ナツキ・スバルが死んだ世界で   作:あいうえおにたろう

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傲慢と油断

 魔獣に噛まれないことで、青年の立てていた計画は崩れた。

 

『噛まれようとした分、村の子供達と仲良くなった……のはいいことじゃね?』

 

 子供達と仲を深めた事は良いが、見通しが立たなくなったことは変わらない。

 

「うまくいかないもんだな……」

 

 襲撃者の存在を自分を使うことでエミリアたちに知らせる。これが青年の基本方針だった。スバルの場合、毎回噛まれていたあの魔獣だが、それは運が悪かったということなのだろうか。

 そこまで思考して、青年は気付く。

 

「あ……しまった」

 

 スバルの特性は、青年とは違う。

 魔女の瘴気と、それにより魔獣から狙われるという副作用。それはスバルが嫉妬の魔女の寵愛を受けているから起こることであって、異世界から来た人間に誰でも起こることではないのだ。現に青年は、あれだけ子犬を触っても、噛まれていない。

 

「レムの態度がスバルより柔らかかった理由も、それか」

 

 普通の客人に対応する程度の愛想。そう考えればしっくりくる。

 原作のスバルは、魔女の瘴気を放っていたために、あそこまで冷たい対応をされ、警戒されていたのだ。

 

「完全に忘れてた……。気が抜けてるぞ、俺」

 

『俺ってやっぱり臭かったんだなあ……』

 

 わざとらしくため息をつくスバルを無視し、思考を巡らせる。

 原作のスバルの場合は死に戻りという切り札があったが、青年の場合は一つのミスが命取りになる。先日の王都のような、ギリギリの戦いはしてはいけないのだ。王都の事件を突破できたのは運によるもの。それを受け止めなければいけない。

 その上で、自分の状況と持っているものを利用して、魔獣騒ぎを解決しなくてはならない。

 

「時間もないし……やっぱりやるしかないか」

 

 それは青年が最終手段として考えていた案、ロズワールとの交渉だった。

 青年が取れる選択肢の中ではその後の状況変化が不透明なため、青年はあまり行いたくなかった。

 ロズワールはスバルのやり直し能力について、叡智の書を通じて限定的ではあるが知っていた。青年のことを、スバルだと思っている可能性がある限り、下手な行動には出られない。

 しかし、村の襲撃は何としても止めなければいけない。

 

 ──手札は少ないけど、やるしかない。

 

 ※ ※ ※

 

「それで、何の用事かぁーね?」

 

 ロズワール邸の一室。再び屋敷を訪れた青年は、作中でも使われていた大きな部屋でロズワールと対面していた。隣には双子メイドの片割れ、ラムの姿もある。

 

「見たところ、怪我はしていないようだけど……」

「はい、今回の件は違います。まずは、この席を設けてくださったことへの感謝を。話に応じてくださりありがとうございます」

「丁寧だぁね。私は全然構わないから、気にすることはないよ」

 

 再びありがとうございます、と青年は頭を下げる。

 

「それで、話というのは何なのかぁーな?」

 

 ──来た。

 ここからはほぼアドリブである。青年は一呼吸おいて、口を開いた。

 

「今後のあなたに関係する話がしたいんです。ですので、二人きりで話したいのですが……」

 

 ラムの方を見ると、ラムはこちらをキッと睨む。

 

「ロズワール様と見ず知らずの者を二人きりにはできません。いくらエミリア様の恩人といえど、許容できかねます」

「まあまあラム。とりあえずどういうことか、きこぉーじゃないかね」

 

 スバルくん、と青年に笑いかけるロズワール。

 二人きりにはなれなかったが、話を聞いてくれるだけでも第一段階はクリアだろう。

 

「今回、ロズワール様にお願いしたいのは、近くにある村の守護です」

「守護? それはどういう意味かな?」

「村人が一人も死なないように、守ってほしい」

「なぁーるほど。その言い方だと、何やら事件が起こることを確信しているように聞こえるね」

「それはそうでしょう」

 

 青年はロズワールを見据える。

 

「銀髪のハーフエルフであるエミリア様を王選候補として立てれば、事件が起こることは確実と言える。そして、それはあなたでも予測できるはずだ」

「ふむ。君が言いたいことはなぁーんとなくはわかるけど、それと私の質問とは話が別じゃないかぁね?」

 

 ロズワールの口元から笑みが消える。

 

「君の言葉は、事件が起きることを知っているように聞こえる。まるで、犯人がわかっているかのような口ぶりだ」

 

『ちょっと怖いな、ロズワール』

 

「それも、ナツキ・スバルという人物からの情報かい?」

 

 ロズワールの表情は、真顔に近い。感情や狙いが読めない。

 

「私は、村で事件や問題が確実に起きるとは考えていません。ですが、原因となるものが存在することは確かだと考えています」

「なるほど。随分と怖いことを言うね。……さっきも聞いたけど、それも君ではないナツキ・スバルの情報かい?」

「はい。確かな情報です」

 

 青年の言葉に、ロズワールが目を閉じる。

 ラムの方を見るとラムも、無表情のまま目を閉じていた。

 

『うーん、気まずいな』

 

 頭の中のスバルの声に、青年も沈黙で同意する。

 時間にして約五秒。青年にとっては、長すぎる五秒が過ぎた後。

 

「なぁるほど。情報の出所には疑問が残るけど、ひとまずは君の言うことを信じよう」

 

 ロズワールは緊張の糸を解いた。

 青年は小さく息を吐く。

 

「それで、私に村を守ってほしいというのは、具体的にどういうことなのかぁーな? 私にも予定や事情があるから、何でもできるというわけではないけど、とりあえず聞こうじゃないか」

「ありがとうございます。まずは、村周辺の警備の強化です」

 

 間髪入れずに言葉を続ける。

 

「村周辺の森には危険な魔獣がいると聞きました。村人を襲ってこないとも限らない」

「それについては問題なしだぁね。村を守る形で結界がある」

「ですが、村内部に魔獣の子供と思える子犬がいました。結界が完全でない可能性もある」

「ふむ、なるほど。それについては見直すとしよぉーか」

 

 しかし、とロズワールは指を立てる。

 

「君が言うほど村は危険なのかぁーな?」

「それは……どういう意味ですか」

 

 村には今まで大きな問題も起きていない。ロズワールが言いたいことはそういうことらしい。

 

「もちろん領民の安全は大事なことだ。しかし私にも優先順位というものがある」

「すぐには取りかかれない、ということですか?」

「いーや」

 

 ロズワールは口元に笑みを浮かべる。

 

「運の良いことに、ここしばらくはたまたま予定が入っていない。先ほどまで厳しいことを言ってきたが、私がここにいる限りは村を気にかけるとしよう」

 

 硬い雰囲気を解いたロズワールに、青年も力を抜く。

 

 ──とりあえず、戦力は確保だ。

 

 しかし、とロズワールは付け加える。

 

「急なアクシデントは私にもどうすることもできないかぁーらね。その時はラムとレム、そして君を頼るとするよ」

 

 わかりました、と青年は応じるとロズワールは立ち上がった。

 

「ラムもよろしく頼むよ」

「かしこまりました。ロズワール様」

 

 

 ※ ※ ※

 

 

「あ、スバ……ええっと……あ、あの!」

 

 ロズワールの屋敷の入り口で、屋敷を出て村に戻ろうとしていた時。

 

「エミリア?」

「エミリア様」

 

 エミリアが階段の裏から顔を出した。ラムがこちらに目を向けた後、頭を下げる。

 

「申し訳ありません。ラムは用事を思い出したので、これで失礼します」

「ラム、ありがとう」

 

 エミリアの言葉に再び頭を下げた後、ラムは屋敷の奥へと戻っていく。

 おそらく気を遣ってくれたのだろう。

 エミリアは青年を屋敷の一部屋に通した。テーブルと椅子が三つだけある、普通の小部屋である。

 

「スバ……あ、あなたは何か飲む?」

「ありがとう。でも今は大丈夫」

 

 わかった、と答えたエミリアの目の前にパックが現れた。

 

「ねえナツキ・スバル〜、君の呼び方決めない? リアも呼びにくそうだしさ〜」

「呼び方か……」

「……ナツキ、とか?」

「ごめん、それはやめてほしい」

 

 エミリアの提案に思わず反射で答えてしまう。

 

「君もわがままだねえ」

 

 パックが困ったように言い、首を捻る。

 

「自分の名前じゃないなら、それもしょうがないか」

「ごめん、パック」

「別にいいんだけど、何かリアが呼びやすい呼び名を考えてほしいかな」

「もうパック! もしよければ、だからね」

 

 ──自分の呼び名、か。

 

 この世界の来る前のあだ名はもちろん使えない。となると、ナツキ・スバルに関連したものにするのが良いだろう。

 

「ナツキ・スバルから連想するか……」

「スーちゃん、とか?」

「あはは、可愛いあだ名だね」

 

 流石リアだ、とパックが手を叩く。

 

「少し可愛すぎる気もするなあ」

「やっぱり、スバルじゃダメなの?」

「それは……」

 

 言葉を続けようとしたが、エミリアの真面目の表情に、青年は口を閉じた。

 

 ──エミリアにそう呼ばれたくないのは、俺の勝手なわがまま、エゴだ。

 

「偽名で、例え名乗りたくなくても、君が自称する限り、君はナツキ・スバルなんだよ」

 

 パックの言葉に、思考が揺らぐ。

 

「ダメ、かな?」

 

 エミリアの視線を受けること数秒。

 

「ああもう、降参だ」

 

 それでいい、と青年が言うとエミリアは眉を八の字にしながら口元を緩めた。パックもその様子を見ながらニコニコとエミリアの周りを浮いている。

 

「それで、何の用だったんだ?」

 

 照れくさくなった青年は、少し大きな声でエミリアに尋ねる。

 エミリアも呼び方を決めるためだけに呼び止めたわけではないだろう。

 

「あ、そうなの。ちょっとスバルに聞きたいことがあって」

「聞きたいこと?」

 

 うん、とエミリアは遠慮がちに頷く。

 

「聞いていいのかわからなかったんだけど……スバルって誰を探してるの?」

 

 エミリアの言葉に、身体の奥にひんやりとしたものが走る。

 

「それは、どういう意味だ?」

「ロズワールやラムから、村にいるスバルの話を少し聞いて、気になったの」

 

 ロズワールがラムやレムを使って青年を使って監視していたことは、青年も想定していた。彼らに、青年の目的が話したことがただの人探しではないことはおそらくバレている。その上で青年を見逃しているのは、ロズワールが青年のことを利用できると判断しているからだろう。

 

「それでね、私にも何か手伝えることがあればって思ったの。この間のお礼もまだできていないでしょう?」

「お礼だなんて……」

 

 エミリアは王都での出来事を言っているのだろう。しかしあの出来事はラインハルトのおかげで解決できたものだ。

 

「前にも言ったかもしれないけど、私に力になれることがあったら、何でも言って」

「ありがとう。その気持ちは嬉しいけど……これは俺の問題だ。だから、自分の力で解決する」

「本当に、大丈夫なの?」

 

 食い下がるエミリアに、少しの違和感を覚える。青年の認識では、ここまで深く踏み込んでくる性格ではなかった。少なくとも、今の関係性では原作でもそこまでではないはずだ。

 

 ──原作と変化してきているのか?

 

 青年の選択によって各々の登場人物の行動が変化することはわかる。しかしエミリアに対する対応は、青年とスバルとで大きく変わっていない。

 

『この時点の行動はそこまで差をつけることも難しいだろうしなあ。エミリアたんの心模様がわからないことが悔しい……!』

 

 スバルの幻聴も青年に同意している。

 

 ──ならば、何が原因だ?

 

 黙り込んでしまった青年を、エミリアはじっと見つめている。

 ふと、気分を変えようと窓の外を見た。

 

「え?」

 

 目に入ったのは黒い煙。

 一瞬、何が起きているか理解できなかった。

 

「あれ、村……」

 

 青年の口から呟くように出た言葉に、エミリアも窓の外へ目を向ける。

 

「村が……!」

 

 煙が出ているのは、村の方向。明らかに尋常ならざる光景に、思わず席を立つ。

 

 ──襲撃? ……いや、それにしては早すぎる。

 

「ロズワールは!? 早くこのことを──」

 

 部屋を出ようとした青年だったが、その歩みは数歩で止まることとなった。

 

「待って、スバル」

「手を離してくれ、エミリア。今は時間が……」

「ご、ごめんなさい」

 

 動揺したように手を引っ込めるエミリア。

 その様子で、青年が感じていた違和感が増す。

 しかし、エミリアにそれを尋ねる時間はなかった。

 

「ごめんエミリア。今は時間がない。村の人たちがどんな状況かわからない以上、先に安全かどうかを確かめたい」

「そ、そうよね。うん、スバルの言う通り。ごめんなさい」

 

 下を向いて目に見えて落ち込むエミリアに、青年はでも、と言葉を続ける。

 

「俺は屋敷の中にあまり詳しくない。一緒にロズワールを探してくれないか?」

「もちろん。パックもお願い」

「うん、リアの頼みならドンと来いだ」

「助かる。ありがとう、エミリア」

 

 

 ※ ※ ※

 

 

 ロズワールを探して、屋敷の中を走る。

 

「とりあえず外の様子を確認したい。ロズワールは、すでに村へ向かう準備をしているかもしれない」

 

 屋敷の入り口へ着くと、すでにそこにはラムとレムがいた。

 

「ちょうどよかった。ロズワール……様はどこにいるか知っているか」

「ロズワール様は、つい先ほど急用が入ったため外出されました」

 

 淡々と答えるラム。

 

「外出!? なんでこんな時に──」

 

 言葉を続けようとして、気付いた。

 

 ──やられた。

 

 ロズワールの目的は、自分ではない誰か、エミリアの騎士となれる人物に功績を与えること。

 村を襲うタイミングはいつでもよいのだ。

 

 ──村を守ることが優先になって、抜けていた。

 

 ロズワールの協力は、見込めない。

 しかし、やるしかない。

 

『お前の成功すると信じて疑わない傲慢なところ、好きだぜ』

 

 どこかで聞こえたスバルの声は、青年の頭の中に妙に残った。




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