「…………う、ぁ……」
全身の痛みが意識を覚醒させ、ユーリはベッドの上でむくりと起き上がる。
血で濡れた服は捨てられたのか、むき出しの胴体に包帯が巻かれていた。
ぼーっとしている頭で何があったのかを思い出していると、ふと扉を開ける音がして、ユーリは包帯の巻かれた頭をそちらに向ける。
「──ユーリ」
「……シル、ヴィア」
そこに居たのは、自身と同じように体のあちこちに包帯を巻いて、消毒液と鉄錆びの臭いを漂わせるシルヴィアだった。
ベッドから出ようとしてあまりの激痛に体が硬直するユーリに、シルヴィアが慌てて駆け寄って肩を押して寝転がす。
「まだ寝ていろ」
「ぐ、ぅ……あれから、どれくらい経った」
「まだ1日だけだ。私は早々に目が覚めたが、君は私を庇って火に炙られていたからか、体が熱を持っていて大変だったのだぞ」
そうか──と呟いて、額の汗を拭おうとした手の甲にも包帯が巻かれていることに気づく。
「なあ、ユーリ。聞いてもいいか」
「……どうやって助かったのか、だろう?」
「……ああ」
まさかあの状況で生き残る術があったとは思っていないシルヴィアは、巻き込んでしまったユーリに対して罪悪感の籠った眼差しを向ける。
それは……と口を開いたユーリたちの耳に、ふと聞いたことのある声が届いた。
「──そりゃあ、俺が助けたからな」
「ッ──お前は……っ!!」
「まて、シルヴィア。大丈夫だ」
即座に振り返りながら手元に波紋を作り出し、槍を半ばまで取り出すシルヴィア。それを、あろうことかユーリが止める。
ベッドから離れた位置に置かれた机に備え付けられた椅子の背もたれに真逆に座る男──セラがいつの間にか部屋の中に居たのだ。
「……何故お前がここに居る」
「命の恩人に酷い言い草だな」
「命の、恩人、だと……?」
怪訝そうな顔をするシルヴィア。それは、ミカエルと戦っていてセラとユーリの会話を聞く余裕が無かったが故の当然の疑問。セラは戦っていた際、たった一言、ある提案をしていたのだ。
『助かりたかったら黙って負けろ』
『なん、それは、どういう──がっ!?』
あまりにも一方的かつ信用ならない言葉。されどその通りに動いたからこそ、ユーリとシルヴィアは怪我こそすれ無事に生き残れたのだ。
「シルヴィア、信じられないだろうけど、俺達を助けたのはこの男だ。名前は知らん」
──そういや言ってなかったな……と呟いて、セラは小柄故に猫が威嚇しているような様相のシルヴィアを見て口角を緩める。
「俺はセラ。そっちの転移者と破壊者とは別の世界で天使やってたんだが、まあ訳あってあいつらに協力してるんだわ。よろしく」
胡散臭いわざとらしい笑みを浮かべて片手を上げるセラに、シルヴィアは警戒心を崩さない。背後でベッドに寝ていないといけないユーリをこれ以上巻き込めないからと、余計に殺気立つ。
「おい転移者さんよ、破壊者を窘めてくれないか。あんたの飼い猫だろ」
「誰が飼い猫だ。
「怪我人を前にして喧嘩しないでくれるか。それと、いい加減俺にも説明をしてくれないと話がわからない。どうしてお前達はシルヴィアを破壊者と呼び、殺そうとしたんだ」
このまま人様の屋敷で殺し合いが再開されたら堪ったものではない。そのため、ユーリはさっさと本題に向かおうと質問を飛ばす。
一転、ビクリと肩を震わせて、握ろうとしていた槍は波紋と共に霧散する。
「……ユーリ、私は、私はな……恐らく君が居たところとは違う地球で生きていた」
力なくベッドの縁に座るシルヴィアが項垂れると、長い銀髪がぱさりと顔にかかった。それから間を置いて、ポツポツと語り始める。
「私は単なるヒーロー番組の好きな子供だった。しかしある時、呆気なく死んだ。
背もたれに肘をついてギイギイと椅子を傾けているセラが、退屈そうに清聴する。ユーリが体を起こし、ベッドの上でシルヴィアの背中を何も言わずにじっと見ていた。
「私は私の魂を回収した上位存在に、ある頼まれ事をされた。『神が管理を辞めたことで壊れ行く世界が崩壊する前に自ら破壊して、余剰魔力を回収して欲しい』と。
そしてそのことに疑問も抱かず──いや、今にして思えば抱けないように誘導されていたのだろうな。そうして、500年近く時間をかけて、私は何百、何千、何万と異世界を壊してきた」
文字通りにスケールが違う話を耳にして、ユーリは怪我の痛みとは違う目眩を覚える。
「『お前の行いは正義だ』と常々言われていた。私自身も壊れようとしている世界を壊して回ることは正義だと信じて疑わなかった。
そしていざ回収した魔力を渡そうとしたとき、ふと疑問を覚えたのだ。『どうして私の事を異世界の住人達は目の敵にするのだろうか』と。そうして、私の目はようやく覚めた。
次の瞬間にはミカエル……あの女の方に斬り殺されそうになったのだがね」
──あとは、空間に穴を空けて逃げて今に至る。そう締めくくり、重苦しくため息をつくシルヴィア。ユーリは、暫くは口を開かない。
「ユーリ……すまなかった。もっと早くに打ち明けて、君とは距離を置くべきだったんだが……私は転移者である君に、きっと、『今度こそは』と期待してしまっていたのかもしれない」
「期待、か」
「精神が幼稚な子供のまま500年近くを生きてきて、そう思うことすら許されないとわかっていながら──ずっと、ずっと苦しかった」
顔を上げたシルヴィアの瞳から、ボロボロと涙がこぼれる。押し留めていた感情が涙となって、堰を切ったように溢れ出していた。
「ごめん、ごめんよ、ユーリ……」
「そうか。なら……いよいよをもって、俺にも力が必要になるわけだな」
「……えっ?」
ユーリは腕を伸ばし、指でシルヴィアの目尻の涙を掬い取る。
「辛かったんだろう、怖かったんだろう。俺はそんなシルヴィアを守りたいが、その為の力が居る。分かるかシルヴィア、俺達がしないといけないのは、過去の行いを嘆くことじゃない」
ユーリはおもむろに握り拳を作ると、ゴンと軽くシルヴィアの頭を叩き、ポカンとした様子の彼女へと更に続ける。
「はい、俺は今、シルヴィアに罰を与えました。これでこの話は終わりだ。次ミカエル達に攻めてこられたら、今度こそ殺されかねない。
──異世界の知識なんて持ち合わせていない俺に、君の知恵を貸してくれないか?」
体の節々が訴える痛みを無視して、ユーリはシルヴィアへと手を伸ばす。その手を、シルヴィアは──そっと握り返した。
「……こんな私でも良いのなら」
「これラブコメだったのか?」
「…………空気を読め、馬鹿者が」
茶化すような声が届き、額に青筋を立ててシルヴィアが低く唸るように言う。しかしふと気になったことを思いだし、セラに聞いた。
「ところで、あの状況からどうやって私とユーリを助けたんだ? あのミカエルが見逃すとはとても思えないのだが……」
「先に『上』に返すために空間に穴空けて、あいつが帰った直後に閉じた。あいつら個人にこの世界に降りる力は無いからな」
愉快そうに二人を見ていたセラが口角を歪めて笑みを浮かべる。やはり殺すか……と短く思考して、改めて波紋から槍を取り出そうとしたシルヴィアの瞳が、開け放たれた扉を見た。
「ユーリくぅーん、生きてる~?」
「開口一番になんて物言いするんですか」
「あら生きてた。暖炉に放り込まれたみたいに物凄く熱かったから心配したのよ?」
ユーリたち怪我人にベッドを提供してくれている屋敷の主ことアイリーンが部屋に入ってきた。それからセラを見て、ギョッとした様子で眉をひそめるとユーリとシルヴィアに目線を向ける。
「ユーリくん、この人誰?」
「えっ」
「……おいセラ、お前どこから入ってきた」
呆れた顔をセラに向けてシルヴィアが問う。一拍置いたセラは机の近くに縁が黄色い円形の穴を空けると、その奥に草原を覗かせた。
「ここに直接」
「玄関から入れ! ──うごぉおっ」
「ああ、ほらユーリ、叫ぶと傷に障るぞ」
「それで、結局この人誰なの?」
怒鳴ったユーリは、斬られた傷の痛みがぶり返して体を丸めて呻く。ねぇユーリくぅーん、と言いながら体を揺らすアイリーンの横で、椅子に座るセラがその光景を眺める。
やや混沌とした空気は、ヴァレンティナが遅れて現れるまで続いていた。