--------10日目
九校戦最終日。
モノリス・コードの決勝が行われ、克人が他校を圧倒的な実力で蹂躙していき、この競技も第一高校が制して優勝。
第一高校の総合優勝、3連覇が決まった。
現在、懇親会が行われた会場で九校戦の後夜祭が開催されていた。懇親会が殺伐とした雰囲気なら後夜祭は和やかな雰囲気に包まれていた。約十日間に及ぶ緊張状態から向け出た若者たちは極度のフレンドリー状態となる者が多く見受けられる。
この会には魔法界のお偉い様やメディアの人々まで参加する。後にダンスが始まれば学生のみの時間となるが、注目選手達にとってこの時間は人が自分に集まる休まることのない時間だった。
「ちょっといいかね?」
かくいう尽夜もその一人なのは言うまでもない。他校の女子生徒を始め、企業のお偉い様、メディアからのひっきりなしに対応を余儀なくされる。人垣の中心になって少し経つと一人の老人から声がかかる。人垣を形成していた人達はその老人を認識した瞬間に驚き、また直ぐに道を開ける。
「承知しました」
老人、九島老師の声掛けを拒否をする権限はなく快く受け取る。人垣が離れ、周りには二人の声が会場の雑音によって聞き取れないくらいになる。
「まずは総合優勝おめでとう」
「ありがとうございます」
「知ってると思うが、私は九島烈だ」
「存じております。お初にお目にかかります。私は四葉真夜の息子、四葉尽夜にございます。以後お見知りおきください」
「…私はかつて真夜の師であった。その息子であるそなたに会えて嬉しく思うよ」
「光栄にございます」
簡単な言葉を交わす。二人の目は穏やかではあるが当人達には奥底に隠れた物を見抜こうと鋭い威圧が交差している。
「…して、労いだけでは無いのでございましょう?」
「そう急かすでない」
「……」
「まあ、いい。今日は確認の為に来ただけだからな」
「…………確認?と言いますと?」
「君は次期当主になるのか?」
「私は母上の意向に従うまででございます。『なるのか?』とまるで私に決定権があるような御質問でしたが私にその権利はございません」
「そうか…では、尽夜君。君は今の十師族についてはどのように考える?」
「…私が、ですか?」
「そうだ」
「…何も思いません」
「………どういう事だ?」
烈は驚いた顔で目を見開く。
「そのままの意味でございます。老師が整えた今の十師族がこのまま続こうともまた別の体制が築かれようとも、私はその時代に生きるのみでございます」
「私が作った今の体制は互いに牽制し合う事で魔法師の暴走を予防する。だがそれが成り立たなくなるかもしれん」
「………なるほど、私達が邪魔ですか?」
暫くの沈黙が訪れる。
尽夜は老師の発言から真意をすばやく、正確に読み取った。互いの目には鋭さが恒常的に乗せられるようになり、周りもコチラの方へ更に注目し始めた。周りに気づいた二人は柔らかな目つきに戻っていく。
「そうではない。むしろ我が国にとって必要となるのは間違いないが、いつの時代も出る杭は打たれる」
「御心配いただきありがとうございます。肝に銘じておきます」
「そうするがいい。長く引き留めてしまったな。真夜によろしく伝えてくれ」
「承知しました。こちらも有意義な時間でございました」
尽夜は恭しくお辞儀をする。それに反応することなく烈は会場から去って行った。
その後も来賓の対応や他校の女子生徒に対応をさせられ続けたが、やがて来賓が退場し始めて会場が更に和み、浮ついた空気に包まれる。管弦の音がソフトに流れ始めた。わざわざ生演奏を用意した主催者側の熱意に、少年たちはすぐに応えた。これまで懸命に話術を駆使して親睦を深めることに成功した少女の手を取ってホールの中心へと向かう。
ドレスでなく制服なのは残念だが、踊っている当人たちはあまり関係の無いことのようであった。
尽夜の近くには彼を誘いたい女子達が学校や学年関係なく群がっていた。
「あの!四葉さん!私と踊っていただけませんか?」
他校の制服を着た女子が周りの空気を感じながらも勇気を出して申し込んでくる。彼はそれに対し苦笑いで答える。
「申し訳ございません。私は最初に踊るパートナーは既に約束してますので、よければその後にお声掛けくださいますか?」
尽夜は申し訳なさそうに断りを入れた。
しばらくして人垣の一部が開き一人の女子生徒が彼に向かって歩いて来る。
「尽夜さん」
可憐な女子生徒に会場の誰もが見惚れる中、周りの視線を気にすることなく恍惚の表情を浮かべて名前を呼ぶ。
「お約束通り、私と最初のダンスを踊っていただけますでしょうか?」
深雪は作法通りの完璧なお辞儀で誘う。
「深雪、こういうのは男性の俺から誘うべきものだよ?」
苦笑いを浮かべて答えた尽夜。
「だって尽夜さんは人に囲まれてなかなか抜け出せていなかったではございませんか」
「…それを言われるとつらいなぁ」
あはは、と痛いところを突かれた尽夜は乾いた声で笑った後に真剣な表情になり、どこか妖艶な雰囲気をいつも以上に纏い出した。
深雪を含め、周りの女性陣が息を呑む。頬を朱に染め上げて緊張の面持ちを見せる。
「お待たせして申し訳ございません。俺と一曲、お相手願えますか?」
作法通りに頭を下げ、手を差し伸べる。周りは踊っている者たちでさえ立ち止まり注目を集める。
「……こ、こちらこそよろしくお願いします」
普段の深雪ではありえないだろう少し上ずった声で、尽夜の手を取る。
手を繋ぎながら中央へ向かう。深雪は紅くした顔を俯かせたまま尽夜に引かれていく。
「きゃっ!」
尽夜は深雪の腰に手を回すと素っ頓狂な声があがった。彼は珍しいものを見たように微笑ましい顔つきになり、腰に回した手を強めて更に引き寄せると耳元で囁いた。
「緊張してる姿も珍しくて可愛いね。そのまま安心して身を預けてくれるかな?」
「かっ、かわっ///…………はい」
今にも火を吹き出しそうな程に熱くなった顔でコクコクと勢い良く首を縦に振る。嬉しそうな表情で尽夜を見つめる目には他の者など映っておらず、このダンス中に逸らされることはなかった。
ダンスが終盤に差し掛かったところでようやく本来の深雪の姿に戻って来た。可憐な姿が軽やかなダンスに磨きをかける。二人は会場を魅了し続ける。
「…尽夜さん」
互いに見つめ合いながら踊っていた最中に笑顔だった深雪が尽夜にしか分からないように顔は笑顔だが目が笑っていない状態へと変化した。
「なに?」
「………中条先輩や会長だけではなく、市原先輩とも随分仲がよろしいのですね」
「……??急にどうしたのかな?」
質問の意図がわからない風に答える尽夜。それに対して深雪は掌に冷気を漂わせて、低い声で囁きかけた。
「なぜ、九校戦以前は名字呼びだった市原先輩が昨日の夕食の席で名前呼びに変わっていたのでしょうか?納得のいく説明をしていただけますよね?」
先程は尽夜が彼女を引き寄せていたが、今は逆に引き寄せられていた。だがその力は尽夜の時とは違って倍近く強い。目も逸らさせない眼力が彼を捉え離さない。退路はない。気分はもっぱら浮気がバレた夫。
「み、深雪。落ち着いて……」
「私はこれ以上ないくらい落ち着いておりますよ?今ここで教えて下さらないのであれば今夜は寝かせませんからね…」
「……鈴音さんに俺の魔法を説明した時に仲良くなって、その後に流れで名前を呼び合うようになった」
じーっという効果音が聞こえそうなくらい見つめてくる深雪は彼の説明に対して、はあっと息を吐いた。
「……ホントに油断なりませんね」
呟きに苦笑いで応えた。深雪からの質問?尋問?には嘘を交えることは得策ではない。彼女の驚異的な勘によってそのハリボテは呆気なく崩れ去るからだ。故に正直に話す。それによって嫉妬や妬むことはあれど悲しい顔をしたり怒るということはなくなる。
「…市原先輩との件は理解しました」
彼女はどこか諦めたように再度息を吐いてから元の笑顔に戻っていた。しかし繋いだ手は堅く、肩に乗せられた手は力が籠もり、二人の距離は他のダンスをしている人たちより随分と近かった。
深雪とのファーストダンスが終了して彼女が尽夜から離れても女性陣はなかなか踏み出そうとしなかった。絶世の美女と美男が周囲を虜にしながら踊った後はどんなダンスも目劣りしてしまうからだ。普段から一緒の校舎で学んでいるはずの一高女子ですら気後れするのだから他校の女性陣は尚更その傾向が強い。
「じ・ん・や・くん♪」
楽しそうな声が背後からかかる。
「……会長でしたか。どうされました?」
真由美は普段よりも精彩さが増した顔つきですり寄ってくる。
「挨拶回りも終わったからお姉さんの相手をしてくれる人を探してたの」
「では、俺と一曲お相手していただけますか?」
「もちろんよ!早く踊りましょう!」
ルンルンと軽やかに尽夜の腕を掴んで引っ張って行く真由美。この後、彼女の独特のダンスに振り回される事を尽夜は知る由もなかった。
「……お疲れ様です」
真由美とのダンスが終わって少し休憩していたところに2つのグラスを持った鈴音が労う言葉をかけてきた。
「…鈴音さん」
「これ、どうぞ」
「ありがとうございます」
鈴音は尽夜にグラスを差し出し、自分ももう一つのグラスのノンアルコールカクテルを煽る。
彼も同じく煽った後、話を始める。
「…鈴音さん、少し話があるのですが…」
「では、一曲私と踊りながらはいかがですか?」
彼女はそう言って手を差し出して来た。
「…喜んでお相手いたします」
尽夜は彼女の手を優しく取り、先の二人とは違いなるべく人が少ないスペースへ導いた。
しばらくゆったりとしたステップで優雅に踊る。背丈が女性にしては高い鈴音の顔は他の女性より近く、また歩幅も尽夜に近く、他の女性のように気を遣う事が少なかった。
「……私とのダンスはどうでしょうか?」
「踊りやすいですよ」
「それは光栄ですね。それで…お話というのは?」
「こんな場所ですが例の件で夏休み中に時間をいただけないかと思いまして」
「……ふふ、いいですよ。四葉家の都合があるでしょうし、なるべく私が合わせるようにしたほうが良いですよね?」
「では、翌週21日の日曜に1日いただけますか?」
「はい、分かりました。確認しておきます」
「ありがとうございます」
「…そろそろ私とのダンスも終盤ですね。名残惜しいですが仕方ありません。ですが今から終わるまでは四葉などとは関係なく私だけを見つめてくださいね」
鈴音の上品に浮かべる笑みはいつもの冷静で冷淡な態度からは想像もできないほどの魅力的で、また紅く染まった頬は扇情的であった。
「承知しました」
大勢がいるホールの一角で二人だけの世界を作り出す。先の二人と同様にダンス中に尽夜がパートナーから目を逸らすことはない。これは簡単なようで難しい。故に女性からすると好感度は高くなる。
鈴音の恍惚の表情はダンスが終わるまで続き、手を離すとどこか悲しそうな顔を浮かべていた。
ダンスパーティーも終わりが近付く。それぞれが最後を楽しみながらもどこか惜しむように踊る。人気のある人には最後の希望を持ってやって来る人もいるが、最初の頃ほど人溜まりはできていない。
尽夜のパートナーを務めることができたのはほんの数人。深雪や雫、ほのかと仲の良い一高1年女子3人。真由美と鈴音。そして三高と二高の女子生徒会長のみ。
会場を見渡すと一条家の跡取りはひっきりなしに来る女子たちの相手を延々としており、今も囲われていた。
尽夜は会場のテーブルで1つの女子集団を見つけて歩いていく。
「あずささん」
声をかけられた集団は彼を認識すると驚いて固まる。それを横目に彼女に寄る。
「ラストダンス、踊っていただけますか?」
作法通りの形式張った堅い物言いではなく、フランクに礼節など気にせずに誘う。
「えっ、えっ?」
当人はいきなりの事で状況が理解できておらず慌てふためく。尽夜はそれを楽しむかのように妖艶な顔つきで手を差し出した。
「お手をどうぞ」
「えと、えと、よ、よ、よろしくお願いしましゅ」
恒例のように真っ赤になった顔であたふたしながら手を乗せる。彼は彼女が手を取った瞬間に気遣いながらも強引に引き寄せる。
「ふえ!?」
「では、あずささんをお借りします」
集団に向かって放った言葉に彼女たちは放心状態ながらも頷く。それを見届けてから背を向けて歩き出す。二人の背中には女子集団の黄色い声が届いていた。
ダンス慣れをしていないあずさに合わせゆっくりとしたペースでスライドするだけのダンスを踊る。ちょこちょこと一生懸命着いてくるあずさに雛鳥を思い浮かべて少し吹き出した。
「よ、四葉君」
あずさはこちらを見る事なくステップにいっぱいいっぱいになりながら話しかけてくる。
「はい?」
「ど、うして、わた、しを、誘った、んですか?」
「俺が他の方と踊っている最中、こちらをチラチラ見てたようですが、違いますか?」
「えっ!?」
あずさは立ち止まり羞恥の表情で尽夜を見上げる。
「ききき、気付いてたんですか!?」
「まあ、あれだけ視線を向けられればいやでも気付くかと…」
「………………あう」
俯き、ワナワナと体を震わせる彼女の姿にまたも悪戯心は刺激される。
「そうやって俯くのも可愛いですが、今は相手をしてる俺の方を見上げてくれませんか?」
彼女の顎に手をかけてクイッと持ち上げる。するとボンッと音を立てて湯気を頭の上から出しながら小さい声で「あうあう」と幼児退行していた。その姿を慈愛の目で面白そうに見つめる尽夜はその後に彼女をリードしたまま最後の曲が終わるまで彼女の手を握り続けた。
以上で九校戦は終了です。
あーちゃんはこの日の夜の部屋でいろいろと聞かれるんでしょうね(笑)
次からは夏休み編となります。
四葉家次期当主について
-
尽夜
-
深雪