【旧約】狂気の産物   作:ピト

30 / 42
第30話

-----------四葉本家、黒羽家離れ

 

 黒羽の離れのそばまで千波に案内され、離れに入る際には離れを担当する家政婦に案内され、達也は応接室で貢を待っていた。

 貢が姿を現したのは、家政婦に出されたお茶が三分の一程減った時だった。

 

 「待たせてすまない」

 「大丈夫です。それほど待ってはいません」

 「それで、私と話したいと言う事だが、何の用だろうか?」

 

 貢は、どうやら自分から話すつもりは無いようだった。

 

 「お約束を頂戴していたはずですが」

 「約束?私とかね」

 「ええ。五日前、FLTでお目に掛かった際に『期限内に到着したら理由を答える』という約束でした」

 

 貢が舌打ちを漏らす。彼は己の迂闊さを悔いているようだが、達也に貢の心情を思いやって要求を取り下げるつもりは無かった。

 

 「……聞けば後悔するぞ」

 「聞かずに後悔するつもりはありません」

 「…良いだろう。だが質問は受け付けない。質問されても、私には答えられないからな」

 

 そう言って、貢は目を逸らした。いや、目は達也の方へ向いているが、目の焦点は何処か遠く、ここではない何処か、否何時かに結ばれていた。そして貢の、長い回想が始まる。

 

 「あれは今から十八年前のことだ。我々四葉家は、ある吉報に胸を躍らせた。それは深夜さんの妊娠だ。即、一族の全員が深夜さんの許へ駆け付けたよ。

 あの当時、一族には今より2062年に起こった悲劇の記憶が生々しく残っていた。真夜さんが大漢に拉致され、人体実験の材料にされた、あの忌まわしい事件が。報復の代償として、一族の主立った者の内、三十人も失ってしまった悲しみが。

 次世代に命が芽生えた。それだけで我々は歓喜した。子を成す能力を失ったと言われていた真夜さんに遠慮する向きも見られたが、当の本人が一番深夜さんを祝福していた。あの事件で絶たれてしまった姉妹の絆が、深夜さんに宿った子によって再び結び直されるのではないか。昔どおり、とはいかなくても、昔のように双子の姉妹の仲の良い姿を見られるのではないか。我々はそう思った。

 だが、それ以上に我々が舞い上がったのは深夜さんに子が宿ったことだった。

 計算に計算を重ねて選び抜かれた配偶者の遺伝子と、世界最高の精神干渉系魔法師が育む命。そのまま生まれて来ても、その子が優秀であることが予想された。それを疑う者もいなかった。

 しかし、我々が期待したのはそれだけではない。深夜さんが得意とする精神干渉系魔法の中で、深夜さんだけの固有魔法『精神構造干渉魔法』精神の在り方を変えてしまう魔法。この魔法は、被術者が高齢であるほど副作用が強い。自我の形成が未発達な子供に対しては、副作用はあまり見られないし、魔法の定着度も強い。深夜さんは、その原因を自我が精神構造への干渉を拒むからだと言っていた。

 ならば、自我の未発達どころか、まるで形成されていない胎児ならば、いくらでも精神の在り方を変え、また精神の力を生まれつき強くすることができるのではないか。我々は誰からもなく、そんな妄想に取り憑かれていた。あの悲劇を繰り返させない絶対的な守護者の誕生に我々は囚われていた。

 相手が国家であろうと世界であろうと、我々四葉一族を理不尽な運命から救ってくれる絶対的な力の持ち主。個人で世界を退ける最強の魔法師。そんな超人願望が、一族の総体として心の奥底に懐いていた。

 我々は何度も深夜さんの許へ訪れて、お腹の子どもに祈った。時には口に出して。深夜さんもそのことを了承しているように『私もそんな子が生みたい』と言っていた」

 

 貢がカップに注がれたお茶をを一気に飲み干す。そして、無表情に語っていたものから苦しそうな表情へと変わりつつある。荒々しく急須からお茶を注ぎ込む。

 

 「真夜さんも、たびたび見舞いに訪れていた。だが我々の歓喜の度合いが増していくのと反比例して真夜さんは見舞いに来なくなり始め、深夜さんの妊娠五ヶ月目からは、もう来なくなった。

 我々は嫌な予感がしていた。折角の姉妹の絆が修復されようとしている機会であるのに、そうならないかもしれないと。

 案の定、深夜さんの出産に立ち会うどころか、それから約五年間、真夜さんが我々の前に姿を見せることはなかった。その間の居場所を知っていたのは故人で前当主、私の伯父に当たる四葉英作、伯父上の腹心である葉山さんと花菱さん、第四研総括者である紅林さん、そして深夜さんのみだった」

 

 貢の苦々しい顔つきは最高潮に達していた。カップに口を付ける回数も増えて来て、あっという間に中身を空にする。急須に元々淹れていたお茶が無くなっても、彼は家政婦を呼ぶことはしなかった。飲み物がなくなった代わりに、少しハッとした感じも見受けられた。

 

 「話が少しズレそうになったな。これも後には関係あるものだが、今話すものでもないだろう。

 戻そう。

 真夜さんが見舞いに来なくなって、半年以上してから君が産まれた。我々は結局、姉妹の絆が修復されなかったのだと落胆するが、それを打ち消すほどの莫大な歓喜があった……だがしかし、それもすぐに潰れることになる。

 深夜さんは守護者など望んでいなかった。我々に言っていた言葉が本心ではなかったのだ。我々はそれを一年に満たない月日の後に、ようやく気付いた。彼女が本当に望んでいたのは、世界に報復する力の持ち主。真夜さんを傷つけ深夜さんを傷つけた世界を断罪する者の誕生だった。

 伯父上は、他人の魔法演算領域を解析し、潜在的な魔法技能を見通す精神分析系の能力を備えていた。我々は伯父上の解析を固唾を飲んで見守っていた。そして伯父上のおっしゃられた言葉は、今でもハッキリ覚えている。

 『この子は世界を破壊し得る能力がある』

 我々は、自分達が何を求めていたのかを覚ったよ。君の、全てを『分解』、そして『再生』する魔法。我々一族の歪んだ祈りが、一人の命を捻じ曲げて悪魔を生み出してしまったと。

 産まれてきた赤子に罪はない。むしろ被害者だ。しかし、この赤子を、世界を破壊し得る赤子を生かしておいて良いものか、と我々は激しく迷った。

 我々分家の当主とその後継者たちは、何日にも及ぶ話し合いを経て、この赤子を死なせてやるべきだ、いや、殺すべきだと結論付けた。私も黒羽家次期当主として、その話し合いに参加していた。赤子の君を殺すべきだと分家を代表して具申したのは私の父、黒羽重蔵だ。私も反対しなかった」

 

 達也は何も言わなかった。最初に質問は受け付けないと宣言されていたからだ。彼は無言で説明の続きを待ったのだが、それを貢は、衝撃を受けて絶句していると解釈した。

 

 「……さしもの君もショックだったか。

 君が殺されなかったのは、伯父上が我々の提案を却下したからだ。

 君が産まれて、五ヶ月程してだ。伯父上は、君を最高の戦闘魔法師に育成する、と言い出した。赤子の頃から、君には戦士になるために最適な栄養が与えられた。立ち上がれるようになった直後から、最適な身体操作の訓練が始まった。伯父上は本気だった。それはそれは切羽詰まった表情で、本気で君を生かすつもりだった。君を死から救ったのは、伯父上だった。伯父上は、君を生かすことを何故か何よりも優先させて行っていた。

 当時も、今でもその理由が明かされてはいない。我々はよく理解出来ず、ただ伯父上の言うことに従わなければならなかった」

 

 貢ががっくり項垂れる。それは頭部を支える首が突如消え去ってしまったような、人形じみた動きだった。

 

 「君の排斥が一番強まったのは、英作伯父上が亡くなられる直前の慶春会だった。

 その時に、真夜さんが約五年振りに我々の前に姿を現した。彼女の横には小さな子供が連れられていた。

 そして、実は深夜さんに遅れて真夜さんも身籠っていた、と発表された時は一族全員が耳を疑ったよ。生殖器官の内、奇跡的に子宮のみが回復し、大漢事件前に保存されていた冷凍卵子と不明だが想子(サイオン)量が多い男性の精子を体外受精させ、回復した真夜さんの子宮によって育てられ、産まれたのだと説明された。

 我々は真夜さんが姿を消している間、彼女が何処にいるか、気にならなかった訳ではない。大漢事件が有ったんだ。皆が必死になって真夜さんの安否を確認しようとした。だが伯父上から告げられるのは、

 『生きている、だが、会わせることはできない』

 のみ、だった。当然納得できるはずもなく、分家では独自に捜査していたが見つからなかった。三年経った時には、もう既に故人となっているのではないか、そんなことも考えられた。

 だから、その年の慶春会に姿を見せた時は喜びというより、むしろ驚愕の方が大きかった。それによって、その後の真夜さんが身籠っていたことの発表は威力を倍増させるには十分だった。

 我々の整理を横に、話はドンドン進んだ。そしてそれは段々と我々に希望を持たせ始めていた。

 真夜さんが産んだ子は、深夜さんが産んだ子とは対照的に全ての系統魔法が十分に扱える才能を持っており、真夜さんの『流星群(ミーティア・ライン)』などの高等固有魔法も、更には四葉一族の根源たる精神干渉系魔法が過去最高のものだ、と太鼓判だった。普通の精神干渉系魔法は勿論のこと、先々代当主の元造伯父上の『死神の刃(グリム・リーパー)』や深夜さんの『精神構造干渉魔法』すらも既にモノにしていた。極めつけは、『精神世界』という新しい世界を覗くことができる能力を保持していた。

 この子だ、この子が我々が望んでいた子なんだ。我々は、そう確信した。我々が望んだ絶対的な守護者。遂に我々の願いが叶ったのだ、と場が歓喜に包まれた。

 そこからは君の想像通りだ。もう一度、分家一同、一体となって君の排斥を具申した。もう君は必要の無いものだとね。真夜さんが産んだ子さえいれば、我々は安泰なんだ」

 

 貢が興奮気味に話すので、達也は一度中断を申し出ようとしたのだが、貢は何かに取憑かれたように話を続けた。

 

 「しかし、伯父上からの返答は否だった。理由は前と同じく告げられなかった。だが君を生かすのは変わりない。

 『最高の戦士に鍛える』

 それを伯父上は死ぬ直前まで口癖のように言っていた。

 伯父上が亡くなって、真夜さんが当主の座を継いだ。それからしばらくして、真夜さんと深夜さんは君を人造魔法師実験の被験体にした。君は見事、人造魔法師の成功例となり、深雪のガーディアンになった。

 しかしその後も、伯父上の遺言通り、君に対する戦闘訓練は続いた。成長期が訪れて、過度の訓練が身体の成長を妨げると判断されるようになるまで」

 「その辺りの事は、自分も覚えています」

 

 本当は人造魔法師実験の前の記憶も明瞭にあったが、達也はそれが自分の事と実感出来ない。あの実験の前の記憶は、なんとなく映画でも観ているような印象があった。

 

 「まあ、そうだろうな。六歳以降の話だ。深夜さんも反対しなかった。当然だろう。君に生きていてもらう必要があった。いつか復讐が成し遂げられるまで。君は深夜さんの、世界に対する憎悪の体現者。一人の女性の怒りと哀しみを分かりもせず、無邪気に都合の良い超越者を望んだ我々四葉の、罪の象徴。その事を知る我々は、君を四葉の中枢に置いておけない。君に四葉の力を与えるわけにはいかないし、国防軍の力とも引き離さなければならない。我々もこれ以上、罪を重ねたくはない」

 

 謳うように言い切った貢の言葉は、達也を呪い己を呪う、忌まわしい呪符だった。

 それきり、貢は口を開く気配がない。達也は貢の話が終わったと理解した。

 

 「よく分かりました」

 「それが真実なら、今すぐ深雪のガーディアンを辞退し給え」

 

 達也は冷笑を浮かべて首を横に振った。

 

 「自分が分かったというのは、あなた方の理解しがたい行動の裏にあった動機が、センチメンタルな罪悪感に過ぎなかったということです」

 「何っ!」

 

 貢が一人掛けのソファの肘掛けを叩いて立ち上がったのと同時に達也も立ち上がった。貢の目には、達也を殺し得る隙が一つも見えなかったのに対し、達也の目の前には、貢の命を奪う手順が幾つもよぎっていた。

 

 「約束通り知りたいことを教えていただきました。これで失礼させていただきたいのですが、よろしいですか?」

 「……帰り給え。私にも、もう用は無い」

 

 貢がハンドベルを鳴らす。最初に達也を案内した家政婦が姿を見せ、貢は彼女に、達也を玄関まで案内するように命じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

------------四葉本家、奥の食堂

 

 午後六時五十分になり、達也と深雪は奥の食堂へ案内された。彼らを案内したのは夕方に付き添っていた千波ではなく水波だった。水波は会食の最中も給仕として達也たちの側に付いているようだった。

 兄妹が食堂に来た時、既に文弥、亜夜子、夕歌が着席していた。円形のテーブルに奥の扉に近い二席は空けるように。達也と深雪もそれに合わせて案内された席へと座る。

 午後七時一分前になって、新発田勝成が食堂に現れた。達也が考えた通り、尽夜を除く次期当主候補が全員そろったわけだが、何故自分がこの場に呼ばれたのかが理解できなかった。

 亜夜子は文弥の護衛ではなく補佐役という立場だから、文弥の隣にいるのは分かる。だが四葉家における達也の立場は、深雪の護衛、ガーディアンに過ぎない。勝成もこのテーブルに、一人で現れた。奏太はともかく、常に一緒の琴鳴も置いてきている。

 しかし、達也がこの場にいることを訝しんでいるのは彼自身だけだった。深雪は当然としても、文弥も、亜夜子も、夕歌も、勝成でさえも、達也が同じテーブルを囲むことに疑問を覚えていなかった。

 この時、達也は自分を過小評価していた。そして、テーブルに集まった魔法師たちの事も過小評価していた。達也以外の五人は、彼が自分たちに匹敵する、あるいは自分たちを凌駕する実力の持ち主だと認めていた。自分たちと同じ席に並ぶのが当然だと考えていた。彼らがそれだけの度量を持つことを、達也は知らなかった。だから感じる必要のない、居心地の悪さを勝手に覚えていたのだった。

 時刻は午後七時になり、食堂奥の扉が開いた。それは四葉家当主専用の扉だった。その扉から黒に近い真紅のロングドレスを纏い、真夜が葉山を従え、黒スーツを身に纏った尽夜が千波を従えて現れた。

 全員が立ち上がる。達也は自分で椅子を引いたが、他の五人は背後に控えた給仕の男女が高い背もたれの椅子を引いた。

 

 「皆さん、急な招待だったにも拘らずようこそ。どうぞ座ってくださいな」

 

 そう言って真夜が葉山の引いた椅子へ優雅に腰を下ろす。真夜がテーブルの前に落ち着いたのを確認して、達也たち七人は席に着いた。

 

 「まずはお食事にしましょう。勝成さん、夕歌さん、ご希望があればお酒を持ってこさせますけど?」

 

 一瞬、勝成と夕歌の視線が交差する。

 

 「せっかくのお申し出ですが、申し訳ございません。私はあまり酒類を嗜みませんので」

 「そう言えば夕歌さんはあまりお酒に強くなかったわね」

 「はい、恥ずかしながら」

 

 夕歌がそつない態度で応じた。

 

 「勝成さんは如何ですか?貴方はかなり強いと聞いているけど」

 「私も強いと見えるのはその場限りでございまして……二日酔いが酷いタイプなのです。ですから申し訳ございません、ご当主様。明日に重要な会を控えておりますし、今宵は遠慮させていただきたく存じます」

 「ああ、そんなに固くならなくても構いませんよ。私には飲酒を強要するような悪い趣味はありませんので」

 

 にっこりと微笑んで、真夜が軽く手を上げ背後の葉山に合図する。葉山が目配せすると、給仕役が一斉に下がり、すぐにオードブルを持ってきた。

 

 「明日の会が和風のおせちですので、この席は洋風のコース料理にしてみました。楽しんでくださいね」

 

 真夜が運ばれてきた前菜のテリーヌにナイフを入れ、鮮やかな朱唇に運ぶ。全員がナイフとフォークを手に取り、会食が始まった。

 料理は一応フレンチの体裁を取っていたが、フレンチそのものではなかった。この辺りは、真夜が格式張る必要を覚えなかったのだろう。例えば、魚料理が出てくるタイミングで鴨料理が出てきたりしている。その後に出てきたシャーベットを食べ終わったところで、真夜が居住まいを正した。自然と全員が背筋を伸ばして座り直す。

 

 「さて、そろそろ本題に入らせてもらうわね。勝成さん、夕歌さん、深雪さん、文弥さん、尽夜さん。貴方たちは最後まで残った四葉家次期当主候補の五人。いよいよ明日の慶春会で次期当主を指名します」

 

 候補の五人だけでなく、達也と亜夜子を含めた七人の視線が真夜へ集まる。いつの間にか葉山を除く使用人は食堂からいなくなっていた。

 

 「ご当主様、発言をお許し願えますでしょうか?」

 「あら、夕歌さん。それは、今、このタイミングで言わなきゃいけない事かしら?」

 「はい。このタイミングでしか言えませんので」

 

 夕歌の言葉に、真夜は微笑みを浮かべ発言を許した。真夜に一礼した夕歌は、尽夜を真剣な眼差しで見つめた。

 

 「私、津久葉夕歌は、次期当主候補の座を辞し、尽夜さんへの忠誠を誓います」

 「何故、今頃になって辞退を?」

 「正直なところ、津久葉家の実力は、黒羽家や新発田家よりワンランク落ちますので、次の当主をいち早く支持したという実績が欲しいのです」

 「と言ってますよ、尽夜さん」

 「家の実力は直接的な戦闘力のみで測れるものではありません。津久葉家は十分、四葉家にとって必要な分家です」

 

 尽夜の答えに、真夜は満足そうに頷いた。

 

 「叔母様、私もよろしいでしょうか?」

 「あら、深雪さん、貴女も?」

 「はい。私、司波深雪も次期当主候補の座を返上し、尽夜さんに生涯の忠誠を誓います」

 

 少し夕歌に張り合う言葉選びをした深雪に、真夜は「あらあら」と楽しそうなものを見る感じで手を頬に持っていった。

 

 「ご当主様。我々黒羽家も、ここ数日の騒動に関わりなく、尽夜さんを次期当主に推薦します」

 「ふ〜ん、親孝行ね」

 

 文弥の言葉に含まれる真意を覚った真夜は、笑いながらそれを了承した。

 

 「勝成さんはどうお考えなのかしら?」

 「新発田家としても、尽夜君が次期当主で異論ありません。ただ、一つご当主様からお許しいただきたいことがございます」

 「取引、ということ?」

 

 真夜は目を細める。鋭い目つきとまではいかないにせよ、愉快な気分ではないのは確かだった。あるいは、達也への妨害工作を咎めないからといって図々しいと思ったのかもしれない。

 

 「いいえ、お願いです。取引ではありません。私からはご当主様に何も差し上げられませんので、取引にはなり得ません」

 

 しかし、キッパリと否定した勝成に真夜は表情を緩めた。

 

 「あら、潔いこと。いいわ、言ってご覧なさい」

 「ありがとうございます。実は私、新発田勝成と堤琴鳴との結婚にお口添えを頂戴したく」

 

 偶々グラスに口を付けていた夕歌が激しくむせた。文弥は若干、頬を赤らめている。

 

 「堤琴鳴さん……貴方のガーディアンよね」

 「はい」

 「確か調整体『楽師シリーズ』の第二世代……『楽師シリーズ』は今一つ遺伝子が安定していないから、分家当主の正妻には向かないのではないかしら」

 「父にもそう言われました」

 「愛人では駄目なの?」

 

 真夜の言葉は、当人の勝成より二人の間に挟まっている文弥に大きなダメージを与えた。彼は顔を真っ赤にして俯いており、隣の亜夜子が平気な顔で聞いているところを見るに、これは年齢的なものというより、性差、あるいは個人の性格に依るのだろう。

 

 「今でも内縁関係にあるのでしょう?」

 「ご存じでしたか」

 「それはねぇ……ガーディアンは優れた魔法資質を持つ一族の要人に付ける護衛、ということになっているけど、その趣旨からして本来は女性に付けるものですから。それなのに勝成さんがガーディアンを置いているのは、堤琴鳴さんを手元に置くための口実、なのでしょう?」

 「そればかりでは……いえ、そうです」

 

 琴音の有能性をアピールしようとした勝成だが、真夜の視線を受けて言い直した。それは琴音を傍に置いておくことが主たる理由なので、誤魔化すのは得策ではないと考え直したのだろう。

 

 「そうね……愛する者同士を引き裂く真似はしたくないし、調整体だからといって、早死にするとは限らないものね。良いでしょう。本家の当主となれば結婚の相手も自分の意思だけで、というわけにはいかないけど、分家の当主ならそこまで深く考えることは無いわ。私から理さんに口添えしましょう」

 「ありがとうございます」

 

 勝成が立ち上がり、深々と真夜に頭を下げた。また、真夜が喋っている途中で深雪がビクッと震えたが、別段気にされることはなかった。真夜は手振りだけで勝成に座るように促し、そしてフッと一息吐いた。

 

 「もう言う必要があるかは、分からないけれど……」

 

 そして全員が落ち着いたのを確認すると、表情を引き締めた。

 

 「尽夜さん、貴方を次の当主とします。ここに居る皆さんは満場一致で支持してくださるようだから、それに恥ずかしくないようにお励みなさい」

 「はい、母上。精進致します」

 

 尽夜は立ち上がって、深々とテーブルの全員に向かってお辞儀をした。

 

 「さあ、お食事を再開しましょう」

 

 真夜の号令に、葉山が二度手を打ち鳴らす。メインの肉料理が運ばれ、以降は世間話が食卓を賑わした。

 ただ食事が終わった後、真夜は達也と深雪にこの場に残るように命じた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。