【旧約】狂気の産物   作:ピト

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九校戦
第6話


-------7月中旬、第一高校

 

 国立魔法大学付属第一高校では、先週に定期試験が終了し、生徒達の関心は一気に夏の九校戦の準備へと向いていた。

 魔法科高校の定期試験では魔法論理の記述テストと魔法の実技テストにより行われる。

 一方、語学や一般科目は普段の課題提出によって評価される。

 

 実技テストでは魔法式の構築速度を見る処理能力100点、構築し得る魔法式の規模を見るキャパシティ100点、魔法式が『事象に附随する情報体(エイドス)』を書き換える強さを見る干渉力100点、以上3つの部門を総合的に見た魔法力50点(ただし、総合魔法力は実技300点満点のうち上位50名にのみ1位から順に1点ずつ落とした点数が振り分けられる)の計350点満点。

 魔法理論の記述テストでは必修の基礎魔法学と魔法工学、選択科目の魔法幾何学・魔法言語学・魔法薬学・魔法構造学の内2科目、魔法史学・魔法系統学の内から1科目、すべて100点満点の計500点満点。

 総合では850点満点となる。

 

 定期試験の実技と理論の総合結果は順当な結果となった。

 

 1位 A組 四葉尽夜  782点

 2位 A組 司波深雪  750点

 3位 A組 光井ほのか 702点

 4位 A組 北山雫   699点

 5位 B組 十三束鋼(とみつかはがね)  698点

 

 1位から4位まではA組で占められ、5位にやっとB組が入った。

 A組の上位者の占め具合いにも目を向けられるが、それ以上に注目を集めたのは、理論単体の順位だった。

 

 1位 E組 司波達也  492点

 2位 A組 四葉尽夜  442点

 3位 A組 司波深雪  421点

 4位 E組 吉田幹比古(よしだみきひこ) 416点

 5位 A組 光井ほのか 407点

 

 注目すべきはトップ5に2科生が2人も入っていることだった。理論も実技には劣るものの魔法師において重要なファクターである。それに、実技ができなければ理論も普通は理解しづらい。その観点からも2科生が成績上位者に食い込むというのは難しく、同時に珍しいものなのだ。

 更に達也に限って言えば、平均点で2位以下に10点以上を放した信じられない結果であった。尽夜は例年であれば最高点数でなければおかしい。実際3位の深雪でも例年の首席を飾れるがその総合点が尽夜と20点以上離れていることを思えば、更に達也の尋常の無さがよく分かるだろう。

 今年の筆記のレベルはとんでもない事になり、教師陣は唖然としており。その為、達也に〈技術の四高〉と呼ばれる第四高校への転校を薦める羽目となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

------第一高校屋上

 

 午前の授業が終わり、食堂に向かう生徒や弁当を持参している生徒が各々の昼食の準備を進めているなか、一人の男が屋上に(たたず)み、空を見上げていた。

 そこへ小柄な女性が屋上にそろりそろりと入って来た。その女性は男を認識すると、パァ!と顔を明るくし、駆け寄った。

 

 「四葉君、待ちましたか?」

 「中条先輩。いえ、俺も先程来たところです」

 

 聞きようによっては逢い引きの感じにも取れる挨拶を本人達は朗らかに交わす。

 尽夜は傍らに置いてあったアタッシュケースを取り、あずさに差し出す。

 

 「これ、例のものです」

 「あ、ありがとうございます!大事に扱います!ほんとにありがとうございます!」

 

 アタッシュケースを受け取るあずさは深々とお辞儀をする。その後顔を上げ、アタッシュケースをじーっと見つめて無言になった。

 

 「…………………」

 「中条先輩?どうかしましたか?」

 

 急に無言になるあずさを不思議に思う尽夜は首を傾げて尋ねる。

 彼女はもじもじとしながら思ったことを口にする。

 

 「……あの、……ですね。貰ったのは本当に物凄く嬉しいんですけど、ほんとに貰っていいのかと不安になりまして」

 

 ああ、なるほど!と尽夜は納得する。

 

 「構わないに決まってるじゃないですか」

 「でもですね。普通なら高くて手に入れる事さえ難しいこのCADをタダでいただくというのは少々、いえ大分忍びないといいますか……」

 「中条先輩」

 

 尽夜は彼女の名前を呼び、彼女の顔を上げさせる。

 若干潤んだ瞳で尽夜を見つめる彼女。

 

 「俺は中条先輩だからこそ、あなたに使って欲しいからこそ提案したんです。遠慮せず貰ってください。それに自分が持っていたとしても何も使う機会がないので、CADもそんなやつの所より使ってもらえる所のほうが喜ぶんじゃないですかね?」

 「しかし、いくらなんでもタダというのは………」

 

 貰われることは確定したが、まだ最後の一歩が踏み出せないあずさ。

 

 「それなら、中条先輩」

 「……なんですか?」

 「1つ、お願いを聞いてくれますか?」

 

 対価として求められるのを見つけた彼女はそれを期待する。

 

 「俺の九校戦のエンジニアになってくださいませんか?」

 

 尽夜が持ちかけたのは九校戦のエンジニアの依頼。恐らく定期試験の1位である彼はほぼ確定で選手に選ばれる。夏の九校戦では選手一人ひとりにエンジニア、CADを調整する人間がつく。勝負を左右する重要な役割。またそれには、使用者の技術者間の信頼関係が重要になってくる。さらには選手に比べ、技術者が少ないことがあり、良い腕の持ち主は獲得しづらくなる。

 

 あずさが最近の生徒会の方で選手ではなくエンジニアとして参加することを知っていた尽夜は、知らない上級生が自分の調整をするよりはまだ出会って日は浅いが、他の人より信頼できるあずさにしてもらいたいと考えた。

 

 「えっ?私がですか?」

 

 その提案に予期してないあずさは目をパチくりさせ、次には、

 

 「えぇー!?」

 

 目を見開き、驚きの声を上げる。

 大声を上げたことに恥ずかしくなった彼女は顔を赤くし、恐る恐る聞く。

 

 「ほんとうに私でいいんですか?」

 

 CADをもらう手前、断るという選択肢はないが、それでも確認は取らなければ気がすまなかった。

 『もっと上手い人がいますよ』と言外に伝えるあずさに、ちょっと尽夜は悪戯を入れる。更に近づき、彼女の手を取って握る。

 

 「ええ、あーちゃんがいいんですよ」

 

 ニッコリと微笑むおまけ付。拒否や躊躇(ためら)いをさせず、頷くことしか許さない気迫をこめる。

 あずさは先日のようにボンッと赤くなった。その間も目を逸らすことができず、結局首を縦に振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-----生徒会室

 

 魔法科高校にとって、夏の九校戦は秋の論文コンペティションに並ぶ一大イベントだ。

 インパクトは圧倒的に九校戦の方が勝るし、一般のウケも良い。

 どの競技も魔法技能による各校の対戦となるため、学校側はクラブなどの枠組みを超えて有望な選手に招集をかける。

 こうした性質上、部活連ではなく生徒会が主体となって準備が進められる。

 

 「選手を決めるだけでも一苦労なのよね………」

 

 いつも活き活きとした笑顔が魅力の真由美は、忙しさからくる疲労によって精彩(せいさい)を欠いていた。

 この時期の生徒会は九校戦の準備が主な活動内容となるが、九校戦が終われば即座に生徒会選挙があるため、その準備も少しずつ平行に行われる。

 相まって仕事量は膨大なものとなり、更には生徒会長は1番忙しくなるため、その気苦労は窺い知れるものではない。

 そのため机に突っ伏したとしても誰も咎める者はいない。

 

 「そういえば、尽夜君の出場種目を決めていなかったわね」

 

 今思い出したように真由美は顔を上げて、尽夜の方に向く。

 

 「ええ、俺はどれでもいいですから」

 

 淡々と、『そんなものに興味はない』というふうに答える。

 

 「ふーん。尽夜君の魔法はまだ見たことないのよね〜。楽しみだわ♪」

 

 ちょっと先の楽しみを見つけた真由美は笑顔に精彩さを少し取り戻す。

 

 「リンちゃん、1年男子の新人戦はどんな感じなの?」

 「今はアイス・ピラーズ・ブレイクが一枠空いている状態です。それ以外はもう既に埋まっています」

 「えっ?尽夜君は2種目出ないの?」

 

 真由美の疑問ももっともである。

 1年生の定期試験総合1位の尽夜が2種目出場できるにも関わらず1種目しか出場しないのは誰でも疑問に思うだろう。

 その疑問に鈴音が間を空けずに答える。

 

 「四葉君には二人で相談しまして、全ての競技の代理となっていただきました。緊急の事態になった時を想定して、その場所に入っていただくことになります。これは本戦でも新人戦でも同様にです」

 

 あえて1種目の出場を見送る。最悪の事態を視野に入れた回答に真由美は目を見張る。

 

 「どうしてそんな処置をとるの?」

 

 すると今度は尽夜が答える。

 

 「本家からきな臭い情報が入りまして。注意しておいて損はないと思いました。それになにかがあってから対応するのじゃ遅いですからね」

 

 真由美は真剣な目つきとなって、またも浮かぶ疑問を投げる。

 

 「それはどんな情報?」

 「まだ確定ではありませんから、お教えすることはできません。本家でもその情報が真であるか偽であるかは判断できていませんから」

 

 真由美は押し黙る。情報をもらえないのは悔しいが、家の方針に逆らうことなどできない。その情報の経緯によって家の価値が些細なものでも反映するからだ。

 

 「分かったわ。じゃあ、尽夜君はアイス・ピラーズ・ブレイクで決まりかしら」

 

 尽夜は了承の合図として頷く。

 

 「あらかた選手が決まっているけど今度は深刻なエンジニア問題ね…………」

 

 真由美の顔色は今日1番に曇る。

 七草真由美、十文字克人、渡辺摩利の『三巨匠』に加え、今の上級生にはA級判定を取得済みの生徒が多数存在している。いわば黄金世代なのである。真由美達が入学して九校戦は一高が2連覇中、真由美達にとって今年優勝してこその最大の勝利と考えている上級生は少なくない。

 だが、実技が優秀な生徒が多い反面どうしてもエンジニア問題が浮上してきた。エンジニアの絶対数が選手に比べ圧倒的に少ないのが実態だ。

 

 「せめて摩利が自分で調整できたらね…」

 

 真由美の苦言に摩利はあからさまに顔を逸らした。

 

 「リンちゃん、やっぱりエンジニアに…」

 「無理です。私の実力では中条さんたちの足を引っ張るだけです」

 

 顔を唸らせる真由美にあずさが案を思いつく。

 

 「なら司波君はどうですか?」

 「ほえ?」

 「深雪さんのCADを調整しているのは司波君だと聞いていますが?」

 

 真由美が勢いよく立ち上がる。

 

 「盲点だったわ!」

 

 獲物を見つけた視線を達也が浴びる。

 摩利も同様な視線を向けていた。

 2つの視線に、内心諦めつつも達也は最後の抵抗を試みる。

 

 「1年がエンジニアに加わるのは過去に例がないのでは?」

 「なんでも最初は初めてよ!」

 「進歩的な貴方がたはそうお考えかもしれませんが、他の選手が嫌がるのではないですか?唯でさえ2科生の自分が風紀委員ですのに、更に悪目立ちする事になります。

 それに、CADの調整には信頼関係が重要です。機器の性能が発揮されるかどうかはユーザーのメンタルに左右されますからね。選手の反発を買うような人選はどうかとおもうのですが…」

 

 もっともらしい意見に真由美と摩利は顔を合わせる。

 彼女たちはアイコンタクトで後輩を更に追い詰めようとしたときに横から援護射撃が放たれた。

 

 「私は九校戦でも、お兄様にCADを調整していただきたいのですが………だめでしょうか?」

 

 予想していなかった口撃に、達也は固まった。

 

 「尽夜さんはどう思われますか?」

 

 深雪の発言で達也的には既にチェックメイトだが、彼女は尽夜にも同意を求めて来た。

 

 「いいんじゃないか?深雪もいつも通り達也に調整してもらった方が実力を出せるだろうし、俺は中条先輩にしてもらうから達也にしてもらう事はないけど十分支持するよ」

 「尽夜君、そうよね!…………えっ?」

 「そうですよね!…………え?」

 

 喜々として尽夜の同意を受けた2人は爆弾発言に驚く。

 

 「あーちゃん?」

 

 真由美は達也からあずさへと獲物を移す。

 その視線の先にいる彼女はアタフタとしている。

 

 「そ、そそそ、それはですね、その……色々ありまして、そのお礼にと言う訳でして…」

 

 流石に高級なCADをタダで譲り受けたことは伏せる。あのCADは手に入られたくても普通は一介の高校生には凄く難しいのだ。

 

 「まあ、いいわ。だったら、そうなるように調整し直さなきゃいけないわね………」

 

 仕事が増えたことにちょっと鬱になった真由美はこれ以上詮索は控えるようだった。

 

 「それにしてもこの部屋、なにか寒くないかしら?」

 

 生徒会室は空調がちゃんと整備されているため、どの季節でも適温で過ごす事ができるのだが、今の室内はまるで冬の外気の中にいるような錯覚に陥るほど寒くなっていた。

 実際、あずさはカタカタと尽夜の方を震えながら見ていた。

 

 「じ・ん・や・さ・ん」

 

 恐ろしい程、綺麗でよく通る声が彼の肩越しにかかる。この室温の元凶である深雪は、彼の背後に立ち、その透き通るような白い肌の手を彼の肩に置く。そして、耳元に柔らかそうな端正な唇を近づけ、ぼそぼそと囁く。

 

 がたがたとあずさ以上に震える尽夜のそれは、放課後になるまで治まることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-------帰り道

 

 第一高校から駅への道のりを、深雪と達也と尽夜の三人は歩いている。

 放課後、達也のエンジニア採用の件は2年生、桐原のCADを試験的調整を九校戦選手の眼前で行い。最後には克人が賛成の意を唱えた事が決定打となり、容認された。

 ただ達也の調整相手は要望のあった1年女子たちが大半を占めた。

 

 「達也。お前の家に寄っても構わないか?」

 

 尽夜は急に提案をする。現在の時刻は午後8時を過ぎている。普通の友人の家にお邪魔する時間ではないことは明らかであった。

 

 「構わない。良かったら夕餉も食べて行くか?」

 

 達也は嫌な顔一つせずその提案を受け入れる。

 それもそのはずで、この兄妹は現在親元を様々な理由で離れているため2人の他に気にする相手はいないからだ。

 深雪は達也が夕餉に誘った事に嬉しそうに悶ていた。

 

 「是非御一緒になさってください」

 

 満面の笑みでの口撃に尽夜の選択肢はなかった。

 

 「なら、ご相伴に預からせてもらうよ」

 

 承諾に深雪は今にもスキップをしそうなぐらい上機嫌であった。




 尽夜がいる為、原作よりお兄様の記述をさらに化け物にしました。ご了承ください。

 一応実技の点数の上位者を載せておきます。

 1位 四葉尽夜  340点
 2位 司波深雪  329点
 3位 三井ほのか 295点
 4位 森崎駿   294点
 5位 北山雫   293点(記述406点〈6位〉)

 雫の記述順位は原作より4位程上がっております。

四葉家次期当主について

  • 尽夜
  • 深雪

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