「……平和だな」
青年は村を見回しながら小さく呟いた。
昼前だからか、人は少ない。大人たちは仕事があるのだから当たり前だが、アニメで見慣れていた人の多い村とは少し印象が異なる。
──これは少し待つことになるな。
『メィリィ探しか。まあ、昼に一人で出歩いているとは思えないし……夕方ぐらいまでってことかね』
──そうなるか。
小さく息を吐くと、青年は辺りを見回した。
適当な木を見つけるとその根元に腰を下ろす。
「休むか」
やることもないので目を閉じて体を休める。
竜車でいくらか仮眠を取ったとはいえ、気を抜くと寝てしまいそうだ。
『実際寝てもいいんじゃね? まだメィリィがいないなら大丈夫だろ』
「寝てる間にメィリィが村に入ったらどうすんだよ」
すぐ殺されるなんてことはないだろうが、それでも警戒するに越したことはない。
死に戻りがない以上、いくら予防線を張っても張りすぎなんてことはないのだ。
「まあ、メィリィの件が済んだら、一休みするよ」
ここを乗り切れば、三章──王都に舞台が移る。
青年はスバルみたく王城に乗り込むつもりはない。あんな風に啖呵を切る勇気などこれっぽっちもないのだ。
もちろん白鯨討伐の根回しなど、しなければならないことは多い。
だが、今よりは楽になるはずだ。休むのはそこでいい。
何にせよ、今は待つしかなかった。
※ ※ ※
「あれ、兄ちゃん誰?」
青年が座って目を閉じていると、声がかかった。
無邪気な、全く警戒していない声。
目を開けると、村の子供が数人、こちらを覗き込んでいた。
「そんなところで寝てたら風邪ひくよ?」
時刻は夕方手前くらいだろうか。太陽が少し落ちかけている。
「寝てるように見えただろうけど、寝てないから大丈夫だ。心配してくれてありがとな」
声をかけてくれた少年に軽く笑いかけ、子供たちを見る。
まだメィリィはいなかった。
『うとうとしてたくせに。俺が何回か声かけなかったら寝てただろ』
──あれは助かったよ。危なかった。
『ぶっちゃけ寝ててもよかったような気がするけどな。そんなに警戒する必要は…………あるか? まだメィリィはいないみたいだから、子供たちとでも遊んでやれば? 名前当てゲームとかして驚かせてやれば、喜ぶんじゃねえか?』
──さすがに子供の名前は覚えてないな。ペトラぐらいしか名前がわからん。
『ま、お前が覚えてないのは知ってるんだけどな』
そりゃそうだろう、と青年はため息を吐いた。
彼は自分自身。知識は共有されている。
「兄ちゃん、屋敷の人?」
「いいや、違うよ」
「じゃあ兄ちゃん誰?」
「俺かあ……」
この場合なんて説明するのが正しいのだろうか。
──旅人とは少し違うだろうし、かといって無職というのも間違ってはいないんだけど……さすがに嫌だな。
「うーん、ちょっとわからないな」
「自分のことなのにわからないの? 変な人」
「へ、変な人?」
無邪気に言われると少し傷つく。
しかし間違ってもいないため、青年は苦笑いを浮かべるしかなかった。
「ダメだよ、そんなこと言っちゃ。お兄さんに失礼だよ」
オレンジ色の少女が怒ったように頬を膨らませている。少女──ペトラは青年が唯一名前を知っている子供だ。
「ありがとな、お嬢ちゃん」
「いいよー。私ペトラっていうの。お兄さんは?」
「俺? 俺は……」
即座にスバルの名前が出ないところに、慣れないなと内心苦笑する。
「ナツキ・スバルっていうんだ。よろしくな、ペトラ」
「うん。よろしく、スバル!」
ペトラがそう呼び始めると、周りの子供がスバルと連呼し始める。
そういえばスバルは、村の子供たちに呼び捨てで慕われていたなと思い出した。
『この子たちには名前で呼ばれてもいいのか?』
──そりゃ正直誰にもスバルとは呼んでほしくないんだけどな。子供にそれを言うのは何か違う気がして……。
『めんどくせえ奴』
そんなことは自分でもわかっていた。
いや、わかっているからこそ俺の中の彼はそう言ったってところか。
自分の一部である彼が、青年に再認識させたのだ。
と、青年の肩がつつかれた。
「スバルは何か面白いことできる?」
「魔法とか使えるの?」
「どこから来たのー?」
群がってくる子供たちをひとまず両手で押しとどめる。
「一旦ストップ! 一気には答えられないからな。ちょい待ちだ、ちょい待ち」
「わかったー、ちょいまちー」
「ちょいまちだー、ちょいまちー」
ちょい待ちというフレーズが気に入ったのか、子供たちはそれを楽しそうに連呼している。
「まあ楽しそうで何より、か?」
『先生みたいだな。意外と向いてるんじゃね、と思ってみたりしてるんだがどうよ?』
──スバルほどじゃない。
『まあ俺はガキンチョどもには何故か好かれるからな! 純粋な子供たちは慕うべき人間がわかってるってことだな』
突っ込む気力もないためスルーして、子供たちに意識を戻す。
「よし、なんでも答えてやる。手上げた人から順番にな」
青年の言葉に、子供たちが我先にと手を上げる。
「はい、じゃあ俺!」
「はい! はい!」
「はいじゃあそっちの子」
「どこに住んでるの? 家はどこ?」
「家か……あれ、考えてみたらないな」
「え、家ないの? 何それ」
「変なのー」
『あれ? ……ホームレスじゃねえか』
──家がないことなんて、最初からわかってたことだろう。
『まあ、頑張れよ?』
憐みの色が見える声に、青年は無視を返した。
※ ※ ※
しばらく子供たちとじゃれていると、子供の一人が青年の袖を引っ張った。
「ねーねースバルー」
「ん? なんだ?」
「スバルは秘密守れるー?」
「秘密? ……ああ、守れるぞ」
秘密、と聞いて内心身構える。
メィリィ、子犬。この状況で子供たちの秘密になりそうなことは多い。
もちろん他愛もないことかもしれないが、それはそれで親身に聞いてやることで子供たちからの信頼も得られる。
「じゃあスバルにも見せてあげる!」
嬉しそうに青年の手を引く子供たちに心の中で謝りつつも、青年は笑顔を浮かべた。
「秘密か……楽しみだな」
──現金すぎて自分が嫌になる。やっぱり慣れないな、嘘をつくことには。
『……』
青年の心の声に、返答はなかった。
いつもなら茶化してくるはずなのに、と不思議に思いつつも、子供たちについていく。
「こっちだよ、こっち」
子供たちに連れてこられたのは、村のはずれだった。魔獣たちの森からもかなり近い。
「ちょっと待っててね」
子供の一人が茂みの中へ入っていく。
結界の外ではあるが、かなりギリギリだ。もし結界が緩んでいたら、魔獣が結界を超えることもできるだろう。
青年は表情には出さず警戒しつつ、子供の帰りを待った。
しばらくして茂みが揺れた。
「ほらこの子! 見てスバル、可愛いでしょ」
茂みから出てきた子供の腕に抱かれている
「おお、可愛い犬だな。どこで捕まえたんだ?」
見た目は可愛い子犬。
しかしその正体は、原作でスバルやレムを殺した魔獣ウルガルムだ。
──落ち着け。
何があってもいいように、心の準備はしておく。
「少し前にね、ここで見つけたんだ」
「人懐っこくて、すごく可愛いんだよ」
「昨日も一緒に遊んだしねー」
嬉しそうに説明する子供たちは、子犬を心底気に入っているようだった。
「それは……良かったな」
なるべく自然な笑顔を心がけながら子犬を見る。
そんな青年に、子犬は愛らしい目でじっと見つめ返してきた。
「触っていいか?」
「うん、いいよ!」
──準備は、できた。
差し出された子犬の顎辺りをそっと触ると、子犬は気持ちよさそうに目を細めた。そのまま撫で続けるが、様子に変化はない。
少し撫でる動きを強めてみるが、子犬は気持ちよさそうにするだけで特に何もしてこなかった。
──まずいな。
青年は内心焦り始めていた。
子犬に噛まれ、その傷をベアトリスに見せることで、偶然呪いが発覚する。
それが青年のシナリオだった。
そうすることで“呪術の危険が村にある”ということをロズワールたちに認識させるつもりだったのだ。ここで噛まれなければその方針そのものが破綻する。
多少強引にでも子犬が噛むようにしなければ。
撫でるのをやめて、子犬をつねってみる。すると、子犬が少し嫌そうなそぶりを見せた。
──これなら、なんとか……。
続けようとしたところで、青年の肩が叩かれた。
「そんなに強くしたら、この子も怒っちゃうよ」
「そうそう。いくら可愛いからってねー」
「兄ちゃん、そんなに犬好きだったの?」
無邪気な反応を見せる子供たちに、意識が引き戻される。
『噛まれるだけならいいけど……本当に怒らせて、ここで正体現したらヤバくね?』
──……そうだな。軽率だった。
ここで魔獣に暴れられると、青年では子供たちを守り切れない。
青年にスバルのような体力はないし、機転もない。
仕留められるかどうか怪しい状況で魔獣化させる可能性のある行動をとるのはあまり良い手ではなかった。
「ごめんごめん。ちょっとやりすぎたわ」
子犬を撫でつつそう謝ると、子供たちは変なの、と笑った。
「噛まれないように気をつけろよ? 意外と痛いんだぞ、あれ」
空気に合わせて茶化すように言ってやる。
「噛まれたことあるの?」
聞いてきたペトラにまあな、と返しつつ犬に視線を移す。
「犬はいつ噛むかわからないからな……。仲良くしてると思っても油断ならねえ」
するとペトラは大丈夫、と妙に自信ありげに答えた。
「大丈夫ならいいんだけど……やけに自身たっぷりだな」
「うん。あの子がいればね、噛まれることはないの」
「…………あの子?」
「名前は知らないの。今はいないんだけど……最近はよく一緒に遊んでるんだよ」
「どんな子なんだ?」
「おとなしい子だよ。でもその子とはすごく仲がいいの」
「子犬と仲がいい、か」
ペトラの言う少女。
メィリィだ、と確信すると同時に小さな焦りが生まれる。
『すでにこの村に来てたってことか。こりゃ出遅れたな』
──俺を警戒して姿を現さないのか、それとも別の理由があるのか。
『別の理由があったとしても、警戒はされてそうだな』
メィリィにとって青年は、知らない土地から来た謎の人物になる。人柄、経歴、できること。全てが不明だ。
魔獣を使って一騒動起こそうしているメィリィが、警戒しないわけがない。
──くそったれ、頭がオーバーヒートしそうだ。
『攻略サイトだけ見て、初見でやる高難易度ゲームみたいだな』
──ゲームとは違う。一回も失敗できない。こいつらは生きてるんだからな。
目の前の子供たちは楽しそうに子犬と遊んでいる。
自分を殺すかもしれない相手と遊んでいる彼らを見て、一つの感情が沸き上がった。
「……」
羨ましい。
無邪気な笑顔が、青年にはとても羨ましく見えた。
恐らく青年はこの先、無心で笑うことはできないだろう。
付きまとう警戒心や、失敗できないという重圧。
この世界の未来を知っていることで、起こる事件への対策も常に考えねばならない。そんな息苦しい状況から、青年は逃げるつもりはなかった。
すべてを投げ出すことができるほど、青年は悪人でなかったのだ。
しかし青年の比較対象は悪人ではなく、ラインハルトやエミリアだった。
自分と彼らを比べて、自然に言葉が漏れる。
「俺は、屑だな」
根っからの善人である彼らと青年。善性を比べれば彼らの軍配が上がる。
『トンチンカンのことを気にしてるのか。自分を優先するなんて割と人として普通にありそうなことだけどな』
──かもな。でも、この世界ではそうする奴が少ないんだよ。
青年は自分を変えたかった。
ラインハルトや、エミリア、そしてフェルト。彼らと出会って、自分もこうなりたいと思ってしまった。
自分が凡人なことは理解しつつも、それでも、少しでも彼らに近づきたいのだ。
「結局、自己満足だな」
ため息を吐いて、再認識する。
ため息が出るということは、まだ完全には受け入れきれてないらしい。
自分に呆れていると、子供の一人が近寄って来た。
「ねえねえ、今兄ちゃんなんか言った?」
「ん? ああ、なんでもないよ、ただの独り言だ」
軽く否定すると、気になったのか子供たちが集まり始める。
「なんていったの?」
「教えてよー」
興味津々と言った様子の子供たちを誤魔化すのは無理そうだった。
「犬が可愛いなあ、って言ったんだよ」
「ほんとー?」
「怪し―」
「ホントだって。なあ、ペトラ」
「ええ、私? ごめんスバル、聞いてなかった」
「知ってた」
「えっ……もう、スバルの意地悪!」
ぷっくり膨れるペトラを撫でていると、
『PMK……』
とスバルの声が呟いた。
──ペトラマジ可愛い、か。
『ロリコンじゃないから恋愛感情はないけど……守りたいこの笑顔って感じだわ』
──……。
『本当にロリコンじゃないからな』
言い訳をし出したスバルの声に、青年は大きくため息を吐いた。