鈴音との会話で「1週間後の日曜」とありましたが今話との兼ね合いにより「翌週21日、日曜」に変更しました。
申し訳ございません。
第16話
-----8月14日、日曜日
九校戦最終日の翌々日。
時刻は午前10時、尽夜は司波家に訪れていた。インターホンを鳴らし、来訪を知らせると深雪が外出姿で顔を出した。
「尽夜さん、お待たせいたしました」
「今来たから大丈夫だよ」
軽く挨拶を交わすと深雪は尽夜の前でくるりとターンした。
「あの、如何でしょうか?」
深雪が着ているのは落ち着いた色合いのサマードレス。九校戦前々日の真由美の格好に刺激を受けているのかもしれない。
その服の露出度はそれ程無い。しかしウエストを絞ったデザインは胸と腰のラインを強調するシルエットになっており、真由美の着ていたものよりセックスアピールは上である。成熟し切っていないこの年頃特有のアンバランスな色香が醸し出されていた。
着ている当人も恥ずかしそうに顔には紅みが出ている。
「…とても女性らしくて綺麗で素敵だと思うよ。だけども、似合い過ぎて他の男から邪な目を向けられるかもしれない。何か上に羽織って行かないか?」
「!…わ、分かりました!少々お待ちください!」
更に顔を赤くした深雪は逃げる様に家の中へと戻って行く。彼女は尽夜に褒められた事が嬉しいのは当たり前だがそれ以上に「他の男に見せたくない」と取れる言葉、彼のその欲がとてつもなく嬉しかった。
深雪と入れ違いに達也が家から顔を出した。
「3日振りだな」
「そうだな。ところであの服はいつ買ったんだ?」
「昨日、深雪と今日の為にと買いに行ったんだ。色々試着したがお前の好みに1番合ってるのがあの服だったんだが、違ったか?」
「いや、違わない。大人びてていつも以上に魅力的なのは間違いない」
「そうだろう?だが俺としては昨日最後に深雪が着ていたやつの方が似合っていると思ったんだがな」
「…わざわざ俺に合わせたのか?」
「言っただろう?今日の為に買いに行ったんだ。お前中心で考えるのは当たり前じゃないか?」
「…ならまた今度、その格好も見せてもらうとするよ」
「そうしてくれ」
達也と話し始めて5分程が経過したところで深雪が戻って来た。
「お待たせして申し訳ございません!」
彼女は先程のワンピースの上からゆったりとしたオーバーシャツを羽織り、丁寧にお辞儀をして詫びる。
「構わないよ。じゃあ、行こうか?」
「はい!」
呼んでいた無人コミューターの扉を開けて深雪を中へと促す。
「じゃあ、行ってくる」
「頼んだぞ」
『
-----無人コミューター
都心へと向かうコミューター内では明るく賑やかな雰囲気に包まれていた。二人の話題はもっぱら九校戦の思い出になるが、ふと深雪が思い出したように話題を変えた。
「そういえば、尽夜さん。来週には本家へ行かれるのでしたよね?」
「そうだよ」
「でしたら来週の金曜から日曜にかけて雫の別荘へお邪魔させていただくのですが一緒に行かれるのは無理そうですね」
分かっていた、という反応でも内心ショボンと落ち込んでいることが分かりどこかいたたまれなくなる。
「そうなるね。……その分今日は一日中深雪のお相手するよ」
「はい!」
深雪はその表情も長くはなく、パッと花が咲くように笑顔になる。
「ところでどちらへ向かわれているのでしょうか?」
「お昼の前に少し俺の買い物に付き合ってくれないかな?深雪にも関係がある事だからね」
「??…分かりました」
疑問が浮かんでいるが、あえて聞くようなことはせずにそのまま目的地までゆったりとした時間を過ごした。
-----都心
二人がやって来たのは、ちょっとお高めの店が構えられているショッピングビル。その中を深雪が尽夜の腕を抱きながら歩く。深雪の姿は誰もが目を惹く左右対称のプロポーションにフィクションの様な整った顔立ちが服によって更に魅力的に輝く。
隣の存在も彼女の良さを助長していた。妖艶な雰囲気に爽やかさを兼ね備え、少女と同じ様に整った顔面は隣と比べても目劣りしない。
どこから見ても美男美女が歩くその光景にほぼ全ての人が視線を向け、見惚れる。嫉妬や妬む事すらできない。ただただ羨望というよりむしろ二人の空間だけ切り取られた世界を見る観客と成す。
寄り添う男女はあるアクセサリー専門のお店へと入って行った。
「いらっしゃいま……………せ」
入店と同時に女性店員から挨拶を受けるがその人も他の人と例外ではなく、彼らを認識した後はしばらく見惚れていた。しかし、プロである彼女は何とか最小限の硬直で迎え入れる事ができた。その後はこの客を逃してはならないとプロのセンサーで感じ取り、大胆だが迷惑にならない程度で話しかけた。
「本日はどのような物をお探しでしょうか?」
「彼女の服に合う装飾を見繕っていただけますか?」
「えっ?」
「承知しました」
女性店員はそそくさとガラスケースに飾られている物を見ながら吟味を始めた。
「あの!尽夜さん!」
「何かな?」
驚いた顔の深雪が尋ねる。
「私に関係のあるってこういう事ですか?」
「迷惑だったかな?」
「いえ!そんな!めっそうもございません!嬉しゅうございます!ですが、何故でございましょう?」
「俺の好みの為に色々考えてその服装をしてくれたお礼だよ。元々は九校戦優勝のプレゼントとしてあげる予定だったけど今はお礼の意味合いが強いかな…」
「……ふふふ、頑張って選んだ甲斐がありましたね」
嬉しそうに上品な笑みを尽夜へと向ける。
数分後に店員が数個の装飾品を深雪に差し出す。まず深雪が手に取ったのは雫のような形をしたシンプルなデザインのピアスだった。鏡を見ながら着け、手で髪や服装を正して尽夜に向く。
「どうでしょうか?」
今の服装に深雪の耳から下げられた雫は絶妙にマッチし、色気を更に増加させた。
「艶のある髪と相まって色気が増すから、グッと大人っぽくなったね。それに耳に穴をあけないタイプのやつだから深雪の綺麗な耳が傷つく事もないから好感が持てるね」
「………ありがとうございます!」
惜しみない賞賛に深雪は赤くして固まるが喜びが表情からは見て取れ、女性店員は微笑ましいものを見るような眼差しを向けた。
その後も深雪は様々な装飾を試し続けた。ピアス、ネックレス、指輪やブレスレット。深雪はどれを着けても似合うが、しかしどれも最初程のインパクトがあるものがなかったように思える。
「…尽夜さん、1番最初のやつにしようと思うのですが」
「俺もそれが一番似合ってると思ってたよ」
「では…買っていただけますか?」
尽夜が深雪に対して贈り物をすることの嬉しさから彼女は遠慮というものはしなかったが、精一杯の可憐な笑みで彼に強請った。
お高めの店ではあるが、手が出ない程の高級でもなく、四葉の依頼などから来る給金にほぼ手を付けることの無い尽夜の懐は少しも傷まない。
「店員さん、最初のピアスをお願いします」
「ありがとうございます。ところでお客様にチョットご相談があるのですが」
「なんでしょう?」
「今から買っていただけるピアスをお召になっていただけませんか?」
おずおずと気に触らないように提案する。
「耳を出してピアスを主張しながら歩き回ってほしいという訳ですか?」
ピアスは小さい装飾品だが髪型を少しいじる事で目立たせる事ができる。小さくても分かる人にはその存在に目が行く。詰まるところ深雪を広告塔として使いたいのだろう。
「はい。その分、お値段は勉強させていただきます」
尽夜が店員の意図を悟ったと見るやいなや値引きを持ちかけてくる。中々の商売人であるのかもしれない。
「本当にそれだけですか?ピアスに目がいくとも限りませんよ」
「勿論でございます。お客様のプライバシーを損なうことは一切いたしません。それに小さい装飾品とはいえお連れ様が身に着けているだけで効果は発揮されると思っております」
「…深雪、どうだい?」
「私は構いません。尽夜さんが私に似合っているとお思いになられたものを身に着けることは嬉しいことですから」
「まあ、深雪がいいなら…」
「ありがとうございます!!」
深雪の了承に尽夜も納得する。女性店員は深々と頭を下げて、ホクホク顔で会計へと進んでいく。
「ありがとうございました!またいつでもお越しくださいませ!」
出口まで丁重に見送られ、尽夜たちはその店を跡にした。
------正午
アクセサリー専門のお店で買い物が終わった時刻は昼食にちょうど良く、二人は見かけた和食料理店に入った。
店内の雰囲気は穏やかで心安らぐ音楽が出迎える。尽夜は通された個室で深雪に椅子を引き座らせてから正面に腰を下ろした。
「良い雰囲気のところですね」
「そうだね」
深雪の好感度はまずまずといったところで、彼女の厳しいお眼鏡に映った評価は後の料理も期待できるだろうと思わせた。
結果はその通りで深雪と尽夜は運ばれて来た料理に満足顔で舌鼓を打つ。
「深雪」
「はい、なんでしょう?」
尽夜は食事を進めながら今朝達也と話した内容を思い出して提案する。
「今日着ている服以外にも似合っているワンピースを買っているらしいね」
「ええ、昨日お兄様と一緒に選びましたから。その時に今日の分と合わせて購入してくださいました」
「帰りに家まで送ったらそのワンピースを着た姿も見せてくれないかな?」
「えっ!?本当ですか!?」
「……駄目か?達也がそっちの方が似合っていると言っていたから気になってね」
「分かりました!ぜひ見て行ってください!それとできれば夕食もご一緒に如何でしょうか?」
「いいのかい?…ならご相伴に預かろうかな。でも深雪の料理を久し振りに食べるとなるとここの料理が霞んでしまうかもしれないね」
「ふふ、大袈裟ですよ」
話が終わると可愛らしい顔で美味しそうに料理を食べる深雪を見ながらこのあとの予定を考えた。
-------無人コミューター
昼食を取った後は今話題の女優が主演を務める恋愛映画を見る事になり、ラストシーンに深雪が涙するという事があった。尽夜はハンカチで彼女の涙を拭い、落ち着かせてから彼女の手を取り映画館から出た。100年前なら隣の席が近く手が触れ合うなどのイベントが上映中に発生したのだろうが、現在はそのような事が起きないように席間隔は十分取られている。カップル用シートは別であり、ノーマルシートを選んだときに深雪が少しムッとした表情を浮かべたのは記憶に新しい。
現在は午後4時とそろそろ帰宅しようと無人コミューターを拾って今に至る。尽夜の隣にはご存知深雪がいるが泣き疲れたのか彼の膝の上に頭を乗せて寝息が規則正しく出ていた。片方の手は彼女の手と重ねられ、もう一方で艶のある長い髪の毛を心地良さそうに梳くと感じ取った深雪が嬉しそうに破顔する。
そろそろ司波家に着きそうな時に深雪の体を揺さぶって起こす。
「…ん……」
「深雪……おはよう」
「??………!?」
今の状況を認識した深雪はアワアワとするがコミューター内と思ってか、はたまた尽夜の膝枕から離れたくないのか飛び起きる事はせずに熱くなった顔を背けた。
「もうすぐ着くよ」
「………はい」
それ以上の会話はなされることなく、握られた手が離されることも髪を梳く動作が止むことも許されなかった。
------司波家
帰宅すると深雪の小さなファッションショーが開催され、その姿をストレートに褒める尽夜に深雪の顔が赤く染まる。達也が妹の姿に『どうだ!』と言わんばかりの誇らしげな顔で尽夜を見ていた時間は過ぎ去った。現在は夕食を深雪が腕によりをかけて作っている間に、達也と尽夜は地下室で『飛行魔法デバイス』を試して、商品化のモニターを務めていた。
「……達也、この飛行用デバイス2つほど譲ってくれないか?」
「…?それは構わないが、何かするのか?それに既製品ではなく今のモニター用で良いのか?」
「モニター用で十分だ。既製品はちゃんと買うからな。それにこれはちょっと必要になるかもしれないから、その保険だよ」
ニタァと悪い顔で申し出る尽夜に若干の狂気が感じられたが、達也はそれほど気にすることなくデバイスを譲った。
九校戦以前のものから大分改善、改良を重ねられたデバイスのテストはスムーズに行われ、尽夜たちは深雪が呼びに来るまで飛行を楽しんだ。
深雪のデート回、いかがでしたでしょうか?
原作の内容を受けてのデートとはなりますが、やっとヒロインっぽいことができたのではないかと少しホッとしております。
次回の中心は鈴音になります。
完全オリジナルになりますのでよろしくお願いします。
四葉家次期当主について
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尽夜
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深雪