ナツキ・スバルが死んだ世界で   作:あいうえおにたろう

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第二章 足掻きの一週間
自称『ナツキ・スバル』


 王都からメイザース領へ向かう街道。

 フリューゲルの大樹を経由するこのルートは、原作の三章でよく通る道だ。

 

「考えてみれば、一章と二章の間でもこの道は通るのか……」

 

 原作でもスバルはここを通っていたのだろうが、気を失っていた状態だったため描写する必要がなかったのだろう。

 

「どうかしたの?」

 

 一緒の馬車に乗っていたエミリアが、青年の独り言に首をかしげて尋ねた。

 

「なんでもないよ。ただの独り言」

 

 結局青年は、しばらく原作通りエミリアと共に行動することに決めていた。

 王都に残ることも考えたが、それではメイザース領で起きる魔獣騒動に対処できない。今はエミリアと行動することが最適だろう。

 

「ねえスバル」

 

 エミリアの髪からパックが顔を出した。

 

「なんでリアについてきたの? もしかしてうちの子に惚れちゃった?」

「エミリアが美人なのは認めるけど……悪いな、そういうわけじゃないんだ。少しメイザース領に用事があってね」

「用事? スバルの知り合いがいるとか?」

 

 エミリアが首をかしげながら尋ねる。

 

「そうじゃないけど……ちょっとね。ああ、あとできれば、名前では呼ばないんでほしいんだ」

「どうして?」

「俺は……この名前が、あんまり好きじゃないんだ」

「私はいい名前だと思うけど……わかった。スバ……あなたがそう言うなら、そうする」

 

 ごめん、と軽く頭を下げる。

 

「気にしないで。誰にだって嫌なことはあるもの」

「……ありがとう」

 

 目を伏せて礼を言う。

 これは青年の幼稚な我が儘だ。しかしそれでも、エミリアにスバルと呼ばれることの罪悪感は耐えられそうになかった。

 話が途切れて変な雰囲気になりかけたところで、パックが青年に尋ねた。

 

「それで、用事が終わったら君はどうするの?」

「そうだな……用事が終われば、すぐに王都へ戻るよ」

 

 ロズワール邸で雇ってもらえるならば原作のスバル通りの行動がとれる。しかしスバルがそこで信頼を勝ち取るには命がけで魔獣騒動を解決しなくてはならないのだ。一歩間違えれば魔獣に呪い殺されるし、その前にレムに撲殺されることもある。対処しなければならない問題が多すぎる。

 

「王都に戻るって……あてはあるの?」

「まあな」

 

 心配そうに尋ねたエミリアに、軽く答える。

 パックが何かに気づいたような視線を向けてくるが、無視する。

 正直に言えば、当てはない。取れる行動は、どこかで雇ってもらうしかないが……白鯨の情報をもとに、クルシュ陣営と交渉でもしてみるか。

 

「うん、大丈夫だ」

 

 自信ありげに青年が頷くと、エミリアは心配そうな表情は浮かべたものの、それ以上追及はしなかった。

 当てなどないことをここで言えば、エミリアは間違いなく青年を助けようとするだろう。エミリアと一緒に行動するうえでエミリア自身には何の問題もない。

 だがエミリアと行動すると、ほぼ間違いなくレムと関わることになる。そこが一番の問題なのだ。

 

 ──俺は、彼女からの信頼を得ることはできない。

 

 スバルは彼女を助けたいと、命がけでレムを助けた。その結果大量の呪いをもらうことになったが、あの命がけの行動があったからこそ、レムはスバルのことを信頼するに至ったのだ。

 最初から打算で動く青年では、絶対にレムからの信頼は得られない。

 そして──青年は、彼女を見たくなかった。

 レムを肯定し、救ってくれる存在である「ナツキ・スバル」。彼がいない──救われることのない彼女を見ていたくなかった。

 ため息を吐き、目を閉じる。

 

『……なるほどな』

 

 納得したような声が聞こえた。

 

『ようやくわかったぜ』

 

 自分勝手で、傲慢な考え。しかしそれが青年の本心だった。

 

『我が儘なくせレムたちを見捨てることはできない。しかもその理由は寝覚めが悪いからときた。……自己中すぎて逆に清々しいことこの上なしって感じだな』

 

 自分でもそう思う。

 

「俺は自己中でいいんだよ。それぐらいがちょうどいい」

 

 人が死ぬのを放っておけないと言えば聞こえはいいが、結局青年のそれは偽善だ。

 

「自分を認めることにしたからな」

 

 偽善でもいい。自分がしたいことをする。

 

「だから黙って見とけ、ナツキ・スバル」

『……わかったよ。ポテチでもつまみながら見ることにするわ』

 

 目を開けると、辺りは暗くなり始めていた。

 それ以降、声が聞こえることはなかった。

 

 

 ※ ※ ※

 

 

「ロズワール……って人の屋敷に来てほしい?」

「うん。どうしてもダメっていうんじゃないなら、一緒に来てほしいの」

 

 メイザース領に入った頃。

 青年はエミリアにそう切り出された。

 

「君の悪いようにはならないと思うよ? ロズワールは変な奴だけどそこまで嫌な奴じゃないし」

「うーん……」

 

 パックの言葉に小さく唸る。

 ロズワールと出会ってまず問題になるのは青年自身の立ち位置だ。

 青年は「ナツキ・スバル」を名乗り、エミリアを救っている。ここまですればロズワールは青年を叡智の書にある人物だと認識するだろう。しかしこれは叡智の書に青年自身のことが書いてなかった場合である。

 青年のことが叡智の書に書いてある場合、ロズワールの行動は全く読めなくなる。青年に協力的なのか、それとも敵対的なのか。

 一番楽なのは青年の状況を理解してもらう、つまり青年に「死に戻り」の力がなく、叡智の書の人物でもないことを知ってもらうことだが、ロズワールが青年の話を信じるとは限らない。

 

「だいぶヤバいな……」

「やばい?」

「ああいや、こっちの話。気にしないでくれ」

 

 心配そうにこちらを見るエミリアに、明るい声で返す。

 ロズワールのことを考えるのはいいが、エミリアを心配させていいわけではない。それとこれとは話が別だ。

 

「しかしロズワールの屋敷へか……」

「あ、よく考えてみるとさあ……」

 

 青年が返答に迷っていると、パックが小さく手を打った。

 

「ここは一応ロズワールの領地なんだし、挨拶ぐらいはしといたほうがいいんじゃない?」

 

 しといて損はないし、とパックは続ける。

 パックの言うことは間違っていない。間違ってはいないが、別にする必要もないことだ。

 

 ──エミリアの気遣いを無下にするなってことか。

 

 パックの言葉の意味を理解した青年は、二人に向けて頷いた。

 

「確かに、それもそうだな」

「! じゃあ……」

 

 明るい表情を浮かべたエミリアに再び頷いて見せる。

 

「とりあえず行くことにするよ。そのロズワールって人のところに」

 

 ──考えるのは、会ってみてからだな。

 そんな、逃避のような考えと共に青年はロズワールと会うことを決めた。

 

 

 ※ ※ ※

 

 

「見たくなかったんだけどな……」

「? お客様、どうかしましたか?」

 

 目の前を歩く彼女は、こちらに目を向け静かに問いかけた。

 ショートスカートのエプロンドレスに、まさにメイドと言えるホワイトブリム。そして青髪、片目が隠れた髪型。

 ロズワール邸の鬼姉妹。その片割れである少女が、青年の目の前にいた。

 

「なんでもない……です。ただの独り言です」

「……そうですか」

 

 興味のなさそうな態度を見て、少し安心する。もしもスバルがいないことで何かが変わっていたらと警戒していたのだがその必要はなさそうだった。

 レムの態度は事務的だ。原作登場時と一致している。

 原作通りなら、部外者である青年のことは良く思っていないだろう。ただ、まだ殺害しようとまでは思っていないはずだ。

 

 ──ロズワール邸は、なるべく早く出た方がいいな。

 

 今後のことを考えながら歩いていると、原作と同じ長テーブルがある部屋についた。

 中に入ると、まだ誰も来ていなかった。

 

「他の皆さまは、すぐに到着されるでしょう。それまでそちらの席でお待ちください」

「わか……りました。ありがとうございます」

 

 危ない。無意識で会話をしていると、タメ口になりかけてしまう。

 エミリアと気軽に話せているのもあるのだろう。しかし不必要に馴れ馴れしくして、彼女に不信感を持たれてはおしまいだ。

 

 現在エミリアはロズワールと話があるとかで席を外している。

 

 ──俺のことを話してるってとこだろうな。

 

 青年の事情や、王都であったことを報告しているのだろう。

 

「はあ……」

 

 ロズワールがどうなるかわからない以上彼に会うまでは行動方針も決めかねるのだが、それでもいろいろと考え込んでしまう。

 

 ──まあ、やることがはっきりしていることはいいことだな。

 

 レムの呪殺を阻止する。村人を守る。そして、メィリィを逃がす。

 メィリィの能力をここで失うのは避けたい。もちろんレムや村人を守る方を優先すべきだが、メィリィの能力は今後重要になってくる。しかし魔獣騒ぎで誰かが死んでしまえばメィリィを仲間に引き入れることも難しくなるだろう。

 

『結局、難易度高いってことだな。いや、レムとラムに疑われることも避けないといけないってことは……原作以上の難易度か?』

 

 ──原作は……そうか、考え方によっては原作以上か。

 

 恐らく村での青年の動きは、ラムの千里眼で監視されるだろう。そこで怪しい動きをすれば、捕縛、下手をすれば殺される。

 

『かといって屋敷に残ればレムりん撲殺ルートのフラグ立つし……あれ、これ超ハードモードじゃね?』

 

 後ろをちらりと見ると、レムが完璧な無表情で立っていた。

 

『これ完全に監視だよなあ。怪しい動きしたらダイイングだぜ』

 

 レムの信頼を得る方法が思いつかない以上、レムの側にいることは危険だ。

 どうすればいいのか、最適解が見つからない。

 

 ──てか、お前黙って見てるんじゃなかったのかよ。

 

『あーへいへい。レムりんとの二人きり邪魔されたからって怒るなよ』

 

 二人きり。

 確かにそれはそうだが、内心ビクビクしている青年にとっては嬉しくもなんともない。

 

「はあ……」

「お客様、どうかいたしましたか?」

 

 思わずため息をつくと、レムが尋ねてくる。

 

「なんでもない……です」

 

 振り返らずに答えるが、返事はない。

 そのまま会話が終了するかと思われたが、数秒後、レムが口を開いた。

 

「あの、一つお聞きしてもよろしいでしょうか」

 

 少し不安そうなレムの口調に、思わず振り返る。

 

「なんです……か……?」

 

 レムは、申し訳なさそうな表情を浮かべていた。

 予想外の反応にどう反応していいかわからない。すると、レムがおそるおそると言った様子で尋ねてきた。

 

「レムが、何かしてしまったのでしょうか?」

「……は?」

「いえ、レムに何か不手際があったのでは、と思ったのです」

 

 ──そういう方向に捉えたのか。

 

 どうやらレムは、青年がよそよそしい態度でいることが自分の不手際だと考えているらしい。

 

「ああ、申し訳ない。あなたには何の落ち度もありません。すみません、誤解させてしまって……これは俺の問題です」

「それならいいのですが……」

 

 レムはまだ納得いかない様子だった。

 何か理由を、と考えるがうまく思いつかない。

 

「えーっとだな……」

 

 どうしたものかと考えていると、部屋の扉が開いた。

 

「おんやぁ? 君がエミリア様の恩人かぁな?」

 

 このねっとりとした喋り方。間違いない。

 息を整えてから扉の方を向く。

 

「ようこそ、我が屋敷へ。なぁかよくできるといいね」

 

 道化の格好をしたロズワールは、そう言って笑った。

 

 

 ※ ※ ※

 

 

 各々が原作通りの位置についたところで、青年は切り出した。

 

「じゃあまずは自己紹介を」

 

 立ち上がりつつそう述べ、ゆっくりと辺りを見回すと、

 

「俺の名前はナツキ・スバル。無知蒙昧にして天下不滅の無一文です」

 

 原作のふざけた様子とは違い──ゆっくりと、「彼」の名前を口にした。

 

「ねえ、すごーく気になってたんだけど、なんでそんな変な自己紹介なの?」

 

 エミリアからの質問にあー、と言葉をこぼす。

 エミリアとメイザース領に行くことを決めた時も青年はこの自己紹介をしているのだ。スバルのテンションならばそういうものだと思われるだろうが、いたって普通の青年が二度もこれをすれば、さすがに変だと思われる。

 

「自分への戒めみたいなもんだよ。恥ずかしいけど、実際俺は字面の通りだし……自分で言うと自分が無力なことを再認識できるからさ」

「君ってさ、意外と悲観的だよね」

 

 パックの言葉に、知ってるよ、と返す。

 自分はスバルのように明るくはなれない。しかしできることはあるはず。

 そういう思いで、青年はメイザース領まで来たのだ。

 

「うんうん、君とは気が合いそうだぁね。じゃあ、早速本題に入るとしよぉーか」

 

 と、姿勢を正したロズワールだったが、ふと何かを考えこむような様子を見せた。

 

「これは確認みたいなものなんだけど、君はこの国のことをどれだけ知っているのかぁな?」

 

 ──これは……俺を「彼」と認識しているってことなのか……?

 

『どうなんだろうな。どっちともとれる発言だよ……な?』

 

 ──なんで疑問形なんだよ。

 

『いやだって俺基本なんにも考えてないし……。適当にしゃべってる的な?』

 

 ──じゃあ黙っててくれ。

 

『へーい、ベリーソーリー』

 

 結局、いろいろと考えたって、青年の凡庸な頭では何も思いつかない。

 ──やっぱりこれしかできねえよな。

 

「……ある程度のことは知っています」

 

 隠し事はしないで、正直に話す。

 ──俺には、これしかできない。

 

「……」

 

 ロズワールの表情に、変化はなかった。

 

 

 




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