その男、異世界知識皆無につき   作:兼六園

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「ふぅ~~~ん?」

 

 垂れた冷や汗、真っ直ぐ飛ぶナイフ、回転する弾丸。男たちもユーリも全員まとめて、アイリーンを除いた全てが止まっていた。

 

 悠々と全員の周りをぐるりと回ると、ユーリに迫ろうとしていた弾丸を()()()()()軌道をあらぬ方向へとずらす。

 そしてナイフの柄を後ろからちょんと押すことで、ほんの少し運動エネルギーを加えた。

 

「……うーん、完璧」

 

 アイリーンは満足気にそう言う。

 これならば弾丸がユーリに当たることはないだろう。そう確信して、体内を駆け巡る魔力を変換した黄金の雷を、再び魔力に戻す。

 雷が消えることでアイリーンの()()が終わり、徐々に世界から速度が戻って行く。弾丸は回転を再開し、ナイフは男二人の胸元に飛ぶ。

 

「────…………お、ぉお?」

 

「──がっ!?」

「ぐあ……!!」

 

 ダダン、と連続して2発の弾丸がユーリを素通りして窓枠と壁に着弾する。

 反してナイフは、ユーリの想定を上回る早さで男二人に突き刺さった。

 

 即効性の微弱な麻痺毒が神経を駆け巡り、痙攣しながら二人は床に倒れる。

 当のユーリは、まるで映像を停止してすぐ再生させたような一瞬の『間』があった気がして、背後に立つアイリーンを見た。

 

「ねえ、それ毒?」

「……ええ、まあ。死にはしませんが、暫くは指一本動かせませんよ」

「猟師でもないのにそんな危険な毒なんて所持してたら最悪取っ捕まるわよ」

「ギルドに申請してあるので」

「あらそうなの」

 

 申請しておいてよかった……と内心で独りごつ。それからユーリは、二人が落とした銃器の片方を拾い上げる。

 

「単発式……時代背景と妙に食い違うな、異世界ってそういうものなのか……?」

 

「なんて?」

 

「いえなんでも──お嬢様、それはオモチャではないので下ろしてもらえますか」

 

 視線を向けた先で、アイリーンはもう一つの銃器を持っていた。既に撃ち終えて弾を込め直さないといけないとはいえ、素人に持たれていてはユーリも安心できない。

 

「ユーリくん、それどうするつもり?」

「ああ……構造が気になりますし、一丁くらいは持ち帰ってもバチは当たらないかと」

「駄目よー、密造されたモノは所持してるだけで罪になる可能性あるの。壊しておきなさい、こんな風に────ふんはァ!!」

「えぇ……」

 

 アイリーンは両手でバレルとストックを掴み、膝に叩きつけて真っ二つに粉砕する。

 ユーリは一瞬、銃が脆いのかアイリーンの膝が硬いのかで逡巡したが、この世界の住人の大抵が魔力由来の怪力を有していることを知っているため、深くは考えないようにした。

 

「あーあー勿体ない……仕方ないか」

「買うなら正規品よ正規品。高いし将来的には弾薬代の方にお金を持ってかれるけど」

「……やけに詳しいですね」

「うちにもあるから」

 

 ──私には合わなかったけど、と小声で付け加える。それもそうだろう、銃弾よりも早く動けるのになぜ銃に頼る必要があるのか。

 レバーを引き抜くだけに留めようとしていたユーリも、単発銃のバレルを掴んで足で押すことでギギギ……と曲げる。

 

 しかし、こうも騒げば部屋に声が響く。

 誘き出すためのわざととは言え、部屋の奥から更に現れた三人目の男が現れれば計画通りと言わざるを得ない。

 

「──誰だてめぇら」

「それはこっちの台詞だ、強盗の現行犯として拘束させてもらう」

「あ? てめぇ、(これ)が見えねえのか?」

 

 既に向けられている銃口を前に、ユーリは動く選択肢を取れない。自分の隣で銃の残骸を捨てていて男に背中を向けたままのアイリーンを横目で見て、それから下を見る。

 ちらりとユーリを見たアイリーンの手に、パチパチと電気が弾けていた。

 

「──!」

 

 ぱちり、と。アイリーンはユーリに見えるようにウィンクする。

 

「おい、手を上げろ」

「従わなかったら?」

「お前は撃ち殺して、女は殴り殺す」

「……らしいですよ」

「はいはい、手を上げればいいんでしょ」

 

 芝居めいた言動で、アイリーンはぱっと手をあげる。素早く上げられた手を、男はつい、人間の心理として反射的に目で追った。

 

「バーン」

 

 手の中で迸った電気が勢い良く弾け、辺りに閃光をばら蒔く。

 まじまじと見てしまった男の目に光が焼き付き、痙攣した指が引き金を引くも、横合いからユーリが蹴り上げて銃口は天井を向いた。

 

 単発式のそれはもう撃てない。ユーリはコートの形状に固めていた自身の影を崩し、手に掴んで形状を再構築しながら男へと投げる。

 

「っ、なん、くそっ」

 

「──せいっ!」

 

 影がクモの巣のようにぶわりと広がり男を拘束すると、綱引きのように全力で引っ張り店内で宙に浮かせ、背後の窓ガラスから外へと叩き出す。ガシャン! と音を立ててガラスは砕け、男もまた受け身をとれずに石畳に体を打った。

 

「へぇー、あなた面白い体してるのね」

「愉快な体呼ばわりは初体験ですね」

 

 男が落とした銃のバレルを曲げて、それからナイフの毒で倒れた二人を引き摺って外に出る。ユーリの後ろで、店を出るまでに、アイリーンは凶弾に倒れた死体の全てを見ていた。

 

「────」

 

 

 

 

 

 ──銃声とガラスの割れる音が響いたにも関わらず、不思議と辺りには人が居なかった。

 やや雑に男二人を地面に倒し、投げた男が気絶しているのを確認する。

 

「……あれ?」

「あら、人が居ないわね」

 

「──私が人払いをした」

 

 ユーリたちが声のした方向を見ると、銀髪を風で揺らす少女と給仕服の裾を揺らす黒髪の女性と鉢合わせる。シルヴィアとヴァレンティナと再開を果たし、アイリーンはヴァレンティナを見て反射的にユーリの背後に隠れた。

 

「……今は怒っている場合ではなさそうですので、お叱りはあとに。タチバナ様、いったい何があったのですか?」

 

「なんで俺の……いや、聞いたのか。話すと言っても──こいつらが宝石強盗ということしか。中は見ない方が、死体があります」

 

 ヴァレンティナの目線が男たちから店内に向く。まぶたを細め、最後にユーリを見る。

 

「あのー、ところでその子は誰?」

「お初お目に掛かります、アイリーン嬢。私のことはシルヴィアとお呼びください」

「へぇ、よろしくシルヴィアちゃん」

「誰がちゃん付けしろと……まあいい」

 

 頭を振って、ユーリに向き直ると続けた。

 

「そいつらを拘束しておこう。ユーリ、ロープか何かないだろうか」

「えーっと……はい、結束バンド」

「…………まあ、よし」

 

 (コート)に手を沈ませて、中から結束バンドの束を取り出す。半分を投げ渡し、残りを手にして投げ飛ばした方の男の腕を後ろに回して縛る。

 

「ヴァレンティナ氏、そっちの男をこれで拘束してくれるか」

「は、これは」

「あー……こう回して、先端をここに入れて引っ張れば絞まる」

「なるほど」

 

 流石にヴァレンティナとて、現代人の開発した道具を見たことはない。シルヴィアに使い方を簡潔に教えられて即座になんとなくでも理解できる辺りは柔軟な発想力をしていると言えるが。

 

「……む、む」

「あーもう、ユーリ! ヴァレンティナ氏の手伝いを頼む」

「はいはい。お嬢様、あまり近付かないように」

 

 されども僅かに苦戦しているヴァレンティナの手伝いをしに駆け寄ったユーリを横目で見送るアイリーンは、ユーリが投げた男が呻く声を耳にして屈んで様子を見る。

 

「──う、お」

「あ、起きた」

「……てめぇ、クソアマ……!」

「やぁねえ口が悪いんだから」

 

 飄々とした顔に、ぷっ、と男が唾を吐き掛ける。頬に当たった唾を拭い、アイリーンは眉を潜めて冷めきった顔を向けた。

 

「──で? この程度で怒るほど沸点は低くないのよ。宝石強盗で殺人までやらかして、まさか逃げられると思ってたの?」

「馬鹿言え、俺達がなんの策もなく商業都市の真ん中でこんなことするとでも?」

 

 何がおかしいのか愉快そうにそう言って口角を歪める男は、アイリーンの目線がどんどん冷えて行くことに気が付いていない。

 

「ねえ、一つ聞いていい? あのお店に強盗に入って、人を殺して、どう思ったの?」

「ははっ……楽しかったぜぇ? ギャーギャー命乞いする奴らを撃ち殺すのはよぉ!」

 

 背後で男二人を縛ろうとして背中を向ける三人はアイリーンと男の会話に気付かない。

 人払いの術を継続しているシルヴィアと、ヴァレンティナに結束バンドの使い方を詳しく教えているユーリは気付かない。

 

「へぇ、そう」

 

 パリ、と、黄金が迸る。異変に気付いた瞬間にヴァレンティナが振り返るが、その十分すぎる反応速度ですら遅すぎた。

 

「お嬢様ッ!!」

 

「もう死んでいいわよ」

 

「あ?」

 

 ──ぶち。

 

 ひゅんっとアイリーンの腕がぶれ、その場の空気が静まり返る。

 一拍置いて、後ろ手に縛られていた男が倒れ込み、絞り出すような悲鳴を上げた。

 

「──あ、かっ、ぁ、あぁああぁあ!?」

 

 すっと立ち上がるアイリーンは、いつの間にか握っていた右手を緩め、その手の中から球体を二つ落とす。視線を向けたユーリとシルヴィアは、地面に落ちたそれの正体を見る。

 

「……マジか」

 

 シルヴィアがポツリと呟く。

 なぜならば、白に赤色が付着したそれが、男の両目であったからだ。

 

 ヴァレンティナは立とうとするが動けない。アイリーンの力を知っているからこそ、そのうえでユーリたちに()()()()()()()()で悩み対応が遅れる。しかし、アイリーンがその手に黄金(いかづち)を纏い手刀の構えを取った瞬間、シルヴィアの声とユーリの行動が重なった。

 

「ユーリ、止めろ!」

「────っ!!」

 

 体内の魔力で即座に術式を構築し、魔法を起動。転移でアイリーンの眼前に飛び、振り下ろそうとした右手ごと彼女の右腕と首を自身の腕で押さえ込む。うなじの方に回された手首を左手で掴み、ユーリはアイリーンを拘束した。

 

「……邪魔しないでくれる?」

「お嬢様、少々やりすぎです」

「怪我させたくないんだけど」

「させられるほど柔ではないので」

 

 刹那、アイリーンの膝が腹部に突き刺さる。

 ズンッ、と大砲か何かが着弾したような異様な重さに息が詰まり、一瞬だけ緩んだ腕から抜けて男に歩み寄り、止めを刺そうとし──膝裏を蹴られ倒れそうになったアイリーンは、後ろから回された腕に首を絞められながら仰向けに倒れた。

 

「ぐっ、っ、こ──!?」

「こいつらは法に則って罰しないといけないんですよ。貴女が殺してやりたい理由は痛いほど分かりますが、私刑(それ)だけは絶対にしてはいけないんです」

「くぉ、が、はな、しな……さい」

「離したら殺そうとするでしょうが」

 

「なんて酷い絵面だ……」

 

 眼球を抉り取られた男の顔に布を当てながらシルヴィアは端的に言う。

 肘でユーリの脇腹をゴツゴツと殴るアイリーンのもとに、視界の端からヴァレンティナが歩み寄ると、右手をぐっと握り締めて屈んだ。

 

「タチバナ様、そのままで」

「え? あ、はい」

「ちょっ──それはまず」

 

 ──ガン、と鈍い音がアイリーンの顔面から響いた。振り抜かれたヴァレンティナの拳が一撃で気絶に追い込み、ユーリが拘束していた体からぐったりと力が抜ける。

 

「……これ、俺訴えられませんよね」

「わたくしは何も見ておりませんよ」

「……ありがとうございます」

 

 鼻から一筋の血を垂らすアイリーンを横向きに抱き上げたヴァレンティナは片目を閉じてユーリに言う。──あ、と言葉を漏らしたシルヴィアが、二人に向けて口を開く。

 

「いかん、そろそろ人払いの術が解ける。さっきの銃声を聞いた衛兵が来るぞ」

「……でしたら、商業都市(こちら)にあるお嬢様の別荘に来ていただけますか」

「あー……シルヴィア?」

「宿ならキャンセルしておく。衛兵も私が対処するからさっさと行きたまえ」

「すまない、頼んだ」

「タチバナ様、こちらです」

 

 しっしっ、と手を払うシルヴィアが、右腕の袖を捲りながらそう言って背中を向ける。

 ヴァレンティナとユーリがその場から離れて行くのを待ってから、指を弾いて人払いの術を解除する。その瞬間、宝石店の前に鎧を着て剣と単発銃を装備した衛兵が二人現れた。

 

 シルヴィアは倒れた強盗三人を見て慌てた様子で近付いてくる二人に自らも近付く。

 

「なんだこれは……!?」

「あっ、おい嬢ちゃん、ここでなにが──」

「二人とも私の目を見ろ」

 

 遮るように言葉を重ねて、捲った右腕に呪詛のような濃い紫の文字を浮かべながらピースサインを作って自分の目を見させるように誘導し、瞳に魔法陣を浮かべる。

 

「『この件は気にするな、怪我人も居る。早く運んで診てやった方がいいだろう』」

 

 衛兵二人の耳に、耳鳴りのような音とシルヴィアの声が同時に染み渡る。がくんと首を揺らしてから、二人は()()()()()()()()()()()()()()()かのように、強盗三人を連れていった。

 さらに数分置いて現れた人混みが作る野次馬に紛れて宝石店から離れると、右腕の文字を消して捲った袖を戻してユーリたちを追う。

 

「──()()()()()使ったが、少し疲れるな」

 

 騒ぎを聞いて宝石店に向かう人混みに逆らうように歩くシルヴィアの髪に、夕陽の光が反射している。すう、と瞳に浮かんだ魔法陣が消え、普段通りの碧眼が風景を写していた。

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