「我が姓は孫、名は悟空。斉天大聖の号を得たり!」
"人間の戦士"荒木秀信と"闘勝戦仏"斉天大聖・孫悟空の戦いは激化の一途を辿っていた。
十貫は下らない長大な三尖刀を振り回し、斉天大聖へ刃を突き立てようとするが、悉くを阻まれる。斉天大聖の軽捷さもあるが、掌中に収まる武具……孫悟空の代名詞たる"如意金箍棒"によって払われてしまう。耳を劈くような破砕音が響き、城が次々と崩れ去っていく。目にも止まらぬ速さでただ駆け回る。それだけで嵐に等しく、城内は崩壊の一途を辿った。
ちょこまかとっ!
軽捷無比な斉天大聖の挙動に、胸中で悪態をつきながら追いかけ回す。焦れた秀信が散乱していた石くれを蹴り上げ、斉天大聖へ嗾けた。斉天大聖はひらりと躱すと、翻って秀信へ猛然と突っ込んできた。
これを狙っとったんか、秀信は斉天大聖の思惑に気付いた。自分は追いかけていたのではない……背中を見せられていた。背を追いかけ続けた秀信が、自分でも知らぬ間に狩る側へと意識が変遷してしまった。その絶妙な心を読み、一気に転進してきたのだ。
だが秀信は焦ることなく地面に三尖刀の石突を突き立て地面をめくれ上がらせた。斉天大聖に大岩の礫をくれてやったが流石は鉄頭銅身。礫を叩き割って速度を落とさず迫った。
秀信も急制動した反動を重ねて、強烈な横蹴りを放った。
「したたかじゃのう小童!」
秀信も強いが、斉天大聖もさらに強い。瞬足の横蹴りを嘲笑うかのごとく触れる直前でそのまま上空へ跳躍。次の瞬間には、霹靂さながらに如意棒を振り下ろしてきた。
手前が言うな、と腹筋と顎をかため寸でのところで三尖刀が間に合った。ギィィンッ、っと一瞬の鍔迫り合いのあとに轟音。やはりと言うべきか一瞬で押し負けた秀信が、三尖刀ごと叩き付けられた。クモの巣状の罅が地面に刻まれ、飛礫と土煙が舞う。
少々力みすぎたかの? だがこれでお終いじゃ。
視界を奪った土煙を、その身に宿った無尽蔵の神力でもって吹き飛ばす。予想違わず、視線の先には千々に砕けた秀信の姿が───なかった。
「───!」
刹那、見事な敏捷さで中空へ飛び上がった斉天大聖は迫る三尖刀の刃を躱すことに成功した。頬を横切った刃のあとに頬をぬるりと伝わったものは、汗だったのか血だったのか。
咄嗟に如意棒を振って、秀信を吹き飛ばす。……だが衝撃を巧みに操り、たたらを踏みながらも、そのまま距離を取られた。斉天大聖の二撃を受けながらも、元気に城の屋根を走りはじめた。
斉天大聖は今相対している人間に呆れそうだった。神に歯向かった度胸もそうだが、肉体が常軌を逸している。天竺への旅路で退治した妖怪変化でもあれほどの怪物は稀だった。
なんという度胸、なんという技量、なんという天稟。頬の血をべろりと舐め肩を揺らす。じゃが地の利……いや、天の利は、いまだだ我にあり!
「お次はこれじゃ小童──伸びろ如意棒!」
くるり、と軽業師のごとく空中で回って景気をつけ、次の瞬間、地上にいる秀信へ如意棒を──突き降ろした。
一撃ではない。棒の一突きが刹那を経るごとに速度を増す。秒からはじまった攻撃が、"釐"を超え"雲耀"へと。
一──二──四──八──十六──三十二──六十四──百二十八──二百五十六──五百三十二──千六十四────。
秒間にして
だがそれでも。まだまだ秀信は生きていた。
まるでコンクリートハンマーの騒音が何十倍にもしたような轟音の中、秀信の咆哮が砂礫を揺るがす。ほう、と感嘆の声を漏らした。この沛然たる超連撃の豪雨のなか、まつろわぬ神に抗う人間は諦めてはいなかった。
三尖刀は二郎真君の分身だ。
ならば三尖刀は自分で、自分は三尖刀。そう思考すれば刀剣の姿をしていた神器は"篭手"へと姿を変え、するすると秀信の腕へと自ら嵌った。
あとは根性勝負だった。己の持ちうるもの……『心眼』で、武神の武技で、直感で、拳で、足で、肉体で。あらゆるものを用いて最小最低限の力で切り抜けられる活道を選んで切りぬけた。
ふはっ、と痛快に笑う。
この死の雨を人間が切り抜けられるだろうか? いやいや、そんな人間など居やしない。それはもう人間ではない。鬼か、修羅か、夜叉か、羅刹か。
素の力ならば我にも迫るのではないか──?
そう思わせるほど化け物じみた"人間"に知れず、戦いの神として笑みが浮かぶ。
クソッタレッ! 何じゃこの嵐は!?
敵を喜ばせているなど知らない秀信は好転しない窮状に状況に苛立ちを募らせていた。とにかく手数が半端ではない。一瞬たりとも気を抜けない。霊猴と戦ったときの攻撃よりも段違いにキレのある攻撃は流石は闘神と唸らざるをえない。
だが、さっさと切り抜けんと持たん! だがあのエテ公は中空から攻撃してきちょる……飛べばそれこそ飛んで火に入る夏の虫じゃ……。
打開策が見つからない。完全なアウトレンジからの攻撃に加え、この超連撃は檻の役割も果たしている。
どうすべきか、とそんな風に悠長に思案する余裕があるのは霊猴との戦いで散々っぱら神速を見切り経験を積んだからだろう。
そうして幾ばくもなく打開策が浮かんだ。
斉天大聖は完全な真上から攻撃を放っている。重力に抗っているのは決して神力を使ったものではなく、この怒涛の突きで抗力を得ている。ならば。
心眼の深度をより深めていく。
おそらく心眼は視界に頼らない。視界に頼ればラグが生まれる。敵の視線、大気の動き、微弱な振動……およそ森羅万象と呼ばれるものを視覚を越え直接脳内に叩き込まれる事によって成り立っていると秀信は解釈していた。そして森羅万象を見切れるこれならば、"力の動き"とて見切れるはず。
そうして見開いた目で如意棒から重力に抗う力の波が"観えた"。
決める。如意棒へ向けて大きく拳を揮う。
弾かれた如意棒は、小さな間隙を生んだ。その間隙は腕を肩にまで引絞って振りかぶるには十分だった。
乾坤一擲の大ぶりな動きは、死と隣合わせ。チャンスは一度きり。
「ぬおっ!?」
金属バットで快打を打ったような耳心地の良い音が鼓膜を駆け抜けた。そして如意棒が吹っ飛び、それに体重を預けていた大聖もまた吹っ飛んだ。秀信の全力はたとえ斉天大聖と言えども場外ホームランさながらに景気良くぶっ飛ばす力があった。
だがここでは終わらせない。
中空でクルクル回る大聖へ向け、地面を蹴って大跳躍───逃げ場のない大聖に、弾丸の如く突っ込み殴り掛かった。
「待て待て待てい! それはないぞ小童!」
「誰が待つか糞エテ公! ここで死んどけ!」
咄嗟に如意棒を持ち替えて防ぐが、その勢いは余す事なく伝わった。
すでに吹き飛んでいたと言うのに、お代わりと言わんばかりに勢い付いて吹っ飛び──豪快な破砕音とともに城壁へ叩きつけられた。
小童! すぐさま爆発したかと見紛うほど瓦礫の山をふっ飛ばし、怒り心頭で大聖が現れた。
身構えるより早く、斉天大聖が飛んで来た。眷属である霊猴が神速の速さだったのだ。斉天大聖もまたその駿足を持ち合わせていた。
掌と膝蹴りが同時に放たれた。膝蹴りはブラフ、身を捻って躱す事に成功する。
問題は掌であった。掌をそのまま突きだす掌底は、速さもそれほどでもなく脅威も感じないと言うのにひどく恐ろしい何かを備えていた。
身体を捻った直後で重心がややズレたが、けたたましく鳴る警鐘に従って無理やり首をひねって転がりながら躱す。
グッ、と大聖が掌底を固く
……本当に、ただ大気を握りしめただけ。そこに武技も術理のありはしない。
ハッとする。そう、ただ握りしめただけ。やったのはシンプルな事……斉天大聖はあり余る掌力で、手のひらを握りしめ大気を削り取ったのだ。それこそ
なんてデタラメ、掌力絶大という言葉では収まりきれない『神』の脅威に知れず身震いしてしまった。
それが致命的な隙を作った。
掌を手刀へと変遷させ、迅雷さながらの速度で斬り込んできた。
今度は純粋な力押し。地面を転がった上で身体が浮き上がり、回避は不可能であった。篭手が破壊され腕から間欠泉じみた血が噴いた。遠くで篭手の破片が地面に落ち、乾いた音が響いた。
僥倖であった。まだ生き残っている。
大聖の胸ぐらを掴み、動きを封じる。あとは、この拳を──叩き込むだけ!
バキッ。 必殺を臨んだ拳が放たれ、鈍い音が斉天大聖の頭蓋あたりから響く。砕けたのだ───
「ぐ、ぁぁああああああああああ!?」
「阿呆め、知らんのか小童? 我は『鋼』そのものだぞ? 金丹盗み服みたれば、わがからだまた嫌えられ、銅の筋肉、鉄の骨、火眼のなかの暗は金。屁眼は真鋳製、鶏日は錫メッキ。素手で挑んで勝てる道理なぞありはせんわ!」
"鉄頭銅身"。乱行を繰り返した先で霊薬や蟠桃をくらい、八卦炉で焼かれ生き残った彼だからこそ手に入れた鋼の肉体。たとえ尋常ではない膂力を誇る秀信とて打ち砕けるものではなく、それどころか逆に砕かれてしまった。
秀信の力は絶大だ。しかし今回はこれが仇となった。力の強さが反動となって、彼の拳を完膚なきまでに砕いてしまったのだ。酷い複雑骨折で砕けた骨がすら見えるほど。とてもではないが戦闘に使える状態ではなかった。
「これで仕舞いじゃ! そぉれ森羅を震わせ碧空を驚かす一条の鉄棒、馳走仕る!」
見栄を切った大聖が如意棒を振りかぶり、閃電の如く強襲する。篭手を失った秀信に打ち合える得物はなかった。
でもやるしかねぇ! 腹を決めた秀信がその場で勢いよく地面を蹴って
これにはさしもの大聖も目を剥いた。遠回りな自殺にしか見えなかったからだ。
けれど秀信は一切諦めていなかった。心眼と持ち前のクソ度胸で如意棒どころか斉天大聖すら視界から外す。視界など邪魔になるだけ、直感でやるしかない。
天と地が逆さまになった状態で、振り下ろされる如意棒に向けたのは"足"。
蹴り上げるのか? いや、そうではない。
迅雷の速度で迫る如意棒に滑るように足を這わせがっしりと
「おいだけが素手で不利じゃと言うのらば! おおぉぉおおおおおおおお───ッ!!!」
そのまま臍下丹田から力を練り上げ、ぐるりと回転。如意棒を地面に叩きつけると、神珍鉄で鍛えた神代の武器を叩き折ってしまった!
「───これで五分だろうがぁ!!!」
「はははは! 小童、おぬし本当に人間か──ッ?」
怒りも忘れ、盛大に笑ってしまった。ただの矮小なる人間が己の獲物を砕き割ったなどと。笑う以外にどうすればいいのだ。
「手強い。ほんに手強いのう。おぬしが時間稼ぎであることはわかっておるが……だか完膚なきまでに討ち果たしたいぞ。誇れ、おぬしは我が刈り取るに値する敵手じゃ」
「……時間稼ぎ?」
とある言葉が引っかかった。
闘神としての称賛だけでなく、健闘している人への慈愛を介在させた笑みを浮かべながら、分かっている、分かっていると、したり顔を浮かべ笑みを深めた。
「そう誤魔化す事はない。貴様が時間稼ぎの捨て駒なのは分かっておるぞ? いくらおぬし等とて人が『神』に勝つなど思うてはおるまい。そら白状せい、真打ちの二郎殿はいつ出てくる算段なのじゃ? それとももう貴様のなかに居るんかの?」
ああ、こいつは勘違いしているのか。
斉天大聖とは打って変わって少し冷めた表情を浮かべた秀信は口を開いた。
「あいつは来ん。お前が猿にした人々を戻すため力を使ったけんな。力を失ってからでしかこの世に現れんのだ。……算段と言うならば、おいがお前斃してその後に楊二郎を斃す。それが策じゃ」
きょとん、と間の抜けた顔を作ると、次には大聖の顔からストンッと表情が抜け落ちた。それは恐ろしいくらい空虚に。
「舐めるなよ──」
冷めた声だった。気付いた時には大聖が目の前にいた。防御を取る暇も、なかった。戦いを始める前のように心底つまらなそうに呟いて。身体をバラバラにされる感覚がと痛覚を焼き焦がす信号が脳に到達するのは同時だった。
「──人間」
憐憫を多分に含んだ傲岸で冷め切った声が耳朶を打つ。見えなかった。なにも。
仰向けに倒れ伏した秀信の首元に足を置き、斉天大聖は敗者を傲然と見下ろした。つまらなそうな表情を一変させ、今度はいやらしいまでの狡猾な笑み。
「おい小童。今まで『神』である我と戦い、おぬしが何故死ななかった分かるか? え?」
尊大な笑みは深くなっていく。にんまりと、それこそ三日月のように、深く、深く。
「二郎真君と言う忌々しい『神』の思惑を完膚なきまでに打ち砕き、そして愛し子たるおぬしの───
は、と声が出た。
「実を言えば……我にはもう
人差し指で、ゆっくりと指差す。茫然とした秀信を。
「それが──おぬしじゃ。おぬしを必要になったとき間が悪いことに現世に戻り、手を出せなくなっていたが……。愚かにもふたたびこの領域に舞い戻り、しかも使って下さいと言わんばかりに、こうして目の前に現れた」
愉快、愉快。
暗闇でも不気味な存在感をはなつタペータムの眼を爛々と光らせ嘯く、猿の大化生。黄金色の毛並みをなびかせ壮絶な美しさを備えながらも、どこか濁っていて燻んでいる。だが黄金は黄金だ。
敵は黄金の化け物。人が及ばぬ領域に在るもの。神。神。これが──神か。
「よい道化じゃったぞ小童! 『弼馬温』なんぞという呪法に囚われ始まった我が三百年の屈辱! 辛酸を舐めさせられ恥辱の澱に喘いでいた我に、よく活路を示し、憎悪と無聊を慰めていくれた! 礼を言うぞ小童!」
沁みだす。赤熱し溶けだした鋼がひび割れた心から沁みだしていく。
斉天大聖ェッ! ブツん、と何かが切れる音が聞こえると同時、怒号を上げようと口を開いた瞬間だった。
「天雷无妄、元享利貞!」
はは! と愉快気に笑いながら口訣を結んだ斉天大聖がその姿形を変化させ、拳ほどの毛玉になると一直線に秀信へ向けて飛び込み、そのまま彼の口の中へ入り込んでしまった。
神通無限・斉天大聖。体内に入られてしまったら、術の一つも修めていない秀信はもはや
何もかも掌の上。
心臓の部分からじわじわと細胞がひっくり返る感覚を最後に、身体が硬直していく。どうしようも、なかった。荒れ狂う潮騒のごとき心の中でそう悟りながら、深く昏い深海に放り込まれたように意識は消滅した。
───そうして静寂のみが、辺りに響いた。
俯いた秀信が、顔を上げる。面影は、なかった。
紅い目に金色の瞳……火眼金晴。面に出ているものは斉天大聖の霊眼。もうそれだけで、すべてを物語っているに等しかった。
大きく、歪つに、くちびるが円を描く。たまらない喜悦を押しとどめる事が出来ない、そう言わんばかりに。
ただの拳風のみで。まさに至高の存在。『神』なのだ、あれは。間違いなく『神』なのだ。
「ははは! あの小童の身体を奪ったのは間違ってはおらんかったようじゃのう! 『神』の
今。この時を以って荒木秀信は『神』となった。斉天大聖・孫悟空を孕んだ『まつろわぬ神』へ……。大願成就を目前にして、喜悦を隠そうとしない大聖はすばやく印を切ると、何処からか呼び出した雲に乗って軽快にとんぼを切った。
そして電光石火。目にもとまらぬ速さで領域を駆け抜けた。
向かう先は、己を封ずる幽世の出口。かつて秀信が迷い込んだ西天宮につながる回廊である。
またたく間に辿り着き、言葉もなく虚空から取り出したのは、一本の匕首。古ぼけたそれは以前、幹彦が古老より賜ったものと同一のもの。大聖は幹彦たちを急襲したあと抜け目なく奪っていたのだ。
この禍祓いの呪力がふんだんに込められた匕首───『斬竜刀』を。
「さぁ、仕上げじゃ! 竜を屠る宝刀よ、わが道を切り裂け!」
禍祓いとは稀有な力である。魔術のみならず権能でさえ僅かでも消し去ってしまえるのだから。そして禍祓いの呪力の籠もった斬竜刀は、その名の通り"呪を破る刃"。
それが例え『神』さえ封じる代物であったとしても。
斉天大聖の接近を感知してか、幽世に斉天大聖を封じ込めていた呪縛が動き出す。させるものか。
大きく口を開け、『斬竜刀』を呑み込んだ。斉天大聖の肉体を中心に禍祓いの力が溢れ……そんで小童の身体を隠れ蓑にして使えば……っと。
禍祓いと変化による二重策。これにはさしもの呪法でさえ標的を見失い、戸惑ったようにとぐろを巻く。
「アッ──ハッハッハハハハハハハッ! 『弼馬温』破れたりぃぃぃ!!!」
地獄まで轟くような哄笑を上げ、喜びをあらわにする大聖。
重畳、重畳。これ以上なく上手く行った。
刺客たる小童は取り込み、二郎真君も時を待たずして現れるだろうが、今ではない。それに不完全なあやつでは我の相手にはならぬ。この孫様の敵ではない。
もはや復活を妨げるものなど皆無であった。
結界を破り、現世へ繋がる回廊へ飛び込んだ大聖はそのまま、現世へ躍り出た。
そのあまりの衝撃に日光東照宮どころか、女峰山全体が鳴動している。火山の噴火さながらに鳴り響く振動音に、人々の安寧は打ち壊された。だが歯牙にかけることなどあり得ない。
斉天大聖はまるで祝福するかの如く現れた薔薇色の曙光を全身に浴びていた。
ああ、気分が良い。得も言われぬ快感に、囚われていた事すら悪くなかった……そう思えるほど。
さぁ、名乗りを上げよう。
地上に災いを振り撒き、思う存分遊び回るために。
「我は猿猴神君に非ず。我は天なり。天に斉しき存在なり───」
言葉を結ぶ。その威厳は豪放磊落な勇者のものではなく、封じられた滑稽なサルのものでもなかった。
「我、石より産まれし猴王して神通無限、変化は千変にして万化なり。天宮にて丹を偸み、酒を貪り、蟠桃を喰らう。武を弄び、凶を為し、悪を顕す!」
天を指さす、この者こそ──。
「我が姓は孫、名は悟空。斉天大聖の号を得たり!」
斉天大聖、此処にあり。三千世界へ向け、宣告する。
三百年の月日を経て『まつろわぬ神』斉天大聖・孫悟空は現世へ現れ出でた───。