【旧約】狂気の産物   作:ピト

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 遅くなって申し訳ございません!
 原稿用紙に数話程度書いてはいたのですが、パソコンに入力する過程が思っていたよりめんどくさく、中々一話打ち終わるのに時間が掛かりました。


40話 第四研究所

 ──────四葉本家地下、第四研究所

 

 尽夜はここ最近多忙な日々を送っていた。USNAからの脱走兵を強襲して以来、東京と四葉本家を昼夜往復している。年越し前に約2ヶ月の休学している尽夜は、たとえ家の力があろうともこれ以上の欠席は進級が危ぶまれる。そんな中で、息を止めた脱走兵の六体の解剖と遺体の凍結保存、そしてまだ息のある生捕りにした七体目を使用してのパラサイト研究に着手していた。

 朝から夕方まで学校に登校し、放課後は生徒会室で業務を執行。その足で本家へと向かい、夜通しで四研に籠って朝方一高に戻るといったサイクル。睡眠時間は短く、身体的にハードなことは間違いないのだが、尽夜が苦に感じている様子はない。東京の尽夜の住まいにも戻っておらず、水波と千波を村に帰したのはある意味ちょうど良かったのかもしれない。

 レオのお見舞いに立ち寄ってから二日が経過した今日、尽夜が本家に到着したのは昨日一昨日とほとんど変わらない午後八時前だった。地下に足を運ぶと白衣を着た初老の男性が尽夜を出迎えた。第四研究所最高責任者にして、四葉本家『執事』序列第三位の紅林である。紅林は尽夜を視認すると恭しくお辞儀をした。

 

「尽夜様、お帰りなさいませ」

「ただいま戻りました。進捗はいかがですか?」

 

 尽夜が挨拶と共に尋ねると、紅林は悔いて恥じるように渋面を作った。

 

「誠に申し訳ございません。私どもも全力を尽くしてはおりますが、初日の解剖以来私どもだけでは特にこれと言った成果は出ておりません。恐らくは尽夜様に頼らざるを得ませんことを非常に情け無きことと存じます」

「我々四葉にとって未知の生命体ですからあまり気負うことがないようにお願い致します。俺も母上も貴方々が優秀であることを疑っておりませんので」

「寛大な御心遣い感謝致します」

 

 紅林が尽夜を先導して歩き出す。

 

「ところで尽夜様、昨晩は私がすでに休んでしまった頃に地下にいらしたようでございますが?」

 

 紅林の窘める口調に尽夜は頬をポリポリとかいた。尽夜が思い出すのは昨晩の出来事。パラサイトの研究を進める予定だったのだが、本家から四研へと続く道中に真夜が仁王立ちをしていた。その時の真夜は尽夜を見ると不機嫌そうにプイッと顔を背けた。尽夜は真夜がそうする理由が分からず、周囲を見渡して助けを請うたが、使用人たち(真夜の背後に控えていた葉山を含めて)は誰も尽夜と目を合わせようとしなかった。尽夜は打つ手無く話し掛けるも真夜はだんまりを決め込み、原因が見えてこない。いつかのことのように情動干渉を試みようとするも意味は無かった。なぜなら、真夜は不機嫌な感じを醸し出しているが、その実、物凄く上機嫌であったからである。尽夜はますます混乱した。尽夜が本当にどうしようも無くなり降参の意を示すと、真夜は一瞬向日葵のような明るい表情になるも、直ぐに不機嫌そうな態度に戻り、「私は怒っています」と言った。

 結論から言うと、真夜が軽く拗ねていただけである。先日の四葉家内での会合の後、尽夜がろくに真夜の相手をせずに通信を終わらせたことを根に持っていた。これだと真夜が上機嫌である理由にはならない。真夜が上機嫌になる原因は葉山にあった。当初、真夜は確かに不機嫌であったのだが、その影響が仕事に遅れを出すと懸念した葉山が真夜に入れ知恵をしたのである。葉山曰く「これをネタに尽夜様にお付け込みなされば尽夜様をお好きにできるでしょう」とのこと。葉山は何の確証も無く言ったのだが、尽夜に対して盲目的な愛を持つ真夜はこれを信じた。結果、真夜は葉山の目論見通り、いや目論み以上に通常の三倍のスピードで仕事を終わらせ、ウキウキとした胸中の高まりを隠して尽夜に相対したのである。ところで、葉山は先程何の確証も無いと思っていたのだが、よくよく考えてみれば真夜が尽夜に対して何か頼み事やお願い事をした時に尽夜が断ることはよほどのことがない限り見たことがない。つまり、真夜が望んだ時点で尽夜の中で拒否するという選択肢は極力除外される。よって昨晩の尽夜は真夜の御機嫌取り(ただし機嫌は良い)をする羽目になり、真夜がベッドで目を閉じて完全に旅立つまで傍を離れられなかった。その日、尽夜が地下に下りられたのは日付け変更した後のことである。

 

「奥様の御機嫌は尽夜様がお関わりなさると我々ではほとんど手の出しようがございません。くれぐれもそのことをお忘れなきようにお願い致します」

 

 紅林の釘刺しに尽夜は神妙に頷くことで応えた。しかし、釘刺しと言っても真夜が尽夜のことで気分を起伏させることは本家の使用人たちにとっては見慣れたものであり、紅林の口調も責めたり窘めたりするようなものではなく、むしろマニュアルに従ってお決まりの言葉を淡々と話している感じだった。

 尽夜と紅林が扉の前に立つとICカードを認証機器へと滑らせた。扉が開くと、二人は正面にガラスの隔たった室内へと入る。中にいた数名の研究員たちがモニターから顔を上げて立ち上がり、一礼を以って尽夜たちを迎え入れた。そのまま尽夜はガラスの前まで歩く。壁一面に張られたガラスはマジックミラーとなっており、向こう側から尽夜を見ることはできない。ガラス一枚を隔てた向こう側には一人の男性が拘束された状態で椅子に座らされていた。

 

「紅林さん」

 

 尽夜は紅林の名前を呼んで、目を向こう側の男性から離すことなく右手を差し出した。

 

「こちらに」

 

 紅林は心得ているように尽夜に近寄ってタブレット端末を渡した。タブレットを受取った尽夜は操作を軽快に進めていく。体温変化、血圧、心拍数などの項目が尽夜の目で確認されていった。

 

「食事は?」

「一応与えてはいるのですが、未だに手を付けようとする様子はありません」

「水も、ですか?」

「同様にございます」

「ふむ」

「間もなく三日が経過します。宿主の限界も近いかと…」

「普通であればそうなりますね」

「………ではやはり?」

「数値もまだ正常値を示していることから見ても生命活動が止まるとはいささか考えにくいと思います」

「精神の方は?」

「未だ活発です」

 

 紅林が納得の表情を浮かべる。

 

「宿主は老いない。いえ、朽ちないのでしょうか?」

「それは穿ち過ぎです。宿主の限界は必ず来るでしょう」

「………と言いますと?」

「簡単に言えば活動効率の問題だと思います。エネルギーの運用を我々人間よりも効率化していると考えればいかがですか?」

「冬眠に近い状態ということでしょうか?」

「当たらずも遠からずですね」

「恐れ入ります。尽夜様はどれほどとお考えにございますか?」

「分かりません。今回の対象は実験体ですし、宿主の素体がどこまで耐え得るかによっても変わってくると思いますので」

「確かにそうでございました。尽夜様にとっても初めての生物ということを忘れておりました。中身の無い質問をしてしまい申し訳ございません」

「いえ」

 

 尽夜はタブレット端末を紅林に返した。紅林が受け取って一歩後退する。

 

 ──パラサイトが何を以ってして宿主を決定しているのか。パラサイトに殺された死体の現界情報だけでは関連性が無いように思えた。手当たり次第に襲っていると考えていいものかどうか………。取り敢えずはその仮定で考えるとして、偶々何らかに適合した宿主を………いや待て、コイツ等は米兵のままだ。つまりはマイクロブラックホール実験後の最初の憑依に成功して以来、宿主の入れ替えは起きていない。日本に脱走してきて以降、追跡を逃れる為にも日本人への入れ替わりを試みようとしたパラサイトがそれに失敗して吸血鬼事件に発展、か…。初回にどれだけの失敗があったかは知らないが、直感的に一発で適合したのではないか?そう考えると要因として見出せるのは人種の問題か?脱走兵の中に黄色人種はいなかったし、襲われた側に白人や黒人はいなかった。いや、そもそも個体の入れ替えは本当に可能なのか?

 

「尽夜様」

 

 尽夜が一人で考えに耽っていると、再び紅林から声が掛かった。後ろに振り返ると、紅林の背後に男女合わせて八名の人員が集まっていた。その内の男性二人と女性三人はまるで外科手術をするような恰好をしており、残りの男性三人は迷彩服にライフルを所持していた。

 

「コチラ本日の実験で執刀致します榊原(さかきばら)とその助手たちにございます」

 

 紅林の紹介を受けてグループ全体が一斉に頭を下げる。

 

「今晩はよろしく頼む」

「御期待に添えるように全力を尽くします」

 

 尽夜の短い労いに、榊原と呼ばれた男性が代表して答えた。

 

「後ろの迷彩の三人は?」

「ハッ。我々は実験中の不慮に対する護衛であります」

「配置は?」

「室内入口の左右、残りは室外待機を予定しております」

「室内の二人はライフルを所持したままか?」

「ハッ」

「………可能であれば大事な実験体に風穴を空けて欲しくない。緊急の際の対処は肉体のみでは厳しいか?」

「制圧自体は可能であります。しかし、護衛という観点から申し上げますと………」

「あと何人必要だ?」

「少なくとも二人は欲しいところです」

「分かった。紅林さん、手配をよろしくお願いします」

「御意」

「配置は任せる。護衛対象も確実に守れ」

「ハッ。万事滞り無く完遂致します」

 

 尽夜は目の前いる全員の顔を記憶した。

 

「榊原は残れ。その他は実験準備にかかれ。実験の開始は十五分後。散れ」

 

 尽夜の号令で室内が活発に動き出した。人々が慌ただしくも慎重に行きかっている。キーボードを叩くタイプ音が断続的に聞こえ、各種確認の話し声も止むことはなかった。

 

「榊原さん。私の記憶違いでなければ初めてお会いしましたね」

 

 尽夜は対面にいる榊原に対して先程とは一変、物腰柔らかく微笑んだ。榊原は尽夜の変貌に戸惑っている様子だ。

 

「は、はい。お初にお目にかかります。改めまして榊原仟(さかきばらしげる)と申します」

「堅いですね。緊張なされておりますか?」

「多少、ですが…。あの、どうして私なぞに敬語を?」

「ん?ああ。先程の私は次期当主。威厳も大事ですから」

「今は違うのですか?」

「貴方は我々の援助を受けて今がある。しかし、まだコチラ側には来れていない。それが貴方に対して敬語を使う一番の理由です」

 

 榊原仟という男は白衣姿から想像できるように医者である。しかし、医者の中でも少し事情が特殊であった。彼は四葉勢力の中の環境で育てられたのではなく、堅気の世界で育った。本当であれば四葉家の、それも暗部に関わることはない人種である。それなのにどうしてこの場にいるのか。それは堅気の世界の彼を取り巻く環境では医学を学ぶことが到底不可能だったからである。シングルマザーに育てられ、他の親族がおらずに経済的に困窮している中、榊原が高校二年生の夏に母親が大病を患った。母親を助けるためには莫大な費用が必要になるが、榊原家が払える額ではなかった。高校生が働いてどうにかできるモノでもなく、彼は途方に暮れた。現代日本の医療制度が強化され、保険金が下りるも足らず、彼の母親は完治を諦める選択を取り、自分の息子の将来に少しでもお金を残そうと決めた。にもかかわらず、高校生として手詰まりなこの状況で榊原は諦めることができなかった。担当医に拝み倒し、ある勢力と接触することに成功したのである。その病院の背後にいた四葉家と。尽夜世代が生まれる前の四葉家では自勢力の医療従事者を増やそうと試みていた時期があり、榊原のような若者は格好の獲物だった。榊原は高校での学力成績が大変優秀であったことが功を奏して、四葉家執事序列第五位の黒田の目に留まり、見事四葉家からの援助を手にしたのである。

 四葉家からすれば、援助した者たちが必要な腕を持ち、必要な時に何も聞くことなく治療を淡々とこなせれば御の字だった。達也が居れば医者など必要ではないのだが、達也も人間であり、使える範囲は限りなく狭い。故に医者は四葉家で飼う必要が出てくる。四葉家への恩義が人一倍厚く、医者として能力も日本医師会の中で注目株の弱冠38歳の榊原はまさに四葉家が求めていた期待以上の拾い物だった。

 

「はい。貴方方無くして今の母はございません」

「新参者でも貴方がここにいる理由はご理解されていますか?」

「もちろんです。私は四葉家からの信頼を獲得し、忠義を尽くす所存です」

「未知の生命体を任せるに当たり、死の危険性は極めて高いと言っていいでしょう。対象の肉体限界は人間のそれをはるかに上回って行使できると確認されています。万が一、護衛の方々が役に立つとも限りません」

「覚悟の上です」

 

 榊原は尽夜の目をしっかりと見据えた。

 

「良い目をしています。期待していますよ」

「はい」

 

 榊原は恭しく一礼した。

 

「私からは以上です。まだ少し時間はありますが、何か聞きたいことはありますか?」

「僭越ながら」

「どうぞ」

「私は約10年前、意図せず初めて人の命をこの手で奪ってしまいました。職業上助けられない命があることはもちろん理解していたつもりです。しかし、罪の意識は今なお私の心中に渦巻き、苛まれることがあります。貴方様は命をどのようにお考えになりますか?」

「………これはまたえらく哲学的な質問ですね。実験のことについてと思っていたのですが」

 

 尽夜は榊原からの予想外の質問に苦笑いを浮かべた。

 

「初めてのことに緊張しているのかもしれません。対象が暴走しなければ安全性が高い段取りですが、一度御高名なる直系様にお伺いしてみたかったのです」

 

 榊原にとって好奇心が実験に対する心配や不安よりも勝ったようだ。

 

「榊原さんにとっては?」

 

 尽夜は逆に問いかけることにした。時間が限られているため、相手の求める答え方を的確に捉える目的だった。

 

「私にとっては救う対象です。一般人であれ、要人であれ、魔法師であれ、極端に言えば犯罪者であれ、私の前に運ばれてきた命は救う対象です」

 

 職業柄というモノもありますが、と榊原は結んだ。尽夜は十秒ほど考え込んむ。

 

「なるほど。救う対象と認識するが故に、逆に罪意識に囚われる」

 

 榊原の思考が尽夜にとって新鮮に写った。榊原は不思議そうに尽夜の続きを待っている。

 

「でしたら、私にとって命とは選別の対象でしょうか」

 

 尽夜は一人満足げに頷いた。

 

「対象をそのまま生かすのか。救うのか。はたまた葬り去るのか。それは私にとって目的のための手段であることが多いです。目的そのものである時もありますが、大抵の場合世間の倫理的な命の尊さなど考慮の欠片もありません」

 

 尽夜の説明を受けて、榊原は自分の手にじんわりと湿り気が出始めたのを感じた。

 

「榊原さん。もしも貴方の身内を殺した人間が貴方の目の前に死に掛けで運ばれてきたとすれば、どうされますか?」

「………私は、………やはり、その人を救うでしょう」

「はい。貴方はそのままでいいんです」

 

 榊原は自分の感性が肯定されて安堵した。そして、目の前の青年のことが心配になった。

 

「………貴方様は、お辛くはありませんか?」

 

 榊原がそう零した瞬間、尽夜が妖しい雰囲気を纏った。

 

「井の中の蛙未だ大海を知らず、されど燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」

 

 

 

 

 ──────

 

 尽夜は相も変わらずガラス壁の前に佇んでいた。尽夜の眼前の室内には一人の外国人男性を取り囲むように五人のメンバーが準備を終えている。中央に座る男の体にはあちこちに電磁版が貼り付けられ、各種コードに繋がっていた。

 

「尽夜様。全ての準備が完了致しました」

 

 紅林が尽夜の背後から知らせる。

 

「最終確認。異常があれば報告しろ」

 

 尽夜は周囲に目を向けることなく確認した。不具合を知らせる声は当然のように上がらず、全員が万全の状態で尽夜の開始合図を待っていた。

 

「これより実験を開始する。開始時刻2100」

 

 了解、という言葉がぴったりと重なり発せられた。

 

「実験室内温度25℃。湿度45%」

「対象の体温36.4℃。心拍数、通常時よりやや多め。血圧値、正常域にあり」

「脳波観測、異常無し。対象は少々興奮気味」

「室内想子結界、霊子結界、共に異常無し」

 

 尽夜の周囲の研究員たちが個別に与えられた役割をこなしていく。

 

『現場、いつでもいけます』

 

 最後に大きめのナイフを手にした榊原から通信が入る。

 

「サードアイに移行。Spiritual worldを確認。対象の精神を視認。下知通り、宿主の精神を囲うパラサイト精神は完全に吞み込んでいる。他への浸食は今のところ見られない」

 

 尽夜が右目だけを別世界に向けた。そこで視えたことを淡々と報告していく。

 

「第一項目、宿主とパラサイトの痛覚確認を行う。榊原、ヤレ」

 

 実験の進行を指示した尽夜。命令を受けた榊原は手に持っていた大きめのナイフを素早く振り下ろした。一瞬、ほとんど全員に緊張が走る。榊原の衣服が擦れる音が聞こえ、次にボトッと何かが落ちる音が聞こえた。実験室中央の男性、宿主の体がビクッと跳ねた。麻酔がかかっていないにも関わらず、指を切り落とされた宿主は絶叫すらしなかった。血が多量に流出する。

 

「止血。観測班、脳波観測」

「宿主の痛覚神経は正常に作動。脳波も通常の人間と同様に働いています」

「Spiritual worldを報告。パラサイトの宿主との一部接続遮断を確認」

 

 研究員の指先が慌ただしく動く。

 

「パラサイトの痛覚回避と断定。プランBに従い、宿主の物理的視覚遮断の後に再度決行する。次、準備に掛かれ」

 

 こうして、パラサイトに関する実験はUSNAにも他の十師族にも知られずに続いていく。




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