【旧約】狂気の産物   作:ピト

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生徒会長選挙編
第18話


---------第一高校生徒会室

 

 2学期が始まり、第一高校生徒会室では生徒会メンバー(服部を除く)に達也と摩利を加えて昼食を取っていた。

 女性陣の会話はもっぱら夏休みの話題『一夏の体験談』というものだった。婚前交渉が忌避されている現代において『性が解放された(フリーセックス)時代』は前時代の遺物となっており、それほど過激なものでもないが世の女性というものはこの手の話は大概好きなのである。

 

 「……そういえば、リンちゃんって九校戦が終わった時と比べて何か綺麗になったわよね?」

 「ん?……言われてみればそうだな。今までも冷静で大人びた感じだったが、それに磨きがかかったような気がするな」

 

 真由美と摩利が今まで聞き役に徹していた鈴音を見て不思議そうに話題を振った。

 

 「………そうでしょうか?」

 「目つきも若干だが優しくなったようだな。…もしかして九校戦終わってから何かあったのか?」

 「リンちゃん!どうなの!?」

 

 目をランランと輝かせて詰め寄る2人に圧倒されそうになるが鈴音はなんとか平常心で対応する。

 

 「………別に何もありませんでしたよ」

 

 この言葉に真由美は露骨にガッカリとして肩を落とす。二人の視線が鈴音から離されると彼女は一方向へチラッと目を向けた。そこには達也の横に座って黙々と食事を取る尽夜の姿があった。

 鈴音の四葉家訪問以来、彼らは口を交わしていない。新学期に入り最初に出会った時に簡単な挨拶は勿論していたがその際に鈴音は彼と目を合わせる事もできなかった。

 考えに耽っていると生徒会の話題は次の選挙についてに移っていた。

 

 「私には生徒会長なんて無理です!立候補なんてしませんから!」

 

 鈴音が意識を戻すとあずさが生徒会長の立候補を拒否していた。

 

 「しかしだなぁ、中条。総合成績で次席の奴でそれに今季の生徒会役員を務めていたのに立候補しないのもなぁ…」

 

 摩利が困った様にわざとらしくため息をついた。

 

 「は、服部君がいるじゃないですか!私が立候補しなくても服部君が会長になればいいんですよ!」

 

 あずさは手っ取り早い逃げ道を見つけてその道へ全力で向かった。

 

 「まあまあ、摩利。まだ期間はあるんだしいいじゃない」

 「それもそうか」

 

 それを見た真由美が横から宥めに入ってこの話は終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

----------喫茶店

 

 放課後、尽夜は達也と深雪、九校戦から仲良くなった雫とほのか、レオ、エリカ、そして幹比古と美月とともに駅近くの喫茶店に来ていた。

 ここでも話題は会長選挙のことになっていた。

 

 「ん〜、…正直言ってちょっと頼りねぇかな」

 「でも実力はピカイチ」

 「生徒会長は優しい方がいいと思います」

 

 それぞれがあずさに対して賛否を述べている。

 

 「…でも、服部先輩って可能性は消えたんだよね?」

 「ああ、本人から聞いたらしいから間違いないだろう。服部副会長は部活連の会頭になるそうだ」

 

 エリカと達也の会話で服部が立候補しないことが分かる。

 

 「じゃあやっぱり中条先輩が立候補しなきゃいけないんじゃない?」

 「…本人は頑なに拒否してるけれどね」

 「本人がやりたくないって言ってるなら無理にとは言えないよね。そうだ!深雪が立候補しなさいよ!」

 「ちょっとエリカ、何を言い出すの?」

 

 エリカの予想外のセリフに深雪が目を丸くして聞き返すが彼女は自分の思い付きを気に入ったようだった。

 

 「1年生が立候補したら駄目って規則はないんでしょ?深雪は実力も知名度もバッチリだしいいんじゃない」

 「無茶言わないで」

 「それにもし生徒会長になったら達也君を風紀委員から引き抜けるよ?」

 「……」

 

 エリカの囁きに深雪は考え込んでしまった。そこに幹比古とレオが突拍子もない事を言い出す。

 

 「逆に達也が生徒会長になってもいいんじゃない?」

 「おっ、それは面白そうだな」

 

 二人を達也は呆れ顔で見遣ってから「無理だ」と言い切った。

 

 「深雪ならともかく俺に票が集まるわけない。それに俺よりもそこで優雅に紅茶を飲んでいる奴の方がよっぽど可能性はあると思うぞ」

 

 その言葉に全員の視線がティーカップを持った尽夜に向けられた。彼はカチャッとカップを置くと口を開く。

 

 「俺は出ないよ」

 「どうして?尽夜さんは寧ろ推薦されるべきだと思うけど…」

 「そうですよ、尽夜さん!尽夜さんでしたらどなたも納得する筈です!」

 

 雫が意外そうな顔、深雪は少々興奮気味な顔をして尽夜に問いかけた。

 

 「まあ俺に票が集まるかは分からないけど、もし生徒会長になったとしても『四葉』への恐怖をまだまだ払拭できてない生徒たちにとったら恐怖政治になりかねないからかね」

 

 その意見に深雪が残念そうな顔つきになるのを尽夜は苦笑いで応えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-------1週間後

 

 あれから何事もなく時は経ち、選挙が近づくに連れて関心の薄い生徒達も会長選挙について話題を徐々にし始めるようになった。

 尽夜は休憩時間に1年A組の教室へ堂々とやって来た真由美に声をかけられていた。

 

 「尽夜君、ちょっと時間くれない?」

 

 手を合わせて上目遣いで懇願する彼女に背後にいた鈴音が呆れたような顔になっていた。

 

 「休憩時間はもうすぐ終わりますよ」

 「お願い!生徒会の職務ってことにすればサボりにはならないから」

 「はぁ、分かりました」

 「ありがとう!」

 

 真由美はパッと笑顔になり、尽夜の腕を取って生徒会室まで彼を引っ張って行った。

 

 

 生徒会室には真由美と鈴音、あずさがいた。

 

 「なるべく早く終わらせましょう。初めに尽夜君」

 「はい」

 「立候補するってホント?」

 「…は?」

 

 真由美の質問に尽夜は固まって間抜けな声が発せられる。

 

 「なぜそんなことに?」

 「先生方の間では完全に信じられているみたいよ。あの『四葉』の直系が生徒会長に立候補しない訳がないと思っているらしいわね。…違うの?」

 

 それに対して尽夜はため息をついて否定をした。

 

 「全くのデマですよ」

 「なら立候補しない?」

 

 真由美は今度、尽夜に立候補を勧めて来た。

 

 「会長は恐怖政治がお望みですか?」

 「へっ?」

 「この学校で『四葉』に恐怖を抱いている生徒は大勢います。会長、貴方もですよ。俺には慣れているでしょうけど他の四葉と考えた時に恐怖心なく接する事ができますか?」

 「……無理ね」

 「もし俺が会長に就任したらそういう事になるってことですよ」

 「……」

 「あずささんが立候補するのが手っ取り早いんですけどね」

 「…そうなんだけどねぇ」

 

 尽夜と真由美はあずさに目を向ける。するとあずさはオロオロと狼狽し始める。

 

 「嫌です!絶対に嫌です!私なんかより相応しい人はいる筈です!」

 

 真由美は息を長く吐き、こめかみに手を当てた。

 

 「…これなのよねぇ」

 

 頑なに嫌がるあずさを見て、尽夜はここで秘策を使う事にした。

 

 「……あずささん、ちょっとこちらへ」

 「…??」

 

 尽夜は手招きしてあずさを生徒会室の外へと連れ出して行った。真由美と鈴音は残されている間、無言で外に出た二人を待った。

 

 

 

 

 

 数分後に生徒会室の扉が勢いよく開けられた。

 室内にいた二人は驚き、扉を見るとあずさがガッツポーズをしながら真由美に向けて口を開いた。

 

 「会長!私、立候補します!誰が相手だろうと絶対に負けません!」

 

 やる気に満ち溢れた表情で嬉々として立候補を宣言したあずさ。真由美と鈴音は彼女の変わりように目をゴシゴシとして見やった。

 

 「……何をしたの?」

 

 気合いを入れ過ぎてシャドーボクシングをしているあずさを横目にこそこそと真由美は尽夜に尋ねた。

 

 「シルバー・ホーンのモニター用デバイスが2つ手に入ったので、あずささんに生徒会長になったらプレゼントすると約束しただけですよ」

 

 悪い笑みを浮かべてあずさを見る尽夜に、真由美は彼の掌の上で踊らされてる彼女を可哀想な目で見る事しかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

----------生徒会室

 

 9月も月末週に入り、明日は生徒総会と生徒会長選挙が行われる。

 現在の時刻は午後6時半を過ぎていた。

 生徒会室には一組の男女がディスプレイに向かって腰掛けて作業していた。尽夜と真由美である。

 この日の昼食後尽夜と達也と深雪は摩利に呼び出され、真由美と一緒に帰るよう要請してきた。明日の総会では『生徒会役員の1科生限定の撤廃』がテーマであり、反対派が春の臨時集会のときに比べて大人しいのが摩利を不安にさせているようであった。

 尽夜達はその要請を快諾したが、現在生徒会室に達也と深雪の姿はない。学校の何処かに一時的に出ているのではなく、既に自宅への帰路についているのだ。これは尽夜の判断であった。明日の総会のテーマがテーマだけに2科生である達也と真由美が一緒にいるとあらぬ誤解を生みかねないと思ったからだ。

 

 9月末となれば徐々に夜が長くなる。今も外は太陽の赤みが殆どなく、空には一等星が見え始めていた。

 

 「尽夜君はいつまで残るの?」

 「会長をご自宅まで送り届けるまでですね」

 「そう…………………えっ?」

 

 ディスプレイから目が離されることなく交わされた会話に真由美は生返事をしたが、最後に驚いて仕事の手を止めていた。

 

 「……それ本当?」

 「ええ」

 「先に帰ってくれていいのよ」

 「暗い中で会長のような美少女を一人で帰らせるほど男は腐ってません」

 「そっ、そうなの?」

 「はい」

 

 それっきり7時を10分程過ぎるまで二人の間に会話はなかった。

 

 「ん〜、終わったー」

 「お疲れ様です。これどうぞ」

 「あら、ありがとう」

 

 真由美は仕事が終わると席に座ったまま伸びをしてから机に突っ伏したが、横から差し出された紅茶に顔を上げる。

 紅茶をひと口のんで「…ほぅ」と疲れた声を出す。

 

 「本当に待っててくれたのね」

 「はい」

 

 真由美は3分で紅茶を飲み干して、身支度を済ませた。

 

 「じゃあ、帰りましょうか」

 「はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

--------通学路

 

 一高から駅までの一本道を尽夜と真由美は歩いていた。登下校時ピークには多く見られる一高生の姿は7時を過ぎ、暗くなった現在では皆無であった。

 尽夜は真由美の歩くペースに合わせてゆっくりと進んでいた。警戒をしながら進む尽夜たちに会話はなく無言で歩いていた。

 

 「ねぇ、尽夜君」

 

 その為急に警戒していない隣から声をかけられて少しだけ身構えてしまった。しかしそれは瞬間的なもので、真由美にバレることなく話を紡ぐことができた。

 

 「…なんでしょうか?」

 「もしかして、摩利に頼まれた?」

 

 今度は完璧に驚いた。面食らっている尽夜に構うことなく真由美はクスリと笑った。 

 

 「あの子の事だから反対派の襲撃を気にしてるんでしょう」

 「…よくお分かりで」

 

 摩利を思い浮かべているのか真由美は本人の前では絶対にしないだろう優しい顔つきであった。

 

 「それに私、ボディーガードはいるのよ」

 「…見受けられませんが?」

 「駅で待たせてるのよ。だから駅までで十分よ。あっ、別に迷惑って訳じゃないからね」

 「まあ、言われた通りにしますよ」

 「それか思い切って、私と一緒に来てウチの狸親父にあ…………ぅ」

 

 真由美の最後の一言は尽夜に殺気を纏わせた。真由美の息が切れ切れになり、嫌な汗が吹き出て、膝が笑い、床にへたり込む。尽夜は真由美の方へ目を向けているが真由美を捉えてはいない。

 

 「……ぅ、じ、じん…やく、ん」

 

 真由美は声をやっとの思いで絞り出した。すると尽夜はハッなり、床にへたり込んでこちらへ手を延ばす真由美を確認する。

 

 「ッ!…会長、すみません」

 

 謝罪を入れ手を差し出して真由美の手を握り、彼女を起こそうとするが彼女は立てなかった。

 

 「……あはは、まだ膝が笑ってる」

 

 真由美は気丈に笑顔を見せるが無理をしているのは明確だった。尽夜は近くにあるベンチを見つけた。

 

 「………会長、失礼します」

 「え?キャッ!」

 

 真由美を横抱きに、所謂お姫様抱っこをして運んでいった。真由美の顔は現状を理解して暗くても分かるほど真っ赤に染まっており、それは耳まで及んでいる。

 尽夜は真由美をベンチに座らせる。

 沈黙が二人を包む。居た堪れない気持ちになった尽夜は真由美に提案をした。

 

 「会長、ボディーガードさんに連絡を」

 「え、ええ、そうね」

 

 真由美は端末を取り出して操作し始めるが途中で辞めた。

 

 「……どうかなさったんですか?」

 「……やっぱりこれはお話ししないと駄目だと思うわ」

 「……」

 「貴方はさっきの私の言葉に反応して殺気を出したのよね?」

 「……はい」

 「……話して」

 「嫌、と言ったら?」

 「……ん〜、今日は野宿かしら?まだ昼は暖かいけど夜は冷えるのよね。それとも私が尽夜君のお家に行く?いろいろと噂されるかもね♪」

 

 語尾は朗らかだが真剣な表情で真由美は尽夜を見つめた。互いの目が離されることなく時間は過ぎていく。

 

 「……はあ、気分のいい話じゃないですよ。単なる俺の逆恨みですから…」

 「……いいわ」

 「……俺の母親、四葉真夜がある事件によって生殖能力を失ったことはご存知でしたよね?」

 「ええ、知ってるわよ」

 「母上が攫われた時、すぐ側に元婚約者の貴方の父親がいた事は?」

 

 真由美は黙って頷く。

 

 「あの時、貴方の父親は全力を尽くされたことは分かってます。しかし全力を尽くしたとしても母上を救えなかった時点で意味が無いと思ってしまう。あの時にその場にいたのが俺だったらちゃんと救えたのに!、と何度も自分を筋違いに責めていました。それと同時に深い憎悪が貴方の父親に向いていた」

 

 尽夜は珍しく感情を全面に出していた。感情を纏うのではなく出す。入学当初のいざこざでは怒りという感情を纏っており、それは理性により制限が掛かっていたが今の尽夜は感情を自発的無意識的に出していた。そこに制限はない。手は今にも血が出そうなくらい強く握りしめられ、憎しみの感情が顔の剣幕から伺える。

 

 「俺はあの事件前に採取していた冷凍卵子によって体外受精をして生まれました。奇跡的に回復した母上の子宮を使って……。しかし母上の卵巣は回復しませんでした。冷凍卵子も俺の一個しかありませんでした。母上はあの忌々しい事件によってに女としての喜びを一生享受する事はできないのです…」

 

 尽夜は憎しみの感情がそれを保ちつつも哀しみに変わっていく。

 

 「あの場に存在できなかった自分が憎い。阻止出来なかったあいつが憎い。俺は一生自分もあいつも許せません」

 

 話し終わると沈黙が訪れた。

 

 「……らしくありませんでしたね。忘れてくださんっ!?」

 

 尽夜が空気を変えようと発言した言葉は最後まで続かなかった。なぜなら隣に座っていた真由美が彼の頭を抱え込んだからだ。彼女の目には涙が溢れていた。

 

 「……か、会長?」

 「……ごめんなさい。…浅はかな私を許して欲しい。普通考えたらさっきの事も分かるわよね。貴方があの事件を恨んで、助けられなかったウチの父親を憎むのは当然よね…」

 

 真由美の腕には力がより一層加わる。尽夜は抵抗せずにそれを受け入れた。なされるがままの状態から数分が経過したところで真由美がそっと離れた。

 

 「……急に抱き着いてごめんなさい」

 「……いえ、こちらこそ」

 

 二人の間には気まずい空気が流れていた。

 

 「…ありがとうございます。少し冷静になれました」

 「…いいのよ。貴方は私の弟みたいなものなんだから!お姉さんに遠慮しないで!」

 「その設定、まだ続けるのですか?」

 「…貴方は同じ十師族の中で1番のお気に入りだからね!」

 「…はぁ」

 「……ねぇ、私からもお礼を言わせて」

 「…なぜです?」

 「去年の秋に生徒会長になって最初の半年もそれなりに充実してたけど、この半年間は本当に私にとって充実したものだったから」

 

 彼女は尽夜に視線を向けた。

 

 「それはきっと司波兄妹と特に貴方のお陰だから」

 「……それは光栄ですね」

 「…司波兄妹は色々な刺激をくれて、尽夜君は私の事をちゃんと一人の女の子として見てくれるし、時にはちゃんと怒ったり褒めたりもしてくれて嬉しかった。ちょっとした気遣いも出来る子だし、尽夜君が褒められたら自分の事のように誇らしかったし、なぜか分からないけど自然と貴方を目で追っちゃうのよね。…多分目の離せない弟って感じが1番近いと思うの。たまに私より歳上なんじゃないかって疑う時もあるけどね…」

 

 飛び切りの笑顔で微笑まれても尽夜は無表情を貫く。それを真由美はコロコロと笑い出した。

 

 「最近分かってきたんだけど、尽夜君は他の人より無表情だけど達也君程じゃないしそれなりに慣れたら読み取れるのよね」

 

 笑い過ぎで目に涙を滲ませた真由美は人差し指で拭い、晴れ晴れとした笑顔を尽夜に向けた。

 

 「…あーちゃんも、はんぞーくんも、司波兄妹もとても良い子達だけど、私にとって高校時代の一番の思い出になる後輩で弟なのは尽夜君だから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

--------七草本宅、浴室

 

 日付けが変わるまで3時間程になった頃、真由美は庶民感覚から少しばかりかけ離れた豪華な浴室の浴槽にゆったりと身を沈めていた。顔を鼻まで湯船に沈めて、ぶくぶくと吐く息が泡となって弾けている。

 彼女の頭に巡る今日の出来事。自分でもなぜ抱き着いたのかは分からないけれど自然と体が動いていた。思い出すたびに紅くなる顔をお湯で流すが、意識が自分の身体を見下ろしてしまう。

 

 (この体が彼を包んだ時、羞恥というより安心や心地良さなどが意識された。それに対して彼の反応はまるで何も受けてない、いやそういうのに慣れているような落ち着き様で自分を受け入れていた。

 貧相なプロポーションだとは自分でも思わない。身長は低いけれど妹たちを見ていると遺伝的なものと諦めるしかない。身長の割に長い手足だと言われるし、胸も割と大きい方だと思う。ウエストはどんな服でも苦労しないから客観的に見ても割とイケてると思う。

 でも、『彼女』と比べるとどんなに意識すまいと思っても自身が揺らいでしまう)

 

 意識の中での独白で『彼女』と呼ぶ代名詞は、無意識領域で『司波深雪』という固有名詞に変換されていた。

 

 (腕も脚も不健康に見えないギリギリのバランスですんなりと細く長い、ウエストは折れそうなほど細く締まり、胸と腰回りは女らしい曲線を描いている。そして何よりビックリするほど体が左右対称であること。その為本当に人間なのかと疑うこともある。

 女の自分でさえ見惚れるのに彼女を妹に持つ達也は感性がないかのように女の子が色褪せて見えているだろう。

 でも、彼女の親族でもない尽夜は深雪に見惚れている感じは見受けられなかった。彼も深雪ほどではないが左右対称の体つきを持っているが、こちらはその佇まいから人間らしい色気を逆に生々と出しており、まるで完璧に完成された人間と思わせる。

 それ故に深雪に見惚れないのかは分からないが二人共、いや達也を入れると三人共人間離れした実力を兼ね備えている。この三人が同じ高校に集まったのは本当に偶然なのかと疑ってしまうのも仕方ないことだろう)

 

 真由美は一度苦笑いを浮かべて首を横に振った。

 

 (ボディーガードの名倉さんを彼に紹介した時一瞬だけ眉が上がったのを見逃さなかった。彼は『ナクラ』の意味に気付いた。十師族だから知っているのは当然だろうが『数字落ち』に反応したのは確かだった。

 『司波』…『シバ』…『四波?』

 もしかしたらあの兄妹は四葉から派生した『数字落ち』なのかもしれない。なら全ての辻褄が合うわね)

 

 のぼせかけた頭で真由美はそう考えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-------生徒総会、生徒会長選挙

 

 校内が地に足がついてない浮ついた状態で迎えた生徒総会は淡々と流れていっていた。

 尽夜は舞台袖に摩利と2人で居た。

 

 「尽夜君、昨日はどうだった?」

 

 尽夜は、何が?とは聞かなかった。

 

 「何回かは襲われかけましたよ」

 

 摩利の顔がキュッと引き締まった。

 

 「俺が……ですけどね」

 

 摩利の顔が疑問の表情に変わる。

 

 「……説明してもらえるか?」

 「要するにファンクラブなんでしょうね。まあ、二人で帰っていたので邪推したんでしょうけど、1回本気で来られそうになりました。しかし、具体的な行動に出ることは無かったのでほっておきましたよ」

 「…なるほどな」

 

 摩利は安心した様で目を壇上の真由美に向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 舞台袖の尽夜達の眼前では口論が繰り広げられていた。

 

 「……以上の事から私は生徒会役員の選任資格に対する制限の撤廃を提案します」

 「……建前としては正論です。しかし、現実問題として変更する必要はあるのですか?」

 「私が今回この議案を提案したのは私にとって今しか機会がないからです。対立の火種を後輩たちに残さないことが生徒会の責務だと考えます」

 「実際に役員に任命する2科生がいなければ対立にはなりません」

 「候補者の有無ではありませんよ。制度は組織の考え方を示すものです。2科生が生徒会役員になれないという制度は、本人の能力に関わらず2科生を生徒会役員にしない、2科生には生徒会役員になる権利はないという生徒会の意思表明なんです。そんな選民思想は間違っています」

 

 会場は大きな拍手に包まれる。それは2科生のみの拍手ではなかった。

 

 「詭弁です!会長は生徒会に入れたい2科生がいるから資格制限を撤廃したいんでしょう!本当の動機は依怙贔屓なんじゃないですか!?」

 

 どんなに鈍感でも形成が不利な雰囲気が分かる空気を行動が纏うところに反対派の口調はヒステリックになっていた。

 

 「七草会長!貴方の本当の目的はそこにいる2科生を生徒会に入れたいからじゃないですか!?」

 

 明らかに達也に指を指しての発言が行われる。それは一定の効果をもたらし会場がシンッと静まりかえる。

 この状況を打破したのは壇上からの一言だった。

 

 「おっしゃりたいのはそれだけですか?」

 

 冷ややかな視線が上級生を貫く。

 視線元の深雪は舞台の奥から、いや奥だからこそ女王のような有無を言わさぬ威厳を持っていた。

 

 「今の発言の明確な根拠をお出しください。でなければ、生徒総会進行補佐として貴女に退場を命じます」

 「それは…」

 

 反対派の生徒は口ごもった。真由美が達也を生徒会に入れたいというのは本心は別にして憶測の域を出ないものであったからだ。

 冷ややかな凝視に上級生は指一本動かせない状態で立ち尽くす。

 『威厳』というものを社会経験の薄い高校生に分かるように、明示しているような光景であった。

 

 「…訂正します。退場の必要はありません。ただし、質問は打ち切らせていただきます」

 

 やっと収拾に動いたのは進行役代理の服部だったが、かく言う服部も深雪のプレッシャーに呑まれ動くのが遅れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後生徒総会での生徒会役員資格制限撤廃議案は賛成多数で可決された。

 そして次はあずさの選挙演説。

 実質候補者が1名であるから信任投票の所信表明演説に近い。

 やる気と緊張が入り交じった顔であずさは壇上へ向かう。

 ピョコンと効果音の付きそうなお辞儀をしたところで大きな拍手が起こった。

 キュート系の印象を持つあずさは理論・実技ともにトップクラスの成績優秀者であるにも関わらず、それを少しも鼻に掛けることなく謙虚で人当たりが良いため、その容姿も相俟って、真由美とはまた違う人気を生徒達から受けていた。

 

 「………本日の決定を尊重し、次期生徒会役員には、1科生2科生の枠に拘らず、有能な人材を登用していきたいと思います」

 

 この最後の言及に波乱が起こる。

 

 「そこの2科生のこと〜?」

 「あずさちゃんはワイルドな年下好みなの〜」

 

 きっかけは低レベルな野次。押さえつけられた反対派の不満が低劣な形で噴出してしまった形である。

 おそらく彼らはあずさならスルーをすると思っていたかもしれない。確かにあずさは野次に対して何も言わなかった。

 

 『誰だ、今のは!』『中条さんにふざけた真似を!』『言いたい事があるなら前に出てきなさい!』『卑怯者を吊るせ!』『違うわよ!あずさちゃんの好みは妖艶な年下よ!』

 

 という具合に大騒ぎに発展した。

 会場の中央付近では野次を飛ばした反対派とその近くにいたあずさのファンが掴み合いを演じていた。

 

 「お静かに願います!ご着席ください!」

 「静粛に願います!」

 「落ち着いてください、みなさん!」

 

 真由美、服部、深雪が何度も声を張上げるが、逆上した生徒には聞こえていない。

 掴み合いはどんどん広がっていった。

 

 「静まりなさい!」

 

 深雪の大きな叱声が場に響いた。ハウリングが生じなかったのが不思議なくらいの大音声ではなく、声の強さによってそう錯覚した。取っ組み合っていた生徒たちは動きを止めて壇上に目を向けた。

 舞台の上ではサイオン光の吹雪が吹き荒れていた。現代魔法では情報体が組み上げられることによって事象を改変する。組織化されてない意思が魔法として発動する事は本来あり得ないことだ。それなのに深雪は今、怒りの荒れ狂う感情によって世界を侵食している。常識を逸脱した干渉力の強さ。このままでは講堂が氷漬けになってしまうかもしれない。

 他の生徒会役員が一斉にCADへ手を伸ばす。

 

 しかし、CADから魔法が使用される前に事態は収拾に向かった。いつの間にか壇上には一人の男子生徒が氷の女王の背中に手を当てていた。

 少女の背中に当てられた手によって辺りのサイオン粒子の活動は静寂化していた。いや、無理やり抑え込んだという方が適切かもしれない。

 壇の上では落ち着いた少女が男子生徒の方へ向いた時に頬を赤らめる。壇の下からでは彼らが何を話しているのか、あるいは言葉を話さず瞳で語っているのかは判断できない。ただ男子生徒が舞台袖に消えるまで全校生徒が二人の生徒の世界に釘付けだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

---------生徒会室

 

 深雪と尽夜の一幕の後は会場が秩序を取り戻し、粛々と行われた。投票を行い、即日開票され翌朝に発表される。

 

 「おめでとう、あーちゃん」

 「中条、おめでとう」

 「おめでとう、中条さん」

 

 生徒会室で朝一番に交わされた祝福の言葉から分かるようにあずさは生徒会長に当選した。

 

 「……司波さん、そんなに気にしなくてもいいと思いますよ。所詮無効票ですから」

 「流石だな、尽夜君」

 

 これで一件落着となる筈が、深雪の落ち込みを見て、労る言葉を鈴音がかけた。摩利は逆に面白がっていることを隠さない声で尽夜を笑う。

 

 集計結果

 投票数、583票

 内、有効投票数、146票

 

 「……でも、こんな形になるとはねぇ」

 「中条が146票、司波が204票、尽夜君が233票か…」

 「……待ってください。勘違いして私に投票した人が居るのは認めざるを得ませんが…。なぜ『女王様』や『女王陛下』、『スノークイーン』が私の得票になるのですか!?」

 

 深雪が納得のいっていない風に講義をする。

 

 「用紙に『深雪女王様』『司波深雪女王陛下』『スノークイーン深雪様』と書いてありますから…他に解釈のしようがないです」

 

 鈴音が宥めても深雪は止まらない。

 

 「何ですか、それは!?私は変態的な性癖の持ち主だと思われているのですか!?それともそんなに偉そうでしたか!?そんなに鼻持ちならない態度でしたか!?」

 

 本格的に涙目になりつつある深雪に摩利や真由美は慌てて気を鎮めようとする。

 

 「まあまあ、尽夜君も『帝王』とか『騎士』って色々書かれてるじゃない」

 「そうだぞ、『王陛下』とか無効票だが『尽夜深雪両陛下』とかもあるぞ」

 「摩利、バカ!それは見せちゃいけないって言ってたでしょ!」

 

 真由美は慌てて摩利の持っている用紙を奪い取りビクリビクリと深雪を覗う。

 そこには顔を赤くして両頬に手を当ててニヤニヤしている乙女の姿があった。体はくねらせてもじもじしている。

 

 「………両陛下////」

 

 生徒会役員たちは深雪がトリップ状態から戻るまで呆然と立ち尽くしていた。




 次から横浜騒乱編に入ります。

四葉家次期当主について

  • 尽夜
  • 深雪

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