ナツキ・スバルが死んだ世界で   作:あいうえおにたろう

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不可解な邂逅

「エミリア……?」

「エミリア様……なぜ、このような場所に」

 

 青年の言葉と同時に、ラインハルトが呟いた。

 

 スバルよりも先に、エミリアと出会うとは……。

 

 エミリアがここに居る理由。

 ただ立ち寄っただけならば、特に何かする必要はない。

 

「あの様子は……ちょっと立ち寄っただけじゃないのは確かだな」

 

 あの様子もそうだが、この時期にエミリアがここにいるということは、すでにフェルトに徽章を盗まれている可能性が高い。

 だとすればなぜスバルが路地裏に現れなかったのかが気になるが…………それ以前に、だ。このままエミリアを盗品蔵へ行かせたならば、エルザの犠牲になるのはほぼ確実だろう。ならば、ここで動かないのはありえない。

 

「ラインハルト、事情が変わった。エミリアに聞きたいことができた。ちょっとついてきてくれ」

「それは、どういう……」

 

 何か言いかけたラインハルトを無視して、エミリアに向かって走り出す。すぐに後ろから追いかける足音が聞こえたが、止められることはなかった。

 

「ちょっと、いいかな?」

 

 エミリアの元まで走った青年は、ぎこちない笑顔を浮かべて、そう尋ねた。

 

 

 ※ ※ ※

 

 

「こんなところで何してるの? 君は、貧民街の住人じゃないよね?」

 

 できる限り何でもないように尋ねた青年だったが、傍から見れば怪しさしかない。明らかに警戒したエミリアだったが、その後ろにいたラインハルトを見て、その表情は少し和らいだ。

 

「確かに私は貧民街の住人じゃないけど……あなたは誰?」

「誰かって…………通りすがり?」

 

 不審な顔をするエミリアに、ラインハルトが頭を下げる。

 

「申し訳ありませんエミリア様。私は──」

 

 一瞬、名乗ることを躊躇ったのか、ラインハルトが言い淀む。

 

「近衛騎士団所属のラインハルト・ヴァン・アストレアと申します」

「あなたのことは知っているわ、ラインハルト。有名だもの」

「恐縮です。こちらは私が先程出会った者でして……悪い者でないのは確かなのですが……」

 

 ラインハルトの説明に、エミリアが首をかしげる。

 

「で、その偶然出会った人とラインハルトがどうしてここにいるの?」

「あー、それは俺が貧民街に用があったから、ラインハルトに案内してもらってたんだ」

「ふーん、そう」

 

 青年とラインハルトを交互に見るエミリアは、一応は納得してくれたらしい。怪しまれたあたりからは心臓バクバクだったが、なんとか警戒を解いてくれたようだ。

 

「で、なんの用?」

「いやあ……こんなところで何してるのかなあ、と」

 

 青年の問いを、見るからに怪しむエミリア。そんな青年の横から、ラインハルトが割って入った。

 

「エミリア様は、なぜここに?」

「それは……」

 

 ラインハルトの問いに、口ごもるエミリア。

 

「あー……」

 

 青年は軽く唸りながら、額に手を当てた。

 この様子ならフェルトに徽章を盗まれたと見て間違いないだろう。

 

「実はね……なくしものをしちゃったの。でも、いいの。大事な物だけど、これは私の問題。手を借りるわけにはいかないわ」

 

 まあ徽章盗まれたなんて軽々しく言えることじゃない。だからといって、ラインハルトも王選候補者がこんなところに一人でいるのを黙って見過ごすことはできない性格だ。

 

「大事なものを盗まれたってことか?」

「え、えっと、それは……」

 

 青年が口を挟むと、エミリアが口ごもった。

 

「ならば、私も手伝いましょう」

 

 さすがに盗まれたと聞いて我慢できなくなったらしい。

 強い口調で言ったラインハルトだったが、エミリアは困った表情を浮かべた。

 

「うれしいけど、好意だけ受け取っておくわ」

「そうは言いましても……」

「気持ちは嬉しいわ。本当なの。でも、これは私の問題。自分で解決します」

「エミリア様……」

 

 全く取り付く島の無いエミリアに、狼狽えるラインハルト。見ていて少し面白かったが、事情を知っているだけに素直に楽しむことはできなかった。

 

「そのなくしたものってのはどんなものなんだ?」

 

 何食わぬ顔で聞いてみる。

 

「ええっと、小さくて……って、手伝わなくて大丈夫!」

 

 口車に乗せられるエミリアは素が出ていた。

 なんとも可愛らしい突っ込みだ。美少女がやるのだから、控えめに言っても見惚れるレベルだ。青年はスバルの気持ちがわかる気がした。

 

「小さいものですか」

「だから手伝わなくても……」

 

 小さいもの。徽章で間違いはないだろうが、青年は口にはしなかった。

 

「手伝うつもりはないけど……多分それ、俺が今向かってるところにあると思うよ」

「その、盗品蔵にか?」

 

 ラインハルトも思い出したらしく、青年は頷いた。

 

「うん、多分。小さい金髪の女の子が取ったんでしょ、それって」

「ええ!? な、なんでわかるの?」

 

 エミリアが驚いた表情を浮かべる。想像以上のオーバーな反応に言葉に詰まりかけるが、なんとか普通に返事を返す。

 

「実を言うと、俺もその子を探してたんだ」

「知り合いなのか?」

「いや、俺が一方的に知ってるだけ。あっちは俺のこと全く知らない」

「そうか……」

 

 ラインハルトはそれだけ言うと黙ってしまった。

 もしかすると俺経由で返してもらおうと思ったのかもしれない。

 

「でも、交渉はできる。向こうは物の価値とかあんまり知らないし……エミリアの盗まれたものが何にせよ、手順さえ間違えなければ返してもらえるはず」

「その、大丈夫なの?」

「ああ、交渉なら、なんとかなる」

「いささか不確定要素が強い気もするが……」

「大丈夫だ」

 

 妙に自信のある青年の言葉に、ラインハルトがそれなら、と青年の肩に手を置いた。

 

「早くその盗品蔵に行こう。誰かに先に取引される可能性もある。そうなってはマズイ」

 

 ラインハルトの言葉に、青年とエミリアは深く頷いた。

 

 

 ※ ※ ※

 

 

「なあ、ええっと……エミリアさん?」

「エミリアでいいわ。急にかしこまってどうしたの?」

「いや、さっきは気が動転してたもので……。あなたは王選候補者だってのに……全然敬意払っていませんでした。すみません」

 

 盗品蔵を探す道中。

 我に返った青年は、エミリアに申し訳なさそうに頭を下げた。

 王選候補者にため口を聞く身元不明の男。……うん、怪しすぎる。

 一緒にいたのがラインハルト以外の騎士だったら切られたりしてたかもしれない。そう思って今更ながら謝ったのだが──

 

「だからかしこまらなくったっていいってば」

「でもですね……いきなり馴れ馴れしく声かけたりっていうのは自分でもヤバいな、と」

「急に話しかけられたからビックリしたし……変な格好だなあって思ったけど、そんなことは気にしてません」

「そう、ですか?」

 

 恐る恐るエミリアの方を向いた青年だったが……次の瞬間、頬に柔らかい衝撃が走った。

 

「ぐへぇっ!?」

 

 勢いのままよろめくと、後ろで聞き覚えのある声が聞こえた。

 

「もー、うじうじとめんどくさい奴だなあ。黙って見てたけど、もう我慢ならないね」

「パック!」

 

 再びエミリアの方を向くと、肩の位置に灰色の小さな猫が浮いていた。精霊のパックである。

 

「……蹴り飛ばされたの?」

「そうみたいだね」

 

 肩をすくめながら答えるラインハルト。

 

「君がいれば僕は出る必要がないかと思ったんだけどね。もう見てられなくって」

 

 君とはラインハルトのことだろう。ラインハルトは小さく会釈している。

 

「ええっと……」

 

 青年とパックは初対面である。どう対応したものかと戸惑っていると、向こうから自己紹介を始めてくれた。

 

「ボクはパック。無難な説明をすると、エミリアの保護者だね」

「猫が保護者なのか……」

 

 正直な感想を述べると、パックが頬を殴ってくる。

 

「猫だと思って甘く見てるね? そういうやつには痛い目見せるぞー」

「うわああ……って痛くねえ」

 

 全く痛くない。それどころか、マッサージされているようで逆に気持ちいいぐらいだ。

 

「リアをナンパしたくらいなんだから、こういうところは素直に従おうよ」

「ナンパじゃないんだけど……まあ、わかったよ」

 

 おずおずと頷くと、それでよし、とパックも頷く。

 

「じゃあ、さっさと盗品蔵に向かうか」

「位置わからないんだけどねー」

 

 パックの突っ込みにうーんと唸る青年。

 

「……まあ、なんとかなるだろ。打つ手が無くなったら聞けばいい」

 

 原作だと、エミリアが一人で盗品蔵に行くルートもあった。人に聞いたか聞いていないかが知らないが、土地勘のない人間であるエミリアがたどり着けたのだ。ならば人に聞けばある程度はたどり着けるはずである。スバルも人に聞くことでたどり着いていた。

 

 ──スバル……!

 

「エミリア、一つ質問なんだけど……」

「ん?」

「ここに来るまでに、俺と同じような格好の青年に会わなかったか? こう、目つきの悪い」

「ぷふっ」

 

 俺が両手で目を吊り上げると、エミリアは小さく噴き出した。

 

「な、何だよ?」

「ごめんなさい、少しおかしくって」

 

 反対側を見ると、ラインハルトも何かをこらえるような仕草をしている。そこまで滑稽だったのだろうか。

 

「……笑いを取るつもりじゃなかったんだけどなあ。それで、会ったりしてない?」

「あってないけど……探してるの?」

「まあ、うん。会ってないならいいよ」

 

 もしかすると、とは思ったが会っていなかったらしい。

 ──ここまでスバルが関与してこないのは、いくらなんでもおかしい。おかしいが、だからといって何かできるわけでもない。

 

「本当にどこにいるんだよ……」

 

 そう言いつつ頭をかいていると、前方に見覚えのある建物が見えた。

 

「あ! あれって……」

「あれが、そうなのか?」

「多分な」

 

 三人の進行方向にはアニメでよく見た、あの盗品蔵があった。

 

 

 ※ ※ ※

 

 

「すみませーん!」

 

 青年が扉を開けると、中から気だるげな声が返ってくる。

 

「大ネズミに?」

「……大ネズミ?」

「知らんなら来るな。うちは知った奴としか取引しないんでな」

「……あ、思い出した」

 

 確か原作では、フェルトが盗品蔵に入る前何か言ってた気がする。かといってそんな細かいことまで覚えているわけじゃない。

 

「いや、ちょっと待ってくれ。フェルトと取引がしたいんだ」

「なんじゃ、フェルトの知り合いか?」

「ま、まあそんなもんだ」

「……入れ」

 

 恐る恐る扉を開けると、アニメで見た通りの酒場が現れた。

 

「思ったよりも広いな」

「で、どんな取引をしたいんじゃ?」

 

 ボロボロのカウンターの中に立つのは黒っぽい肌に強面の巨大な男。フェルトの保護者的な立ち位置の、ロム爺だ。

 

「フェルトが盗んだものを買い取りたい」

「ほー、さてはお前さん、フェルトに何か盗まれたな?」

 

 したり顔でロム爺が言うが、その予想は外れていた。

 

「そういうわけじゃないんだが……」

「なんだ、違うのか」

 

 つまらなそう表情を浮かべるロム爺。それに構わず、話を続ける。

 

「フェルトはいつ頃ここにくるんだ?」

「そのうち来るじゃろ。そんなに遅くなることはない。まあ、座って待っとけ」

 

 ロム爺は、そう言いつつ顎で椅子を指した。

 

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 

 ゆっくりと座る。少しの間、沈黙が満ちた。

 

「お前さん、名前は?」

「え、名前?」

 

 突然の問いに、言葉を詰まらせる。

 少しこの世界に慣れてきた青年だったが、それでも、名前を言う気にはなれなかった。かといって、偽名を名乗る気もなく。結果やはり正直に言うことにした。

 

「えーっと、悪いんだけど、名前は無理なんだ」

「無理?」

「言えないんだ。命に関わる」

 

 青年の言葉に、一瞬ポカンとした顔をしたロム爺だったが、一秒後には大声で笑い始めていた。

 

「……何かおかしかったか?」

 

 ロム爺はひとしきり笑ったあと、息を整えつつカウンターから出てきた。

 

「大げさすぎるじゃろ、それは。久しぶりに笑ったわい。じゃあ、名前はひとまずいい。お前さんの出せる物はいくらだ?」

「いくら……それは」

 

 お金の話なら、聞いてみないとわからない。だが、今のエミリアが大金を持っているとは思えなかった。

 

「まあ、フェルトが持っている物よりは出せると思うぜ」

 

 だから、ここはハッタリをかます。

 まずは、フェルトが来るまでの時間を稼ぐ。そして、フェルトが来た後にラインハルト経由で、フェルトが王選候補者であることを見抜かせる。それが、青年の策だった。

 しかし──

 

「……もっとマシな嘘をつくんだな」

「嘘?」

 

 青年は、ロム爺の売人としての実力をなめていた。

 

「ハッタリがわからないほどボケて見えたか? 舐められたもんじゃの」

「嘘じゃない。これは本当に──」

「嘘つきで、尚且つ名前も言えないような奴と取引はできん。出てけ」

 

 それはさっきまでとは打って変わって、底冷えのするような声だった。

 

「こっちは信頼で商売してるんだ。名乗るってのはその第一歩なんじゃが……見るからに素人だったからな。そこは見逃してやった」

 

 まあ、とロム爺が言葉を切った。

 

「さすがにここまでわかりやすく騙そうとしてくる奴だとは思わんかったわ。騙そうとしてくる奴と取引できるか? できんじゃろ。そういうわけで取引はできん。さっさと出てけ」

 

 反論は、できなかった。

 

 

 ※ ※ ※

 

 

「どうだった?」

 

 盗品蔵を出ると、真っ先にラインハルトが尋ねてきた。

 

「すまん。ダメだった」

「徽章はあったのか?」

「いや、少女はいなかった」

「……そうか」

 

 楽観していた。自分の浅はかな考えに、腹が立つ。

 

「……二人に、一つ聞いていいか?」

「?」

「今更だけど、こんな奴なんかの情報を信じていいのか? 俺はまだ自分を証明するものを何も出してない。俺から見ても、怪しすぎる」

 

 青年の言葉に、エミリアが首をかしげる。

 青年は情報の出どころはおろか、自身の名前すら言っていないのだ。ロム爺に言われて実感した。青年は信頼に値するものを、何も示せていなかった。

 ならばなぜ二人は青年の言葉を信じるのか。

 

「あーそれはボクが大丈夫って言ったからだよ」

 

 青年が暗い雰囲気で問いかけた数秒後、明るい声が響いた。

 

「パックが……?」

「そそ。会ったときに少し会話を聞いてみて、悪意がなさそうだったからスルーしたんだ」

「僕も同じような理由だね。君からは悪意を感じない」

 

 ラインハルトとパックの言葉に、一瞬冗談かと思うが、二人の表情からそれが本気であると認識する。

 

「そんなことで?」

「僕は少し特殊だからね。人を見れば、その人がどんな人間かが大体わかってしまうんだ」

 

 ラインハルトが明るい調子だが、少し複雑な表情で言った。

 それが加護のことを言っているとわかったのは、数秒後だった。

 

「ボクは彼ほど正確にはわからないけど……まあ、人生経験かな」

 

 そう言いながらエミリアに目を向けるパックの表情は、今までのどれよりも優しげだった。

 

「エミリアは……」

「最初はちょっと怪しんだんだけど、パックが大丈夫っていうし……それに、ね」

 

 少しの間を置いて、エミリアは少し嬉しそうに続けた。

 

「信じたかったの。……普通に接してくれる人は、久しぶりだったから」

「……」

 

 その言葉に、改めてエミリアの境遇を認識し直す。

 銀髪のハーフエルフ。嫉妬の魔女と同じ姿というだけで忌み嫌われる境遇。そんなエミリアにとって、スバルは救いだったに違いない。だから尚更──

 

「早く、合流しないと」

 

 それを救う人物、ナツキスバルに会わせてやりたいのだ。

 だが、まずは──

 

「もう一度、交渉してみる」

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