かつて有名子役だった彼は、今も輝き続ける星に敗北した。

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夜鷹がみた星

「例えばさ」

 

 有りもしない「もしも」の話をする。

 

「俺があいつよりカッコよかったらどうだったんだろうってな」

 

 ──昔楽しみだった日曜日の朝八時が、今となっては途轍もないプレッシャーとして襲い掛かるようになっていた。

 

 

 

 

 夜の帳降りる岸辺で、一人宵闇、空を見ていた。

 雲一つない空に浮かぶ満天の星。手をどれだけ伸ばそうと届くはずのないそんな星空。その全てが何れ滅び、地へ堕ちる一瞬の煌めきでしかない。

 

「……俺はさ、昔からそれなりに上手かったからさ。頑張って努力して、子役の中では結構な位置にいたと思うんだ」

 

 芸名、城田流星。かつて「実力派子役」として名を馳せ、その高い演技力で世間の目を拐った男は、今や大学生になっていた。今も芸能活動は続けている……が、引っ張りだこであった子役の時代からは想像もつかない程に「売れない」俳優に成り下がってしまい、いつの間にか子役時代の笑顔は消えてしまっていた。

 

「後ろから星アリサの息子が出てきた時は怖かったぜ?だけどさ、俺の方が演技は上手かったから。なんというか、子どもながらに変な優越感はあったんだよな」

 

 芸名──或いは本名、星アキラ。かつて天才女優と呼ばれ、現在芸能事務所「スターズ」の社長を務める星アリサの息子であり、同事務所所属の「売れっ子」俳優である。かつては流星と同じように子役活動をしており、そしてその人気をそのままに現在十八歳、日曜日の朝八時から放送される特撮番組「ウルトラ仮面」の主役として活躍している。

 

 ──子役時代、演技が上手いと称されていたのは、アキラではなく流星だった。

 

 なのに今はどうだろう。流星は売れない俳優となり、アキラはスターズの名のもとに文字通りスターとなった。

 

「なんなんだろうな。……確かに、アイツの方がイケメンなんだけどさ」

 

 幼い頃から「すごい」「可愛い」「天才」と持て囃された流星にとって、今の自分は苦痛でしかない。過去に受けた栄光が尊ければ尊い程に、それを捨てることは難しく、それに縋ることでしか生きて行けなくなる。

 幼い頃に賢ければ賢いほど、愚かな今を呪いたくなる。過去の自分が、幼い自分が、今の自分を見て嫌悪する。何をしているんだい?僕はアキラよりすごいのに。君は僕なのに、アキラの方がすごいように見えるじゃないか。今だって僕の方がすごいんだよ?そうに決まってる。なのに、君はアキラに負けているんだ。

 

「今だって、俺は本気で演じればあいつには絶対負けないって、そう思ってる。ウルトラ仮面を観ても、その自信は揺らがなかった。けど、それ以外の自信が、おれをこわしにくるんだよな」

 

 かつては「下」だと思っていた星アキラという俳優。

 

 かつて憧れたウルトラ仮面。

 

 かつて「下」だったはずの星アキラが、かつて憧れたウルトラ仮面となって少年達に夢を与えている。

 

 あの空のような、満点の星となって。

 

 ──俺には、何が足りないんだろうな。

 

 いつの間にか流れ星となり、星屑となり、地に堕ちて輝きを失った俺は、俺には、何が足りないんだろう?何が足りなかったんだろう?

 

 親?星アリサの下に生まれなかったから?

 事務所?スターズでは無かったから?

 生まれた時点で同じ星を持っていなかったのか?

 だとしたら、俺はどうしようも無いじゃないか。

 

 解っている。スターズは「売れる」。何故なら、上手い俳優では無く、「売れる俳優」、世間が持て囃す俳優を生むから。この時代、この国に於いては……否、恐らく大概の人間が、演劇、戯曲、映画といった芸術においての演技というものの優劣を細かくつける術を知らない。当然といえば当然だろう、その尺度は人によって変わるのだから。

 だから、もっとわかり易い「美」の優劣、万人に受ける「美」が第一に捉えられることが多い。その客観的な「美」の象徴がスターズであるのだろう。実際、星アキラという俳優の造形は美しい。

 

 簡単だ。城田流星という俳優はスターズでは無かった。星にはなれなかった。対して星アキラという俳優はスターズであった。星になるべくしてなった。例えそれが世間の、事務所のゴリ押しだったとしても。城田流星の方が、演技が上等だったとしても。

 

「……実際さ、演劇とか映画に「顔が良い」とか美しさってのは必要だとは思うぜ?あの、五十年くらい前のさ、ロミオとジュリエットの映画。あれのジュリエットさ──誰が演じてるか名前忘れたけど──本当に可愛いんだ。それであってなんかもう、壊れそうな人形みたいでさ。ああ、この子を巡って争いが起きるんだな、この子にロミオは惚れてしまうんだな……っていうのが、直感的にもうすぐに伝わってしまうんだよ。本当に可愛いんだ……」

 

 そう思わせる雰囲気は、俺には無い。

 

 いつの間にか、「自分は負けていないはずなのに」という意志よりも、「負けてもしょうがないじゃん」という諦めの言い訳を探していることに、薄々流星も気が付いていた。

 

 どれだけ手を伸ばそうとも、星空には手が届かない。

 星空に近付きたい。もう一度、あの空で輝きたい。

 どうしたらいい?

 

 ──俺は、どうしたらいい?

 

 

 

「……本当はさ。わかってんだよな。俺よりもアキラの方が、沢山頑張ってて、努力してることくらい」

 

 

 勿論、事務所の力もある。母親の力もある。

 然れど、「ただそれだけで」生き残れる世界ではないことは、流星も知っているのだ。

 

 手を伸ばしても届かない。伸ばそうともしていないのだから。遠くの星空を見つめて、目の前の長い階段から目を背けているのだから。

 

 それでも。

 

 それでも、一瞬だけでいい。今、アキラが輝いている世界を見てみたい。一度だけでいい。近くで、あの星空を見たい。

 

 夜鷹が、もう一度だけ飛び立つ為に。

 

 

 

「……アキラ、お前すごいなぁ。巌裕次郎の舞台に立つんだもんなぁ」

 

 

 

 もう一度飛び立ち、流れ星として一瞬だけでも夜空を輝かせる為に。子どものまま止まり続けた彼は、死と夢と孤独を乗せた銀河鉄道に乗り込む。

 

 ──自らもその景色となるべく、階段を上るために乗車券を買うのだ。また何れ滅び往くと知っていても、この世界の快楽を知ってしまっているのだから。

 

 

 

 ──俺が不幸なのは、お前には勝てないことを知ってしまったこと。

 ──俺が不幸なのは、昔はお前に勝っていたということ。

 

 

 ──本当に俺が不幸なのは、どんな惨めな思いをしても、もう一度お前を追いかけたいということだ。





 城田流星
身長173cm 体重61kg(20)
趣味 散歩、夜歩き
好きな映画
ロミオとジュリエット(1968)、パラダイス・ロスト(仮面ライダーファイズ)
パラダイス・ロストは初めて観た映画なので思い入れが深いらしい。特撮好き。

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