ナツキ・スバルが死んだ世界で   作:あいうえおにたろう

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ナツキ・スバルが死んだ世界で

 誰かの声が聞こえる。

 自分の名前を呼ぶ誰かの声。

 

「────」

 

 どこかで聞き覚えのある声。

 確か、この声は……

 

「──、───か?」

 

 そうだ。この軽薄で、おどけた声は。

 

「■■、おい、聞いてんのか?」

「ナツキ・スバル……」

「お、やっと返事した。大丈夫か?」

 

 声の主はリゼロの主人公、ナツキ・スバルだった。

 

「なんで、お前が」

「何でって言われてもなあ……」

 

 はっきりとしない声色のスバルは、ぼやけていて、うまく認識できない。

 近寄ろうとして、自分の身体がないことに気づいた。

 

 ──そうか、夢か。

 

 スバルの姿がはっきりしないのは、記憶が薄れてきているということだろうか。スバルに人の夢に入り込む能力はなかったはずだ。ならばここに居るスバルは、自分が勝手に作り出した幻、本物ではない。

 

「まあいいや。それでお前に話があるんだけど」

「……」

 

 どう反応していいかわからず黙り込んでいると、スバルが盛大にため息を吐いた。

 

「幻だってわかってるなら、もっと楽しむべきだと思うぜ。偽物だとしても俺は有名作品の主人公じゃん? アニメ化までして、人気爆発中の俺と会話できるなんて、それこそ夢みたいなもんだし、だったら楽しまなきゃ損だろ」

 

 偽物。スバルは今、彼自身のことを偽物と言った。

 どう反応すればいいのか、余計わからなくなってしまった。

 

「おーい。もしもーし」

「……」

「やーい、■■のバーカ。バカバーカ」

「……」

「うーん、さすがの俺もここまで無視されるとハートがブレイキングされそう……」

「……やっぱり少しうざいな」

「お! やっと喋ってくれた! ……けどちょっと冷たすぎない!?」

 

 いちいち大げさに反応するスバルは、自分の描くスバルそのものだ。

 

「まあいいや。それでお前に話があるんだけど……ってなんかデジャヴだな」

 

 この流れさっきもやらなかったっけ、とスバルは腕を組んで考え込むポーズを取った。

 

「……」

「うーん、やはり無反応。機嫌悪いの? もしかして俺のこと嫌ってる?」

「……お前は今、どこにいるんだよ」

「おおっと、そう来たか。唐突な質問だなおい……」

 

 スバルは再び考え込む仕草をした後、ドヤ顔で指を鳴らした。

 

「俺にもわからねえ」

「……」

「だって俺ってお前の夢の中の存在じゃん? お前が知らないこと知ってるわけない、ってこれこの手の話で結構お約束じゃね?」

「……そうかよ」

「うっわー淡泊。ラインハルトとかと話すときとキャラ変わりすぎじゃね?」

「……」

「まーた無視る。ひどいぜ、■■」

「……話したい事ってなんだよ」

「うーん、会話のキャッチボールがめちゃくちゃだぜ」

「……」

「あーもう! また黙っちまったよ」

 

 スバルはしゃーねえな、と頭をかいた。

 

「じゃあお望み通り、本題に入ります。ではまず重大な発表から」

 

 スバルがこちらを指さした。

 

「■■、お前本当は気付いてるだろ」

「……は?」

「言っとくけど、とぼけても意味ないからな」

「いや、何を言って……」

「いいか。俺はお前が作りだした、『ナツキ・スバル』だ」

 

 本気で分からない。

 そう言おうとして、言葉が発せないことに気づいた。

 

「お前が心の底で思ってること、もしくは無意識に考えないようにしていること。それを──」

 

 ──俺は知ってる。

 スバルはこちらを指さすと、表情を改めた。

 

「反論はいらねえ。言いたいことだけ言うからな。客観的になったフリをして、自分にいいように考えるな」

「──」

「本当は察してるくせに、それに気づかないフリをするのはやめろ」

 

 ……。

 気づかない、フリ。

 

「まあそりゃ物事をいい方向に考えたくなるのはわかるぜ? 俺はお前だから、お前にそういうところがあるのも知ってる」

 

 普通ならそれはお前のいい所だ、とスバルは続ける。

 

「だけどこういう時には、あんまりよくないと思うぜ」

「──」

「結局、どう考えるのかは『俺』次第だな。つまり、もっと自分を信じてみてもいいんじゃね? ってことだ。あれ、ちゃんと話繋がってるかな? なんかフィーリングで話してたからめちゃくちゃな気も……」

 

 スバルはしばらく唸ったあと、まあいいか、と手を打った。

 

「そんな感じで、■■くんへのアドバイス的なやつでした。頑張れよ、『俺』」

 

 じゃあな、とスバルはゆっくりと消えていく。

 

「……っ」

 

 気づけば、喋れるようになっている。

 

 ──スバルが消える前に、何か。

 そう思い口を開くが、

 

「……」

 

 言葉は、出なかった。

 

 

 ※ ※ ※

 

 

 鈍い痛みで、青年は目覚めた。

 起きて数秒、それが足から来ていることに気づいた。

 

「エルザにやられたんだっけか」

 

 記憶が曖昧になっている。

 エルザに全てを見抜かれて、それで……。

 

 絶望して、諦めて、下らない妄想に逃げた。

 

「……全部夢だった、とかだったら良かったのにな。恥ずかしいことだらけだ」

 

 青年は小さくため息を吐いた。

 

「……今更落ち込んでも仕方ないか」

 

 ゆっくりと起き上がると、部屋を見まわした。

 

「どこだ、ここ」

 

 見覚えがない部屋だ。ロズワール邸ではなさそうだが……。

 と、廊下からこちらに近づく足音が聞こえてきた。

 

「お、目を覚ましたみたいだね」

 

 部屋に入って来たのはラインハルトだった。

 

「ラインハルト……」

「すまない。間に合わなくて。気づくのが遅くなった」

 

 ラインハルトが青年に頭を下げた。

 数秒して、エルザに襲われていたことだと気づく。

 

「待て待て。お前が謝る事じゃねえだろ。あれは俺の不注意が原因だった」

 

 お前が頭を下げることはない、と口調を強めると、ラインハルトが申し訳なさそうな表情を浮かべた。

 

「で、ここどこだ?」

 

 空気を変えるためにわざと明るい口調で尋ねる。

 

「ここは王都にあるアストレア家の屋敷だ。君は客人ということになっている」

「おお……なんかすまねえな」

 

 ラインハルトには世話になりっぱなしだ。いつか必ず恩を返さなきゃだな。

 

「俺はどんな状況だった?」

「僕が着いた時には、君は気を失っていた」

「……そうか」

 

 あの時、確かにラインハルトの声が聞こえた。そこから記憶がないということは、ほとんど同時に気を失ったのだろう。

 

「それで、腸狩りは捕まったのか?」

「いや、彼女には逃げられた。他にも怪我を負ってるものがいたから、そちらを優先させたんだ」

 

 怪我をした者。あの三人組のことだ。

 

「そいつらは?」

「一応手当はしたんだが……捕まると勘違いしたのか、目を離した間に、いなくなってしまったよ」

 

 彼らが死んでいなかったことで、罪悪感が少し軽くなった。

 

「フェルトはどうなった?」

「安心してくれ。フェルト様は無事だ。腕も、傷は残るが問題なく修復できるそうだ」

「フェルト様、か」

 

 その一言で察した。

 どうやらフェルトは原作通り王選候補者としてラインハルトに保護されたらしい。徽章もエミリアに返されたとみて間違いないだろう。

 

「フェルト様のこと、君は知っていたのか?」

 

 来るだろうな、と思っていた質問だった。今日の青年の行動は、見ず知らずの少女に対して過剰すぎた。

 

「……フェルトのことはほとんど知らないんだ。今日会ったばっかりだしな」

「…………そうか。ではこれ以上は聞かないでおくよ」

 

 詮索しないのは、ありがたかった。

 

「エミリアはもうロズワール領へ?」

「いや、まだこの屋敷に残っている。君のことを心配していた」

「……この屋敷にいるのか」

 

 エミリアが自分のことを心配してくれたことは嬉しい。

 本当ならば今すぐにでも礼を言いたいところだが──それよりも大切なことがあった。

 

「俺は少し行くところがある。エミリアには心配してくれてありがとうって伝えといてくれ」

 

 そう言って青年はベッドから降りようと足をおろした。

 

「わかった。だがまだ動かない方が……」

「うわっ!?」

 

 ベッドから立ち上がろうとして、青年はこけた。そしてこけたことによって足に痛みが戻ってくる。

 

「そういや足怪我してたんだっけか、俺。忘れてた」

「すまない。止めるのが間に合わなかった」

 

 手を貸しながらラインハルトが申し訳なさそうに言う。

 

「いやこれは全面的に俺が悪いよ」

 

 ラインハルトに手伝ってもらい、ひとまずベッドに座りなおす。

 

「松葉杖ないと無理かなあ、これ」

「しばらくは痛むだろうが、そこまで重傷ではないそうだ。すぐに治るさ」

「怪我が重くないのはありがたいんだけど……」

 

 エルザが殺した人物。それをなるべく早く確認しておきたかった。

 

「君が探してるナツキ・スバルのこと、だね」

「……そうだ」

 

 そのことだが、とラインハルトは表情を改めた。

 

「先程、貧民街でいくつかの死体が見つかった。全員が何らかの刃物で殺されていたらしい。大半の者の傷が腹部にあったことから『腸狩り』の仕業で間違いないだろう。問題は──」

 

 ラインハルトが言葉を切り、視線を落とした。

 

「その中に、ここら辺ではあまり見ない奇妙な格好をした者がいたらしい。どう見ても貧民街で暮らす人間ではない、とのことだ」

「それは…………」

 

 いくらかの沈黙の後、青年は口を開いた。

 

「それ、確認しても……いいか?」

 

 

 ※ ※ ※

 

 

「恐らく少し匂うだろうけど、それは我慢してくれ」

 

 そう言ってラインハルトに案内されたのは、屋敷から少し離れた近衛騎士団の駐屯所の一つだった。

 

「君が目覚めたらすぐに確認してもらいたくてね。我が儘を言ってここに置いていてもらったんだ」

「ありがとう、助かる」

 

 ラインハルトは駐屯所の入り口でそこにいた騎士らしき人と少し話した後、青年を手招きした。

 

「こっちだ」

 

 ラインハルトについて建物内に入っていく。しばらく歩くと、中庭のような場所に出た。

 

「ここは普段は騎士たちの鍛錬に使われる場所なんだ」

 

 屋根がないその場所は、それなりに広かった。

 そして、その地面には布がかけられた()()が横たわっていた。

 

「これは……」

 

 血の匂いと、少し酸っぱい匂いも漂っている。

 

「……胃酸か」

「ほとんどの死体は腹が裂かれていた。これでもマシになった方なんだ」

 

 ラインハルトは沈痛な面持ちのまま、それらに近づいていく。

 そしてその中の一つの前で、足を止めた。

 

「これが、さっき話した人物だ」

「……」

 

 ああ、()()()()

 布からはみ出ている足には、この世界には見慣れない、黒のスニーカーが──

 

「布を、取ってくれ」

「……わかった」

 

 ラインハルトが腰を落とす。

 

「彼も、腹を裂かれている。顔だけで、いいね?」

「ああ、それでいい」

 

 布が、ゆっくりとめくられる。

 黒髪が、その特徴的な髪型が、血の付いた額が、露わになっていく。

 そして──

 

「ああ…………こんなとこにいたのかよ」

 

 ナツキ・スバルが、そこにいた。

 

「死んでたなら、見つかるわけもねえよな」

 

 スバルがエルザに殺されるパターンはいくつかあるが、路地裏も、盗品蔵にも行かずに死ぬパターンは本編にはない。()()()()ないのだ。

 

「……IFなんて初見殺しもいいとこだろ」

 

 もしもの世界であるアヤマツルート。

 スバルが路地裏で助けを呼ばなかった場合に分岐するルートだ。

 あのルートで、スバルはエルザ攻略のために何十回と死んでいる。この世界も、そのうちの一つだとしたら。

 路地裏にも盗品蔵にも立ち寄らずに、エルザを殺そうすることも十分にあり得る。

 

「お前がいなくなっちまったら……」

 

 エミリアは、レムは、ベアトリスは、どうなるのか。

 本編ではスバルがいなければ、間違いなく彼女らは死ぬ。この世界が本編ではない以上、どうなるかはわからない。

 だが主人公を失った世界が、いい方向に転じるとは思えなかった。

 

 ならば、自分がするべきことは──

 

「もう、いい。布を戻してくれ」

「……わかった」

 

 再び、スバルの顔に布がかけられる。

 

「ラインハルト」

「……なんだい?」

「ナツキ・スバルの話は、誰かにしたか?」

「いや、まだしていないが……」

「ならよかった」

 

 青年はゆっくりと立ち上がると、ラインハルトに向き直った。

 

「俺は──」

 

 

 ※ ※ ※

 

 

「ここがフェルト様の部屋だ」

 

 ラインハルトに案内されたのは部屋の前には、メイドと思われる女性が二人立っていた。

 

「フェルト様の様子は?」

「起きてはいますが、やはり部屋には誰も入れてもらえなくて……」

「そうか」

 

 ラインハルトによると、フェルトは起きてからずっと人と会うことを拒絶しているらしい。

 ロム爺とラインハルトは入れてもらえるらしいが、ラインハルトの方は渋々入れている、ということだそうだ。屋敷を使わせてもらっている手前、気持ち的に強く出れないのかもしれない。

 

「フェルト様、入りますよ」

「チッ、お前かよ…………何の用だ?」

 

 中から聞こえた不機嫌な声は、間違いなくフェルトのものだ。

 

「彼が目覚めたので、連れてまいりました。彼も、フェルト様に会いたがっています」

「……入れよ」

 

 中に入ると、部屋の中央に置かれたベッドが目に入った。

 そこには、バスローブのようなものに身を包んだフェルトが座っていた。

 

「兄ちゃん、生きてたんだな」

「まあな。…………左腕、どうだ?」

「万全、とまではいかねえけど、とりあえずはひっついたぜ」

 

 ほら、と左腕をあげるフェルト。

 左腕はその全てに包帯が巻かれており、ぎこちないその動きは切断された事実を再認識させた。

 その様子を見て、自分の罪を理解した。

 

「……悪かった」

「え?」

 

 青年はフェルトの前まで行くと、膝をついた。そして、深く頭を下げた。

 

「フェルト、すまなかった」

「ちょっ、え、何してんだ兄ちゃん!?」

「フェルトの腕が切られたのは、俺が盗品蔵にエミリアたちを連れてきたからだ。あれがなければ、フェルトはまともに交渉できて、怪我を負うこともなかった。全部、俺のせいだ」

 

 自分の甘い見立てが。楽観視が。

 フェルトに重傷を負わせた。そして、何よりも。

 

「エルザの攻撃に気づいていたのに、怯えて反応が遅れた。もっと早く声を出していれば、フェルトは避けれたかもしれなかった」

 

 自分の恐怖で、声を出せなかった。躊躇してしまった。

 それが何よりも許せなかった。

 

「ええっと、何が何だか……とりあえず、顔上げろよ、兄ちゃん」

 

 それでも青年は頭を下げたままだった。が、

 

「下向いたままじゃ、話せねえだろ。だから上げろって」

 

 フェルトの言葉でゆっくりと顔をあげた。

 

「うーん、聞きたいこととか言いたいこととかは沢山あんだけど……」

 

 フェルトは頭をかきながら、自分を指さした。

 

「アタシは生きてんだ。腕もくっついた。だから気にしてねえよ」

「……」

「兄ちゃんがいろいろ動いてたのは知ってる。うっすらと聞こえてたからな」

 

 ありがとな、とフェルトは照れ臭そうに笑った。

 ああ、彼女ならきっと──。

 

「いい王様になれるな」

「……はあ? 王様?」

「なんでもない」

 

 言いたいことは言えた。

 青年は立ち上がると、ラインハルトの方を見た。

 

「ラインハルトも、いろいろありがとな」

「……その礼は、素直に受け取っておこう」

 

 そう言って、ラインハルトは微笑んだ。

 

「ちょ、兄ちゃんもう行くのかよ」

「すまない、フェルト。人を待たせてるんだ」

「……なら、仕方ないか」

 

 ああ、とフェルトの方に向き直る。

 

「フェルトが気にしてなくても、俺にはその腕の責任がある」

「だからそんなのはいいって」

「何かあれば、言ってくれ。俺にできることなら、なんでもする」

 

 フェルトは困ったような表情を浮かべると、

 

「……わかったよ」

 

 そう、小さく笑った。

 

「じゃあな」

 

 青年が部屋を出ようとすると、あ、とフェルトが声を出した。

 

「まだ兄ちゃんの名前聞いてない。教えてくれよ」

「ああ、そうだっけか」

 

 青年はラインハルトの方をちらりと見ると、フェルトの方へ向き直った。

 そして、笑顔を浮かべると──

 

「俺の名前はナツキ・スバル。無知蒙昧にして天下不滅の無一文だ」






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