【旧約】狂気の産物   作:ピト

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39話 レオのお見舞い

 ──────1月17日

 

 吸血鬼事件が世間を騒がせている中で、その手は昨日、第一高校にまで伸びてきた。尽夜は早朝、エリカからのメールでそのことを知った。メールに書かれていた被害者はレオだ。襲われた場所は夜の渋谷。夜の渋谷は、大人が姿を消した若者の街。第三次世界大戦前から荒廃の度を深め、若者の抗争が激化し、他の街よりもいち早く外国人の排斥が完了して、夜の無法地帯が形成された。これが昼も夜も無法地帯となっているならば、戦前に比べて無秩序に対して非寛容になった政府や自治体から『再開発』が進められただろう。しかし、渋谷は昼と夜とでは全く違う顔を持つ。昼は堅気の会社員が忙しく行きかうビジネス街、夜はアウトロー気取りの若者たちが徘徊する歓楽街。一斉に手入れができないが故に、当局は中々開発に踏み切れずにいる。それはさておき、エリカから連絡を受けた尽夜は、裏で黒羽家からの情報を得ていた。レオが襲われたということは知らなかったが、正規ルートの工作員パラサイトと先日逃した脱走兵の残党が昨晩に行動を起こしたことは把握していたのだ。

 今現在、第一高校では平日の授業が終了して放課後となっていた。尽夜は久々に達也たちと合流し、一緒にレオのお見舞いへ訪れていた。レオのいる場所は千葉家の息の掛かった病院である。本日、学校を休んでいたエリカとは、その病院で合流した。レオはエリカの兄の捜査に協力していたらしく、エリカは一種のケジメとしてレオの看病をしていたようだった。

 尽夜たちがレオの病室に入ると、レオの姉と対面した。彼女は、花瓶の水を替えるという、あきらかに尽夜たちを気遣った理由で席を外した。見舞う面々は、レオの元気な姿に安堵すると、いつものようにおしゃべりを始めた。途中、幹比古がレオの幽体を調べ、驚愕していた。さらに幹比古は、レオの昨晩の話から彼を襲ったのはパラサイトではないかと予想して、尽夜を人知れず感心させていた。そうして、比較的にぎやかな雰囲気で時間が過ぎていった。

 

「………じゃあ、そろそろ帰ろうか」

 

 病室内の頃合いを見計らい、達也がそう切り出した。見舞いに来た面々は、レオにそれぞれ挨拶をすると扉に向かって歩いていく。だが、尽夜はその流れに従わなかった。

 

「………尽夜?」

 

 レオが、動かない尽夜に声を掛ける。帰ろうとしていたメンバーが振り返った。

 

「俺はちょっとレオと話したいことがあるんだけど、いいかな?みんなは先に帰ってくれて構わないよ」

 

 尽夜がニッコリと笑顔で周囲に喋った。達也はすぐに言外に含まれた意味に気が付いて面々に退出を促そうとしていた。

 

「尽夜くん、待って」

 

 エリカがそれに苦言を呈した。

 

「面会終了時間が迫ってるし、コイツが襲われたのは昨日だから今日のところ──」

「いいぜ、尽夜。俺もちょっとお前と話したいと思ってたからよ」

 

 が、エリカの苦言をレオ自身が遮った。それを受けてエリカは、非難がましくレオを睨み付けた。その中で行動を起こしたのは、達也と深雪だった。達也は幹比古を、深雪は美月を引っ張って病室を出て行った。

 

「………尽夜くん、私もいちゃいけない?」

 

 エリカはやはり食い付いてくる。彼女がここまで強く出られるのは、この病院が千葉家の息がかかっているからか、それとも元来の性格故か。

 

「エリカは気付いていただろう?ウチの問題に首を突っ込む気か?」

 

 尽夜が目を鋭くして言うと、エリカがほんの僅かにたじろいだ。

 

「………なら、どうして、尽夜くんは達也くんと深雪も残さないの?」

「ああ………、聞いたのか」

 

 尽夜がエリカが突っかかってきた理由を悟る。所謂、仇討ちのための情報をどこからでも仕入れたいのだ。レオは去年のコンペ(横浜事変)の以前に千葉家の門をくぐっている。たとえ数週間でも、エリカの初弟子だったことは変わりない。つまりはそういうことだ。さらに言えば、今日の昼頃に克人と真由美がここへ訪れていたことも、エリカの気持ちを逸らせる要因になっている。真由美に病室の盗聴器を破壊され、克人に遮音障壁で締め出された。後にレオから情報を得てはいるが、その場にいるのといないのでは引き出せる情報の質は違ってくる。

 

「だが、関係ないな。母上が、達也と深雪に伝えなくてもいいと判断したまでだ」

 

 しかし、エリカの手口は弱い。それに、エリカは魔法師の名家の娘だ。上の立場の者の意思が物事に強く影響することは分かっているはずだった。それでも、手札がこれしかなかった。エリカは下唇を噛んだ。

 

「と、本来は言うところだが、条件を飲むならば同席を受け入れよう」

 

 尽夜は、エリカの様子に苦笑いして、条件付きでの同席を認めることにした。それは、今から尽夜がすることは二つあるのだが、一つはエリカが理解できるはずもなく、もう一つは知られたところで別に構わないものだからだ。それに後者は、意味が分かれば、千葉家が四葉家の力を垣間見ることとなるのだ。自分たちの立場がより鮮明になるだけだと、尽夜は考えた。

 

「分かったわ。それで、条件は?」

 

 エリカは二つ返事をした。

 

「この病室の盗聴器を全て、部屋の外に出してもらおう」

 

 尽夜の要求に、エリカは驚くことなく従った。彼女は回収した盗聴器を手に、病室を後にした。部屋の中には、レオと尽夜二人だけになった。

 

「レオ、体を無理させているのは分かっているから楽な姿勢になってくれ」

 

 尽夜の唐突な指摘に、レオは目を見開いた。それでも、レオ自身、限界が近かったのか、見栄を張ることはせずにベッドに倒れこんだ。

 

「………ハァハァ………ハァ………バレ、てたか……?」

 

 レオは、苦し気な顔を隠すように右腕を目の上に置きながら呟いた。

 病室の扉が小さくノックされた。返事をする間もなく扉が開かれ、そこにはエリカではなくレオの姉の姿があった。

 

「あっ、すっ、すみません!もういらっしゃらないかと思って………」

 

 レオの姉は、尽夜を見て戸惑い、頭を下げた。

 

「いいえ、丁度お姉さんにも用事があったのです。むしろ、良いタイミングで来てくださいましたよ」

 

 尽夜は、誰から見ても優しいとわかる表情でレオの姉に丁寧な口調で言葉を返した。

 

「……おい、尽夜?」

 

 レオが少々キツめの語勢で、尽夜を呼んだ。ただし、それもベッドに横になりながら、精一杯という感じだった。レオの姉は花瓶を持ったまま、レオに駆け寄った。

 

「大丈夫。お姉さんを巻き込むようなことはしないよ」

 

 尽夜はレオの懸念を否定した。その言葉とほぼ同時に、再度病室の扉がノックされた。ノックしたのは、予想通り、エリカであった。エリカを視認した尽夜は、彼女が中に入る前に警告を行った。

 

「エリカ、今回は見逃そう。だから、それを外して来い」

 

 尽夜の言葉に、エリカは少し動揺してしまった。それだけで、確定事項だった。エリカは「よく分かったわね」と少し悪びれて、スカートの裏側から小型の電子機器を外して病室の外の尽夜から見える位置に置いた。尽夜は頷き、エリカを手招きして病室の中に誘った。

 尽夜の言ったことは、実のところカマかけであった。本当は尽夜にとって、盗聴器の有無はそれほど重要なことではなく、今回のことは完全なる偶然とまでは言わないが、ただの気まぐれにすぎなかった。それがたまたま上手くハマり、尽夜は内心一人でほくそ笑んだ。それに、本当に聞かれたくないことならば、そもそもエリカを同席させないし、もしエリカが聞くとしてももっと徹底的に警戒をする。

 尽夜は遮音障壁を病室内に展開させた。

 

「ではまず、レオに少し休んでもらっている間に、お姉さんへの用事を済ませましょう」

 

 尽夜は努めて優しい声音を意識して、レオの傍にいる彼の姉に目線を合わせた。しかし、彼女は怯えた表情をしていた。エリカに対する口調が少し強かったのだろうか。尽夜はレオの姉の様子を見て、申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「申し訳ございません。お姉さんへの配慮が足りませんでした。未熟者をどうかお許しください」

 

 尽夜は、本題に入る前にワンクッション置くことにした。

 

「先程も言った通り、貴女に危害を加えるつもりはもちろんありません。お姉さんへの用事は俺のケジメなんです」

「………ケジメ?」

「はい。俺は、今お姉さんが憂慮されていらっしゃることを和らげたいのです。ですが、これは俺の自己満足です。貴女が迷惑だとおっしゃられるのであれば、断っていただいて構いません」

「………私が憂慮していること、ですか………?」

「はい。失礼ながら、お姉さんは魔法師ではないとお見受けします」

「っ………はい………」

 

『魔法師ではない』という尽夜の発したフレーズに、レオの姉は肩をビクッと震わせた。

 

「その状況でレオの身を案ずる胸中をお察し致します。今回はこれを緩和するお手伝いをさせていただきたいと思っているのです。ですが、方法は我が家の秘術故に何をするかを具体的に口頭でお伝えすることはできません。ここからは、お姉さんのご意向に添っていきます」

 

 レオの姉は困った表情でレオを見た。彼女の葛藤が見て取れた。

 

「姉貴、俺のダチを信じてやってくれねぇか?」

 

 そして、彼女の背中を押したのはレオだった。それによって、彼女は多少振り切れた顔付きになって尽夜に向き直り、「お願いします」という言葉とともにお辞儀をした。

 

「かしこまりました。では、はじめましょう。こちらに来てくださいますか?」

 

 尽夜がレオの姉を自分の傍に呼んだ。彼女は素直に尽夜の傍に寄る。

 

「すみません、申し遅れました。俺は四葉尽夜と申します。お姉さんのお名前をお伺いしてもよろしいですか?」

 

 尽夜が遅まきながらの自己紹介をした。レオの姉は『四葉』に反応を見せなかった。一般人である彼女が『ヨツバ』をどう捉えたかは分からないが、苗字に反応されなかったのは尽夜にとってありがたかった。

 

「あっ、かっ、花耶です」

「では、花耶さんとお呼びしても?」

「はっ、はい!」

「それでは、花耶さん。まずは、お願いがあります。今からしようとしていることには、その性質が故に花耶さんへの軽い接触を許可して欲しいのです。頭か左肩、一番良いのは背中の左肩甲骨のあたり、どれかに触れさせてもらえませんか?どうしてもご無理であるならば、精度が下がってしまいますが、触れずともなんとか致します。不躾に申し訳ございませんが、御一考していただきたいです」

 

 尽夜のお願いに、花耶が少し戸惑った顔をした。頬を朱色に染め、小さな声で喃語を繰り返していた。彼女自身で、尽夜の言った頭や左肩を忙しなく触り、背中を気にする仕草を取っていた。

 

「では、左手を握らせていただくのはどうでしょうか?」

 

 尽夜が、詐欺師の無害そうな笑顔にそっくりな表情で提案した案に、花耶はさも助け舟を出されたように尽夜を見上げた。

 

「そっ、それでお願いしますっ」

 

 花耶はキュッと両の手の平を握って答えた。花耶の答えを聞いた尽夜は、ニコやかに微笑んで頷き、花耶に右手を差し出した。花耶はアタフタしながら、上着の脇腹のポケットからハンカチを取り出し、左手を拭いてからおずおずと尽夜の右手の平に重ねた。

 尽夜は右目の視点を変えた。

 

「花耶さん、俺の目を見てください」

 

 尽夜の指示に、花耶は繋がれている手から目線を上げた。

 

 ──対象者の精神、各マイナス感情に対して固有霊子波放出準備。

 

 ──現界と並行。視覚同調可能範囲にまで引き上げを目標。

 

 ──情動干渉開始

 

「花耶さん。緊張、不安、恐怖、これらは当たり前の感情です。今日、初めて会った俺を信頼しきるのはとても難しい。ですが、花耶さんはそれを努めてくれている。お願いです。花耶さんが俺を信じてくださればくださるほど、俺は花耶さんに報いることができるでしょう」

 

 ──次点、プラス感情段階向上に移行。

 

「花耶さん、レオは花耶さんに安心して欲しいと思っています」

 

 ──波数、引き上げ。

 

「花耶さん、俺は友人のレオを安心させてやりたい」

 

 ──引き続き継続。

 

「花耶さん、俺は何より貴女に安心して欲しい」

 

 ──視覚同調許容範囲内に到達。

 

 ──情動干渉、成功。

 

 花耶は、尽夜が喋っている間、目を離すことができなかった。花耶の耳には、今日初めて会った尽夜の言葉がやけに明瞭に響いた。尽夜が話し始めると、花耶は緊張や不安、恐怖といったマイナスの感情を尽夜に対して持たなくなった。それどころか、尽夜が口を開く度に、花耶は尽夜に好感を持っていた。彼女は体が芯から熱くなるのを感じた。それは心地の良いものだった。花耶は無意識に、ただ重ねられていただけの手を自分から指を絡めるように繋ぎ直していた。

 

 ──同調段階に移行。

 

 ──対象の適性をチェック。

 

 ──魔法適性、低。情報次元視覚適性、低。術者との同調レベル、高。

 

 ──対象の安全同調可能時間、30秒以内。

 

 ──リンク、スタート。

 

「レオの方に向いてください」

 

 花耶は尽夜の言う通りにレオの方に顔を向けた。すると、彼女は驚いた表情になった。ちょっと前とは違う世界を見ているのだから当たり前である。

 

「今、花耶さんが見ているのがレオの被害にあったところです。元々はレオと同じ体格を形成していましたが、今は胴体部分しかなく、他は吸い取られてしまったのです」

 

 花耶の手を握る力が増した。

 

「これは安静にしていれば確実に治ります。そして、時間こそが最高の良薬なのです」

 

 ──リンク、終了。

 

 花耶の視界が元に戻った。同時に、彼女がバランスを崩した。しかし、そのまま倒れ込むことはなく、正面にいた尽夜に腰を支えられるように左腕を回されていた。花耶の体が急激に熱を帯びた。尽夜はそれに気付かないふりをして、花耶を病室に備えられていた椅子に座らせて、壁にもたれさせた。花耶が落ち着くのに、しばらくかかった。

 

「………お役に立てましたか?」

 

 尽夜が頃合いを見計らって花耶に問いかけると、彼女は疲れた表情ながらも笑みを浮かべて頷いていた。

 

「………ねぇ、いつまで手を繋いでいるつもり?」

 

 エリカが呆れた目で、尽夜と花耶の未だ繋がれた部分を見ながら言った。指摘を受けた花耶は、自分たちの状況を把握して、茹でダコのように赤面しながら、バッと手をほどいた。

 

「尽夜よぉ、流石の俺も身内が目の前で口説かれそうになってんのは、ハヂーんだけどよ」

「ははは、悪いな。必要なことだったんだ」

 

 レオの苦言に、尽夜は乾いた笑みで言い分を述べた。

 

「………深雪に言い付けてやる」

 

 ポツリと呟かれたエリカの言葉に、尽夜がピクリと反応した。尽夜はギギギッと油を差していない機械のようにぎこちなくエリカの顔を拝見すると、彼女の顔には喜色があった。尽夜からすれば自身の気持ちに関わらず、婚約者がいる状況で、妄りにとまでは言わないが、他の女性に触れていたのは変わりない。道理的に大丈夫だろうか?いや、見る人が違えばアウトに取られてもおかしくはない。

 

「………エリカ」

「なに?尽夜くん?あたし、今回のことに限っては口が軽いんだよねぇ」

 

 尽夜としては、深雪のことを忘れていた訳では決してない。それに今回は、少々尽夜の思い違いも起こっていた。エリカは、深雪と達也が四葉の縁者であるということを知っていると言っていた。尽夜は、その解釈を広げ過ぎたのである。すなわち、尽夜と深雪の婚約がおそらく、もうしばらくで無効になるであろうことがエリカに伝わっていると尽夜は考えたのだ。しかし、尽夜は今のエリカの様子から、深雪がそこまでは話していないことが分かった。深雪は、その決定事項とも呼べる流れを自ら肯定したくはなかったのだろう。それに加えて、この状況は尽夜が深雪との婚約関係に心の中でどれほど固執しているかを物語っていた。

 しかしながら、状況を見誤ったのは尽夜であり、正式に動き出していない状況で不誠実を働いたのは確かである。そうして、古今東西、このような窮地に立たされた者が取る行動は一つ。

 

「………アイネブリーゼのケーキでどうだ?好きなだけ食べると良い………」

 

 これすなわち買収、もとい賄賂である。尽夜は知っての通り十師族、四葉家の跡取り。つまりいいところの御曹司。勝手に使えるポケットマネー(お小遣いではなく、報酬によって手に入れた)は、同世代の中でも群を抜いている。だが、尽夜は性格上散財を好まず、特定の場合を除き、使用することはほとんどないため、その貯蓄は増加の一途を辿っている。エリカがケーキをいくら食べたとしても、尽夜にとって微々たるものでしかない。

 

「ねえ、尽夜くん?あたしって、そんなに食い意地を張ってるように見える?」

 

 エリカが不服そうに唇を尖らせた。レオが「くはっ」と噴き出してエリカに睨み付けられる。エリカが尽夜から引き出したいものがケーキではないのは状況から見ても明らかであるのだが、尽夜がエリカに出せるのはこれぐらいしかない。四葉家の利益と深雪への告げ口を天秤に賭けた時、前者に落ちるからだ。

 

「悪いが、エリカが求めているモノは俺の一存ではどうにもならないからな」

 

 尽夜は肩をすくめて見せた。その反応に、エリカはムッっとした表情を続けた。

 

「別に表立って協力しろって言ってんじゃないわよ。共有できるものは共有しましょうって提案よ」

「確か警察は、他部署の介入を好まないんじゃなかったか?」

「お生憎様。あたしはバカ兄貴たちとは違ってサツじゃないから関係ないわよ。なりふり構ってなんかいられないの。ウチの門を少しでもくぐったコイツに手を出したことを後悔させてやるんだから」

 

 エリカは、まだ見ぬ犯人に相当ご立腹な様子だった。

 

「そうか。エリカは優しいな」

「尽夜くん、その生温かい目は止めてくれない?勘違いしてる内容によっちゃ、背筋に虫唾が走りそう」

「おい、尽夜。コイツにそんな高尚なことができるもんかよ。どーせ、自己満だよ、自己満」

「うっさい!黙れ!この馬鹿弟子!」

「っんだと、このアマっ!」

「二人とも落ち着け。レオには、まだ聞きたいことがあるし、喧嘩なら後にしてくれ」

「チェッ。わあったよ。んで?尽夜は俺に何を聞きたいんだ?」

「レオはエリカのお兄さんの捜査を手伝ってたって言ってたよな?」

「ああ、そうだぜ。四日前ぐらいだったかな。渋谷でよぉ、ちょっくら散歩してたら偶然エリカの兄貴さんと出くわしてな。あんな時間にサツがいることが珍しくてよ。思わず声を掛けちまったんだ。俺は悪気があった訳じゃなかったんだけどな、どうやら捜査の邪魔しちまったみたいでよ。まあ、ちょっとした罪滅ぼし的な感じで協力することにしたんだ。あの街にゃぁ、俺、慣れてるからな」

「それで被害に遭った、か」

「これでも嗅覚には、自信があったんだけどなぁ」

「どうやって探そうとしてたんだ?ただ闇雲に歩いてただけか?」

「いんや。あっこらへんの内情に詳しいダチからネタ仕入れてよぉ。それを元にして動いてたぜ。そしたらなんか、虫の羽音?みたいなのを感じてよぉ。その方向に走ったら出くわしたって感じだ」

「羽音?」

「俺の意識にざわざわ来る感じだったな。そん時の俺は、それが何かの会話じゃねぇのかって思ってたりもしたんだが、実際のとこは分かんねぇ」

「………」

「………尽夜?」

「………ありがとう、レオ。聞きたいことはそれだけだ」

「お、おうよ。気にすんな」

 

 尽夜は満足げな表情になった。

 

「エリカ」

「なに?ていうか、今の聞いてたことに何かあったの?」

「さあな。あったかもしれないし、ないかもしれない」

「微妙なはぐらかしね」

「悪いな。だが、エリカに一つ助力しよう。達也に頼ってみるといい。あいつが個人的に動くだけであれば、ウチの内情は俺がどうにかしてやる」

「達也くんが自分から首を突っ込むなら、あたしに貸してくれるってこと?」

「ああ、そうだ。しかし、条件がある。深雪が関わるのは看過できない」

「ヒュー!流石は、婚約者様ね!いいわ。それで今日のことは黙っててあげるわよ」

 

 エリカは上機嫌になって、尽夜の助力を受け入れた。そして次に何かを思い出したように、「あっ」と声を出した。

 

「ケーキも忘れないでね!」

 

 ──強かな奴だ。

 

 レオと尽夜は、まったく同じく、そう思った。




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