ナツキ・スバルが死んだ世界で   作:あいうえおにたろう

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第一章 波乱の一日目
ギザ十は持ってない


 ──どうやら俺は、異世界転移したらしい。

 

 アニメや漫画でよくある中世の街並みを前に、青年はそう結論を出した。

 目に映るのは、レンガ造りの建物、獣人、エルフ、竜車。いかにもな世界観だ。

 

 異世界転移。何故青年がそう結論付けたか。

 

 理由は簡単だ。転移する瞬間を青年が認知していたのだ。

 転移する前、青年はコンビニの前にいた。しかしコンビニに入る瞬間、店内の眩しさに一瞬目をこすった。その後目を開いた時にはこちらにいたのだ。

 一瞬で気づけた最大の原因は光量だろう。コンビニの前では深夜十二時過ぎのはずだったのに、こちらでは真昼なのだ。いくらコンビニが明るいと言っても、瞬き一つでそこまで変わってしまったとなれば、疑いようはない。もちろん、青年が夢または幻覚を見ている可能性はあるが、ここまではっきりと世界が変わる瞬間を体感した青年にとっては、その可能性の方が信じられなかった。

 

「うーん、どうするべきなんだ、これ?」

 

 まだこちらの人間とコンタクトは取っていないが、先程チラリと聞いた会話では、ある程度の言葉は聞き取れた。つまり、意思疎通は可能なのだ。

 次に服だが、青年の服装はパーカーに安物のスウェットと、こちらの世界では明らかにおかしい格好だ。こういった異世界ではなるべく違和感のない服装を入手することが良さそうだが……だからといって服を買おうにもこちらで日本円が使えるとは思えない。

 

「そうだ、お金」

 

 お金も生きていく上では必要だ。しかし現状、良い案は全く思いつかない。

 お金は人と関わっていくうちになんとかなる……だろうか。

 

「うん、俺のコミュ力に賭けよう。とりあえず情報収集だな」

 

 ものすごく不安になってきたが、心配してもしょうがない。

 一旦自分の中の情報を整理する。

 まず青年は、こういう転移ものには定番である神に会っていない。そのためこの世界に関する情報が全くない。

 

「見た感じ、あの城に王様が住んでるっぽいけど……」

 

 街の中央に見える城。あれがこの国、もしくは都市のトップが住まう場所だろう。見た目は中世ファンタジーにはありがちの城だ。

 できれば貴族や王族にコネクションを持っておきたいが、あまり高望みはしない方がいいだろう。下手に関わろうとして、不敬だなんだと捕らえられる可能性もある。もしくはスパイを疑われるだとか。どちらにせよ、自分から関わりに行くことはやめた方が良さそうだ。

 

「なら……普通にそこらへんの出店で聞くか」

 

 商人ならばおおよその情報は入るだろう。異国からの人間ということにすれば情報を教えてくれるかもしれない。そうして青年は街を適当に歩くことにした。

 しかしその足は、歩き始めて数分で止まることとなった。

 

「ん? なんだ、お前?」

 

 とある果物屋の前で、青年は立ち尽くしていた。

 果物屋に置いてある食べ物は、見た目はリンゴだ。しかし果物屋の男が言った言葉はそうではなかった。

 

「すみません、それ…………なんて果物ですか?」

「これか? 変なことを聞くんだな。これはリンガだよ、リンガ。兄ちゃん、リンガ知らねえのか?」

 

 果物屋の男──緑色の髪をした男は、そう答えた。

 

 

 ※ ※ ※

 

 

「……よりにもよってリゼロかよ」

 

 果物屋でリンガを断った青年は、偶然見つけた路地裏で頭を抱えていた。

 

 リゼロ。正式な名前は『Re:ゼロから始める異世界生活』。

 異世界ものでもトップクラスに過酷な設定の物語だ。作中の大抵のキャラは本筋に関わる関わらない関係なしに死亡フラグが立つ。一般人も大量に死ぬ世界だ。恐ろしいのは主人公でさえモブキャラ全員は救えないこと、一歩間違えば世界が壊滅する点だ。

 

「ここに来れたのは幸いだけど……」

 

 この路地裏はスバルが初めてエミリアと出会う場所だ。そして大抵のループでここに立ち寄る場所でもある。

 先程街で盗み聞きした話によれば、王選はまだ始まってないらしい。なんでも最後の候補──つまりフェルトが見つかってないという話だった。つまり今は、原作開始時にかなり近い時期らしい。

 

「運がいいのか悪いのかはわかんねえが……まずはスバルに会わなきゃだな」

 

 原作開始前であれば、待っていればスバルはここに来るだろう。

 開始された後ならば、今日か明日、遅くても明後日にはフェルト発見がこの王都中に告知される。そうなればロム爺の所へ行き行動を共にする。そうすることでスバルに巡り合うことができるはずだ。

 スバルと合流した後のことは色々と考えることができる。スバルの言うことに従って動く案や、もしくはこちらから展開を暗に伝えても良いかもしれない。

 

 ──どちらにせよ、今はここで待つしかない。

 

 そんなことを考え、路地裏でスバルを待とうと、方針を決めた時だった。

 

「変な服着てるが……育ちは良さそうだな」

 

 自分に言われたであろう言葉を聞いて、そして振り向いたところで──思考が止まった。

 

 ──なんで、お前たちが。

 

 口から出かけたその言葉を、青年はすんでのところで飲み込んだ。

 可能性はある。三人がスバルに出会う前にここを通っていたかもしれないというだけだ。

 

 青年の視線の先にいるのは、三人の男。

 小さい者、大柄な者、痩せている者、と皆容姿はバラバラ。しかし三人の表情には明らかな悪意があり、誰一人として友好的な者はいなかった。

 場所は大通りからにつながる薄暗い路地。周りは石の壁で覆われていて、逃げ場はない。

 

「よお、珍しい服装の兄ちゃん。悪いこと言わないから持ってるもの全部置いていきな」

 

 あまり質の良くなさそうなナイフをちらつかせ、痩せ気味の男が言った。

 

「なんで、だよ」

 

 青年の口から、戸惑いの声がこぼれる。

 最後の可能性をかけて周りを見回してみるが、スバルは見つからなかった。

 そこで、もう一つの可能性が、頭に浮かぶ。その可能性が抜けていたことに気づく。

 ──もうすでに、あのイベント(・・・・)は終わってしまったのではないか。

 

「なあ、一つ聞いていいか?」

「あ?」

「俺に会う前に、俺と似たような変な格好の男を恐喝しなかったか?」

 

 青年の問いに、一瞬考えをめぐらす男だったが、すぐにイラついた表情を浮かべた。

 

「そんな奴いねえよ。それよりはやく持ってるもの出せっつってんだ」

「頼む、よく思い出して──」

「そんな奴知らねえっつってんだろ! グダグダ言ってねえでさっさと持ってるもん出せ! 早くしねえとやっちまうぞ!」

 

 嘘をついているようには見えない。この三人がスバルと会った事実を隠す意味はない。何よりここまで声を荒げても関連ワードが出てこないということが示す事実。 嫌でも分かった。

 こいつらと、ナツキ・スバルは、会っていない。

 

「マジかよ……やばいな」

 

 トンチンカンとナツキ・スバルが会う前に、自分が会ってしまう。これはまずい事態だが、それよりもまずは目の前の状況だった。トンチンカンと自分の距離、この路地という環境。

 状況は良くないことは確かだ。 ここでスバルと彼らが出会っていないことも問題だが、自分がここで彼らと遭遇したこともまずい。青年は運動は苦手ではないが、喧嘩はほとんどしたことがない。

 

「見逃してくれたりは……しないか」

「お前、アホか?」

 

 どうすることが最適か。

 原作でスバルがここを切り抜けた方法は……。

 一つのシーンが思い起こされる。

 それを行うか一瞬考えるが、ジリジリと迫ってくる三人を見て、腹を決める。

 

 ──恥ずかしいけど、やるしかない。

 

 青年は大きく息を吸うと、声を裏がえらせ──

 

「誰かー、助けてくださーい!」

 

 青年は、精一杯の裏声でそう叫んだ。

 

 

 ※ ※ ※

 

 

 数分後。

 

「お互い無事でよかった。怪我はないかい?」

 

 そう言った赤髪の騎士は、男でも惚れるほどに爽やかだった。

 騎士の名は、ラインハルト・ヴァン・アストレア。リゼロでも最強格の騎士だ。

 

「いえ、大丈夫です。ありがとうございました」

 

 青年が丁寧に頭を下げると、ラインハルトはよしてくれ、とそれを優しく止めた。

 

「そんなに堅く考えなくても構わないよ。向こうも三対二になって優位性を確保できなくなっただけのことだ。僕一人ならこうはいかなかった」

 

 やはり、イケメンだ。顔も言動も、満点だ。文句のつけようがない。

 僕一人なら云々とか言っているが、ラインハルト程の強者であれば、あの程度のチンピラなどいくら集まっても負けることはないだろう。

 

「ラインハルト様、本当にありがとうございました。自分一人ではどうなっていたことか……」

 

 青年が咄嗟に裏声で助けを求めた結果、ラインハルトが駆け付け、トンチンカンは逃げていったという形だ。ラインハルトが来てくれたからいいものの、もし来なかったら……。考えるのはよそう。良い結果にならなかったのは確かだ。

 

「呼び捨てで構わないよ。騎士として人助けするのは当たり前のことだしね。気にすることはないよ。……名前を、聞いてもいいかな?」

「あ、そういえば……俺の名前は──」

 

 言いかけたところで、ふとある単語が頭をよぎった。

 

 『暴食』。記憶を奪う能力を持ち、相手の名前を知ることで周囲の記憶からその存在を消すことができる大罪司教の一人。

 もし、今後魔女教と相対することがあるならば──ここで本名を告げることは、かなり危険になる。記憶と存在を奪われた者は自力で目覚めることは不可能になる。存在を奪われただけならまだ救いはあるが、記憶を失うことは危険度が桁違いだ。

 事実原作主人公のナツキ・スバルは、それにより一時的にだが記憶喪失に陥り、そして何回か死んでいる。スバルは死に戻りを繰り返し記憶を取り戻すことに成功したが──青年も死に戻りできる保証はなかった。

 スバルがいればまた変わってくるのだろうが、青年はこの世界で、スバルと出会うことができていない。ならば──

 

「悪い、ラインハルト。俺の名前は、教えられない」

「……それは、なぜだい?」

 

 少し考えるが、嘘をつく理由は見当たらない。青年は正直に話すことにした。

 

「俺の、命に関わるからだ。ある人物と会うまでは、名前は言えない」

 

 青年の言葉にラインハルトは少し沈黙したものの、小さい笑みを浮かべて頷いた。

 

「……そうか。ならば深く詮索することはしないよ。嘘はついていないみたいだしね」

「ごめん」

 

 青年が頭を下げると、ラインハルトは誰にだって事情はあるさ、と笑顔で止めた。

 

「それでその探し人はどんな人なんだい? 服装を見る限り、君はこの辺の人ってわけでもないんだろう? 僕でよければ何か手伝うよ」

 

 明るい声でラインハルトが言った。

 空気を変えようとしてくれているのだろう。気配りまでも最優か。

 

「じゃあ、頼もうかな」

「わかった。それで、どんな人なんだい?」

 

 スバルの姿を思い浮かべるが、これといって特徴はない。ジャージと言ってもこちらでは通じないだろうし……。

 

「ええっと……そいつは俺と同じような背格好で目つきが悪くて…………あと結構なお調子者だ」

「なるほど。では見かけたり、耳に挟んだりしたら伝えるとしよう。それで、その人物の名前は?」

「ナツキ・スバルだ。恐らくあいつは俺のことをまだ知らねえ。俺が一方的に知ってるだけなんだ。だから、俺も日本出身だって伝えてくれ。それで通じる」

「わかった。それで君はどこに滞在するのかな?」

 

 ラインハルトの問いに、言葉が詰まる。拠点はまだ決めていなかった。どうしようかと考えていると、ラインハルトがもしかして、と口を開いた。

 

「まだ決まっていないのか? もし宿がないなら僕の屋敷に来るかい?」

「いや……それはさすがに迷惑かけ過ぎだ。助けてもらっただけで十分だよ」

「でも」

「大丈夫だ。当てというか、候補は……一応だけどある」

 

 当てと言ってもロム爺のことなのだが、多分なんとかなるだろう。なんだかんだ言って甘い二人だ。土下座すれば、見ず知らずの人間でも一晩くらいは大丈夫、なはず……。

 

「少し心配だが……君がそういうなら仕方ない。何かあれば近衛兵から伝えてくれ。できる限り力になろう」

「ありがとう、ラインハルト」

「では、目的地まで付いていこう。それくらいは、いいだろう?」

 

 笑みを向けるラインハルトに、青年は頬をかいた。

 

「ええっとだな……ここ、なんだ」

「ここ?」

「そう。俺の当分の目的地は、この路地裏なんだ」

「なるほど……」

 

 では、とラインハルトが指をたてた。

 

「君がここに居る間は、僕もここに居よう」

「え!? ちょっと、それは悪いって」

 

 断ろうとした青年だったが、ラインハルトは動く気配がない。

 

「僕は今日は非番の日なんだ。これは僕の趣味だと思ってくれたまえ」

「趣味が路地裏にたむろするって……怪しすぎるだろ」

 

 青年の皮肉にも、ラインハルトはどこ吹く風だ。

 

「わかったよ、じゃ、一緒にいてくれ」

 

 そう諦めた青年に、ラインハルトはにこやかに頷いた。

 

 

 ※ ※ ※

 

 

「来ねえな」

「ナツキ・スバルがかい?」

「ああ。今日じゃないのかもしれないな」

 

 あれから数時間が経ったはずだが、スバルは未だ現れない。

 この時間でラインハルトはいろいろなことを教えてくれたが、正直リゼロを知っている俺にとってはわかっていることが大半だった。

 

「ラインハルト、あとどれくらいで日は沈む?」

「ふむ。すぐというわけでもないが、それほどじかんがあるわけでもないな」

「おっけーわかった」

 

 青年はゆっくりと立ち上がった。

 

「もういいのかい?」

「ああ。スバルは日が沈んだ後はここに来ないからな。とりあえず俺は宿に向かうわ」

「そうか。ではついていくとしよう」

「すまねえな、休日を潰しちまって」

「僕が好きでやっていることだ。気にすることはない」

 

 数時間話して分かったが、ラインハルトは正真正銘のイケメンだ。何から何まで完璧で非の打ち所がない。恐らく現実にはこんな人間はいないだろう。そう思えるほどに完璧だった。

 

「場所はどこだい?」

「貧民街だ」

「貧民街……そこは本当に大丈夫なのか?」

「うーん多分、大丈夫だ。正確な場所は知らないけど……多分、見ればわかる。あの盗品蔵デカいしな」

 

 ロム爺の盗品蔵はその描写からしてもかなり大きい。見ればわかるだろう。

 そこまで考えて、青年は自分の失言に気づいた。

 

「盗品蔵……盗みをやっているということか?」

 

 そう言うラインハルトの表情は厳しいものだった。

 

「いや犯罪者って言ってもね? 多分盗みとかネコババとかの軽犯罪しかやってないと思うし……そんなに悪い奴らじゃないんだよ、うん」

 

 必死で弁明してみるが、ラインハルトの表情は変わらない。

 

「殺しとかはしてないだろうし、困ってる奴がいたら助けることもあったりすると思うし……だから、な? 会えば──」

 

 わかる。

 そう言おうとして、気づいた。フェルトは後のラインハルトの主君になる人物だ。ここでもしラインハルトが保護してしまったら、原作の流れが変わってしまうのではないか。

 そう考えていると、隣でぱちん、と音がした。

 ラインハルトが手を打った音だった。

 

「拍手……?」

「いや、気持ちを切り替えただけさ。君の言葉を信じて、会ってから決めるとしよう」

 

 そう言ったラインハルトの表情は先程とは違い、優しい、いつものものだった。

 

「とりあえずは、それで頼む。じゃ、向かうか」

 

 青年の言葉に、ラインハルトが頷いた。

 

 

 ※ ※ ※

 

 

「ここが貧民街だよ」

「何から何まで……本当にすまねえ」

 

 貧民街へ行くと言ったはいいものの、場所を知らなかった俺は、結局ラインハルトに案内してもらっていた。

 

「まあ、貧民街の場所を知らないのには驚いたけど……気にすることじゃない。さっきも言ったが──」

「趣味、だろ? ありがとな」

 

 いつか絶対に恩を変えそう。そう決めた青年は盗品蔵を探すべく歩き出して──たった数歩で止まった。

 

「ん? あれは……」

 

 ラインハルトも彼女(・・)に気づいたらしい。

 

「マジかよ…………」

 

 俺とラインハルトの数十メートル先には、銀髪のハーフエルフ──エミリアがいた。




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