【旧約】狂気の産物   作:ピト

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第21話

------コンペ会場

 

 連続的な爆発音が発生する前の沈黙の時間、尽夜は達也に数名を連れて会場内の偵察を依頼した。その依頼を受けた達也と深雪、の他にエリカ、レオ、幹比古、美月、ほのかや雫までもが会場を後にした時にパニックは起こった。

 人々の悲鳴や怒号が飛び交う中、それは審査員席のあるところまで及ぼうとしていた。

 

 「あーちゃん、あーちゃん………中条あずさ会長!」

 

 真由美が大きな声であずさを呼ぶ。

 

 「えっ?はっ、はい!」

 

 周りの影響に流され動揺しているあずさは震えていた。

 

 「このままだと大勢の怪我人が出るわ。だから貴方の力で鎮めて!」

 

 真由美は『梓弓』を求める。

 

 「で、でも、あれは………」

 

 情動干渉魔法『梓弓』

 大勢の精神を一度に落ち着かせる事のできるこの場でうってつけの魔法だが、精神干渉魔法は直接人体に干渉するため規制が厳しく未成年が軽々しく使って良いものではない。

 

 様々な理由が相まってあずさはより震えが増していた。この状況を理解できない不安と『梓弓』を使う事の躊躇いが彼女の心を蝕む。

 

 だが、ある時からそのあずさの震えは段々と落ち着いてきた。一人の男子生徒があずさの背中に手を当てているのだ。

 

 「…よつ、ばくん?」

 

 あずさは泣きそうな目で尽夜を見つめた。彼はニッコリと彼女に微笑みかけて促す。

 

 「あずささん、俺も精神干渉魔法を使えますがあずささんのようにエリアを選択しての物は使えません。この場で最も有効なのは貴方の魔法なんです。貴方の精神は俺が安定させますからあずささんは安心して『梓弓』を発動させてください。責任は俺と真由美さんが取ります。」

 「えっ、ちょっと尽夜くん!?」

 

 真由美が勝手に責任を同伴させられて驚いているが、彼は気にすることなくあずさの背中に当てた右手はそのままに、左手を彼女の左手に絡ませて握る。それにビクッとなるもすぐに精神は安定したあずさは『梓弓』を発動させた。

 

 瞬間に澄んだ弦の音が会場を貫く。

 

 それは幻聴。だが人々の意識はただその音に縫い止められた。

 

 「真由美さん」

 「分かったわ」

 

 真由美は尽夜の言わんとしていることを読み取りスピーカーの音を増幅させた声を発する。

 

 「………私は第一高校前生徒会長、七草真由美です」

 

 会場の耳が真由美の声に吸い寄せられる。

 

 「現在、この街は侵略を受けています。港に停泊中の所属不明艦からのロケット砲による攻撃が行われ、これに呼応して市内に潜伏していたゲリラ兵が蜂起した模様です。先程襲って来た暴漢もその一味でしょう。先刻から聞こえている爆発音も、この会場に集まった魔法師と魔法技術を目当てとした襲撃の可能性が高いです。今この場に留まり続けることは最も危険です。」

 

 しん、と静まり返った会場は真由美の次の言葉を待つ。それに彼女は無駄に間を置く愚行は犯さなかった。

 

 「各校の代表はすぐに生徒を集めて行動してください!シェルターに避難するにしろ、この場を脱出するにしろ、一刻の猶予もありません!」

 

 会場が一定の秩序を帯びた喧騒に包まれた。真由美はマイクを切り、あずさの方へ向いた。

 

 「あーちゃん、後は頼むわよ。先生方、中条さんのサポートをお願いします」

 「えっ?会長、じゃなくて真由美さん?」

 「今の一高の生徒会長は貴方よ。大丈夫、この私が直々に鍛えたんだもの」

 

 真由美は、パチッとウインクすると尽夜に声をかけて彼と共に扉から出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……お見事でした」

 

 駆け足で一高の控え室に向かっている道中に尽夜は真由美を讃えた。それは先程の喧騒を上手く誘導したことだと言うのは限外に含ませて。

 真由美はそれを当たり前だというように淡々と受け止めた。

 

 「…あれくらい別に何ともないわよ。それより尽夜君はこれからどうするの?」

 

 彼女は彼のこれからの行動を尋ねる。彼女とすれば尽夜がこれから行動を共にすることは心強いものであるが、彼が自分達と一緒にこのまま逃げるという選択肢を取るとは思えなかった。

 

 「……本家へ連絡しようと思います。指示を受けるならそれに従いますが、特になければ真由美さんたちと行動します。その間に真由美さんは他校のデモ機などの破壊をお願いできますか?」

 「そう、分かったわ。でも会場近辺は回線を妨害されてるけど、外にどうやって連絡するの?」

 「…内緒です」

 「??まあいいわ。なるべく急いでね」

 「承知しました」

 

 彼等は二手に分かれる。

 

 

 尽夜は真由美が一高の控え室に入るのを確認すると人気のない場所に来た。

 

 目を閉じて神経を集中させる。

 

 『・・・・』に目を向ける。

 

 そしてある一つに入って行く。

 

 〔…………母さん〕

 

 〔尽夜さん、どうしましたか?〕

 

 話しかける相手には驚いた様子はない。

 

 〔情報通り大亜連合が侵攻してきました〕

 

 〔…そう〕

 

 〔それと申し訳ありません。コンペ会場で襲撃を受けた時に『魂消去』を使ってしまいました〕

 

 事後報告をしていくと真夜の機嫌が悪くなっていくのが手に取るように分かってしまう。

 

 〔………使ってしまった事は今は置いておきます。けれどももう使わないで頂戴〕

 

 〔………申し訳ありませんでした〕

 

 〔大亜連合は殲滅して、すぐにこちらへ来なさい。特に具体的な指示はありません〕

 

 〔承知しました〕

 

 その言葉を最後に通話?を終了する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

---------第一高校、控え室

 

 尽夜が一高の控え室に到着したとき、真由美たちは既にデモ機を破壊し終えており、達也や深雪、克人などのメンバーが勢揃いしていた。

 

 「尽夜君、連絡は取れた?」

 「はい」

 「何か分かったの?」

 「侵攻してきたのは大亜連合です。本家からは速やかに殲滅せよとのことでした」

 「……大亜連合」

 

 尽夜の言葉に控え室の面々は様々な反応を見せる。その中で実戦慣れをしているのであろう、特に反応を見せなかった克人が話を進めさせた。

 

 「四葉、奴らの目的は分かるか?」

 「いえ、詳しくは分かりませんが恐らく魔法協会のデータバンクもしくはコンペ会場内の研究者の拉致で間違いないかと思います」

 「そうか。七草、俺は会場内に逃げ遅れたものが居ないか確認して来る。その間にこれからどうするか決めていてくれ。桐原、一緒来い」

 「分かったわ、十文字君」

 「ハッ!」

 

 克人は桐原を連れて一旦この場を離れた。

 

 「さて、皆はどうするのがいいと思う?」

 

 真由美が周りに意見を求める。

 

 「避難船の到着は?」

 「あと十分程で着くらしいわ。だけれど避難に集まった人数に対して収容量は十分とは言えないわね」

 

 摩利の確認に渋い顔で真由美が答えた。

 

 「中条さんの方は司波君の懸念されていた通りゲリラ兵と交戦している模様です。しかし、もう少しで駆逐できるそうです」

 

 鈴音が教師を含んだ一高集団の現状を報告した。

 

 「状況を見ると避難船には乗れそうにないからシェルターへ向かうのがいいと思うんだが、皆はどう思う?」

 

 摩利が3年生の報告から意見を述べる。真由美、鈴音からは反対の言葉は出ない。下級生たちの意見を聞くつもりなのかもしれない。

 

 「……あたしも、摩利さんに賛成です」

 

 花音たち、2年生も反対の意見は出ない。

 残りは1年生のみとなり、全員の目線は2つに分かれた。達也と尽夜である。

 尽夜が向けられた視線に答えようとした時に深雪の疑問を乗せた声がそれを遮る。

 

 「……お兄様?」

 

 達也は体を壁の方に向けて、話し合いからは目を逸らしている。そしておもむろにCADを壁に突き出した。

 

 「達也くん!?」

 

 真由美の驚きの声にも反応を見せることなく達也は引き金を引いた。

 

 「…………今のは、なに?」

 

 信じられないものを見たように驚愕の顔つきの真由美。達也の行動を『マルチ・スコープ』で見ていたのだろう。半刻程前に尽夜の魔法を見たときは悲しそうな顔をしていたが、それは見受けられなかったため、人殺しではないなと尽夜は推測した。

 真由美の疑問は答えられることはなかった。真由美と達也が観測した大量のミサイルによってそれどころではなかったのである。

 

 「尽夜!会場、もしくはこの部屋に障壁を張ってくれ!」

 

 達也の要求に尽夜は素早く部屋に障壁を展開させる。その後、轟音と振動が伝わってきたが部屋には被害が無かった。いや、会場にも恐らく被害は出ていないだろう。

 

 「お待たせ」

 

 タイミングを見計らったように控室に入って来た一人の女性。

 

 「え? えっ? もしかして響子さん?」

 

 「お久しぶりね真由美さん」

 

 真由美に笑顔で答えたのは野戦用の軍服を着た藤林響子であった。しかし部屋に入って来たのは藤林一人ではなかった。藤林の後ろから同じく国防軍の軍服を身に纏い、少佐であることを示す階級章を付けた壮年の男性、風間少佐が入って来る。

 

 「特尉、情報統制は一時的に解除されます」

 

 風間の隣に立つ藤林の言葉に達也は困惑した表情が消え、姿勢を正して風間に対して敬礼をした。

 

 その時丁度、克人と桐原が数人を連れ添って戻って来た。そして彼らを含めた全員が驚愕した視線を達也に向けている。

 達也の敬礼に敬礼で答えた風間は、今入って来たばかりの克人に身体を向けた。

 

 「国防陸軍少佐、風間玄信です。訳あって所属についてはご勘弁願いたい」

 「貴官があの風間少佐でいらっしゃいましたか。師族会議十文字家代表代理、十文字克人です」

 

 風間の自己紹介に対して克人も魔法師としての公的な肩書を名乗る。風間は小さく一礼して達也と克人が同時に視界に入るように立ち直す。

 

 「藤林、現在の状況をご説明してさしあげろ」

 「はい。我が軍は現在、保土ヶ谷駐留部隊が侵攻軍と交戦中。また、鶴見と藤沢より、各一個大隊が当地に急行中。魔法協会関東支部も独自に義勇軍を編成し、自衛行動に入っています」

 「ご苦労。さて、特尉。現下の特殊な状況を鑑み、別任務で保土ヶ谷に出動中だった我が部隊も防衛に加わるよう、先ほど命令が下った。国防軍特務規則に基づき、貴官にも出動を命じる」

 

 風間の言葉に真由美と摩利が口を開きかける。しかし、風間の視線に口を封じた。

 

 「国防軍は皆さんに対し、特尉の地位について守秘義務を要求する。本件は国家機密保護法に基づく措置であることをご理解いただきたい」

 

 そう言って向けた風間の力強い視線に、真由美や摩利たちは抵抗を断念した。

 

 「特尉、君の考案したムーバルスーツをトレーラーに用意してあります。急ぎましょう」

 「すまない、聞いての通りだ。皆は先輩たちと一緒に避難していてくれ」

 「特尉、皆さんには私と私の隊がお供します」

 

 この状況で今ここにいる人達に精鋭を割いてくれる藤林の、そして少佐の厚意によるありがたい提案に達也は含めて一礼した。

 

 「少尉、よろしくお願いします」

 「了解です。特尉も頑張ってくださいね」

 

 達也は風間と共に扉へ向かって歩き出した。

 

 「お兄様、お待ちください」

 

 が、深雪が達也を呼び止める。彼女は達也に歩み寄ってから尽夜に顔を向けて彼の顔色を覗った。

 そして尽夜が軽く頷くと彼女は達也を屈ませて、その額にそっと唇を添えた。

 

 

 

 その瞬間に目を灼く程の光の粒子が達也の体から沸き立った。膨大なサイオンが彼の周りを渦巻いている。

 達也は立ち上がり、深雪の頭を撫でた。

 

 「ご存分に」

 「征ってくる」

 

 それを最後に達也は扉へと姿を消す。

 

 

 

 

 

 それを確認した数十秒後、完全に置いてけぼりをくらっていた真由美たち上級生は意識を取り戻した。だが、先程のことには触れることはしなかった。

 

 「……尽夜君は、どうするの?」

 

 真由美が代表して、一幕前に話し出そうとしていた尽夜に尋ねた。

 

 「本家の命令もありますから、申し訳ありませんが俺もここで別行動させていただけますか?」

 

 この提案には真由美ではなく、克人が反応を見せた。

 

 「お前も十師族だ。この状況でお前が大亜連合の殲滅に向かうのは理解できる。好きにしろ」

 「ありがとうございます」

 

 克人は威厳を持った面構えで尽夜の要求を受け入れた。

 

 尽夜は一度、部屋の中を見渡した。するといくつかの心配する目線が彼に突き刺さる。しかし彼は表情を変えることなく、それを半ば無視に近い形でその場から離れる選択肢を取った。

 

 「……では皆さん、私に続いてください」

 

 この藤林の言葉がかかるまで部屋の中に居た者たちは立ち尽くしていた。

四葉家次期当主について

  • 尽夜
  • 深雪

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