第19話
-------第一高校、図書館
新生徒会が発足して約一週間が経過した。
新生徒会役員は以下のメンバーとなった。
会長 中条あずさ
副会長 司波深雪
四葉尽夜
書記 光井ほのか
会計 五十里啓
現在一高では論文コンペに向けた準備が着々と進められているが、九校戦のような多くの生徒を巻き込む大規模なものではないためそれほど賑わっているわけではない。
かくいう尽夜もその一人であった。達也が急遽論文コンペの代行として起用されたのは知っているがかといって何かが変わるわけでもない。彼は生徒会の業務を終わらせて、調べ物をするために図書館に訪れていた。
ほとんどの文献がデジタル化されている現代において紙媒体のものは少なく、また警備観から図書館外での閲覧などはできない。閲覧するには個別のブースで調べを行う必要がある。
「あら?尽夜君?」
図書館のブースへ向かっていると見知った顔が出てきた。
「…会長、お久し振りです」
会長、と言ってもそれは前生徒会長七草真由美でありその事は少し彼女をムッとさせた。
「私はもう会長じゃないのよ」
「そうでしたね。ではなんと呼べば?」
「真由美でいいわよ。おとーとなんだしね!」
彼女は屈託のない笑顔で要求する。
「なら、そうします」
彼は弟扱いされたとこに否定も肯定もしなかった。その理由は何なのかは分からない。彼等にとってそれが普通なのかもしれない。
「じゃあ呼んでみて」
「真由美先輩」
「……む〜、先輩ってなんかお姉さんじゃない気分!先輩呼びはなし!」
「……真由美さん」
「……まあ、いいでしょう。貴方もブース使うでしょ?こっちに入りましょう!」
真由美は半ば強引に尽夜を先程自分が使っていたブース内に引っ張って行く。又貸しは本来マナー違反ではあるがブースに列ができているわけでもないので別段気にする必要はなく、彼等は入っていった。
ブース内は集団で使う事を意図してできておらず二人入った室内は肩が触れ合うほど窮屈であった。
「………尽夜君は何を調べているの?」
ブースに入って数分後に真由美が画面を見ながら問うて来る。
「精神についての文献ですよ」
「そういえば、四葉家の人達は精神干渉系の魔法が使える人が多いって聞いたことあるわね。……もしかして尽夜君も使えるの?」
「ええ、まあ。絶対に他言無用ですよ。真由美さんを消したくないですからね」
「分かってるわよ。………尽夜君って本当に凄いわね。驚かされてばかりだわ」
目を見開いて驚く真由美を横目に画面から目を離すことなく文献を漁る。
「……明日からリンちゃんの護衛をやるって聞いたけど?」
「……渡辺先輩から頼まれましたからね」
「でも本人たっての希望だったんでしょう?服部君とかでも良さそうなのにね」
「まあ、鈴音さんの要望ですから」
「今回のリンちゃんは自分の夢の実現を目指す第一歩になるからって夏休み前から張り切ってたんだけど、尽夜君が護衛に決まった瞬間に目つきが更に変わって心配になるくらい張り切りだしたのよ」
「そうですか」
尽夜は張り切る鈴音の姿を想像して優しそうな笑みを浮かべた。彼女の気持ちが想像できるだけに人一倍応援したくなる。たとえあの時から意図的にまだ一言も会話してなくとも。
するとその尽夜の顔に真由美は彼をジトっとした目で睨んだ。
「……フ〜ン、尽夜君って実はリンちゃんみたいなのがタイプなの?」
「はぁ?」
「こーんな美少女と肩を寄せ合ってお話してるっていうのに、全然手を出す素振りもないと思ったら。ゴメンねェ、お姉さん、子供体型で」
自分の両肩に手をクロスさせてクネクネしている真由美を見て、尽夜は監視カメラの方を指差す。
「…俺に露出性癖はないので、監視カメラのあるところで貴女に手を出すことはしませんよ」
尽夜の言葉にソワソワとし始める真由美。
「えっと、じゃあ、カメラが無かったら?例えば二人っきりでホテルの部屋にいたら?」
尽夜は困惑する真由美の耳元に口を近づけた。
「真由美さんの据え膳は遠慮なくご馳走になりますよ」
「………ぁぅ」
顔を真っ赤に湯気が出そうな感じの真由美は尽夜の意味深発言に対応することはできずに固まってしまう。それを気にすることなく涼しい顔で文献を再度読み始める尽夜であった。
---------尽夜家
図書館に寄ったその日。
いつもより遅い時間に自宅へと帰った。
「「尽夜様、お帰りなさいませ」」
彼を出迎えたのは2人の少女、桜井水波と千波である。瓜二つの彼女達と暮らして1週間と少し、未だに左目の下にあるホクロの有無を確認しなければどちらがどちらか分からない。
「ただいま」
全く同じタイミングでお辞儀をする彼女達は双子でもここまで揃うのはそうそういないだろうと思わせるだけの息の合ったものだった。
「本日は少し遅いお帰りで」
「夕食は既にできております」
「お召し上がりになられてから入浴なさってください」
「それと四葉本家から情報が入っております」
彼女達は交互に尽夜に話しかける。その間に荷物を受け取ったり配膳をしたりとメイドとしての仕事もこなしていた。
「分かった。本家の情報は食事中に聞かせてくれ」
そう言って、尽夜は自室へ向かった。
尽夜の着替えが終わると三人は1つのテーブルに座って食事をしていた。尽夜の正面に彼女達がいる構図だ。彼女達がこの家に来た当初、彼女達は尽夜の背後に控えて彼が食べ終わるのを待っていた。しかしいろいろな効率を考えた上で尽夜は彼女達に食事を共に取るように『命令』した。説得ではなく命令したのは、命令じゃないと家政婦に誇りを持つ彼女達は渋るのが目に見えていたからだ。
「…それで情報というのは?」
食事をしながら先程のことを口にする。
「横浜において大亜連合の工作員と思わしき人物が繁華街で多数見受けられたそうです」
彼女達は箸を止め、水波が簡潔に答えた。
「この時期にか…」
「本家の推測では最悪『侵攻』もしくは論文コンペの襲撃が目的ではないかと見ています」
「…だろうな。どちらにしても、おそらく仕掛けてくるとしたら論文コンペと同時にと考えるのが妥当か…」
「もう1つあります」
「『
「…なに?」
「昨晩、それを司波小百合が司波家へと持って行ったことも確認されています」
「『
「本家からの情報では国防軍であると」
「そうか。小百合さんは達也を頼りに行ったんだろうな」
「続きがありまして、その後司波小百合が司波家から帰宅中に何者かの襲撃を受けました」
「何者かって言うことは裏が取れてないってことだな?」
「はい」
「分かった」
その後彼等の間には会話はなく、黙々と食事をする。
「千波、そこが間違っている」
「あ、ありがとうございます」
「水波、良く出来たな」
「恐縮です」
風呂に入った後、午後9時頃から約二時間毎日尽夜は彼女たちの教師役を担っていた。1週間もすれば大分教えるのが板についてくる。彼女達は元々素直なので教える事はスルスルと知識へ吸収していく。
この調子でいけば半年もかからず合格安全圏に入れるだろうと思った。
約二時間集中した時間が終わる。
「「ありがとうございました」」
彼女達は恭しくお辞儀した。
「構わないよ。家事のお礼だ」
--------司波家
本家から情報が入った翌日の早朝。
尽夜は司波家に訪れていた。朝稽古のためか訪問した時には居なかったがそれほど待つことなく兄妹は帰ってきた。
「尽夜さん!」
「深雪、達也、おはよう」
「尽夜、早朝からどうしたんだ?」
「ちょっと話がね」
「……分かった」
兄妹が食事を取っている間、尽夜は深雪の入れた紅茶を啜っていた。
「話っていうのは?」
頃合いを見て達也が話しかけてきた。
「…珍しい物を手に入れたようだな」
「………ああ」
達也は内心四葉にバレるのは分かっていたが早すぎることに驚いていた。
「達也個人が持っているなら危険だぞ」
「俺が持っているのはサンプルだ」
「研究に手を貸すのか?」
「魔法式の保存というのには興味を唆られるからな」
「まあ、俺からはお前個人が持っているって事じゃなかったら特に言う事もないな」
「そうか」
「それとコンペ関連できな臭い連中がいるかもしれないから注意しておいてくれ」
「……きな臭い?」
「今は言えないけど、達也は自分のことに専念しろよ。折角のコンペ代表メンバーに選ばれたんだしな」
「……ありがとう。そうさせてもらう」
忠告が終わり、そろそろ食事も終わろうとしていた時に尽夜はあることに気付いた。
「深雪、前とは違うエプロンをしてるね」
この言葉に今まで二人の会話を黙って聞いていた深雪の顔がパッと明るくなる。
前に見たエプロンはシンプルで大人っぽい印象であったが今深雪が身に着けているのは可愛らしい印象を受けたものだった。丈はワンピースのような短さで、肩をぐるっと回って背中でクロスする両サイドのフリルに腰の後ろで蝶々結びされた紐が可愛らしく、裾から覗く腿が艶めかしさを醸し出していた。
「気付いていただけましたか!」
「良く似合ってるよ。ガラスのショーケースに閉じ込めておきたいくらい」
「尽夜さん……それは猟奇的ですよ」
照れ隠しの表情で深雪は嬉しそうに尽夜の言葉を噛み締めた。
四葉家次期当主について
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尽夜
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深雪