【旧約】狂気の産物   作:ピト

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第23話

-------七草家、戦闘ヘリ

 

 沿岸部から内陸へ脱出するヘリの中は沈黙に包まれていた。何となく口を開くのを憚られる雰囲気が漂っていた。だがその不自然な沈黙に耐え続ける事もまた、彼らには出来なかった。

 

 「……自分の身に起こった事だというのに……まだ信じられないよ」

 

 最初につぶやいたのは五十里だった。

 

 「……いったい何が起こったんだ? 何をどうすりゃこんな事が可能なんだ?」

 

 誰にとも無く当惑のセリフを口にしたのは桐原である。深刻だった事実を改めて突き付けられて、先ほどよりも空気の重量が増していた。 

 

 「……司波、これだけは教えてくれ」 

 

 遂にと言うべきなのか、この中で唯一真相を知っている深雪に摩利が問いかけた。

 

 「何でしょうか?」

 

 応える口調は冷静なものだったが、表情の硬さは隠し切れてなかった。もしかしたら隠すつもりはないのかもしれない。わざと水晶のように硬質な表情を作っているのかもしれなかった。

 

 「達也君の魔法はどの程度効果が持続するんだ?」

 

 魔法による治療は一時的なもの、それが治癒魔法の原則。効果が持続する内に何度も掛け直し何度も世界を欺き、それで偽りの治癒を世界に定着させる事が出来るのであって、持続時間が短ければすぐにでも新しい治癒魔法を施さなければならない。

 だが深雪の回答は摩利の意図を百パーセント理解した上で、施術された二人に聴かせる事を意識したものだった。

 

 「永続的なものです。通常の治癒魔法の様に継続的な施術は必要ありません。運動の制限もありません。完全に何時も通りの生活が可能です」

 「……そんな事が可能なのか?」

 

 その答えに摩利は納得出来ない様子だった。

 

 「信じられませんか?」

 「信用してないわけじゃないけど」

 

 納得してないのは摩利だけではなく、許嫁を救ってもらった花音もまた今の説明では不十分だと感じていた。

 

 「啓を救ってくれた事には感謝してるけど…一度で完治する治癒魔法なんて聞いた事無いわよ? そんなの治癒魔法の基本システムに反してる。本当に治ったの? だったらあれは治癒魔法じゃないの? 司波君はいったい何をやったの!?」

 「花音ちゃん落ち着いて。深雪さん、気を悪くしないでね? 花音ちゃんは五十里君が心配なだけなんだから」

 「いえ、気にしていません」

 

 興奮する花音を真由美が宥める。深雪はそれを少しの微笑みで返答した。

 

 「しかし何をやったかは気になるな。治癒魔法でないならいったい……」

 「摩利!他人の術式を詮索するのはマナー違反よ!」

 

 摩利が和らいだ雰囲気をブチ壊す発言をしたことで真由美から叱責が飛ぶ。

 

 「ありがとうございます、七草先輩。ですが、構いません。気になさるのは当然だと思います。皆さんに打ち明けるならばお兄様もお許しくださる筈です」

 

 その言葉には他言無用の意味合いが当然ながら含まれる。花音、五十里、桐原、沙耶香、摩利が次々と誓約の言葉を述べる。

 

 「今から聴く事の一切を秘密とします。それは名倉さんたちも同様です」

 「……いえ、それほど大袈裟なものでもありませんが……」

 

 真由美も場を取り持って約束するが、深雪は七草家には伝わるだろうと推測していた。しかしたとえ伝わったとしても絶対に真似できるものではないのだからこの場の混乱を考えて話すことにしたのだ。

 

 「お兄様が使った魔法は治癒魔法ではありません」

 

 深雪は端正な姿勢で静かに語り始めた。それは聴いている方の背筋も思わずピンと伸びてしまうような佇まいだった。

 

 「魔法の名称は『再成』。情報体(エイドス)の変更履歴を最大で二十四時間遡り、外的な要因による損傷を受ける前の情報体(エイドス)をフルコピーし、それを魔法式として現在の情報体(エイドス)に上書きする魔法です。洗脳や魔法によって受けた内部の変更は無制限で遡れるようですけどね。そして上書きされた対象は上書きされた情報に従い損傷を受ける前の状態に復元されます」

 

 深雪の説明に紗耶香が驚きの表情を浮かべた。どうやら思い当たる節があったのだろうと、深雪は小さく頷いて説明を続けた。

 

 「ところで魔法の効果が何故一時的なものでしかないのか、皆さんはご存知ですか? 魔法の効果が永続しないのは、エイドスの復元力が作用するからです。情報体(エイドス)の復元力とは、外から書き換えられる前の自分に戻ろうとする力。ですが『再成』でフルコピーした情報体(エイドス)も過去の自分自身を表す情報体に他なりません。自分自身の情報でエイドスを上書きされた対象は、損傷を受けた状態に復元するのではなく、損傷を受ける事無く時間が経過した状態でこの世界に定着します。全て、無かった事になるのです」

 

 「じゃあ達也は、どんな傷でも一度で治してしまう、という事ですか? 信じられません。いくら達也でもそんな……」

 

 信じられないという思いをハッキリと口にしたのは幹比古だった。しかし深雪はそれを笑って否定した。

 

 「一度で、ではありませんよ吉田君。一瞬で、です。それに対象は生物に限りません。人体だろうと機械だろうと、お兄様は一瞬で復元してしまう事が可能です」

 

 あんぐりと口を開けた状態で固まってしまった幹比古を見て、深雪はおかしそうに、だが同時に寂しそうに笑った。

 

 「この魔法の所為でお兄様は他の魔法を自由に使う事が出来ません。魔法領域をこの神の如き魔法に占有されている所為で、他の魔法を使う余裕が無いのです」

 

 神の如きという形容を大袈裟だと思う者は一人もいなかった。

 

 「……それで達也君はあんなにアンバランスなのね」

 「ああ……それほど高度な魔法が待機していては、他の魔法が阻害されても確かに不思議は無い……」

 

 深雪は真実の半分しか語っていない。残りの半分を打ち明けるつもりは無かった。都合の良い誤解をしてくれた先輩たちの言葉に、寂しげな微笑みを浮かべるだけだった。沈んだ空気に耐えられなかったのか、花音が必要以上に高いテンションで言葉を放つ。

 

 「でもそれって凄いじゃない。二十四時間以内に受けた傷ならどんな重傷でも無かった事になるんでしょ?」

 「そうだね。災害現場でも野戦病院でもその需要は計り知れない。何千、何万という人の命を救う事が出来る」

 

 その意味を改めて理解したのか、五十里が熱の篭った口調で花音に同調した。

 

 「そうよ! それに比べたら他の魔法が使えないなんて些細な事だわ。こんな凄い力を何故秘密にしてるの? だって大勢の命を救う事が出来るんだよ。命を奪う事で得た名声しゃなくて命を救う事で得た名声なんて、本物のヒーローじゃん!」

 「そうですね……ありとあらゆる負傷を無かった事にする。そんな魔法が何の代償も無く使えるとお考えですか?」

 

 興奮する花音とは対象的に、深雪は極めて冷静で表情に乏しかった。冷たく冴えた眼差しが花音を貫く。それを見て初めて花音も摩利も真由美も、深雪が荒れ狂う激情を己が裡で氷漬けにする事で無理矢理平静を保っているのだと覚った。彼女は嘆き哀しみ、そして同時に怒り狂っていた。

 

 「情報体(エイドス)の変更履歴を遡って情報体、エイドスをフルコピーする。その為には情報体(エイドス)に記録された情報を全て読み取っていく必要があります。そこには当然負傷した者が味わった苦痛も含まれます。知識として苦痛を読み出すのではなく苦痛という感覚が負傷した肉体の神経が生み出す痛みという信号がダイレクトな情報となって自分に流れ込んで来るのです。脳を介した情報ではなく神経が直接それを認識するのです」

 

 深雪の説明の最中、だれかが咳き込んだ。それは意識的な咳払いでは無く上手く呼吸が出来なかった為の生理的な反応だった。

 

 「しかもそれが一瞬に凝縮されてやって来ます。例えば……今回五十里先輩が負傷されてからお兄様が魔法を使われるまでおよそ三十秒の時間が経過しました。それに対してお兄様がエイドスの変更履歴を読み出すのに掛けられた時間はおよそゼロコンマ二秒。この刹那の時間にお兄様の精神は五十里先輩が味わわれた痛みを百五十倍に凝縮した苦痛を体験されているのです」

 

 「百五十倍……」

 

 五十里の口から呻き声が漏れた。それがどんなものか、正直なところ想像出来ないのだろう。もしそんな痛みに曝されたとして、自分は正気を保てるのだろうか、いや保てるはずがないと思った。

 

 「負傷していた時間が長ければ、それだけ痛みは凝縮されます。一時間前の負傷を取り消す為には、本人の一万倍以上の苦痛に耐える事を余儀なくされます」

 

 深雪は花音から微妙に目を逸らした。彼女に、自分以外の誰かに怒りをぶつけないように。

 

 「お兄様は他人の傷を治すたびにそのような代償を支払っているのですよ? それでも他人の為にそのお力を使うべきだと仰るのですか?」

 

 彼女は静かに怒り狂っていた。何よりも自分自身に対して。兄に『再生』の行使を願ってしまった身勝手な自分自身に対して。たとえ、おそらく尽夜によって達也のエイドス履歴を読み込む時に発生する苦痛が解消されようとも…。

 尽夜と達也が協力すれば五十里の言っていた通り万人を、いや万人と言わず億人すらもいとも簡単に救うことができる。だがそれは同時に二人の人間的生活の終了を意味すると深雪は考えた。

 次から次へと出張などに駆られ、さらには戦場には恒常的に送られ続ける。もちろん後方支援などではなく最前線へと…。人間ではなく、兵器として、都合の良い道具として扱われるに違いない。

 一層悲しい雰囲気を漂わせる深雪に誰一人として慰めの言葉をかけることのできる者は存在しなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

--------???

 

 戦いが終局を迎えていた頃、繁華街のある店先から一人の青年と数人の集団が出てくる。彼等は外での騒動に巻き込まれた如く、緊張の面持ちで歩いていた。

 しかし先頭で進む青年は涼しい顔色なのが窺える。

 

 その集団が足を止めたのはある路地裏。

 

 止めた理由は彼らの視線の先にいる一人の第一高校の制服を着た男子生徒。

 

 「………」

 「………」

 

 お互いに目を合わせて沈黙している。

 

 「…貴方は?」

 

 先に口を開いたのは集団を連れた青年であった。彼は目の前の高校生が誰であるかは分かっているが、敢えて身元を問うた。

 

 「四葉家からの忠告だ。これ以上持ち込むな。さもなければ消す」

 

 身分を名乗る事なく一方的に喋る。

 

 「……はて?何のことやら?」

 

 青年は高校生からの言動は明瞭な意味を持っていることを理解できるがまたも惚けた。

 

 「…『視て』いる。母上の匙加減で一瞬で消されることを忘れるな」

 

 そんなことを高校生は気にする事なくその場を立ち去った。

 

 「……あれは何者で?」

 

 青年の後ろに控えていた人員が問いかける。

 

 「……ふっ、『禁忌(アンタッチャブル)』ですよ。我々も大層なものに目をつけられたものですね」

 

 ニタァと薄気味悪い表情で高校生が去って行った方向を眺める。その目は面白いものを見つけたかのような輝きを魅せていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-----------四葉本家、書斎

 

 横浜での侵攻を日本が退けてから、数刻後の夜中に尽夜は真夜からの命令通り旧長野県と旧山梨県の境にある山々の奥地にひっそり存在している四葉本家へ来ていた。

 

 尽夜は本家の玄関に入ると夏の帰省と同じ様に女中たちに迎えられる。水波と千波は一足先に本家に到着しており、彼を他の女中たちと共に出迎えていた。そして代表として水波が尽夜の前を歩き、千波が彼の半歩後ろに付いて書斎へと案内する。

 

 書斎への長い道のりが終わり、水波が扉をノックする。

 

 「奥様、尽夜様が御到着なされました」

 「…通しなさい」

 

 室内からの了承を受けて水波は控え目に扉を開き、尽夜に向いて恭しく一礼する。

 

 「失礼します」

 

 尽夜は使用人のように恭しく部屋の奥にいる主に向かって一礼。

 

 「顔を上げなさい」

 

 彼は主からもたらされた言葉に従って顔を上げる。目に捉えられたのは般若の形相でこちらを睨む女性とその背後に気配を極力消した初老の執事だ。

 水波と千波が室内に入り、扉が閉められると主の真夜が静かに立ち上がり、そして尽夜の目の前にやって来た。

 真夜の不機嫌さは尽夜の背後に控える水波と千波にもありありと伝わって来る。世界最強の魔法師の1人として『極東の魔王』『夜の女王』の異名を持つ彼女が発する威圧は半端なものではない。彼女たちはなんとか体が震えるのを抑えつけている。

 

 「……」

 「……」

 

 真夜、尽夜の両名の間に会話はないが、ただただ目を逸らされることはない。

 

 数分の時が過ぎる。

 

 時間が経つにつれて徐々に場の空気が弛緩していくのをこの場にいる者達は感じ取った。真夜の表情も幾分か柔らかくなり、水波と千波を蝕んでいた威圧も鳴りを潜め始めた。

 

 「………もう!尽夜さん、それは卑怯よ!」

 

 真夜は口を(すぼ)めて、大人に似つかわしくない異様な可愛さで尽夜を叱った。その後には尽夜の背中に手を回して彼の胸にスリスリと頬を擦り付け始める。それは十分前の彼女からは考えられない様な態度だ。

 

 尽夜がしたのは『精神』の情動を操る魔法。あずさがエリアを指定して人の情動に関与できることを個人のレベルまで落としたものである。尽夜はあずさのようにエリア指定によるものはできないが個人の精神を扱うとなればあずさ以上の腕を持つ。

 

 この世界に個人で『精神』に携わらせると尽夜の右に出る者は存在しない。

 

 この世の生物において『精神』というものは切っても切れない関係である。それは思考が高度化すればするほどそれは重要なものとなってくる。この地球でその最上位に位置する人間は必然的に他の生物とは比べ物にならない程に関係が深くなる。

 

 魔法というのは元来イデアの世界から情報体(エイドス)による外的情報を改変させ、事象を起こす。この原理から説明すると、系統外『精神干渉魔法』というものは厳密には現代で認識されている魔法ではない。

 

 なぜなら『精神』は情報体(エイドス)の内側に後発的に発生し、情報体(エイドス)の外的因子にはなりえないからだ。

 

 『精神』というのは情報体(エイドス)から形成された内部に自然発生するものであり、発生の条件は生物であるか否かである。

 

 そしてここで不思議な事が起こる。

 

 尽夜が生まれた後に行われた第四研での実験において『精神』を消される、または取り除かれた生物は情報体(エイドス)を持たなくなることが確認された。人間においても例外はない。むしろ『精神』に一番深い関わりを持つ人間ほど情報体(エイドス)は完璧に除去されていた。

 

 だが情報体(エイドス)が消滅してもそのものの形は何故か残る。形が残るのならば情報体(エイドス)は存在するはずだと思うが第四研の実験では一度も情報体(エイドス)を持つ固体は確認できていない。研究者達の見解では『情報体(エイドス)』に存在しない『精神』が消されるというイデア界ではなく別の世界の改変に対する復元力が働いていると考えており、これはその別世界をただ一人視ることのできる尽夜によって観測されている。

 

 つまり後発的なものの筈である『精神』の改変または消去に対する復元力が先発的で外的な『情報体(エイドス)』を呑み込むのだ。

 

 一旦話は戻る。

 

 尽夜によって不機嫌になり、更に穏やかになった真夜は今度はしっかりと母親の顔に戻り彼の頬を両手で包み込む。

 

 「……尽夜」

 

 いや、母親の顔というのは間違っていたかもしれない。普段の真夜は尽夜の事を敬称を付けて呼ぶが感情が昂ぶった時に限り無意識に呼び捨てをする癖がある。さながら恋人のような雰囲気を醸し出し、耐えられなくなったのか水波と千波は同時に顔を逸らした。

 

 「母さん、御言い付けを破ってしまい申し訳ありませんでした」

 「『精神干渉魔法』は他と比べても格段に術者に対して負担が大きい物です。貴方がいくら『精神』に関して適正があったとしても心配で仕方がないの……。姉さんのように私を置いて行ってしまうのではないか、気が気でないのよ……」

 

 上目遣いに少しの涙を滲ませて尽夜を見つめる真夜に尽夜は彼女の腰に手を回して少し強く抱き締めた。

 

 「……っん」

 

 嬉しそうな吐息が真夜から漏れる。

 

 葉山だけがこの状況に平常心で彼等に慈愛の目を向ける。水波と千波は目を逸らしている為気付かないが、真夜の表情は『女』そのもの。それは本人も気付いていないことを葉山は知っている。そしてそれが昔から彼女を見てきた葉山にとって愛らしく、そして悲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 尽夜が真夜の書斎に入ってから半刻ほど経過した頃、真夜はディスプレイの前に立っていた。秘匿回線を開き、ある場所へと繋ぐ。

 

 『ご無沙汰致しております、叔母様』

 

 「夜分にすみません、深雪さん」

 

 『いえ、滅相もございません』

 

 相手はこの世のものとは思えない美貌の持ち主であり、真夜の姪、尽夜の従妹である深雪だった。

 尽夜はディスプレイからは離れた位置にいるため深雪からは見えていない。

 深々とお辞儀をする彼女に真夜は非常に微笑みを持って対する。

 

 「そうですか……それにしても今日は大変な目に遭いましたね」

 『ご心配をお掛け致しました』

 

 深雪はまたも腰を折る。

 

 「貴方の無事な顔が見られて安心しました。まあ、貴女には達也さんも尽夜さんもいるのですから心配は無用でしょうけど……そう言えば達也さんは今、どちらへ?」

 

 ふと思い出したかの様に真夜の問に画面の深雪はピクッと少しだけ反応した。

 

 『畏れ入ります。兄は事後処理の為、まだ帰宅しておりませんが』

 「まあ!達也さんったら、可愛い妹を放って、何処で油を売っているのでしょう?」

 

 真夜は手を頬に添えて「困ったわ」と言わんばかりに浮世離れした仕草で当惑をみせた。

 

 『お心をわずらわせ、誠に申し訳ございません。私も兄の行動を逐一把握している訳ではございませんので……ですが叔母様、ご懸念には及びません、兄の力はいつでも私を守護しております』

 

 深雪はあくまでも礼儀正しく、恭しい態度を崩さずに対応する。

 

 「ああ、そうだったわね。深雪さんの方から鎖を解く事は出来ても、達也さんの方から契約を破棄する事は出来ないのですものね」

 

 ニコニコと微笑みながら真夜が言う。深雪が真夜の許可無く達也の枷を外した事実を指摘してみせる。

 

 『ええ、仰る通りですわ叔母様。兄は何処に行こうと、自分の一存でガーディアンの務めを放棄する事などありません』

 

 それでも深雪の慇懃な態度にほころびは生じなかった。

 

 「そうね、それに尽夜さんもいつでも貴女を視ているようですからね」

 『えっ?』

 

 だが真夜のこの言葉が一瞬、深雪をほころばせた。真夜が喋った際にチラッと尽夜を見たことから深雪も悟ったかもしれない。小さく朱に染めた頬は隠しようのないものであった。

 

 「そうそう、今度の日曜日にでも二人揃って屋敷にいらっしゃいな。久しぶりに貴方たちに直接会いたいわ」

 『……恐縮です。兄が戻りましたらそのように申し伝えます』

 

 なんとか体制を立て直して、不自然でない応答を返す。

 

 「楽しみにしているわ。じゃあお休みなさい、深雪さん」

 『お休みなさい、叔母様』

 

 画面がブラックアウトするのを確認すると真夜は腰掛けていた椅子に深く座り直した。

 

 「お疲れ様にございます」

 

 スッと背後から葉山が紅茶を差し出して真夜を労う。

 

 「ありがとう、葉山さん」

 

 優雅で上品に彼女はカップを口に運ぶ。

 

 「……尽夜さん、どうですか?」

 「……心細いようですが精神は安定はしております」

 

 離れた位置の尽夜からは意に添う回答が帰ってくる。それに対して真夜は満足げに頷く。

 

 同時に部屋に通知が入る。

 葉山が受け取り、それに対応した。

 

 「……奥様」

 「構いません。おっしゃってくださいな」

 

 窺う葉山からの呼びかけに真夜は尽夜がこの場にいることも了承する。

 

 「御意。数分前に朝鮮半島の南西に位置する軍港付近において大爆発が発生した模様です」

 

 室内が少し驚きの顔を見せる。

 

 「………そう」

 

 驚きはしたものの真夜は慌てることなく事態を整理した。

 

 「……達也さんかしら?」

 

 尽夜の方に問いかける。

 

 「……おそらく」

 「……やってくれるわね」

 

 真夜は苦虫を噛み殺したような表情になり、考え込む。室内に訪れた沈黙に時々紅茶を啜る音のみが響く。

 

 「……尽夜さん、ちょうどいいかもしれないわ」

 

 数分後に真夜は考えがまとまったようだ。

 

 「どうなさるおつもりですか?」

 「貴方に今日の事でお灸を据える形で第一高校は2ヶ月ほど休学してもらいます」

 「……承知しました」

 「達也さんの件は貴方が背負いなさい」

 「はい」

 

 真夜の命令は尽夜にほとんどの場合否はあり得ない。今回もその一例に過ぎない。休学などは些細なものである。

 

 「休学中は本家にいなさい。水波ちゃんと千波ちゃんも一旦戻っていらっしゃい」

 「「畏まりました」」

 

 水波と千波が恭しく一礼する。

 

 「海の向こうが大人しくしてくれるといいのだけれど……」

 

 真夜は紅茶を片手に窓から神々しく輝く満月を見つめた。




 これにて『横浜騒乱編』は終了となります。
 如何でしたでしょうか?
 もしお楽しみいただけたら幸いでございます。


 『精神』についても少し詳しく説明できたと思います。 まだ説明していない尽夜の力もありますので追憶編以降で書いていけたらと思う所存です。


 是非、ご感想を書いていただけたら嬉しく存じます。
 心待ちにしております。

四葉家次期当主について

  • 尽夜
  • 深雪

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