【旧約】狂気の産物   作:ピト

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41話 司波家からの通話

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 尽夜が地下に籠っている頃、地上家屋の最奥に位置する書斎で真夜がリラックスしながら情報端末で読書をしていた。真夜は日本魔法師界のトップ組織である十師族の中で特異点とされる四葉家の現当主である。普段は当主としての仕事と魔法研究を葉山のサポートの許で生業としており、時期によって忙しさや二つの比重が違うモノの、通常であれば一般的な仕事と変わりない時間帯で働いている。つまり、今の真夜はプライベートの時間であった。真夜とすれば、尽夜が近くにいるのにも関わらず自分の傍に居ないことをもどかしく思ってはいれど、昨晩は無理にわがままを通したことは理解しているため、大人しく一人での時間を過ごしている。

 そんな中、ノックが三回、扉から響いた。

 

「葉山さん?お入りくださいな」

 

 真夜が端末から顔を上げて入室を許可した。

 

「お休みのところ失礼致します」

 

 真夜の予想通り、ノックの正体はスリーピースをキチッと一分の隙も無く着こなした葉山だった。そもそも、本家の真夜の書斎に入ることが許されるのはHarのメンテナンス業者を除き、尽夜と葉山しかいない。その他、特別に桜井姉妹が昨年に一度だけ入室したことがあるだけで、真夜が今回予想できたのもむしろ必然と言える。

 

「どうかされましたの?」

「深雪様よりテレビ通信が入りました。奥様との御面会をご希望なされておりますがいかがいたしましょう?」

「あら?深雪さんから?あの子から掛かってくるなんて珍しいわね」

 

 葉山から知らされた用件に、真夜は少し意外そうに目が大きくなった。

 

「何かあったのかしら?」

「特に詳細等はお話しになられませんでした故」

「そう…。いいわ。私もそろそろ深雪さんに伝えなければならないことがありますし繋いでちょうだい」

「御意」

 

 真夜は通信に応答すべく腰を上げた。

 

 

 

ーーーーーー

 

 真夜が応接室の大型ディスプレイの前のソファに座ると、葉山が操作を始める。そして、画面に映し出されたのは司波家の兄妹達也と深雪。リビングであろう場所でソファの前に深雪、ソファの後ろに達也とまるで主従関係のような立ち位置でいた。その光景を目にした真夜は思わず噴き出してしまいそうになり、それを堪えるのに一苦労した。

 

「叔母様。夜分遅くに失礼致しました。今宵は貴重なお時間を割いていただき誠にありがとう存じます」

 

 深雪が淑女然たる綺麗な所作でお辞儀をした。達也も深雪に倣う。

 

「構いませんよ。可愛い姪からの連絡ですもの。断る理由はありません」

 

 ニッコリと朗らかに真夜は返事をした。

 

「お気遣い痛み入ります」

「…それで、今日はいったいどうしたのかしら?」

 

 社交辞令を受けた深雪は特に表情を変えることなく達也に一度視線を向けた。

 

「実は、お兄様が叔母様にお話ししたいことがあるとおっしゃっていまして………」

 

 画面の奥で達也が目礼する。この話を聞いた真夜は突然口許に手を当ててクスクスと上品に笑った。達也と深雪は急に笑い出した真夜の真意が分からず、お互いに顔を合わせた。

 

「ふふふ。ごめんなさい。達也さんが私に話があるなんて珍しいことですから。それに、まだ深雪さんに取り次いでもらっていることが可笑しくて」

 

 真夜は目尻を拭う仕草をした。

 

「達也さん、貴方はまだ名ばかりではあるけれど、既に分家当主の地位にいるのですよ?深雪さんに取り次いでもらわなくとも私と面会を望むことも可能です。それとも、まだ実感が湧いていらっしゃらないのかしら?」

 

 楽しそうに達也を揶揄う真夜。標的になった達也は苦笑いするしかなかった。生まれてから四葉家の道具、兵器として扱われてきた達也。彼は自分の今の地位をまだ完全に受け入れられていなかった。四葉親族内の序列最底辺からいきなりトップ付近まで押し上げられば誰だって戸惑うことであろうし、それは達也とて例外ではない。今回のことも慶春会以前であるなら、達也が真夜に面会を望んだとしても途中で取り次いでもらえなかった。だから未だ実感の湧かない達也は、万が一にもという保険をかけて深雪に取り次ぎを頼んだのだ。

 

「この身に過ぎた身分故に受け入れることを少々苦労しております。非常にありがたい地位ではございますが、長年置かれていた立場が尾を引いた形となってしまいました」

 

 しかし、この会話で達也は自分が真夜に面会を望めるだけの立場にあることを理解した。それは慶春会で言葉のみで与えられた分家当主という身分に許された行動が明示されたことであり、達也にとってある意味収穫だった。

 

「今すぐにとは言いませんが、徐々に慣れていってくださいな」

「ご配慮いただき誠に感謝致します」

「本題に入りましょう。達也さん、私に話があるとはいったい何かしら?」

「此度の用件は二つ。一つ目は少しお聞きしたいことがありまして、もう一つはお許しをいただきたい事案がございます」

「遠慮は要りませんよ」

 

 真夜は快く続きを促した。少なくとも表面上は達也に好意的だった。達也は額面通りに受け取ることにした。

 

「お言葉に甘えまして…。叔母上、九島家の『仮装行列(パレード)』がどのような仕組みの魔法なのか、お教えいただけませんか?」

 

 達也は深雪の隣まで歩き、真夜に対して質問を投げた。達也の隣では深雪が呆気に取られ、真夜は堪え切れないという顔で笑い声を漏らす。真夜の隣では葉山が片眉だけを吊り上げるという器用なことをしていた。

 

「あらまあ………達也さん、『仮装行列』は九島家の秘術ですよ?その秘密を私が知っていると思っているのですか?」

 

 真夜は笑いながら、質問の形を借りた拒絶を示した。

 

「叔母上は一時期老師に師事されていたことがあったと記憶しています。魔法式は知らずともその概要は知っているのでは?」

 

 達也は真夜の拒絶を理解しながらも質問の形だったことを逆用して食い下がった。

 

「対抗魔法『仮装行列』は、情報強化の応用で自己のエイドスの外見に関する部分を複写・加工し、異なる外見の、いわば仮面・仮装のエイドスと言うべきものを魔法式として自分自身に投射することで一時的に外見を変えると共に、魔法的な干渉の照準を仮装のエイドスにすり替えることで自分自身の本体に対する魔法作用を防止する術式なのではありませんか?」

 

 ただ食い下がるだけでなく、達也自身の推理を付け加えて。

 

「………変身の魔法は実現不可能であることくらい貴方ならよく知っていると思いましたけど?」

「見かけを変えるだけなら変身でなくとも光波干渉系で可能です。問題は光波干渉系の魔法で俺の目は誤魔化されないという点にあります」

「お兄様、それは………まさか、お兄様が正体を見抜けない相手など」

「それだけじゃない。霧散霧消(ミスト・ディスパージョン)の照準すら外された」

 

 深雪は顔を蒼くして声を失った。深雪の受けたショックは真夜にも伝わり、彼女は眉間に皺を寄せた。

 

「霧散霧消が通用しなくとも、トライデントなら問題ないでしょう」

「仮装行列は二重展開できないのですか?」

「………仮装行列は老師よりも老師の弟さんの方がお上手だというお話を聞いた記憶があります」

 

 アドバイス的なものを告げた真夜。しかし、更なる質問には系統の違う回答を口にした。

 

「ありがとうございます。叔母上、今回の件は少々我々の手に余るようです。そこで援軍を頼みたいと思うのですが」

「それが許しを請う方の用件なのですね?………いいでしょう。私たちが思っている以上に厄介なモノかもしれないわね。風間少佐との接触を許可しましょう」

 

 達也に許可を出す真夜の脳裏には、先日の強襲作戦の結果報告にあった一班の失敗という事実があった。

 

「ありがとうございます」

 

 達也は深くお辞儀をした。

 

「ところで、尽夜さんに話してはいないのかしら?私に許可を求めるより尽夜さんに相談する方が早かったと思うのだけれど」

 

 真夜は頬に手を当てて首を傾げた。

 

「つい先程のことでしたし、尽夜にも連絡を入れたのですが反応がありませんでしたので、急を要する件だと判断し叔母上に許可を求めた次第です」

 

 達也も本当ならば真夜よりも尽夜に許可をもらう方が気楽だった。しかし、連絡がつかない。明日になれば学校で顔合わせするだろうが事情を考えれば早ければ早い程良い。

 

「あら、そうでしたの?尽夜さんはいったいどうしたのかしら?もしかしたらお忙しいのかもしれないわね」

 

 真夜は口元を手で覆って驚いて見せた。むろん、ワザとだ。達也の眉間に皺が寄る。直感で真夜がウソをついていると悟ったからだ。だが、達也にその先へ踏み込む資格はない。

 

「さて、達也さんのご用件は以上かしら?」

「はい」

「では、私から深雪さんにお話しがありますから席を外してくださる?」

 

 達也の隣で深雪がビクッと震えた。真夜が背後に控える葉山に目配せすると、葉山は意を得たように会釈をして室外に退出した。達也も慇懃な態度で一礼すると画面外に消えた。この場は真夜の要望通り女二人となった。

 

「深雪さん。貴女、少し瘦せましたね」

 

 心配そうに真夜が深雪の体を気遣った。理由が理由だけに、これは真夜が姪を慮る偽らざる本心だった。

 

「御心配していただきありがとう存じます。しかし、これは私の精神が未熟な故、醜態を晒してしまいもうしわけございません」

 

 深雪は真夜の心配を他所に気丈に答えた。

 

「貴女には気持ちに反する役割を無理強いをしてしまってごめんなさいね」

「叔母様、私は自分の意思でこの役割を引き受けました。これは私が乗り越えなければならない試練なのです。たとえ体が疲弊しようとも、ここでくじけていては私が尽夜さんのお隣に立つ資格はありません。叔母様のことを正式にお義母様とお呼びできるその日まで、私はどんなことがあろうとも諦めるつもりはありません」

 

 華奢な体からは想像もつかないような強い意志の光が深雪の目には灯っていた。その瞳を見た真夜は己を恥じた。同時に、姪の逞しさが喜ばしく、それでいて何故か憎らしかった。

 

「いらない気遣いだったわね。忘れてちょうだい」

「いえ。御気に掛けてくださることは嬉しく思います」

 

 二人はお互いに微笑み合った。そして一仕切り経った後、真夜が真剣な表情へと戻った。

 

「深雪さん。本日、十師族で動きがありました。2月1日、十師族オンライン会議が催されることに決定致しました。議題はお察しの通りです」

「………はい」

「我々四葉家は手筈通りに動きます。順調に事が進めば、その日で一旦尽夜さんと深雪さんの婚約関係は切れてしまうでしょう」

 

 深雪は目を瞑り、深く息を吸った。そして、吸った息を吐き出すと同時に目を開く。

 

「不安定な状況故に、深雪さんにはこれまで制限を掛けていましたけれど、時が来れば他家からの干渉は無くなります。それからは今まで通り、いえ、今まで以上に自由に行動して構いません」

「畏まりました」

「私からは以上よ。くれぐれも体調にはお気を付けなさい」

 

 女はデリケートなのだから、と真夜が締め括った。

 

「叔母様もお気をつけて」

「ええ、ありがとう。おやすみなさい」

「おやすみなさいませ」

 

 真夜は通信を切った。近くに置いてあったベルを軽くゆする。甲高い音が鳴り響き、扉が直ぐにノックされた。

 

「失礼致します」

 

 葉山が顔を見せた。

 

「書斎に尽夜さんを呼んでちょうだい」

「御意」

 

 恭しく一礼した葉山が再び消えた。真夜はソファから静かに立ち上がって部屋を後にした。書斎までの道中、近くを通りかかった女中に尽夜用の軽食を用意するように言付けし、後で葉山に持って来させよと指示を出した。

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 葉山が尽夜の元に辿り着いた時、地下でのパラサイト実験はまだ続いていた。葉山は区切りを見つけ、尽夜に近付き声を掛けた。

 

「尽夜様」

 

 声が掛かった時、尽夜は現実世界と精神世界の長時間同時視覚による影響で睨むように振り向いた。しかし、声の主が葉山とあって急速に眼力を緩める。葉山も特に気にしていなかった。

 

「実験中に申し訳ございません。奥様がお呼びです」

「母さんが?」

「先程司波家から御連絡がございました故、おそらくはその事に関してかと…」

「分かりました」

 

尽夜は葉山に了承を返すと、周囲を見渡して指示を飛ばした。

 

「紅林さん、後は頼みます。丁度俺が必要な項目は消化できましたから問題はないですよね?」

「はい。お任せください」

「全員ご苦労だった。俺は抜けるが、最後まで気を引き締めてくれ」

 

 尽夜が最後に檄を飛ばすと、室内の全員が短くハッキリ返事をする。その後、尽夜が葉山を伴って退出するのを全員がお辞儀をして見送った。真夜の書斎へ向かう道中、葉山が新たな情報を話し始めた。

 

「奥様が達也様深雪様とお話なされている最中、津久葉家黒羽家の追跡部隊から報告が上がりました。先日取り逃がした脱走兵がスターズのシリウスによって射殺されたようにございます。その際、正規入国の感染者とも一悶着あったとのことですが、こちらは未だ健在らしく、部隊は次の指示を待っている状態です」

「津久葉家のパラサイト追跡はおそらく今までと同じく見失ってしまうでしょうし、………そうですね、正規入国者の監視のみを続行させてください。USNAがこれを叩く時、我々も動きます」

「では、そのように」

 

 葉山は尽夜を書斎に送り届けると、命令を伝えに去って行った。尽夜は服装を確認してから扉を三回ノックする。

 

「尽夜さんね。お入りなさい」

 

 中から真夜の許しが聞こえてから、尽夜は室内に足を踏み入れた。

 

「お呼びですか?」

「ええ。色々とお話しすることがあります。まずはお座りになって」

 

 尽夜は真夜の正面に腰を下ろした。

 

「そう言えば、先程分家部隊から新たに報告があったそうです。スターズによって我々が逃してしまった脱走兵が射殺され、残りは正規入国者のみとなりました。今は監視に留め、USNAが動く時に仕掛けようと思います」

 

 尽夜が座るなり、葉山から伝えられた情報を真夜に伝えた。

 

「あちらもやっと収穫を得られたようね。そろそろUSNAに関しては大詰めかしら?」

「はい。一週間以内に動きが無ければコチラから動きます」

「異論はありません。万が一、シールズとやりあうことになっても心配はいりませんよね?」

「もちろんです。現実世界で騙せても、精神を偽ることなどできません」

 

 尽夜の口上に、真夜は満足そうに頷いた。

 

「達也さんを表で出撃させてもよかったの?」

「表向きは我々の近くまでパラサイトの魔の手が来ていることになっています。七草家や十文字家が対処に動いているにもかかわらず、同じ十師族として動かないのはいささか存在意義に触れてしまうと思いまして。しかし、今の我々と七草家十文字家には距離があり、我々から近付くつもりはなく、アチラも我々を計りあぐねています。そこで、千葉家をクッションとしておくことで直接俺に接触はなくとも千葉家に力を貸している達也であれば接触する可能性は高いと思った次第です」

「十師族を対応させるより、スターズのお姫様の対応に熱心そうよ?」

 

 真夜が口許に手を当ててクスクスと笑う。

 

「達也の目は情報次元を視る能力、仮装行列はその情報次元を書き換えてしまう術。戸惑うのも無理はないでしょう」

「風間少佐に援軍を請うそうよ。九重住職もいることですし、シリウスに対応するのも時間の問題になりそうね」

 

 尽夜は真夜の目を見て首を縦に振った。その時、扉がノックされた。

 

「お入りくださいな」

「お話し中に失礼致します」

 

 葉山がお盆の上に二つのティーカップと数個のおにぎりを携えて入室した。

 

「尽夜様、こちら、奥様がせめて何か摘まむ物をとご心配なされた故に用意させていただいた物にございます」

 

 テーブルの上に並べながら葉山が喋る。

 

「尽夜さん。帰っていらしてから何も食べていらっしゃらないでしょう?お忙しいのは分かるけれど、お食事はちゃんと取って欲しいわ」

 

 真夜の言葉で尽夜は自分が空腹であると感じた。張りつめていた空気が一気に弛緩し、他事へ意識を向ける余裕ができた。

 

「……………ありがとうございます」

 

 いただきます、と続けて尽夜はおにぎりへと手を伸ばした。その姿を葉山と真夜が嬉しそうに慈愛の籠った目で眺めていた。




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