ナツキ・スバルが死んだ世界で   作:あいうえおにたろう

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盗品蔵の出来事

「で、なんだ。今度は衛兵連れてきて脅そうって腹か、小僧」

「そう思われても仕方ないけど……」

 

 再び盗品蔵に入った青年の後ろには、エミリアとラインハルトが立っている。

 

「交渉するつもりではある、一応」

「…………」

 

 ロム爺はしばらく青年の方を見ていたが、諦めたようにため息を吐いた。

 

「話だけは聞いてやろう。で、いくらある?」

 

 当たり前だが、青年はこの世界の金銭を持っていない。

 先程確認したが、ラインハルトもエミリアも必要最低限しか持っていなかった。ラインハルトは一度屋敷に帰ればそれなりにはあるらしいが、往復する時間の余裕はない。

 と、なれば当然持ち金はないに等しいわけだが──

 

「こちらが用意するのは金じゃない」

「金じゃないじゃと?」

「そうだ」

 

 金じゃないならば、何を用意するのか。

 青年の手元にお金はない。スバルのように携帯もスナック菓子も持っていない。

 では、何を出すか。

 

「こちらが出すのは、情報だ」

「情報……?」

 

 反応したのはラインハルトだ。

 二人には、事前に何も話していない。ただその場にいてくれとだけ話してあるのだ。

 

「何を言い出すかと思えば情報か。さっきので懲りて少しはまともな話ができるかと思ったんじゃが……見込み違いだったようじゃの」

「まあ待ってくれよ。情報の中身を聞いてからでも遅くないだろ」

 

 青年の言葉に、ロム爺が眉をひそめる。

 

「どんな情報かは知らんが、生憎こっちはそんなもん求めてない。必要なのは毎日の酒に変わる金だ。金のありかでも教えてくれるとでもいうのなら話は変わるが……そうじゃないじゃろ」

「ああ、確かに今のあんたとフェルトには必要ないよ」

 

 フェルトの名前が出たところでロム爺と目が合う。

 

「だけど、未来のフェルトには必要な情報だ」

「フェルトに必要な、情報じゃと?」

 

 今度は、出てけ、とは言われなかった。

 

「もちろんフェルトがいらないと言えばそこまでだ。だけどフェルトにとっては、盗んだものよりも、百倍価値のあるものだと思う」

「その保証は?」

 

 保証はある。

 こちらは原作を知っているのだ。情報としての価値は高い。しかし、正直に言っても信じてもらえる可能性はゼロに等しいだろう。

 かといって嘘をついても、人を騙し慣れていない素人の青年がついた嘘などすぐに見透かされる。

 ならば──

 

「俺が誰より信頼する男からの情報だ。命を懸けたっていい」

 

 事実と、覚悟で乗り切る。

 嘘ではない。ただ、表現を変えるだけだ。

 

「……」

 

 ロム爺が黙ったことで、盗品蔵に静寂が訪れる。

 

 正直、フェルトにこれを言ってもいらないと一蹴されるだろう。それは青年も重々承知している。

 そもそも青年は、フェルトにとって価値があると言っているだけで、フェルトがそれを買うとは一言も口にしていないのである。

 では、青年の目的は何か。

 

 それは、時間稼ぎであった。

 

 フェルトが来るまでではない。エルザが来るまでの時間稼ぎだ。

 エルザがここにたどり着けば──ここにいるエミリアを見れば、迷わず皆殺しにしようとしてくるだろう。それはつまり、交渉の破談を意味する。それを見越したうえでの作戦だった。

 これが卑怯なやり方であると、青年自身も自覚している。しかしそれでもフェルトやロム爺、エミリアの命を救うためならば手段は選んでいられない。

 

「これはフェルトとの交渉だ。だから、フェルトが来るまでは待たせてもらうけど……いいよな?」

「……好きにしろ」

 

 ──ここからが、本番だ。

 青年は息を吐くと、エミリアに目をやった。

 エミリアは、盗品蔵の中を、物珍しそうにキョロキョロしている。

 

 ──ナツキ・スバルが彼らに出会うまでは、彼らを死なせるわけにはいかない。

 

 

 ※ ※ ※

 

 

「で、本当にその情報ってやつはあるのか?」

 

 盗品蔵のロム爺から一番離れたテーブル。そこに青年とラインハルトはいた。

 

「ラインハルトが心配するのも当然だけど……あることにはある」

「その情報源は、君が探しているナツキ・スバルからの情報かい?」

「ああ、そうだ」

 

 やはりか、とラインハルトがカウンターのエミリアに目を移す。

 エミリアはロム爺からもらったホットミルクを、やけどしないようにちびちびと飲んでいる。

 

「そのスバルって人は、どんな人なんだ? 差し支えなければ教えてほしい」

「スバルの話か……」

 

 魔女の残り香がついた身元不明の人間。それが、スバルの状況だ。青年も似たようなものだが、怪しさしかない。

 

「スバルは、熱心なエミリア信者だよ」

「エミリア様の……?」

「ああ。多分、誰も──エミリアすらも知らないんだろうけど、スバルはエミリアに助けられてるんだ。そこで一目惚れして、彼女を助けになるべく行動してる奴。それがナツキ・スバルだよ」

 

 スバルは最初のループでエミリアに助けられている。この世界が何回目のループかは知らないが、エミリア至上主義なのには変わりないはずだ。

 

「助けに……ということは、スバルはエミリアを王にしたいわけか」

「まあ、そうなるね」

 

 王選や、その候補者の話はラインハルトに路地裏で説明されている。

 

「一つ、聞きたいんだが……」

「ん、なんだ?」

「君は何故、スバルに会いたいんだ? スバルと君は知り合いではないんだろう?」

「あー」

 

 なぜ、スバルと合流したいか。

 深く考えていなかったが、自身の感情は大体予想がつく。

 

「多分、安心したいんだと思う」

「安心……同郷だからか」

「それもあるけど……ほら、俺って何も知らなかったからさ。今は虚勢張ってなんとかやってるけど、それもそのうち限界が来る。だからスバルと会って一安心して……で、共感したいんだと思う」

 

 青年は、事情が似ている誰かと分かち合いたかった。

 リゼロという過酷な世界で、仲間が欲しかった。

 

「ま、スバルは俺よりもすごいけどな」

「君の話を聞いていると、スバルという人物に会いたくなってくるね」

 

 にこやかに言うラインハルトに、そのうち会えるさ、と返す。

 と、その時盗品蔵の扉が叩かれた。

 

「フェルトか?」

「少し黙っとれ、小僧」

 

 カウンター内にいたロム爺がゆっくりと扉へ向かう。

 

「大ネズミに」

「毒」

「スケルトンに」

「落とし穴」

「我らが貴きドラゴン様に」

「クソったれ」

 

 ロム爺は満足げに頷くと、扉を開けた。

 

「待たせて悪いな、ロム爺。ちょっとそこで依頼人と会っちまってよ。だから──え?」

「……は?」

 

 嬉しそうに言うフェルトは、盗品蔵の中を見て固まった。

 恐らくエミリアを見て止まったのだろう。エミリアも少し怒った表情でフェルトに視線を合わせている。

 だがそんなことは、青年にとってどうでもよかった。

 それよりも、フェルトの口にした『依頼人』という言葉が問題だった。

 

「おい、まさか」

「おいロム爺! 今日は大口の取引があるから誰も入れるなって──」

「……あら?」

 

 フェルトの背後から現れた人物は、黒いマントを羽織った、妖艶な美女だった。

 見間違えるはずもない。

 『腸狩り』エルザ・グランヒルテ。

 それが彼女の名だった。

 

「はっ……」

 

 一瞬、青年の身体が強張った。

 想像してしまったのだ。――自身がエルザに腹を裂かれる未来を。

 次の瞬間、エルザの手元が光った。

 

「避けろフェルト!」

 

 青年が咄嗟に叫ぶ。そして──盗品蔵に、鮮血が飛び散った。

 

 

 ※ ※ ※

 

 

「すごいのね、あなた。絶対に殺したと思ったのだけれど」

「っあ……!」

 

 ぼとり、と重たいものが青年の目の前に落ちた。

 それを視界に入れた瞬間、吐き気がこみあげてくる。

 

「フェルト!」

 

 盗品蔵の中に倒れこんだフェルトには、左腕がなかった。

 フェルトを抱え込んだロム爺の顔は蒼白だ。

 

「フェルト、しっかりしろ! フェルト!」

「うぐ……ロム爺、ごめん……」

 

 フェルトの左腕は二の腕の途中で切り落とされていた。

 その傷口からは、絶え間なく出血している。青年はその光景をどこか別世界のように眺めていたが、フェルトの呻き声により我に返った。

 

「っ、エミリア! 治療! 今すぐにだ!」

「わ、わかった」

 

 突然の状況に固まっていたエミリアだったが、青年の言葉ですぐさまフェルトへ駆け寄る。

 

「少し、じっとしててね」

「な、んで……」

「うちのリアは今集中してるからね。黙ってたほうがいいよ、泥棒娘さん」

「っ……」

 

 パックがフェルトの額を小突くと、フェルトが苦し気に呻く。

 

「ちょっとパック! 意地悪しないの!」

「はーい」

 

 真剣なエミリアの口調に、パックが素直に離れた。

 と、その時、顔をしかめるほどの金属音が青年の耳元で響いた。

 

「うっ!?」

「悪いが、これ以上僕の目の前で誰かを傷つけさせるわけにはいかない」

 

 振り向くとラインハルトの背中が目に入った。その数歩先では、ククリ刀を弾かれたエルザが残念そうに自身の手元を見つめていた。

 自分が狙われたとわかったのは数秒後だった。

 

「彼が一番弱そうだと思ったのだけれど、あなたを倒してからじゃなきゃダメなようね」

 

 エルザが構えると同時に、その手に持つククリ刀がギラリと光る。

 

「助かった、ラインハルト」

「安心するのはまだ早い。エミリア様たちと一緒に少し下がっていてくれないか?」

「あ、ああ」

 

 エミリアの方へと駆け寄ると、エミリアは精霊術を使用してる最中だった。

 

「フェルトの様子はどうだ?」

「かなり危ない。一応止血はすんでいるけど、すぐにでも治療しないとマズいわ」

「そうか……」

 

 くそ、と青年は拳を握った。

 自分の反応が遅かったことが原因だった。エルザに怯んで、フェルトへの注意を一瞬送らせてしまったのだ。

 

「すまねえ、フェルト」

 

 フェルトの意識はもう落ちかけている。青年の言葉は聞こえていないかもしれない。それでも謝罪せずにはいられなかった。

 

 

 ※ ※ ※

 

 

「ラインハルト――『剣聖』の家系。騎士の中の騎士と戦えるなんて……とっても楽しみだわ」

 

 そう言ったエルザの表情は、宝石を目の前にした少女のように純粋で、そして狂気的だった。

 

「その黒い服装に、特徴的な刃物。君は、『腸狩り』だね」

「あら、知ってるのね。嬉しいわ」

「君の名前は王都ではかなり有名だよ。もちろん、危険人物としてね」

「その剣は使わないのかしら? 抜くぐらいなら待てるわ」

 

 ラインハルトが自身の腰にある剣へチラリと視線を向ける。

 

「この剣は抜くべき時以外は抜けないようになっていてね。残念だが、今回は使うべき時ではないようだ」

「それは残念だわ」

「なので──」

 

 ラインハルトが壁に立てかけてあった埃まみれの剣に、手をかける。

 

「こちらでお相手をしましょう」

「素敵ね。いいわ、楽しませて頂戴!」

「最後に尋ねますが……投降する気はありませんか?」

 

 返事はなかった。その代わりに、エルザはラインハルトへと切りかかる。

 

「仕方ない」

 

 そう呟くと同時に──ラインハルトが床を踏み抜いた。その衝撃波はすさまじく、盗品蔵の隅で治療していたエミリアが一瞬治療を止めるほどだった。

 

「っ!?」

 

 青年が戦いへ目を移すと、そこにはすさまじいスピードで切りあう二人がいた。

 目にもとまらぬ速さで四方八方から攻撃を繰り出すエルザ。一方ラインハルトの方はその場から一歩も動かずに、エルザの猛攻を捌ききっている。

 

「フェルトは、フェルトは助かるのか!?」

 

 フェルトを寝かせたロム爺は心配なのか、エミリアの周りで行ったり来たりを繰り返していた。

 フェルトの方は気を失っている。左腕からの出血は止まっていたが、その傷は今まで見たどれよりも生々しかった。

 

「ロム爺、静かにした方がエミリアも集中できるはずだ」

「それはそうじゃが……」

「今は、エミリアに任せるしかない」

 

 エミリアは真剣な面持ちでフェルトに精霊術をかけている。その横顔にはうっすらとだが汗も浮かび上がっていた。

 

「儂にできることはないのか?」

「できることね……ここは危険だから、一刻も早くフェルトを避難させてえが……出入口がああなっている以上きついか」

「ううむ……」

 

 ラインハルトとエルザの攻防は、ちょうど出入口の目の前で行われている。怪我人を抱えて通り抜けられるとは思えなかった。

 

「あれが終わるのを待つしかねえか」

 

 そう零すと同時に、エミリアの手元の光が消えた。

 

「とりあえずは終わったわ」

「フェルトは助かったのか!?」

 

 ロム爺の言葉に、エミリアは首を振った。

 

「まだ、わからない。できることはしたつもりよ」

「がんばったね、リア。あとは本職の人にお任せだ」

 

 優し気に言うパックに頷いて見せるエミリア。その顔は少しだけ疲れが見えた。

 

「ラインハルトに、もう大丈夫って言ってあげて。彼、私が治療をしていたから、気を遣ってくれていたの」

 

 ラインハルトが本気で戦うと、マナがそっぽを向いちゃうの。そう付け足したエミリアは原作通りだった。

 

「ああ、わかったよ」

 

 青年は大きく息を吸い込むと、ラインハルトへ向かって叫んだ。

 

「ラインハルト! こっちは大丈夫だ! やっちまえ!」

 

 ラインハルトはこちらへチラリと視線をやると──向かってきたエルザに剣を振りかぶった。咄嗟にククリ刀でガードするエルザだったが、ククリ刀ごと吹き飛ばされてしまう。

 

「本気ってわけね。何が見られるのかしら」

 

 受け身を取って構えなおしたエルザに、ラインハルトが静かに告げる。

 

「──アストレア家の剣撃を」

 

 次の瞬間、盗品蔵が光に包まれた。




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