【旧約】狂気の産物   作:ピト

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第3話

 ────尽夜家

 

 尽夜は家に帰ると、先程のことを考えていた。

 

 しばらくすると、家の端末に司波家から秘匿回線が入る。

 

「達也か」

「尽夜、あの後の事を聞きたいかと思ってな」

 

 達也は笑みを浮かべながら、事の顛末を話した。

 一通り話終わる。

 

「そうか。お咎めなし、な。まあ、いい。それより、深雪はそこにいるか?」

 

 尽夜が問いかけると、俯きながら彼女がディスプレイの前へやって来た。

 

「深雪」

「………はい」

 

 もの凄く沈んだ声。

 

「大変だな」

 

 彼は笑みを浮かべながら、話した。

 彼女は怒られると思っていたが、実際に来たのは労いの言葉だったことに驚く。

 

「あの、私……。尽夜さんに迷惑かけて…」

 

 泣きそうな声で、実際目を潤ませながら言葉を紡ぐ。

 

「構わないよ。深雪は可愛いからね。そういうのは仕方ない。みんな深雪が欲しいんだよ」

 

 尽夜の「可愛い」という言葉に、深雪が頬を染める。

 

「尽夜さん…………」

 

「ただ、もうちょっとうまく対応できたら良かったね。深雪が誰といたいか明確にしなきゃね」

 

「はい!」

 

 彼女は先程より、上機嫌に返事をした。

 

「もう大丈夫そうだ。じゃあ、切るよ」

 

 そう言って、彼は電話を切った。

 

 

 

 

 

 

 ────翌日

 

 1科生と2科生の騒動から翌日、一人で登校していた尽夜に声がかかる。

 

「尽夜さん!」

 

 嬉しそうな笑みを尽夜に向ける。

 

「深雪か。おはよう」

「おはようございます!」

「達也もおはよう」

「おはよう」

「ご一緒させて頂いてもよろしいですか?」

「ああ、構わないよ」

 

 彼らは話に華を咲かせながら、学校へ向かう。その道中にまたも声がかかる。

 

「達也くーん、尽夜くーん」

 

 生徒会長であった。

 彼女は小走りでこちらへ来る。

 

「達也君、尽夜君、おはよう。深雪さんもおはようございます」

「「「おはようございます」」」

「どうなさいました?」

 

 尽夜が疑問を口にする。

 

「ちょっと、用があって」

「そうですか。ですが、なぜ名前呼びに?」

「だめ?」

 

 彼女は上目遣いで聞いてくる。

 彼らは表情を変えることなく、返答した。

 

「いえ、構いません」

「自分も気にしません」

「そっか!ありがとう!」

「して、本題は?」

 

 彼女が少し真剣な瞳になる。大事な話なようだった。

 

「皆さんは昼食はどうされてるの?」

「俺は食堂ですね」

「俺たちも同じです」

「なら生徒会室で一緒に食べない?ダイニングサーバーで良ければ生徒会室にあるから」

「なぜです?」

「深雪さんには生徒会への打診、貴方達にはちょっとお話があるの。尽夜君は、昨日のこともあるしね」

「承知しました」

 

 尽夜はすぐに承諾をする。

 

「達也君たちは、どうする?」

「どうなさいますか、お兄様?」

「俺は遠慮します」

 

 明確な拒絶に真由美がたじろぐ。

 

「どうしてかしら?」

「副会長と揉め事なんてゴメンですよ、俺は」

「副会長………?」

 

 真由美は、ちょこんと首を傾げ、芝居じみた仕草で、ポンッと手を打つ。

 

「はんぞーくんの事なら、気にしなくて大丈夫」

「はんぞーくん??それは服部副会長の事ですか?」

「そうだけど?」

 

 達也は真由美にはあだ名をつけられる事態は絶対に避けようと決心した。

 

「はんぞーくんは、お昼はいつも部室だから」

「分かりました」

 

 懸念を解消され、断る理由もなくなった彼は尽夜と同じく申し出を了解した。

 

 彼女は真剣な目からにこやかな目に戻る。

 

「達也君と尽夜君は入学式の時も一緒にいたけど元から知り合いなの?」

 

 彼女は何でもないように聞いてきた。

 

「いえ、あれが初対面ですよ。俺は早く来過ぎてしまいまして」

 

 尽夜がすかさず返す。

 

「そうなのね」

 

 彼女がそれに疑問を持つことは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────昼、A組

 

 午前の授業終了直後、先日の騒動のおかげで完全に浮いた存在となった尽夜がいち早く教室を出ようとした時、背後から声がかかる。 

 

「尽夜さん!」

 

 教室いる全員に聞こえるように声を出して深雪は尽夜を呼び止め、彼の元へと寄る。彼女の後ろには昼食に誘おうとしていた取り巻きたちが見えていた。

 

「なにかな、深雪?」

 

 問う尽夜。

 対して深雪は決意したような表情で答える。

 

「今朝、生徒会室にお呼びが掛かっておりましたよね?一緒に行きませんか?よろしければこれからは昼食もご一緒させてください」

 

 この場合、彼女から誘うということに意味があった。昨日までは、深雪は自分がどうしたいのかを相手に明確に伝える事が出来なかった。それはまだ出会って間もないこの時期だからというのが大きい。それを面と向かって言うのではなく、暗に伝える。その場の雰囲気、言葉を第三者に自分がどうするかを含ませる事で自分の意思を表したのだ。

 

 また、四葉尽夜に声を掛けることも大きな要素であった。深雪は今、“これからは昼食を一緒にする”という提案をした。A組で完全に浮いた存在である尽夜、更に『四葉』といつ名前を持つ者に話しかけ、これから同伴の提案をする事で周りが寄ってくるのを牽制する。つまり、取り巻きの貴方達より尽夜と過ごすという事を示したのだ。

 

 更には、皆が関わることを積極的に避けていた四葉に彼らがこれから積極的に関われるはずはない。

 

 尽夜はそれを即座に理解し、間髪を入れずに答える。

 

「分かった。構わないよ」

 

 この瞬間に深雪と尽夜は、これからの学校生活をおそらく近い立ち位置で過ごしていくだろう事が確定した。

 昨夜の電話でのやり取りを行動に移した深雪は、自分の意思を明確にした。

 そう思う尽夜が深雪に微笑みかける。

 深雪は真っ赤になりそうな顔を周りに悟らせないように尽夜の横を通り、先に教室を後にする。

 

 尽夜の昨日とは全く違う深雪へ向けた表情にA組の女子生徒はそのギャップも相重なり、元々真夜に似た良い面構えがより一層極まり、赤面する者が多数いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────生徒会室

 

 廊下の道中に達也と合流し、3人は生徒会室へと向かう。

 達也の足は重かった。

 それとは対照的に深雪の足取りは軽く、さながらスキップしだしそうな勢いであった。

 

 本棟、4階の突き当たりの目的地に着く。

 見た目は他の教室と変わらないが、プレートには『生徒会室』と刻まれ、扉の脇にはインターホン、そして巧妙にカモフラージュされているであろう数々のセキュリティ機器があった。

 

 総代である深雪が二人の男の前に立ち、扉をノックする。

 

「いらっしゃい。遠慮しないで入って」

 

 深雪、達也、尽夜の順に入る。

 扉から2歩ほど歩いたところで、手を揃え、目を伏せ、深雪が礼儀作法のお手本の様なお辞儀をする。

 

「えーっと、…………御丁寧にどうも」

 

 洗練されたお辞儀に真由美は少したじろぐ。その他の役員と見られるメンバーもその雰囲気に呑まれていた。

 

「どうぞ掛けて。お話は、お食事をしながらにしましょう」

 

 達也は深雪の椅子を引き、上座に座らせる。達也と尽夜はほぼ同時に腰をおろした。

 

「お肉とお魚と精進、どれがいいですか?」

 

 達也と深雪が共に精進、尽夜は肉を選択した。それを受け、2年の中条あずさが壁際に据えられた大きな機械を操作した。

 

 後は待つのみとなったところで、真由美が上級生を紹介し始めた。

 

「入学式で紹介したけど、念の為もう一度紹介しておきますね。私の隣にいるのが会計の市原鈴音、通称リンちゃん♪」

「………私をそう呼ぶのは会長だけです」

 

 整った容姿だが各々のパーツがキツめの印象で、女性にしては背が高く、手足も長いため、美少女より美人と称されそうな人。

 

「その隣は昨日も会っているわね。風紀委員長の渡辺摩利」

 

 上級生の会話が成立してないが、彼女らはいつもの事のように気にした様子はなかった。

 

「それから書記の中条あずさ、通称あーちゃん♪」

「会長……お願いですから下級生の前で『あーちゃん』呼びは止めてください。私にも立場というものがあるんです」

 

 真由美よりも更に小柄な上に童顔で、本人にはそのつもりはないが上目遣いになる瞳は、拗ねて今にも泣き出しそうな子供に見える。

 1年生全員がなるほど、これは「あーちゃん」だろうと思った。

 

「もう一人、副会長のハンゾーくんを加えたメンバーが今期の生徒会です」

 

 自己紹介が一通り終わると、ダイニングサーバーのパネルが開き、無個性だが正確な料理が出てくる。

 

 出てきたのは6つ。この場には7名。

 1つ足らない計算になる。

 すると、摩利がおもむろに弁当箱を取り出し、自分の前に置いた。

 

「渡辺先輩、それはご自分で作られたのですか?」

 

 深雪が摩利に問いかける。

 

「そうだが……。意外か?」

 

 摩利は、少々意地の悪い笑みを浮かべて、逆に問いかける。

 

「いえ、少しも」

 

 間髪を入れずに、深雪は返答した。

 摩利の思惑とは違う方向に返事をされ、彼女は少々戸惑ってしまった。

 

 その後に深雪は何かを思いついたように手を合わせ、顔の横に置き、小首を傾ける。

 

「お兄様、私達も明日からお弁当にしましょうか?尽夜さん、その際は尽夜さんの分も作らせてくださいね。先程の教室でのお礼です」

 

 深雪のギリギリ不自然と取られられない提案に尽夜は微笑み、

 

「じゃあ、その時は頼もうかな」

 

 と、肯定的に返すが、達也は、

 

「深雪のお弁当は魅力だけど、食べる場所がなぁ」

 

 言葉にそれはできないと含ませた。

 

「そうですね。問題は場所ですよね」

 

 そこまで言うと、真由美が食事開始の提案をしたため、各人は自分の前の料理に舌鼓を打つ。

 

 しばらく世間話や学内での話をしながら食べていたが、皆の料理がほとんど無くなるという時に本日の本題に入った。

 

「まずは、尽夜君、昨日は騒動を沈めてくれてありがとうございました。言われたようにもっと早く仲裁に入れるようにするべきでした」

 

「いえ、気にしてませんので」

 

「それで、本題なんですけどね。尽夜君、深雪さん、生徒会は貴方達の生徒会入りを希望します。引き受けていただけますか?」

 

 これに少し苦言を呈したのは深雪だった。

 

「会長は、兄の入試の成績をご存知でしょうか?」

 

 真由美は痛いところを突かれたという表情になる。

 

「ええ、知ってます。先生方からこっそり答案を見せてもらった時は自信を無くしました」

 

 その答えに、追従して深雪が言葉を述べる。

 

「成績優秀者、有能な人材を生徒会に引き入れるなら私より兄の方が良いと思います。私を生徒会の末席に加えていただけるのなら喜んで加わります。しかし、兄と一緒にというのはできませんか?」

 

 これに対し答えたのは真由美ではなく、鈴音であった。

 

「残念ながら、それはできません。

 生徒会役員は1科生から選ばれます。これは不文律ではなく、規則なのです。

 この規則は生徒会長に与えられた任命権における唯一の制限事項として、生徒会制度が現在のものとなった時に定められたもので、これを覆すためには全校生徒が参加する生徒総会で制度の改定が決議される必要があります。決議に必要な票数は在校生徒数の3分の2以上ですから、1科生と2科生がほぼ同数の現状では制度改定は事実上不可能です」

 

 淡々と、しかしどこか申し訳なさそうに述べる鈴音が説明し終える。

 彼女が現在の制度にネガティブな考えを持っている表れでもあった。

 

「…………申し訳ありませんでした。分を弁えぬ差し出口、お許しください」

 

 だからこそ、深雪は素直に謝罪を入れることができた。立ち上がり、深々と頭を下げる彼女を咎めるものはいない。

 

「ええっと、それじゃあ、深雪さんは生徒会に加わってくれるということでよろしいですね」

「はい。精一杯務めさせていただきますのでよろしくお願いします」

 

 もう一度、深雪は今度は少し控えめなお辞儀をした。それにより真由美は笑顔が戻る。

 

「尽夜君はどうですか?」

 

 未だ返事を貰っていない方へと視線を向ける。

 

「分かりました。俺でよろしければ深雪と共に精一杯務めさせていただきます」

 

 真由美と深雪の笑顔が花開く。素直に承諾してくれた事が嬉しい真由美と、『共に』という自分と支え合う関係を尽夜自らが発言した事が嬉しい深雪であった。

 

「会長、少しお伺いしたい事があるのですが」

「はい、なんでしょう?」

 

 続けて尽夜が発言する。深雪の先程までの発言を少しでも叶えるため。

 

「任命権の1科生という縛りは生徒会のみですか?」

「ええ、そうよ。風紀委……」

 

 真由美は手を顎に当てて考え始める。

 少し経つと机を音を立てて叩き、立ち上がる。

 

「そうよ!尽夜君、ナイスよ!

 風紀委員なら2科生の達也君を指名してもなんら問題はないわ!

 摩利!生徒会は達也君を風紀委員に任命します!」

 

 急過ぎる展開に達也は動転するが、それは一瞬のこと。

 

「ちょっと待ってください。俺の意志はどうなるんですか?大体、風紀委員が何をする委員なのかも説明を受けてませんよ」

 

 直感的な危機感に従い達也は抗議をする。

 

「妹さんや四葉君にも生徒会の仕事について説明はしていませんよ」

「…………いや、それはそうですが……」

 

 しかし、それは鈴音によっていきなり出鼻をくじかれた。

 

「まあまあ、リンちゃん。いいじゃない。達也君、風紀委員長は学校の風紀を維持する委員です」

「……」

「……」

「それだけですか?」

「聞いただけでは物足りないかもしれないけど、とてもやり甲斐がある仕事よ」

「いえ、そういう意味ではないのですが」

「はい???」

 

 真由美は本気で分からないと首を傾げる。

 達也は視線をスライドさせる。

 鈴音には同情が、摩利には面白いものを見る様な目が向けられた。

 彼はあずさにピントを合わせる。

 彼女は目に見えて狼狽するが、達也は逸らさない。あたふたと左右に動く瞳を捉えて、覗き込む。

 

「あ、あの、当校の風紀委員は校則違反者を取り締まる組織です」

 

 見た目通りの気弱さだった。

 

「風紀といっても、日常の服装や遅刻といったものは自治委員会の週番が担当します。風紀委員の主な任務は、魔法に関する校則違反者の摘発、魔法を使用した争乱行為の取り締まりです。風紀委員は違反者に対して罰則の決定にあたり生徒側の代表として生徒会長と共に懲罰委員会に出席し意見を述べます。いわば、警察と検察を兼ねた組織です」

 

「凄いじゃないですか、お兄様!」

 

 深雪は喜々とした態度を見せる。

 

「いや、深雪……そんな『決まりですね!』みたいな感じになるのは止めてくれ。………一応確認しておきたいのですが」

 

 達也は風紀委員長である摩利の方に体を向け疑問を投げかける。

 

「何かな?」

 

「今の説明ですと、風紀委員は喧嘩が起こると力ずくで止めなければならないということですよね?」

 

「そうだよ。魔法が使われなくてもその対象だ。魔法が使われようとするならその前に止めることが望ましい」

 

 この説明により、一層眉をひそめる達也。

 

「あのですね、自分は魔法実技が芳しくないから2科生なのですが」

 

 彼は、実技の劣る2科生が魔法を使われた際に上手く対処できるかは疑わしい、という当たり前の事実をぶつけた。

 

「構わんよ」

 

 しかし、摩利から返ってきたのは非常にあっさりとしたものだった。

 

「力比べなら私がいる……………っと、そろそろ昼休みが終わるな。放課後話の続きをしたいんだが構わないか?」

 

「分かりました」

 

 達也は、この状況では了承以外の選択肢を取り得なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────廊下

 

「やってくれたな、尽夜」

 

 達也は少々不機嫌に後ろにいる尽夜に不満を言う。

 だが、尽夜はどこ吹く風のごとく振る舞う。

 

「深雪の望みを少し叶えただけだよ」

 

 悪びれることなく発される言葉に一言、『深雪のため』となるだけで達也の不機嫌は急速に治まっていく。

 

「あの、お兄様?深雪のせいで、すみません」

 

 しょぼくれた声が深雪の可憐さと極まって、達也に今度は罪悪感が生まれる。

 彼はそれを払拭しようと深雪の頭を撫でる。その彼の目は穏やかのものへと変化するのであった。

四葉家次期当主について

  • 尽夜
  • 深雪

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