ファイアーエムブレム風花雪月 異伝 漆黒のオーディン 作:すすすのすー
とある元黒鷲生徒視点
「エーデルガルト様、ヒューベルトが……アンヴァル宮城の正門が突破されました」
「彼は任務を全うしただけよ……そろそろよね」
「はい、エーデルガルト様。間もなく変調が訪れましょう。しかし……」
「貴方が気に病む必要はないわ。それに今更、後戻りはできない。さあ、持ち場へ行って。ここにいては万一があるかもしれない」
「……承知いたしました。エーデルガルト様、ご武運を」
エーデルガルト様を玉座に残し退出する。
「ぐっ……ぐううっ……! この程度の痛み……あの頃を思えば……!」
背後からは、彼女の苦しむ声……彼女が人ならざるものに変わっていく声が聞こえる。
私は目を向けることはできなかった。
最後に目にする私の敬愛するエーデルガルト陛下のお姿は化物ではなく、可愛らしいお姿にしておきたかったから。
「陛下のご様子は、どうだった?」
「無事……といっていいのでしょうか。変わられましたよ」
「ケッ……あの、闇に蠢く者たちのクソ野郎どもの技術に頼るなんてな……いよいよ頭がイカれちまったかと思うぜ」
「言うな。陛下は全てを覚悟の上だ」
私の同僚たちにして黒鷲の学級の級友たち……エーデルガルト様が
ペトラとヒューベルトが倒れた今、最後に残ったのはエーデルガルト様と私たち
「さて、ヒューベルトもくたばっちまったみたいだからよ……そろそろ来るぜ。俺たちの敵が」
「まだ、死んだとは限らない……だが、ヒューベルトなら死ぬまで戦いそうなのが残念だな」
エーデルガルト様の従者ヒューベルト……独断で動いて事後承諾を取るという形をよくする、あの男のことを、私は嫌いだったが……それでも、もう会えないと思うと残念だ。
「私は陛下の玉座の間の最後の門を守る。ここは任せたぞ」
「ええ、分かりました」
彼はエーデルガルト様を守る覇鎧隊の隊長、エーデルガルト様の最後の盾だ。
そして宮城の扉が開いた。
中へと連合軍が侵入してくる。
「さあ、攻撃開始です! 敵を入り口で殺せ! 〈サンダーストーム〉!!」
「〈サンダーストーム〉!!」
〈グレモリィ〉である私と仲間の〈ヴァルキリア〉、そして帝国軍に残った最後の魔法部隊が、最上級雷魔法の〈サンダーストーム〉を連射する。
ここに来るまでに、少しでも敵を減らしておかなくては……!
その時だった。
背後の玉座の間から、魔法の砲撃のようなものが飛んでいく。
「……!」
これは……エーデルガルト様の攻撃か?
闇に蠢く者たちの禁呪で変貌したエーデルガルト様の魔法が敵軍を襲う。
これなら……!
「あっ……!?」
隣の〈ヴァルキリア〉が、敵の攻撃魔法を受けて崩れ落ちる。
超遠距離の攻撃手段を持っているのは敵も同じか。
「おいおい、全滅する前に早く〈ワープ〉で飛ばしてくれっ! オーディンの野郎の顔を殴れなくなっちまう!」
「転移したら敵中のど真ん中……生きては帰れませんよ?」
「そいつは楽しそうだ。……こっちは五年間待ちくたびれてんだ、早く前線に飛ばしてくれ」
〈ウォーマスター〉の男が、転移魔法をせがむ。
この男は、エーデルガルト様の側近だからという理由で最後まで前線から遠ざけられていたことを、ずっと不満を言っていた。
だからこそ、今この瞬間を待ち望んでいたのだ。
「五年だ。五年間、お前らに勝つために牙を研いできたんだ」
「飛ばします! 〈ワープ〉!」
〈ウォーマスター〉を最前線へ転移魔法〈ワープ〉で飛ばした。
……少しの喪失感を感じる。
私は今まで何度も仲間を〈ワープ〉で前線へ飛ばしてきた。
そして、『フォドラの夜明け』を相手に戻ってきた者は殆どいなかった。
「さあ、攻撃の手は緩めないで! 〈サンダーストーム〉!」
私に打てる策は全て出し切った。
この位置からは前線の様子も殆ど見えない。
ただ、後は敵軍の集団に私の魔法を浴びせるだけだ。
「フッ……全く、厄介な魔法だな」
「っ……!! 貴方はっ!?」
突然、目の前に部隊が現れた。
敵も転移魔法を使ってきたわけだ。
敵の部隊、漆黒の魔法戦士の集団。
「俺は“漆黒のオーディン”……選ばれし闇の呪術士だ」
「……オーディン!!」
「久しぶりだな……だが、今は寝ておけ……必殺! 闇の〈ルイン〉!!」
漆黒のオーディンの左手から、膨大な魔力を持つ闇魔法が放出され、なす術なく私を貫いた。
「エーデルガルト陛下……どうか、いつまでも……おそばに」
闇に沈んでいく意識の中、それが口にできた私の最期の言葉だった。
◆◆◆
エーデルガルト視点
「必殺! アウェイキング・ヴァンダー!!」
「……っ!」
アンヴァル宮城の最終防衛線である玉座の間の門。
玉座の間に連合軍が入ってきた。
オーディン、ラズワルド、ルーナ、『フォドラの夜明け』の部隊長たち。
ベレス先生、ディミトリ、クロード……配下の帝国軍たちは主要な将は誰も討てなかったようだ。
「……その姿……お前、エーデルガルトか?」
私の姿を見たオーディンが、息を呑んだ。
その声には、明らかな動揺があった。
無理もない。
今の私は、もう人の姿ではない。
視界が高い。
身体が重い。
腕も、脚も、かつての私のものとは比べ物にならないほど大きくなっている。
鏡を見る余裕などなかった。
けれど、分かる。
この身体が、かつての私とは似ても似つかない姿になっていることくらい。
……醜い化物。
きっと、そう呼ぶのが正しいのだろう。
「……くっ、なんて禍々しい闇のオーラを纏った姿なんだ! ……俺が知るあらゆるものの中で一番かっこいいぞ……!」
えっ? ……私、かっこいいの?
鏡がないからわからないけど、オーディンが言うならそうかもしれない……今更、自分の姿が確認したくなってきた。
いや、今はそんなことを思っている場合ではなかった。
……オーディンを前にすると、私が鈍る。
「オーディンの美的センスはさておき……随分、変わっちまったな、エーデルガルト」
「その変わり果てた姿が、君の奉じた理想の果て、か。……哀れみはしない。それが……君の、望んだ未来だと言うのなら」
クロードとディミトリが私の姿を見て語る。
この二人にどう言われようとも、なんとも思わない。
なぜなら、私の審美眼はオーディンの方に近いから。
『……爆ぜ散るがいい。嘆く間もなく……消す!』
私の口から、私自身のものとは思えない、低く濁った声が漏れる。
双紋章が光り、現れた魔力の塊を敵……オーディンたちに投げつけた。
「来るぞ、各軍、散会! ……魔獣狩り陣形!」
オーディンの指揮で部隊が散会して、陣形を変える。
距離を保ちつつ、私を取り囲んでいる。
「恨まないでくれよ、エーデルガルト」
クロードの“フェイルノート”から弓戦技〈魔物撃ち〉が放たれる。
顔を庇って防いだ腕に、矢が深く突き刺さる。
しかし、痛みはない。
「かわせるか!」
今度はディミトリの槍“アラドヴァル”が腹に突き立てられた。
引き抜き、ディミトリごと放り投げる。
『……容赦しない!!』
──猛撃〈骸花〉。
魔獣だけが使える広範囲攻撃──猛撃。
まさか、自分がこの力を振るうことになるとは思わなかった。
周囲にいた連合軍の将兵たちが、まとめて吹き飛ばされる。
「エーデルガルト、我が“闇の同胞”よ……! その『闇の力』、俺が全て受け止め、封じてやる!!」
オーディンが駆け込んでくる。
その手に握られているのは、適合反応によって光り輝く──“封魔剣エクスブレード”。
『ぐっ、がアアアア……!!』
オーディンの剣が、私の身体を切り裂いた。
傷は、決して深くない。
それなのに──。
痛みが、全身を駆け巡った。
フェイルノートやアラドヴァル──“英雄の遺産”による攻撃とは、明らかに違う。
まるで傷口から痛みが全身へ広がっていくようだった。
身体に力が入らない。
思うように手足が動かない。
たった一撃で、身体の動きまで鈍らされていた。
『……私は止まれない!』
痛みに鈍った身体を、無理やり動かす。
私は全てを投げうって、ここにいるのだ。
ヒューベルトも、ペトラも、カスパルも、リンハルトも、ベルナデッタも、フェルディナンドも。
黒鷲の学級の級友たちも、帝国軍の将兵たちも……。
ここで私が負けたら、彼らの死が無駄になってしまう。
私は負けるわけにはいかない。
オーディンが私の巨体の懐に潜り込む。
──二撃目。
今度は、深く斬りつけられた。
激痛に歪む視界に、不敵に笑う級友の顔が映る。
それが、私の見た最期の光景だった。
──―
──
―
周囲に、沢山の人の気配を感じる。
意識が、ゆっくりと浮かび上がってくる。
眠りから覚めるような微睡みの中、私は少しずつ記憶を取り戻していった。
私は……連合軍と戦っていたはずだ。
「ああ、起きましたかエーデルガルト」
「……レア」
どうやら私は、魔獣から元の姿に戻っているらしい。
目の前には、大司教レア。
五年前、私たちが彼女を捕虜にして以来、何度となく顔を合わせてきた、見慣れた顔だ。
数年前には、フォドラの未来について口論になったこともある。
けれど今では、どちらかといえば、相談に乗ってもらうことの方が多かった。
「帝国は……私は、負けたのね……」
「ええ。随分と無茶をしたようですね」
ここは、どこかの天幕らしい。
私はその中に置かれたベッドに横たわっていた。
辺りを見回すと、顔を腫らした、見慣れた私の従者がいた。
「……ヒューベルト? 貴方、生きてたの?」
「ええ、見ての通りですよ。少々、手荒に制圧されましてね」
このヒューベルトのことだから、死ぬまで戦いぬき、敵に降伏はしないと思っていた。
……生きて会えるとは思っていなかった。
周囲にいた人間たちが、私が目覚めたことに気付いたのか、騒がしく話し掛けてきた。
「エーデルガルト、久しぶりだな! まさか、私のことは忘れていないよな! 私はフェルディナンド=フォン=エーギルだ!!」
「うるさいな……耳元で叫ばないでくださいよ。陛下は馬鹿じゃないんだから、人を簡単に忘れるわけないですよ」
「エーデルガルト陛下、私たち、黒鷲の学級、全員無事でした。宮城、戦闘参加した、
「おう! これで黒鷲は全員集合だな!」
「こ、これで、戦争は終了ですよね! やっと、人が沢山いる、あの捕虜用天幕から脱出できるんですね!」
フェルディナンド、リンハルト、ペトラ、カスパル、ベルナデッタ……黒鷲の学級の仲間たち。
全員が死んだとは限らない。
そう思っていた。
それでも、もう二度と会えないと思っていた。
「エーデルちゃん、久しぶり。ペトラちゃんの言う通り、黒鷲のみんなは全員生きてるわ。……全く、捕虜の管理をする私は大変だったんだから」
「……ドロテア」
ドロテアは黒鷲の学級で、唯一アドラステア帝国へ戻らなかった。
現在はオーディン率いるセイロス騎士団『フォドラの夜明け』の部隊長を務めている。
「オーディンくんが、黒鷲のみんなは生きてるってエーデルちゃんに教えたかったらしいの。だから、捕虜用の天幕からみんなを連れてきたのよ」
あの男は相変わらずのお人好しだった。
どうせ、負けて落ち込んでいる私を慰めようとしてこんなことをしているのだろう。
「エーデルガルト。アドラステア帝国は敗北した……だが、私たちはまだこうして生きている。私たちで再建していこう」
「フェルディナント殿……一番最初に負けて捕虜になっていた貴殿が、偉そうにそれを言うのですか?」
フェルディナントの言葉にヒューベルトが突っ込みを入れる。
アドラステア帝国が戦争に費やしてきた費用と人員は莫大なものだ。
立て直すには数年の時がかかるだろう。
「じゃあ、エーデルちゃんが起きたから、みんなは一旦出ていって! 面会はここまでよ」
「ええー! もう終わりかよ!」
「僕はいいけどね。あの捕虜天幕のベッドはそれなりに寝心地がいいし」
「捕虜天幕、黒鷲用です。士官学校時代、戻ったようで、楽しいです」
「せめて一人用の天幕を作ってくれれば、あたしはずっと捕虜になってるのに……」
ドロテアはそう言って、私の仲間たちの退出を促す。
「用は終わったから、みんな戻るわね。……エーデルちゃん、またね」
「え、ええ……ドロテア」
そう言って、ドロテアは黒鷲のみんなを連れて天幕から出ていった。
そして、天幕に残ったのは、私とレアだけだった。
「……静かになりましたね。先程までは随分と賑やかでしたから」
「オーディンは、何故私を殺さなかったの?」
「さあ? 私はオーディンではありませんから、分かりませんね」
レアに問いかけてみるが、彼女にも分からないらしい。
考えてみれば当然だ。
士官学校時代、オーディンはレアを苦手にしていた。
レアもまた、あの男を随分と警戒していた。
ならば、私の方がオーディンとの付き合いは深い。
だからこそ、分かる。
あの男が私を殺さなかった理由なんて、きっと大した理由ではない。
……単純に、友達を殺したくなかっただけだ。
「……貴方は、オーディンを随分と信頼しているのですね」
「信頼……?」
信頼しているのだろうか?
オーディンは、この五年間ずっと敵だった。
戦場では何度も刃を交えた。
私の前に立ちはだかり、私の理想を否定し続け……いや、別にオーディンは私の理想を否定してはいないか。
私は、オーディンのことを理解している。
あの男は、私を殺せなかった。
私が皇帝だからでもない。
敗者だからでもない。
ましてや、私を哀れんだからでもない。
「……友達だから。それだけよ」
「貴女は士官学校で得がたい物を得たのですね……それだけで、ガルグ=マクに学校を作って良かったと思えます」
笑いながら、まるで教師のようなことを言うレア。
……考えてみると、黒鷲の学級の生徒がみんな生きているのは不思議でもなんでもない。
オーディンにとっては士官学校の生徒は全員友達だ。
あの男は私だけではなく、全員に甘かった……たった、それだけだ。
「しかし……ここまで追い込まれるまで、戦争を続ける必要はなかったでしょう?」
「貴女を引き渡したくなかったからよ」
「まあ……ふふっ、本当に初代皇帝ヴィルヘルムにそっくりですね」
レアは何か勘違いしているのか、少し照れたような表情を浮かべている。
長命種である竜族のレアが、セイロス教会の最高指導者である大司教の座に居続けるのは、帝国の皇帝としては都合が悪い。
だから、ここで相談役として軟禁しておく。
その方が、帝国にとっても有益なのだ。
別に、感情的な理由があるわけではない。
「私は、ベレスに後を引き継ぎ……大司教の座から退こうと思っています」
「えっ……?」
思わず、間の抜けた声が漏れた。
「先生に?」
「ええ。もう、私が表舞台に立ち続ける必要はないでしょう」
レアは穏やかに微笑んでいる。
ベレス先生は、レアが作った「女神の器」の成功作だ。
彼女には、女神の力が宿っているという。
ならば、彼女に後を譲るという判断も理解できる。
レアが大司教の座を退けば、セイロス教会の在り方も大きく変わるだろう。
そして──。
敗者となった私に、その是非を口にする資格はない。
「……そう」
私はそれだけを返した。
五年間、私が戦い続けてきた理由の一つが、あっけなく消えてしまったような気がした。