「なぜ観光初日でこうなるんだ……」
「お気持ちは察します」
「──すまない、待たせたな」
商業都市の端の一角に建てられた豪勢な洋館。その門の前で待機していたユーリとヴァレンティナ──と、気絶しているアイリーンが、駆け寄ってきたシルヴィアに意識を向ける。
「シルヴィア、よくここだと分かったな」
「そりゃ君に発信器を仕込んであるからな」
「なんて?」
「さて、是非ともご厄介させてもらおうか」
「ちょっとシルヴィア?」
こちらです、と言って門を開き敷地に招くヴァレンティナのあとを追うシルヴィア。
手早くボディチェックをしてワイシャツの襟の裏に小さい装置のようなものを見つけたユーリは、それを踏み潰してから追従した。
──尤も、シルヴィアは他の発信器をユーリが着用しているズボンの裏地とブーツにも仕込んであるのだが、それはまた別の話である。
「…………んが」
「お嬢様、起きましたね」
「……。──っ!!」
館の中に入って、玄関ホールに踏み込んだ三人。不意にカッと目を見開いてヴァレンティナの腕から飛び降りたアイリーンは、つぅ……と鼻から血を垂らしながら威嚇していた。
「ガルルルルル……」
「野生児か何かか」
「お嬢様、ジャングル出身で?」
「いえ、そういうわけでは」
どうどう、と馬でも宥めるようにジリジリと近付いて、ヴァレンティナはアイリーンの肩に手を置く。気絶する前からの興奮状態が落ち着き、肩で息をしていたアイリーンは深呼吸をする。
「……うっ、いたたた……」
「打撲は患部を冷やすと良いですよ」
四角に切られた布を渡しつつ、やや赤くなっている鼻とその周りを診ながらユーリが言う。それに続いてヴァレンティナが口を開く。
「その方がよいでしょう」
「殴った本人が言うの……?」
「昔からやってる荒療治ではありませんか」
あっけらかんとした顔でそう言ったヴァレンティナにシルヴィアが呆れた顔で呟いた。
「お転婆というか、暴れ馬だな」
パンと手を叩いたヴァレンティナが自分と同じ服装の女給を呼び出し、氷とそれを包む布を持ってくるように指示をして、それからユーリとシルヴィアに向き直って淡々とした声色で続けた。
「お客様用の部屋はこちらです」
「あ、二階なんですね」
「一階の部屋は給仕の寝室として使っておりまして、お客人が来ることは想定しておりませんでした。──とはいえお嬢様の家族はこの別荘を使わないため、二階の部屋が余っているのです」
「なるほど」
「私先に行くわね……」
女給から氷を包んだ布を受け取って先に二階へと上がっていったアイリーンを横目で見送ったユーリは、ヴァレンティナの案内に疑問符を浮かべてから納得したように頷いた。
シルヴィアは、そんな風に会話をしながらヴァレンティナを見るユーリの顔を見つめて、それから愉快そうに口角を歪める。
「お嬢様のご家族はお忙しいのですか」
「──ええ、多忙です」
ほんの一瞬言葉に詰まるが、ヴァレンティナは否定をしない。
「家族が忙しいわりには、ご息女のわがままで別荘に遊びにいくのは許すのだな」
「こら、シルヴィア」
「……構いませんよ」
階段を上がりながら挑発するように話すシルヴィア。気にしていないと言わんばかりに返す前を歩くヴァレンティナだが、そのトーンは一回り下がっていた。はぁ、と小さくため息をついたユーリがシルヴィアに小声で話し掛ける。
「なんであんなこと言うかな」
「君が気に入られているからだ。私が嫌われ役になれば、自然とユーリは二人と話す機会が増える。敵か味方かを判断するのはユーリに任せるから、まあ……上手いことやってくれ」
「……回りくどいなぁ」
上がりきって左に案内されると、ヴァレンティナは反対の上がってすぐ右がアイリーンの部屋であることを説明した。
「あの、ヴァレンティナさん。今お嬢様と話すことは可能ですか?」
「……ええ、少しだけなら」
「すみません。先程の一件のことは今のうちに話した方がいいと思ったのもので」
その部屋です、と手を向けた先を見て、ユーリは会釈してからアイリーンの部屋に向かった。残されたシルヴィアはヴァレンティナを見上げ、言葉少なに口を開く。
「夕食の時に呼んでくれ」
「かしこまりました」
そう言って、背中を向けて歩いていった。
無機質な黒い瞳に、見られながら。
「お嬢様」
「……んー」
「今、話す余裕はありますか」
「……んー。いいわよー」
コンコンコン、と扉をノックして、扉越しに聞いてからそっと開ける。
ベッドに寝そべり、腕で顔を隠すアイリーンの傍らにある机の上には、氷が溶けて濡れた布が小さな桶に入れられていた。
「お説教でもしに来たの?」
「まあそうなるかと。俺に貴女を責める権利はありませんがね、ただ──どうでした? あんなことをして、楽しかったですか?」
「は……?」
「ひとまず『相手が犯罪を犯し人を殺したから』というのが、身動きの取れないそいつの眼球を抉り取ってから殺そうとしていいだけの理由になるのかについては置いておきましょう」
側に片膝を立てて座り、あっけらかんとした態度で淡々とアイリーンに問う。
「じゃあ、なに? なにもしなければ良かったの? あんな光景を見ておいて、なにもするなって、本気で言うつもり……?」
「その土壇場でグッと堪えることすら出来ないなら、最初から何もしなけりゃ良い」
「っ……!」
「ま、お嬢様が何もしなかったら俺が2~3回は殴ってたでしょうからおあいこですね」
「は!?」
ぐりん、と勢いよくユーリの方に首を向ける。からかうように口角を緩めて更に続けた。
「俺もお嬢様も、別に正義の味方じゃないんですから……良いのでは? 犯罪者の悪行を見て義憤に駆られたって」
「ぎふん?」
「……怒っても良いということです」
ふうん、と言いながらも複雑そうな顔をして、アイリーンはユーリに聞き返す。
「それでいいの……?」
「少なくとも俺は
「────」
「もっと早くに助けられれば良かったのに。もっと自分が強ければ助けられたのに。そう考えるほどに、犯罪者が許せなくなる」
──その言葉は、私の事を言っているの?
アイリーンはそんな言葉を飲み込んだ。
「まあでも、正当な理由で悪人を殺すのは楽しいですよ。でも、すぐに気持ち悪くなる。
人を刺した感触が、殴った感触が、今もずっと手に残り続ける。
お嬢様は自分の手を見て、胸を張って自分の行いが間違いではないと言えますか?」
「そ、れ……は」
「……いえ、答えは出なくても良いんです。ただ──約束してください。『殺しだけはしない』と。その一線だけは越えないと」
地球に居た頃の名残でそのまま小指をすっと出したユーリとその指を交互に見たアイリーンは、寝転がったまま小指に手を伸ばす。──そして、小指を握って手の甲側に曲げようとした。
「いででででででで!! 曲げるな!」
「えっ違うの?」
「……そうか、指切りの概念が無いのか」
だからって曲げるかよ……と内心で独りごつユーリは、可動域から外れそうになった小指の安否を確かめながら立ち上がりベッドから離れる。見下ろしながらも笑いかけ、言葉を続ける。
「……間違えたって良いんだよ。その度に、俺たちが止めてやるから」
「──うん。わかった」
ベッドにぱさりと黄金色の髪を広げて、憑き物が晴れたような、得心が行ったような顔をする。そんなアイリーンは、ふと、宝石店でのやりとりで交わした会話を思い出して飛び起きた。
「──あーっ!!」
「……なんですか」
「あの男、こんなこと言ってたのよ」
──カチャカチャと皿の上に置かれた肉をナイフで切りながら、食事の席でユーリの隣に座るシルヴィアはおうむ返しのように言い返す。
「『俺達がなんの策もなく商業都市の真ん中でこんなことするとでも?』……か。違和感に気付いてはいたが、確かに不自然だ」
「この肉、見た目は牛肉のステーキなのに味が豚肉なんだけど……」
「カエルだってササミのような味がするだろう、今更な疑問はよしたまえ」
「それで済ませられる範疇ではないが?」
これもしかして魔物の肉……? と呟いて、途端にゲテモノに見えてきたステーキからそっと意識を逸らしつつ会話の内容を反芻する。
「……しかし、そうだな。あいつらは銃を持っていたし、撃たれて死んだ人たちも居た。なのにどうして
「そうだ、アイリーン嬢たちと会った辺りで既に起きていたのなら、音が──それ以前に他の人間が異変に気づいていないとおかしい」
「──んぐ。つまり、協力者がいて、そいつが音を消したり異変を悟られないようにしていたってこと? そんな事出来るのかしむぐぐ」
半分に切ったステーキを一息で食べたアイリーンが、傍に立っているヴァレンティナに口許のソースを拭われながら言う。
こくりと頷いて、シルヴィアは返した。
「──この事件は
「えぇ……まだ何か起きるの? めんどくさいわねぇ、衛兵に掛け合ってあの連中の刑罰重くした方が良いんじゃないかしら」
「さらっと権力の乱用を仄めかすのはやめたまえよ貴族様。それにどうせ、明日になれば何が起きるかがわかるだろうさ」
そう言ってシルヴィアは首を傾げたあとにステーキを齧る。その間、ユーリは、じっとヴァレンティナを見つめていた。
寝室に戻ったシルヴィアがベッドに寝転がり、その縁にユーリが座る。
「本当に明日何かが起きるのか?」
「寧ろ起きない方がおかしいだろうな。
この
「それ、俺の仕事なんだな」
「この一連の流れにおける
「うーん理不尽」
はぁ、とため息をつくユーリに、ああと思い出した様子でシルヴィアが尚も続ける。
「君、ヴァレンティナ氏を見ていただろう。女はあの手の視線はすぐにわかるから、ちらちら見たとしてもバレるぞ」
「……そんなに見ていた覚えはないが」
「その気持ちもわからんでもない。
黒髪メイドは王道だし、ミニスカートだと尚良いのだがね」
「いやミニスカートは邪道だろう。ロングスカートに長い袖、肌を隠すから良いのになにを言っているんだシルヴィアは」
「……なるほどな」
「……おっと」
パッと手で口許を覆うが時既に遅し。にやついた顔で、シルヴィアは口を開いた。
「ふっ、ユーリ……まさか君がメイドフェチだったとはな。意外だったよ」
「言い方」
「ああ失礼、まさか女性の着ている給仕服に興奮するタイプの人間だったとはな」
「言い方」
このからかいはシルヴィアが寝るまで続いたが、自分に宛がわれた部屋に戻ったユーリもまた、暗い部屋の中でうとうとと船を漕ぐ。
眠りにつく直前、胸がざわめいた気がしたが──疲れた脳が意識をシャットダウンする。
商業都市の暗闇の中で蠢く、暗闇よりも更に深き闇が囚人を閉じ込める牢屋に向かって居ることには、ついぞ気付かなかった。
「──っ、誰だ?」
薄暗い牢屋の中で、顔に布を当てられ包帯で固定されている男が暗闇の奥から感じた気配に声をかける。蠢く闇がすうっと移動し、当然のように格子をすり抜け、目が見えない──否、眼球を抉り取られた男は聞き覚えのある声を耳にした。
「手酷くやられたな。無様なことだ」
「てめぇ……ふざけやがって、てめぇが俺たちに銃まで渡してこうさせたんだろうが! なにが『言われた通りにすれば安全に逃げ切れる』だ! 誰のせいでこうなったと思ってやがる!」
「……ふ、ここまでは想定通り。安心しろ、良いものを渡しに来た」
凛とした女の声が、牢屋に木霊する。ギャンギャンと吠えるように怒鳴る男は、不意に疑問が湧く。──衛兵が来ないな、と。
自分達を見張っている筈の牢屋担当の奴等の気配が感じられない。まさか、まさか──眼前の女の声を出す『闇』が殺したのか。
「……『予知』と『停止』だ。上手く使え」
「っ、が、あっ!!?」
包帯と布を外され、無意識に開かれたまぶたの奥には空洞が広がる。『闇』はその空洞に珠を2つ、無理やりに押し込んだ。
メキメキメキと眼球の代わりがねじ込まれ、激痛ののちに、視神経とそれが繋がる。
焼けるような痛みに地面に倒れのたうち回る男を見下ろして、それから、『闇』は女の声で呟いて──
「さあ、