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「ユーリ、私は────」
「──私は、なんだ?」
そんな声が、背後から聞こえてきた。シルヴィアの思考が一瞬止まり、心臓が早鐘を打つ。
がっしりと二人の肩を掴む正体を確かめようとして振り返った瞬間、シルヴィアの腹に膝蹴りが叩き込まれる。
「ごっ──!?」
「シルヴィア!」
「あ? ……今はそんな名前なのか」
体をくの字に曲げたシルヴィアに更にもう一度膝蹴り。顔面に飛んだそれを両腕で防いだが、直後に首根っこを掴まれ──背後に開いた黄色の枠で縁取られた穴に投げ込まれた。
「っ……どけ!」
「おっと……血気盛んだな」
「ユーリ! こいつらは人間じゃ────
最後まで言いきる前に、空間が閉じる。
自分の肩を掴む男に放った肘打ちを避けられ、即座にコートに手を入れマチェットを取り出して斬りかかるが、横合いに空けられた穴から飛び出した刀身に阻まれた。
「ったく、ネタバレ厳禁だぜ」
「お前たちは──
「『何』か、惜しいな。俺たちぁ『モノ』だ」
「は────ぉご」
何故か後ろから発生した腰を打つ拳。よく見ると、男の腕が穴に飲み込まれていた。
「お前も入れ」
「っ──!」
「……ノリで中に入れちまったけど、こっちの転移者はどうするんだ?」
「殺せ。ヤツに関わった以上は同罪だ」
「へーへー、んじゃ男の方は俺がやる」
腹を蹴り飛ばされ、そのまま背後に空けられた大穴に入り込む。その先の空間にある巨大なトレーのような台座に着地すると、視線の遥か先に見慣れた銀髪の少女──シルヴィアが居た。
しかし、駆け寄ろうとしたユーリの前に空けられた穴から、男が現れる。
その腰には二振りの刀が納められ、その内の一本を片手に握っていた。
「……どけ、と言ったぞ」
「そーだったかねぇ?」
「お前たちは何のためにシルヴィアを狙った。あの子が何をしたと言うんだ?」
「……はっ、お笑いだ。お前信用されてないのか? アレから何も聞かされてないんだな」
「──なに?」
ちらりとシルヴィアの方を見れば、男と共に現れた女が相対していた。愉快そうに口角を歪める男は、ユーリを見てあっけらかんと言う。
「あいつは幾つもの世界を壊して虐殺を行った破壊者だぜ。お前、騙されてんじゃねえか?」
「は────、いや、
「あん?」
片手にマチェットを握り、もう片方に手斧を握る。腰を低くして構えると、男に向けて返すように言った。
「誰にも秘密はある。俺だって、シルヴィアに秘密にしていることは幾つもある。
破壊者だかなんだか知らんが、そんなものは──ここから出てあの子に直接聞けばいい」
「啖呵切るねぇ……さて、出来るかな?」
だっ、と走り、男に肉薄する。下手投げで手斧を放り、それを弾いた男にマチェットを振りかぶるが、刀を振り終えた姿勢のまま切っ先を穴に差し込んでユーリの眼前に出現させた。
「っ!」
「惜しい惜しい」
足を止めて下がり、そのまま踏み込めば顔面に突き刺さっていただろう刀の切っ先を引き抜いて構え直した男を見やる。
──男の厄介な点は、この空間に穴を作り出入口として繋げる力にあった。
穴を空ける際に特定の動きを必要としていないせいで、いつどのタイミングで使われるか、そしてどこに繋げてくるのかがわからない。
──が、ふと。
「お前にゃ理解できない規模の話だがな、この一件は『神』だ『天使』だ『世界』だなんだと色々面倒なんだ。逃げた方が得だと思うが……なぁんでそう意固地になってんだ?」
空間に空けられる穴を警戒していると、不意に男が心底不思議そうに疑問を向けてくる。
「あっちの女……ああ、ミカエルっつーんだが、あいつはお前を殺すつもりみたいだぜ。でも破壊者を殺せさえすれば、逃げたお前を追ってまで消そうとは思わんだろうよ」
「……何があってもシルヴィアだけでも殺そうと言うんだな、お前は」
確認するように問うユーリに男は答える。
「それが仕事の内容なもんでな」
「そうか。──お前たちは、何時からシルヴィアの事を追っていたんだ?」
「──あー、えー……
「────」
500年、という途方もない数字に一瞬頭から思考力が失われたが、老年したようなシルヴィアの雰囲気の理由が分かって、小さく笑う。
「……なあ、お前は、シルヴィアがどんな人間か知っているか?」
「あ? 知らねえよ」
「シルヴィアはカルボナーラに後から更にチーズを乗せるんだ。寝相なんて最悪で、壁際に寝てないと寝ぼけたあの子に蹴り落とされる」
「……いや、なに、なんの話」
「しかも──疲れを誤魔化すように笑うんだよ。いつも気だるげで、距離感があって。
お前の言葉で分かったよ、あの子はこの世界から出ていくことまで考えてたから、俺たちの方に踏み込もうとしてこなかったんだ」
そう言ってユーリは男に向かって
「たった一、二週間の付き合いの俺ですらあの子のことを分かってやれた。
だったらなんで、500年も追い回したお前たちはあの子のことを何も知らない? どんな性格で何が好物でどんな癖があるのかを知らない?
…………なあ、楽しいか?」
都合数回打ち合い、ガキ、キィン! と金属音を奏でて手斧が手元から弾き飛ばされる。
そして両手で握ったマチェットを勢いよく脳天に叩きつけ、それを防いだ男の刀と鍔迫り合いとなりながらユーリは言った。
「────大の大人が、よってたかって、子供を苛めて楽しいのかと聞いているんだ!!」
顔を突き合わせるように近づけ、マチェットを刀の方に押し込もうとする。
そんななか、男は薄く笑って、押し返しながら刀を逆にユーリの方に向けるようにして鍔迫り合いを自分のペースに持ち込む。
そして、顔を近づけて耳元で囁いた。
「──────」
「なん、それは、どういう──がっ!?」
疑問を覚えたユーリを前にして、男はマチェットを手元から弾かせ、返す刀で胴体を袈裟懸けに切り裂く。そして、背後に空けた穴の中へと蹴り飛ばして追従した。
「──ミカエル……!」
「こんな遠くまでよく逃げたものだな」
「……ふん、500年以上掛けて行われた計画を、たかが駒と侮った私に邪魔されて──あの神畜生は随分とご立腹なようだな」
ユーリと男──セラが戦っている遥か遠くで、シルヴィアはミカエルと相対する。
一本の棒のように細長い槍を波紋から取り出して構えると、ミカエルもまた、その手に虚空から刀のような細身の剣を掴ませた。
刀身から切っ先までが長方形という独特の形状をしたそれを、ミカエルは左右の手で弄ぶようにポンポンと投げるようにしてキャッチする。
そしてふと──残像を生みながら左右にぶれていたその剣が、
「──
刀身の分身と操作能力という力を持つ神器を両手に持ち、ミカエルは、自身の頭上に
「ッ────!」
ぶんっと槍を大きく振るって数本を弾き、残りを更に銀の波紋から取り出したラウンドシールドで防ぐ。ガガガガガンッ! と連続で衝突した剣は、シルヴィアの足元に落ちると霧散した。
その隙に肉薄したミカエルは手に握った2本を振るい、1本で盾を下から掬うようにシルヴィアから剥がし、1本を振るって本人を狙う。
突き出された槍を器用に体をよじりながら蹴り飛ばし、首を狙って──一閃。
「死ね、破壊者」
「────
「……ちっ」
咄嗟に盾を握るのとは別の手に鈍く大きな鋼のハンマーを取り出し、頭部分から発生した雷をミカエルに殺到させた。
分身体である左手の剣を眼前に投げ捨てながらバックステップで後方に下がると、ミカエルが立っていた部分に捨てられた剣へと雷が曲がった。分身剣を消し炭にして雷の放出を止めたハンマーを手に、足元に捨てた盾をちらりと見る。
「厄介だな……幾つ神器を溜め込んでいる」
「さあて、幾つだったかな。このまま手品100連発といくのも吝かではないが──しかし解せんな、何故ユーリまで狙った?」
「『もしかしたら私たちの事情を話しているかもしれない』理由なんてなんだっていいんだよ、お前が関わったから殺す。それだけだ」
淡々と言い放ち、両手に剣を2本掴む。
「──私のせいだと言いたいわけか」
「違わないだろう」
「ああ違うね。全く違う。それはお門違いだろう、なんの関係もないユーリを……あの子をよくも巻き込んでくれたな──天使!」
シルヴィアはだん! と盾の縁を踏み、勢いよく回転しながら飛び上がったそれを見据え、柄を伸ばしてバトルハンマーに変えた
「ちっ──」
ギュルルルと回転しながら迫るそれを両手の2本で受け止め、器用に力を流しながら斜め後方に盾を弾き、ミカエルはシルヴィアへと再度肉薄しつつ分身剣を生み出して射出する。
両手で縦に持ち上げた
腰を低く構えて穂先を足元に擦らせながら接近し、空気に穴を空けるような鋭い刺突をミカエルに放つ。それを避け、空中からシルヴィアに分身剣を降らせ、避けた先に手元の剣を振るう。
チリッと肩を掠め白を基調とした空間内に目立つ赤色が散った。
「っ、うぁ──ぐぅうっ!」
一度調子が崩れれば、そのまま攻め立てられる。ミカエルが両手を交互に、高速で振るい──シルヴィアの体に傷を作る。最後に身動きの取れない空中に蹴り飛ばされた彼女に向けて────片手の本物以外の分身剣11本を射出した。
「────がっ」
両腕で顔をガードしたが、そこ以外の全身に11本の剣が突き刺さる。墜落して地面を転がるシルヴィアの体から剣が霧散して取れ、あとには血まみれの少女だけが残った。シルヴィアは、ぎこちなく動く手に、懐中時計を握らせる。
「か、あ……っ」
「まだ死なんのか」
カチリと、竜頭を押し込む。時計の針が逆向きに回転し、辺りに散らばる鮮血が逆再生するかのように動くと、傷口に吸い込まれてその傷も塞がる。力なく膝立ちになるシルヴィアの肩に、ズドンと射出された剣が突き刺さった。
「────ぁが」
「わざわざ待つわけないだろうが」
つかつかと歩み寄り、刺さった剣を引き抜く。鮮血が溢れ、うつ伏せに倒れたシルヴィアの──わざと背骨を外した位置に剣を突き立てる。ぐり、と捻られた剣が傷口を広げ、声にならない呻き声が喉から絞り出すように漏れた。
「づ、ぅ、ぁ~~~ッ!?」
「抵抗しなければ楽に死ねたものを」
──ミカエルに苦しませようとする意図は無い。痛みで集中力を乱しておかないと何をしでかすか分からない……強敵であると理解しているがこその容赦の無さがこの結果を招いていた。
右手で握る剣をシルヴィアに突き立てながら、左手に分身剣を生み出して強く握る。
一撃で首を落とそうと構えた────瞬間、シルヴィアの近くに空けられた穴から吹き飛んできたユーリが視界に入り、ミカエルは反射的に剣を抜いてその場から離れるように後退りした。
倒れている二人の眼前に遅れて落ちてきた刀が地面に突き刺さると、刀を中心に炎が広がり、ユーリとシルヴィアを取り囲む。
その刀の持ち主であるセラがミカエルの横に立ち、納めていたもう一振りを抜いた。
「おい、邪魔をするな」
「アホ。相手はお前ら天使と上位存在から逃げ延びた転移者とそのツレだぞ、首を斬るくらいで死ぬかよ。やるなら消し飛ばせ」
2本目の刀にバチリと雷を迸らせ、セラはそう言いながら構える。刀からはどんどん電気が溢れて行き、炎に取り囲まれたユーリたちは、どうすることも出来ない。
ゴウゴウと炎に炙られ、耳にはバチバチと電気が弾ける音が聞こえてくる。
せめてシルヴィアを庇えるだろうかと一縷の望みに賭けて覆い被さるユーリは、彼女の手を上から包むように握って身構えた。
「…………すま、ない。すまない……ユーリ、本当に……すまなかった……」
「喋るな、大丈夫……きっとなんとかなる」
遂には、その炎を突き破り、束ねられた凄まじい光を放つ黄金の雷が二人に迫って────。