【旧約】狂気の産物   作:ピト

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第27話

--------2095年、11月6日、四葉本家、応接室

 

 応接室に真夜が姿を現してから張り詰めた空気が室内に漂っていた。

 

 「本当に申し訳ございません。前のお客様が中々お帰りにならなくて……。お約束の時間を過ぎているとはいえ、追い立てるような真似も出来ませんし……」

 「どうかお気になさらず。お忙しくていらっしゃるのは存じ上げております」

 

 真夜の謝罪に風間がそう返して、二人は漸く腰を下ろした。

 

 「深雪さんもお掛けになって」

 

 そう促されて深雪も腰を下ろした。達也と尽夜は声を掛けられずにそれぞれ深雪と真夜の隣に控えている。葉山が飲み物をサッと三人の前に出して、尽夜より後ろに下がった。

 

 「本日おいでいただきましたのは、先日の横浜事変に端を発する一連の軍事行動について、お知らせしたい事がありましたからですの」

 「本官にですか?」

 「ええ、それと達也さんと深雪さんにも」

 

 そう言って、真夜が意味ありげな笑みを浮かべた。にも、と言っているが本当に用があるのは後者である達也と深雪であることはその場にいた全員が窺える表情をしている。

 

 「国際魔法協会は、一週間前、鎮海軍港を消滅させた爆発が憲章に抵触する『放射能汚染兵器』によるものではないとの見解をまとめました。これに伴い、協会に提出されていた懲罰動議は棄却されました」

 

 深雪の顔が一層の緊張に強張り、すぐに安堵のため息を漏らした。

 

 「懲罰動議が出されていたとは知りませんでした」

 

 国際魔法協会は実質的に強力な実働隊を持たないが、もし今回懲罰動議が可決されると日本を良く思わない国々から強力な魔法師達がやって来たことだろう。国防面から考えて風間がこの懸念に行き着かない訳がないが、それは誰にも指摘されなかった。

 

 「落ち着いていらっしゃるのね? 懲罰部隊が派遣される事は無いと確信していらっしゃったかのご様子」

 「放射性物質の残留が観測されないのは分かっていた事ですから」

 

 貴女もご存知のはずだ、とは風間は言わない。それは口にする必要のない事であり、口にしたところで流されてしまう事が分かり切っていたからだ。

 案の定、真夜はあっさりと話題を変えた。

 

 「では、消滅した敵艦隊の搭乗員に『震天将軍』が含まれていて、戦死が確実視されている事はご存知ですか?」

 

 真夜から持たらされた新たな情報は風間のポーカーフェイスを崩させた。

 

 「劉雲徳が?」

 「ええ、それぞれの国の政府によって国際的に公にされた十三人の戦略級魔法師の一人である劉雲徳その人が、です。大亜連合は随分と厳重な情報管制を敷いているようですけど。これで『十三使徒』は『十二使徒』となったわけですね」

 

 列強が国威発揚の為に存在を公開している十三人の魔法師『十三使徒』。全員が戦略級魔法を所持しており、この効果は絶大である。

 その後、国際軍事バランスの大変動要因を真夜は簡単に一文でまとめてみせた。そして更に、風間も知らなかった機密情報を開陳する。

 

 「政府はこれに乗じて大亜連合から大きな譲歩を引き出したいと考えているようですよ。参謀長より五輪家に出動要請があり、五輪家はこれを受けました。佐世保に集結した艦隊に澪さんが同行しています」

 「あの方が軍艦に乗船されているのですか?」

 「ええ」

 「……しかし、お身体に障りがあるのではないでしょうか?」

 「それを承知の決断なのでしょうね。参謀部も、五輪家も。それほどの奇貨と考えているのでしょう」

 

 心配そうな深雪の問い掛けに、真夜があっけらかんとした答えを返した。五輪澪はその強大な魔法の能力と対照的に、肉体面はかなり虚弱なのだ。そもそも五輪家はそれほど魔法師が一家全体において優れている訳ではなく、『十三使徒』の一人、五輪澪がいるからこそ十師族に名を連ねていると言っても過言ではない。

 

 「こちらが劉雲徳の動向をつかんでいたように、あちらも澪さんが出陣した事を掴んでいるでしょう。また、これは未確定の情報ですが、本日ベゾブラゾフ博士がウラジオストク入りしたとの報せも受け取っております」

 

 その名を聞いて、風間の表情が動いた。

 

 「『イグナイター』イーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフが、ですか?」

 「ええ、そのベゾブラゾフ博士です。各国の軍首脳部は朝鮮半島南端における戦果を目の当たりにして、大規模魔法の有効性を再評価しているようですね」

 

 声こそ漏らしていないが、驚いているのは達也も同じだった。

 

 「大亜連合も同様の情報を掴んでいるでしょうから……」

 「近日中に講和が成立する可能性が高いと?」

 「私どもはそのように予想しております」

 

 言葉を切って真夜は笑顔で風間を見詰めた。四十代半ばにも関わらず、三十路前のような、若々しくも大人の可愛らしさと大人の色気を兼ね備えた笑顔。しかし風間にそのような色香が通用することもなく、彼は無言で次の言葉を待っていた。

 

 「……三年前からの因縁は、これで決着がつくでしょう」

 

 話を再開した真夜の顔に、当てが外れたとでも言いたげな少々不満げな色が窺われたのは、見る者の錯覚とばかりも言いきれないだろう。

 

 「ただ、今回の鎮海軍港消滅は多数の国から注目を集めています。あの攻撃が戦略級魔法によるものだと当たりをつけ、前者の正体に探りを入れてきている国も一つや二つではないようです。大亜連合の派遣艦隊が全滅した三年前の沖縄海戦との共通性に思い至り、これを手掛かりにしようと考えるグループも出てくるでしょう。しかし、現段階で達也さんの正体を知られる事は、私どもとして極めて好ましくない事態です」

 「重々、承知しております」

 

 風間が頷くのを見て、真夜は演技とは分からぬくらい自然に顔をほころばせた。いや、今のは本心から満足したのかもしれない。

 

 「ご理解いただけて嬉しく思います。それでは念の為に、暫く達也さんとの接触は控えていただきたいのですが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風間との交渉は真夜にとって、すなわち四葉にとって満足のいく結果であった。真夜は風間が出て行ったのを確認すると無言で達也に風間が座っていた席へと手を向ける。達也はそれを受けて、真夜に対して一礼をして従った。尽夜に何も言わないのは達也が話の対象だからであろう。

 

 「さて、あなたとこうして向かい合うのは三年振りね」

 「こうしてお声をかけていただくのは初めてです、叔母上」

 「そうだったかしら」

 

 会話は風間との交渉の時とは違う随分と砕けた口調で始まった。しかし、だからといって親しげな空気ではない。

 

 「それで、お話とはなんでしょうか?」

 「そんなに慌てないで。お茶でもいかが?」

 「自分にお茶など出しては、取り巻きの方々にうるさく言われませんか?」

 

 達也の率直な言葉に、真夜はプッと吹き出した。

 

 「正直は必ずしも美徳とは限りませんよ」

 「相手の為を思う諫言は、得てして耳に痛いものです」

 

 打てば響くような切り返しに真夜は気分を害することはなかった。むしろ感心して頷いている。

 

 「遠慮のない人ね、達也さんは」

 「ご不快でしたか?」

 「私と貴方は、甥と叔母の関係だから気にする必要はないわ。それに貴方達を無下に扱うなんてできないもの」

 

 真夜はチラッと左の背後へと目を向ける。達也は様々な憶測を立てるが、それはついぞ明瞭になる事はなかった。

 

 「葉山さん、お茶のお代わりを。それから達也さんと深雪さんにも同じものを用意して頂戴」

 「御意」

 

 気配を消して部屋の隅に存在していた初老の執事が真夜の要求に素早く応じ、ものの三分も経たない内に紅茶を淹れた。

 葉山が用意している間に室内の会話はない。達也たちは真夜のお茶の勧めが、「お茶を飲みながら話しましょう」という言外の意味を履き違えることはなかった。

 差し出されたティーカップに真夜が口を付けてから、ようやく開始された。

 

 「今回はご活躍だったそうね、達也さん」

 

 額面だけなら褒め言葉と取れるがあいにく口調がその可能性をなくしていた。

 

 「いえ、そのようなことは」

 

 達也もそれは分かっている。

 

 「でも、四葉としては困った事をしてくれたものだわ」

 「申し訳ありません」

 

 芝居じみたやり取りに案の定真夜は愚痴をこぼすように喋るのに対し、達也は形式的な殊勝さの欠片もない謝罪をした。

 

 「……まあ、貴方が命令に従っただけというのは判っています。あそこまでする必要が本当にあったか、風間少佐を問い詰めたいところなのですけど……過ぎたことは仕方ないわね」

 「恐れ入ります」

 「それより問題は今後の事です」

 「何か具体的なことでも?」

 

 達也の問に真夜は即答しなかった。彼女はティーカップに再度口をつけて、目線を紅茶へと落とした後にやはり後ろを窺って笑みを零す。

 

 「スターズが動き出しているわ」

 

 この言葉は達也と深雪を魔法の如くフリーズさせるには十分な威力であった。

 

 「それはアメリカ自体が動き出しているということですか?」

 

 達也と真夜の視線がぶつかり合う。

 四葉という大きな組織を背負う真夜と深雪以外守るものを持たない達也の眼力は凄まじいものであった。

 

 「今のところはスターズが独自に調査を開始した段階よ。でも彼らはあの魔法が質量をエネルギーに変換することによって引き起こされるものというところまで掴んでいるわ。術者に関してもかなりのところまで絞り込んでいます。具体的には尽夜さんを筆頭に貴方、深雪さんを容疑者の一人として特定するくらいに……」

 

 真夜がもたらした情報に達也は驚く。

 

 「凄い情報収集力ですね……」

 「伊達に世界最強の部隊を名乗ってはいないわよ」

 「いえ、俺が申し上げているのは叔母上の手の者のことです。世界最強の部隊を名乗るスターズの諜報部隊の行動をほぼリアルタイムで把握している。スパイでも潜り込ませていらっしゃるので?」

 

 達也が捲し立てた事に真夜は毅然とした余裕の表情で受け答えた。

 

 「ふふふ、どうかしらね」

 

 達也としてもあまり期待してなかったというのもあるが、彼は目の前の真夜が笑みを崩さないことに感心すると共に少しの虚を突かれた。

 

 「とにかく今後はいつも以上に身の回りには気を付けなさい。スターズはこれまで貴方が相手にしてきた連中のように甘くないわよ。アメリカの覇権を脅かすと判断すれば向こうは実力行使に出るやもしれませんから」

 「それが四葉に飛び火すれば別のところから刺客を送られるのですね。肝に銘じます」

 「あら、そこまでは分かっているのなら話は早いわ」

 「むしろ俺が理解すると踏んでのことでしょう?」

 

 真夜は答えない。部屋には視線が交差して緊迫の空気が増していくが、それも数秒、真夜は表情を変えずに口を開いた。

 

 「達也、学校を辞めなさい」

 

 真夜から出た言葉は答えではなく命令であった。

 

 「……学校を辞めてどうしろと?」

 「しばらくここで謹慎なさい。深雪さんのガーディアンは別の者を差し向けます」

 「ガーディアンの選考は、護衛対象の専決事項だと思っておりましたが」

 「何事にも例外は付き物よ」

 

 深雪は二人の会話にハラハラとした気持ちで心配そうに達也を見ていた。

 

 「……お断りします。このタイミングで俺が突然退学したら、大亜連合艦隊を殲滅したのは自分であると自白しているようなものだと思います」

 「理由はなんとでもつきます」

 「そうでしょうか?」

 

 真夜の笑みが消え、達也も気を無にする。

 

 「私の命に、従わぬと?」

 「俺に命令できるのは、深雪だけです」

 

 最高潮に高まる緊張感。時が止まったと錯覚しそうな空間で、上手だったのは、

 

 「……そう。なら深雪さんに決めてもらいましょう」

 「えっ?」

 

 真夜だった。いや、正確には真夜陣営と言った方が的を射ているかもしれない。深雪は自分に飛んできた矛先に驚き、思わず素っ頓狂な声を上げた。

 

 「深雪さん、貴方に二つの選択肢をあげましょう。達也さんに学校を辞めさせるか、達也さんをこのまま学校に通わせ続けるか」

 

 真夜の出した選択肢は深雪に判断を苦にさせる要素はなかった。むしろこんな絶対的に回答が決まっているような問を真夜が出したことが驚きだ。

 深雪は考える素振りを見せずに発言しようとする。

 

 「お兄様はこのま「ただし」ま……」

 

 深雪は甘かった。突然に矛が向き、それに動揺したあまりに先走ってしまった。

 

 「後者の選択肢を取った場合、尽夜さんが達也さんの代わりに二ヶ月程、本家で謹慎してもらいます。外部との接触は全くさせませんから、それでスターズの動きによっては尽夜さんに学校を辞めてもらうしかないわね」

 「っ!!」

 

 悪い笑顔をもって真夜が追加した条件は深雪を大いに悩ませた。敬愛する兄と最愛の人の二択、どちらかが一高を去るかもしれない。そんな残酷な選択肢に言葉を失ってしまうのは当然の事である。

 深雪の横には先程よりも眼力が増し、より鋭利に、より威圧的なものを纏った達也がいる。だが、彼は口を挟めない。それに彼の目は真夜を捉えてはいない。その目は真夜の左後ろに控えている尽夜に向けられている。

 尽夜は平然とその場に佇むだけだった。彼の視線は達也の方を一瞥もせず、ただ深雪を見ていた。

 

 「………」

 

 沈黙が続く中、深雪はかつてないほどのプレッシャーや責任感に精神を蝕まれている状態であった。それは時間と共に過ぎ去っては行かず、彼女の中に留まり続けており、嫌な汗が彼女の背中を伝う。永遠にも感じられる時間が終わりを見せたのは尽夜の行動によってである。

 

 「深雪」

 「……はい」

 

 この部屋に姿を見せてから一度も口を開かなかった尽夜がようやく重い口を開けた。深雪は覇気の全くない声で応答する。幾分その声音は震えており、彼女の顔色は良くなく、暗い影が差していた。

 

 「深雪の気持ちを聞かせておくれ」

 

 尽夜は深雪に問うた。

 彼女は、自分のどちらも選択できない今の心境を言葉にして良いのか、と一瞬躊躇ったが意を決して述べることにした。いや、意を決してという表現は違うかもしれない。正しくは操られたかのようにスラスラと口が動いた、と言うべきか。

 

 「……お兄様も尽夜さんも居なくなられて欲しくありません。私はお二人と学校生活をこのまま過ごしたいです。だから私にはどちらも選べません………」

 

 力のない言葉、沈んだ顔に可憐な容姿が庇護欲を掻き立てる。そんな雰囲気が深雪にはあった。

 

 「………いいでしょう」

 

 この言葉を発したのは真夜。

 

 「深雪さんに免じて、達也さんも尽夜さんも学校を辞めさせることはしないでおきましょう」

 

 深雪と達也は目を見開いて驚く。先程の空気はどこへやらあっさりと前述を撤回する発言に狐につままれたような顔をしている。

 深雪は素早く意識を取り戻して、事態を察した。そして椅子に腰掛けたまま深く一礼をする。

 

 「あ、ありがとうございます」

 「いいのよ、貴方は私の可愛い姪なのですから」

 

 真夜の顔は笑顔。先程の悪い笑顔ではなく、純粋に可愛いものを愛でるような顔だ。

 

 「けれど、流石に全くのお咎めなしという訳にもいきません。尽夜さんはやっぱり最低でも二ヶ月は学校を休んでもらいます。これは達也さんの分も含まれます」

 

 限りなく限界の譲歩。真夜の言葉をそのように深雪は判断した。

 

 「三人とも、いいわね?」

 「「「はい」」」

 

 深雪と達也は立ち上がって一礼する。尽夜に申し訳ない気持ちと二人ともが学校にこのまま通えるという嬉しさが気持ちの中で踊り、真夜の前でなければ表情を崩していただろう。

 

 「さて、お話も済んだことですから場所を変えましょう。葉山さん、誰かにお二人をサンルームへ案内させて」

 「御意」

 

 真夜は満足げに頷いて部屋の隅に控えていた葉山に指示を出す。葉山が部屋の外へ命令を出すとそれに従い別の執事が二人をサンルームへと案内した。

 応接室には真夜と尽夜が残される。

 

 「……これでいいわね」

 「お疲れ様でした」

 

 ふう、と一息つく真夜に尽夜は労いの言葉をかける。

 

 「尽夜さんがいなかったら、達也さんに対して『夜』を放つかもしれなかったわ」

 「そして簡単に『分解』されて、お咎めなしですか?」

 「あら、貴方も見えてたのね」

 

 文字は驚いているが顔はそれが当たり前と言外に伝えている。

 

 「母さんのお考えなら大筋は読めます」

 「流石私の息子ね」

 

 ルンルン♪と機嫌の良い真夜。

 そこへノックをして葉山が入って来た。

 

 「深雪様と達也殿をご案内し終えました」

 「そう、ありがとう」

 「では、失礼致します」

 「あっ、葉山さん、ちょっと待って」

 

 真夜が部屋を出ようとする葉山を引き止めた。

 

 「如何致しましたか?」

 「訊きたいことがあるのではなくて?」

 

 主の視線に葉山は恭しく一礼した。

 

 「恐れ入ります。それでは、お言葉に甘えまして……達也殿は本当にあのままでよろしいので?」

 

 葉山は先代の四葉家当主の代から仕えている四葉家内の重鎮。初老に見えるが実年齢は七十歳を超えている。

 他の者が恐れ多く言い出せないような事でも葉山ならば許される雰囲気がこの屋敷にはある。

 また葉山は、他の者のように達也の事を『偽物』と軽んじたりはしない。彼自身の魔法技能のレベルは大したものではないが、数多くの魔法師を見てきた経験が達也に高い評価を与えていた。最も主にとって警戒すべき魔法師と。

 

 「構わないわ。ああ、葉山さんが何を懸念しているか、十分理解しているつもりよ?確かにあの子は、いつでも四葉を裏切るでしょうね」

 「………恐れ入ります」

 「それに私の『夜』とあの子の『分解』は相性が悪い。一対一なら高い確率で私が負ける。私が殺される可能性もあるでしょう」

 「…俺がいる時はそれはあり得ませんよ。達也と戦うとなっても一対一なら悪くても相討ちで終わらせられます」

 

 横から尽夜が口を挟む。これに反応を示したのは葉山ではなく真夜だった。いつもの淑女たる姿では考えられない様で、いきなり隣に立っていた尽夜に飛びついたのだ。

 

 「ダメ!相討ちなんて絶対にダメよ!」

 

 この変わりようには流石の尽夜と葉山でも驚き、目を丸くしていた。

 力いっぱいに尽夜を抱き締める真夜。その手は離そうとも緩めようともしない。

 

 「……どうして私を置いていくような事を言うの…?私は、私はね、尽夜…。貴方がすべてなのよ…!貴方がいないこの世界でどうやって生きろと言うの!」

 

 尽夜は己の失態に気付く。感情の昂ぶるあまりか、真夜の目には涙が窺える。それが滴ると薄化粧といえども崩れてしまうだろう。

 彼は捕まっている自分の腕を抜いてから真夜の目尻を優しく拭う。そして彼女の背に手を回して抱き締めた。

 

 「母さん、申し訳ございませんでした」

 「……なら何処にも行かないで頂戴」

 「……ずっと貴女と共にいます」

 

 その言葉にやっと安心したのか力を緩め始めるが、抱擁を解こうとはしなかった。

 

 「……見苦しい所を見せたわね。ごめんなさいね、葉山さん」

 「……いえ、奥様の人間味溢れた素晴らしい一面でございました」

 

 葉山の言葉に真夜は少しの赤みを頬に浮かばせた。

 

 「もうっ!からかわないで頂戴!」

 「ほほ、失礼致しました」

 

 ぷくっと今度は頬を膨らませる真夜に葉山は恭しくお辞儀をして機嫌を取った。

 

 「話を戻しますけど、達也さんは四葉を裏切る事は出来ても、深雪さんを裏切る事は出来ないわ。そして深雪さんが四葉に、ましてや尽夜さんに敵対する事は決して無い」

 「しかし、深雪様は達也殿に少しばかり深く依存されているご様子。達也殿が当家に反旗を翻した時、その意に反するとは思えませぬが」

 

 眉間に深い憂慮を刻み、主の言葉に反論する葉山。しかし真夜がそれに動じた様子は全くなかった。

 

 「大丈夫よ。洗脳なんてしなくても、人の精神の方向性を決定付けるのはそんなに難しい事じゃないの。それくらい、葉山さんには説明するまでもないでしょう? 深雪さんは己に課せられた立場から決して逃れられない。姉さんにそのように育てられたから。そして達也さんには、深雪さんを苦しめるような真似は絶対に出来ないもの」

 「……しかし」

 「予定通り、式の準備をこのまま続けて頂戴。スターズも先日の騒ぎどころではなくなるでしょう」

 「……では、手筈通りに」

 「心配無用よ、葉山さん。その為の策も、ちゃんと考えてあるから。……ちょっと複雑だけどね」

 

 真夜はそう言って、余裕タップリに微笑んだ。葉山は深く、最上級の敬意を以て一礼し、今度こそ応接室を後にした。

 

 「………母さん、いつまでこうしているのですか?」

 「もうちょっと♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 五分程続いた抱擁を解いて、真夜と尽夜がサンルームに入ると驚いた顔をした深雪と達也に迎えられた。

 

 「どうしたの、深雪さん?何か、驚いてるようだけど」

 

 腰を下ろすなり、真夜は心配そうな表情で深雪に問い掛けた。先程、相対していた時とは別人の様ないつもの四葉真夜の顔だ。

 

 「いえ……叔母様、今の二人の女の子は?」

 「あぁ、水波ちゃんと千波ちゃん?」

 

 深雪の質問を聞いて、真夜はなるほど、とばかり頷いた。

 

 「名前は桜井水波と桜井千波。桜シリーズの第二世代で、双子の姉妹。貴方たちのお母さんのガーディアンを務めていた桜井穂波さんの、遺伝子上の姪に当たる子よ」

 

 第二世代というのは、調整体魔法師の親から生まれた者のこと。そして遺伝子上の姪、と表現したのは、穂波と同一の遺伝子情報を持つ第一世代の個体を母親としているという事だ。

 

 「彼女達もなかなかの使い手よ。潜在的な能力は、七草の双子に匹敵すると思うわ。いずれ時期が来たら一方を深雪さん、もう一方を尽夜さんのガーディアンに、と思って鍛えているところなの。深雪さんの場合、大人になれば女性の護衛がどうしても必要になるシチュエーションがありますから」

 

 真夜の建前に、深雪は一応納得したようだった。確かに女性である深雪の護衛が男性の達也だけでは、不都合が生じるシーンはある。

 達也は先程の話し合いで感じた、いずれ訪れるであろう決裂と衝突に一層の覚悟を固めていた。

 

 

 だが、それはあり得ないことを彼は知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サンルームでの会話が終わり、達也と深雪が四葉本家から帰る時となった。

 サンルームでの会話は別段取り上げて話すほどの重要なものではなく、一高での生活について真夜が質問した事に対して三人が答えるという構図だった。

 現在、達也と深雪は本家の玄関口を真夜と尽夜に見送られる形で去ろうとしていた。

 

 「深雪さん、ちょっとお待ちなさい」

 「はい、叔母様。なんでしょうか?」

 

 真夜の呼び止めに深雪は振り返る。

 隣では達也と尽夜が会話をしており、真夜が発したのは女同士だけの秘密の会話のように囁く声であった。そして彼女は葉山から差し出された一枚の封筒を深雪に差し出した。

 

 「叔母様、これは?」

 

 深雪は不思議そうに封筒について尋ねる。

 

 「家に帰ってから一人でお開けなさい」

 「??…分かりました」

 

 彼女は少し怪訝に思いながらもそれ以上何も言うことなくそれを受け取った。

四葉家次期当主について

  • 尽夜
  • 深雪
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