ナツキ・スバルが死んだ世界で   作:あいうえおにたろう

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死亡通知

「これは……」

 

 空間が歪む。

 昔漫画でそういう描写を見た時は、正直ありえないことだと思った。

 しかし今のこの状況は、まさしく空間が歪むというのにふさわしかった。

 

「ラインハルトから光が……」

 

 ラインハルトの剣は光を纏っている。原作通りに行けばこのままエルザとの勝負に決着がつく。

 しかしその光は、鋭い金属音と共にすぐに消えることとなった。

 

「……速いですね」

 

 高速で背後にまわりこんだエルザの奇襲を、ラインハルトはエルザを見ることなく避けて見せた。全てが見えているのでないかと疑うほどの反応速度だ。

 

「隙だらけかと思えば、そうでもないのね」

「これでも騎士ですからね」

 

 必殺の一撃を阻まれたラインハルトは、剣を片手持ちに切り替えた。そして再びあの激しい戦闘が始まる。

 ラインハルトとエルザが撃ち合うたびに空気が震えていた。

 

「っ……」

「え? お、おい」

 

 隣のエミリアが倒れかけたのを、慌てて支える。

 

「……大丈夫か?」

「リアは今凄い消耗してるからね。大気中のマナ以外にも影響を及ぼすなんて、さすがは剣聖だ。君も感じるんじゃない?」

 

 エミリアの横にいたパックがそう言うが、何も感じない。困惑していると、パックが眠そうにあくびをした。

 

「もうそろそろ時間かな。ラインハルトに任せておけば問題ないと思うけど……」

 

 外に目をやると、日が落ちるころだった。

 原作ではラインハルトが本気を出す前──そもそも到着する前にパックは退場している。展開が早く進んでいるのは明白だった。

 

「リア、本当に危ないときは、オドを使ってでも僕を呼び出すんだよ」

「うん……わかった」

「それと……」

 

 パックが青年の方をちらっと見た。

 

「わかった。エミリアは守るよ」

「うん、頼んだよ」

 

 おやすみ、とパックは消えていった。

 これで、パックの援護は望めない。しかし状況はさほど悪くなかった。

 

「これでラインハルトがエルザを仕留めてくれればだいぶ楽になるが……そこまでうまくいくとは思わない方がいいか」

 

 もしもこの一撃を生き残った場合、原作通りに瓦礫の下から襲ってくることになるだろう。その時、フェルトやエミリアを守り切れる自信は、青年にはなかった。

 

「おいロム爺」

「な、なんだ?」

 

 ラインハルトの方を見ていたロム爺へ声をかける。

 

「ラインハルトがこの盗品蔵を吹き飛ばしたら、フェルトを抱えてすぐにここから離れてくれ」

「ここを? どこに行けばいいんじゃ?」

「どこかは……わからねえけど、とにかく近衛騎士団、もしくはその関係者がいる場所だ。フェルトは早く治療しないとヤバい。だが今すぐに近衛騎士団のフェリックスって奴に見せれば、絶対に助かる。もしかしたら腕も元に戻るかもしれない」

 

 フェリックスは原作で、一度は切り離されたクルシュの腕を元通りに治している。

 

「えっと、エミリアにもついてってほしいんだけど……」

 

 青年がエミリアの方を見ると、エミリアは少し心配そうな表情を浮かべている。今ならまだ、治せるかもしれない。

 

「道案内くらいならできるけど……あなたは大丈夫なの?」

「俺はラインハルトがいるから大丈夫だ。それよりもフェルトを優先させたい」

「わかったわ」

 

 エミリアが両手の拳を握って頷く。

 

「なあ、坊主」

「どうした?」

「見ず知らずの子供……それも貧民街の人間を連れて行っても、治療してくれるんじゃろうか……」

 

 確かにそうだ。

 フェリスはエミリアほどのお人良しではないし、そもそも今王都にいるかすらわからない。第一エミリアは敵陣営だ。エミリアがついていってもフェリスが助けるとは限らない。ならば──

 

「ラインハルトの関係者と伝えればいい。ラインハルトがどうしても救いたい人間ってことならフェリスも動くかもしれない」

「でもそれって……」

「大丈夫。嘘じゃない」

 

 今はまだ違うが、フェルトはラインハルトの将来的な主君だ。嘘ではないだろう。

 今はただ、ここを乗り切れればいい。後の尻ぬぐいはなんとでもできる。

 

 ──原作通りに進めば、今はそれでいい。

 

 できる限り原作に近い形で、自身の立場をスバルに引き継ぐ。それが、青年の目標だった。

 

「ラインハルトと一緒に俺も後で向かう。頼むぞ、エミリア」

「……わかった」

 

 エミリアが頷くと同時に、ラインハルトの方向から眩い光が発せられる。

 あちらの戦いももそろそろクライマックスだろう。

 目を向けると、ラインハルトがエルザを蹴り飛ばし、剣を振りかぶったところだった。

 

 ラインハルトの剣撃が、炸裂した。

 

 

 ※ ※ ※

 

 

「これは、すごいな」

 

 原作でその威力は知っていたものの、実際目の当たりにしてみると想像以上だった。

 

「ロム爺たちは……」

 

 青年の背後にあった壁は、風圧で吹き飛ばされている。その向こう側にフェルトを抱えて走るロム爺とエミリアが見えた。

 

「ちゃんと行けたみたいだな」

 

 三人が無事に戦線離脱できたことに一安心しつつ、ラインハルトの方へ目をやる。

 ラインハルトは破壊された盗品蔵の真ん中で静かに佇んでいた。ちょうど手に持つ剣が塵へと変わるところだった。

 

「おーい、ラインハルト! まだどこかにいるかもしれないぞ! 何か、他の武器を……」

 

 そう叫ぶと、ラインハルトは周囲を見回して頷いた。

 

「警戒は続けよう。だが、恐らくだが、彼女はここにはいないだろう」

「え? いや、まだわからないだろ……。瓦礫の下とか」

 

 周囲を警戒しながらラインハルトへと歩を進める。

 近づいてみてわかったが、ラインハルトは汗一つかいていなかった。

 やはり化け物だな、と思いつつ近くの瓦礫やらに視線を移す。見た限りでは動いている場所はなかった。

 

「その可能性はあるだろう。だけど、彼女はここにはいないと思う。僕の剣によって消滅したのならありがたいが、逃げた可能性も捨てきれない」

「なんでわかるんだよ?」

「強いて言うなら…………勘、かな」

「勘……」

 

 ラインハルトの勘。

 それはつまり、加護ということだろう。ならばエルザがここに居ないという情報は正しい。

 しかし、ここに居ないということは本当に逃げたのだろうか。それとも本当にラインハルトの剣で死んでしまったのだろうか。

 

「それよりも……エミリア様たちはどこへ?」

 

 青年のそばにエミリアの姿がないことに気づいたラインハルトが尋ねる。

 

「ああ、それなら先にフェルトを安全な場所で……」

 

 そこで青年は唐突に気付いた。

 原作で、瓦礫の下から飛び出したエルザが誰を狙ったか。

 

「くそ、エミリアか!」

 

 青年は気付くと同時に走り出していた。

 スバルが身代わりになったことの方が頭に残っていて、その攻撃で誰が狙われたかを完全に忘れていた。そもそもエルザの目的は、エミリアの徽章だ。なぜ、それに気づけないのか。

 

「……自分の無能が嫌になる」

 

 突然走り出した青年に、ラインハルトも追走する。

 

「いきなりどうしたんだ? 何か、気づいたのか?」

「エルザがエミリアを追ってるかもしれない」

 

 その言葉で、ラインハルトは全てを察したらしい。

 

「先に向かっているよ」

 

 そう言い残すと、人間とは思えないスピードで青年を追い越していった。

 

「頼む、無事でいてくれ……!」

 

 青年はただ、祈ることしかできなかった。

 

 

 ※ ※ ※

 

 

「ん……ロム、爺……?」

 

 どこか心地よい揺れの中で、フェルトは目を覚ました。

 

「フェルト!? 目を覚ましたのか!?」

「ロム爺、うるさい………」

 

 すまん、とやけにしおらしく謝るロム爺に違和感を覚えるが、自身の状況を思い出して納得する。

 エルザに腕を切られて、気を失ったのだ。そして今はロム爺に抱えられてどこかへ運ばれているらしい。

 

「よかった、目を覚ましたのね」

 

 どうやらフェルトが徽章を盗んだ銀髪の少女もいるらしい。

 理由は謎だが、フェルトが気を失う直前、この少女は切り飛ばされた部分を治療してくれていた。

 

「あたしの腕……やっぱ、ねえか」

「フェルトの腕は儂が持っとるわい。今、騎士団の凄腕にお前を診せに行くところじゃ」

 

 ロム爺の腰には、赤い染みが出来た、ちょうどフェルトの腕くらいの茶色い布の包みがある。

 

「だからそれまで頑張ってね」

 

 勇気づけるように言う少女からは、悪意を感じない。

 

「なん、で……」

「ごめん、よく聞こえない。でも、あんまり喋らない方がいいと思う」

 

 何か言いかけるフェルトを止める少女は、子供に言い聞かせるようだった。こちらを心配しているのだと嫌でもわかる。少女に言われずとも、フェルト自身も無駄に喋って体力を削るのは得策でないことをわかっていた。しかし、尋ねずにはいられなかった。

 

「なんで……私を、助けたんだよ」

 

 少女からすればフェルトはただの泥棒。あそこまで執拗に追いかけてきたということは、あの宝石の入った一品はかなり大事な物だったに違いない。そんな大事な物を盗んだ相手を、なぜここまで心配できるのか。それがフェルトには全く理解できなかった。

 

「えーっとね、私があなたを治すことで、あなたには恩ができるでしょ。それを逆手に情報を聞き出すの。命の恩人なら、嘘もつかないはずだから」

 

 少女は得意げな表情を浮かべている。

 フェルトは小さくため息を吐いた。

 

「それを、アタシに言っちゃ、意味ないだろ……」

 

 この少女は、超がつくほどのお人好しらしい。

 

「フェルト、あまりしゃべらん方が……」

 

 不安げに言うロム爺。

 わかった、と返事をしそうになるが、フェルトはそれを飲み込むと目を閉じた。

 と、その時、空気が揺れた。

 

「これは……」

 

 ロム爺の走るスピードが徐々に落ちる。そして、止まった。

 

「無事でしたか、エミリア様」

 

 爽やかな声に目を薄っすらと開くと、赤い髪の男が目に入った。

 

 

 ※ ※ ※

 

 

「こっちの方向にいるのはわかってるんだけど……やっぱラインハルトは化け物だな」

 

 青年は息を切らしつつも、ラインハルトが走り去った方向へ走っていた。

 こんなに走ったのは半年前の体力測定以来である。

 

「もっと鍛えとけばよかった」

 

 異世界転移するなどとわかっていればもっと身体づくりをしたのに、と青年は軽く息を吐く。

 まあ最も、リゼロを知っていただけマシかもしれない。

 

「知らなかったら即死してただろうしな」

 

 考えただけで恐ろしい。

 

「やめだ、やめ。こんなこと考えても意味ねえ」

 

 ひとまずはエルザの襲撃を乗り切る。そしてナツキ・スバルと合流する。

 今のこの二つのことだけに集中すればいいのだ。

 

「エルザはラインハルトが向かったからいいとして……スバルはどこにいるんだ?」

 

 ここまで原作に近い立場で関わっているのに、エミリアたちからスバルのことを全く聞かないのは明らかに異常だった。原作のどのルートでも関わっている三人組でさえ知らなかったのはさすがにおかしい。

 まさか原作開始前だったのか?

 しかし、それではエルザの襲撃の日が合わない。フェルトが前もって盗んだとしても、交渉の日まで早めるのは……あるのだろうか?

 

「……考えてもわかんないな。やっぱ情報量が少なすぎる」

 

 自分の頭では、これが限界か。

 青年がそう諦めた時だった。

 

「これ……血痕じゃねえか」

 

 道に微かだが、赤い液体が垂れているのだ。

 青年がそれに気づけたのは全くの偶然だった。ただ、なんとなく嫌な予感がして下を見たら気づいたという状況だった。

 

「……」

 

 血痕を見ると、横の小道へと続いている。よく見れば、青年が今来た道にも少しづつだが、血痕が残っていた。

 

「おい、誰か、いるのか?」

 

 恐る恐る声をかけてみるが、返事はない。

 大きく息を吐いてから、足を動かす。

 

「……」

 

 ゆっくりと、路地裏へ入ると、そこには血まみれのエルザが座っていた。

 

「あら、見つかっちゃったのね」

 

 エルザは青年に見つかっても落ち着いたままだった。それどころか、まさかとは思うが……少し安心したような様子でもあった。

 

「……てめえが、なんでここにいるんだよ」

 

 精一杯強がって放った言葉は、誰が聞いてもわかるほどに震えていた。

 

「あの騎士さんの一撃をもらったからなのだけれど……あなたも見ていたでしょう?」

 

 その様子は、青年も見ていた。

 ほぼ原作のリゼロと同じ状況だったのも覚えている。

 だがまさか、本当にエルザが重傷を負って逃げているとは思わなかった。それほどまでに青年は、エルザのしぶとさを信頼していたのだ。

 

「なんで、そんなに冷静なんだよ。俺が今お前を殺すかもしれないんだぞ」

 

 青年の言葉に、エルザは一瞬表情を消した後、くすくすと笑いだした。

 

「何がおかしいんだよ」

「だって──」

 

 エルザがこちらを見た瞬間、青年は思わず後ずさった。

 

「あなたじゃ、私を殺せないもの」

 

 殺気、というものを青年は初めて知った。人を殺すことをなんとも思ってない者が出せる気迫。それを青年の本能が感じ取ったのだ。

 

「……どういうことだよ」

 

 精一杯言葉を返すが、エルザの様子は変わらない。

 

「そのままの意味よ。重傷の私よりも万全のあなたの方が、弱いというだけの話」

 

 エルザは嘘をついていない。

 本気でそう思っているのだ。そして、青年自身もこの手負いの殺人鬼に勝てる気は全くしなかった。

 

「ラインハルトが、近くにいるかもしれないだろ」

「それはないわ」

 

 ハッタリも一瞬で否定されてしまう。

 

「近くにいるなら、あなたはそこまで怖がっていないはずよ」

 

 悔しいが、その通りだった。

 

「でも、その殺気はいいわね」

 

 エルザの言葉に、一瞬耳を疑った。

 

「……殺気?」

「そう。あなたの殺気よ。怯えながらも、相手を威嚇してるその表情。すごくいいわ」

 

 馬鹿にされている。

 しかし、こちらからは何もできなかった。

 近づけば殺されることは明白。かといって青年がラインハルトを呼びに行けば、その間にエルザは逃げるだろう。

 青年も本音を言えば今すぐにでも逃げ出したいが、エルザが重傷を負っているという絶好のチャンスに簡単に逃げられずにいた。

 青年がそう考えている間にも、エルザは何かを思い出すようにしゃべり続けていた。

 

「今日はいい殺気をたくさん浴びたわ。今までで一番楽しかった日かもしれないわね」

「……そりゃよかったな、クソ殺人鬼」

「うふふ、ありがとう」

 

 本当にいい日、とエルザは空を見上げた。

 

「欲を言えばナツキ・スバルに会いたかったのだけれど……それはかなわないみたいね」

「……は?」

 

 今、エルザは何て言った?

 

「私を殺すらしいのだけれど……あなたがそうなのかしら?」

「誰から、その名前を聞いた」

 

 自分でも、信じられない程落ち着いた声で、青年は尋ねた。

 

「私を襲ってきた、変な格好をした男からよ。背格好は……ちょうど、あなたと同じくらいだわ。もしかして、知り合いだったかしら?」

 

 それなら悪いことをしたわ、とエルザは言葉とは反対に、嬉しそうに言った。

 

「もう、殺しちゃったから」

 

 エルザは、本当に嬉しそうに、そう言った。




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