿勢には会場からの熱狂的な拍手がもたらされ、当事者はある一点を見つめて深々とお辞儀をした。
---------第一高校宿泊ホテル
最終日を迎えることなく総合優勝を決めた一高はパーティーをまたも延期し、不満も出ているが明日のモノリス・コードがあるのを理解して渋々ささやかな食事をとっていた。
「あれ?達也さんと尽夜さんは?」
雫が部屋に迎えに行ったはずの深雪が一人で来たのを疑問に思い問いかける。
「お兄様は疲れたからこのまま眠るそうよ。明日まで起こすなと言われたわ」
「尽夜さんは?」
「家のご用事で夕食は参加されないみたいよ」
「そう…達也さんは凄く忙しくしてたもんね。尽夜さんも疲れてるはずなのにこの九校戦の真っ只中で家の用事に呼び出されるのは大丈夫なのかな?」
「ゆっくり休んでいただきたいわね」
二人の体調を心配する彼女たちの周りでは様々な話が行われていた。
「……ねぇ、リンちゃん」
「はい、なんでしょうか?」
「今まで気付かなかったけど、いつから尽夜君を名前で呼ぶようにになったの?」
深雪たちから十分離れたテーブルでなされたこの会話に深雪の耳がピクッと反応した。
「……………はて、なんのことでしょう?」
「あれ?前は『四葉君』って呼んでなかったかしら?」
「……前から名前呼びだった気がしますが?」
「えっ?そう?」
「……ところで真由美よ。やけに尽夜君の名前呼びに反応するな」
「なっ!?ち、ちがっ…」
「照れるな照れるな。まあ、あいつの事だから他にもいっぱいいるだろうから苦戦は免れないと思うがな……」
「ち、違うって言ってるでしょ!」
鈴音は摩利が『名前呼び』に違和感を感じなかったのが功を奏し、真由美へとターゲットが移って小さく安堵した。
ハイライトが消えた目でその光景を見ていた深雪は鈴音の安堵を見逃すことはなく、尽夜に後で問い詰める事を心の中で誓った。
------同ホテル、436号室
一高生たちが夕食をとっているほぼ同じ時間に風間は来客を迎えていた。
「閣下、どうぞこちらへ」
相手は老師の九島老人。
風間は敬礼をして着席を勧める。
「席を外せ」
「ハッ」
風間は飲み物を運んで来た従卒を外に下がらせ、改めて老師へと向く。
「して、本日はどのようなご用件で?」
「なに、君が珍しく土浦から出てきたと聞いたのでな。顔を見に来たのだよ」
「光栄です」
光栄と言いながらも風間の顔はそれを全く感じさせることはなかった。
「相変わらず十師族が嫌いなようだな」
「以前にも申した通りそれは誤解です」
「誤魔化す必要はない。…我々が兵器目的で作られたのに対して、君たち古式の魔法師は古から知恵を受け継いだだけのニンゲンだ。我々の存在に嫌悪感を感じるのは無理がない」
人間という言葉をわざとらしく発音した老師に風間は眉をひそめる。
「自らを兵器と成す、という意味では古式も同じです。自分が嫌悪感を懐くとすれば、自らを人間ではないと、子供や若者に強要する遣り口です」
「ふむ………だから彼を引き取ったのかね?」
「……彼とは?」
「司波達也君だよ。君が四年前に四葉から引き抜いた。四葉深夜の息子だろう?」
「……」
「私が知っていても不思議ではないだろう?3年前は私が九島家当主として十師族に名を連ねていたし、今なお国防軍魔法部隊の顧問であり、一時期とはいえ四葉真夜と深夜の師であったのだから」
「…………ならばご存知でしょう。四葉が達也の保有権を放棄していないことを。あいつは今なお四葉のガーディアンであり、ガーディアンとしての務めに支障をきたさない限り司波達也は軍務に服すること。ガーディアンとして以外、四葉は優先権を主張しないこと、以上が我々と四葉との間に交わされた契約です」
「……惜しいとは思わぬか?」
「惜しいとは?」
意味有りげに身を乗り出す老師にすっとぼけた返事を返す風間。しかし老師は気を悪くした様子はなく微かに笑っていた。
「先日の試合は見事だった。成功例とは聞いていたがまさかあれ程のものとは想像もしていなかった」
探るように風間の目を覗き込む。
「彼は将来、日本国の魔法戦力の有数の戦力として数えられるだろう。それを私的なボディーガードに留めておくのはもったいないとは思わないか?」
「閣下は四葉の弱体化を望んでらっしゃるのですか?」
「君だから正直に言うがね」
老師は薄っすらと笑みを浮かべる。
「十師族というのはお互いを牽制し合うことで魔法師の暴走を予防するという意味合いもある。だがこのままでは、四葉は強くなり過ぎる。司波達也君とその妹、更に何の因果があるのか真夜の息子、彼らがこのまま成長し、遠くない将来、真夜が健在のまま四葉尽夜が当主となり、司波兄妹が彼の
風間は苦笑いをしながら老師の言葉を聞いていたが、やがてゆっくりと口を開き始めた。
「閣下のご心配事は理解できます。私は四葉尽夜の実力を完全に把握できておりませんのでそちらには何も言えませんが、達也に関してなら1つ進言させていただきます」
「…ほう。なんだ?」
「彼を憐れむのは筋違いだと思います。彼はそこまで大人しい存在ではありません。閣下は、『将来』という言葉を口にしましたが現時点で彼は我が隊の貴重な戦力です。もし一条家の跡取りと比べるとしたら月とスッポン程の差があります」
「憐れむな、これが進言かね?」
「はい」
老師は黙り込み、手を顎に当てたまま風間に鋭い目を向け続けた。
四葉家次期当主について
-
尽夜
-
深雪